有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、或いは反逆のドゥ・ロワイユ=デュプレ。
皐月賞回顧@97っぽくはある、のかな?
 やっと、携帯以外でネットが見られるようになりますた(挨拶。
 にしても、マンションから供与されたVSDLモデムを引越で持ってくのは勘弁してくれ>先住人

◆ラップ:12.2-11.5-12.5-12.6-12.6-12.8-12.3-11.2-11.5-12.5

 ラップとしては、ある程度負荷が低いなと思うのは、4F目で加速が始まったときに12.3までしか上がっていない辺り。そうは言ってもこれで最後12.5までラップが落ちてることを考えたら、そうラクな逃げをしてる訳でもないし、実際結構最初の12.2がちょっと速め風味ではあるので、その分終いで一杯になったって所ではあるか。ただ、残り4Fのタイミングで前に出てた馬でも結構スタミナに自信のある向きが少なかった印象はあって、その辺りで一番ゴリゴリ仕掛けたのがショウナンアルバであった辺りが、勝ち馬に向いたには違いないかなぁとは思われる。ただ、だからと言ってダービーで軽視するかというと、案外いけるんじゃないのかな?みたいな気がしなくはなくて、別路線で余程の馬が出てこない限りはこの馬が◎の最大候補でいいと思っている。やっぱり、サンデートニーはサンデー産駒種牡馬の原点ではないのかな、という結果ではあったか。配合的には*ロイヤルスキーのクロスってのは気になるけれど、それこそ Princely Gift クロスしたコスモバルクでも2000は得意なんだし、みたいな辺りで許容範囲ではあったし、配合全体のバランスは優れてて、サンデーの苦手な Tourbillon を上手く活用出来てる配合って意味では面白い存在ではあった。今回の有力馬で自分的にそこそこ配合としてプラス評価だったのはこの馬のほかにスマイルジャック、ノットアローン、レインボーペガサス、マイネルチャールズといった辺りだったのだけれど、そうは言ってもそこまで物凄く評価出来るような判りやすさを持った向きは少なくて、その意味でも難解なレースには違いなかった。ちょっとスマイルが負けすぎた印象なのはよく分からない。
 マイネルチャールズについては、脚を余しているかも知れないのだけれど(実際今回のレース、正面映像でほとんどみんな真っ直ぐ走ってたから、その意味では力尽きるような手応えの馬は少なかったかも)、それでもタケミカヅチに後ろから差された結果になったのはやや不満。仕上げの問題かねぇ、と思いつつ、この馬の人気の仕方と負けっぷりはやっぱりちょいメジロブライトと被る印象があって、その点でもちょっとトゥーレのもう一発とかありそうな気がしてしまうのは俺だけか。位置取りについては、やはりテン1Fのラップが早いところで慎重になりすぎたか。ノットアローンは外枠がゴチャつき気味だったこともあってか、行ききれなかった。ダンツキッスイにあっさり逃げられた上で、自分がハナに立って勝つという流れならば、このレースはこの馬にとって何が何でも行った方が良いくらいの展開であったはずなのだが。2番手の混戦の中では、一番レベルの高いレースをしたように思われたのはレインボーペガサスだろう。勝負所で出る場所を失って一瞬置いて行かれたのだけれど、そこから斬れる脚を見せつけた。あの馬場ではちょっとこの馬にはキツいだろうとも思われただけに、ダービーでまともに勝ち馬を逆転するポテンシャルとしては一番手にあげたいと思う。まぁ実際、今年に関しては皐月賞馬と別路線の組み合わせでどうなるか考えるのがセオリーっぽくはあると思うけど、次も安藤勝を確保出来るならばやはりヤネでのアドヴァンテージもあるんだろうし。
雨はやんだ、ファイングレイン。@宮記念回顧
 と、往年の杉本節を再来させたくなる、ふしぎ星。

ふしぎ星の☆ふたご姫Gyu! 13(最終巻)ふしぎ星の☆ふたご姫Gyu! 13(最終巻)
(2007/09/25)
小島めぐみ.後藤邑子.金田朋子.佐藤利奈.こおろぎさとみ

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◆ラップ:12.0-10.4-11.0-11.0-10.9-11.8

 その名に「晴れ」と「雨」の両方を持つファイングレイン。
 トライアル2着でNHKマイルに滑り込んだこの馬がNHKマイルを溌剌とした走りで2着したとき、彼の前途は洋々たるものとは行かなくとも、相応にオープンレベルにおいて晴れやかなものであるように見えたが、そこで骨折したことで、文字通りキャリアに暗雲が立ちこめた。復帰後も当初はそこそこの走りを見せるも徐々に調子を落としていき、なかなか雨雲が晴れることの無かった同馬は、スプリントに転戦しての結果は、まさに虹を渡るような見事さではあった。今日はパドックの手応えがTV桟敷ながら圧巻に見えた。前の馬を抜かんばかりの手応えでしっかり外外を歩き、気合いも掛かりすぎずに適度。これを見て狙いをスイッチすれば今日の4610円は少なからず美味しい馬券であっただろう。
 スズカフェニックスも、決して悪い状態ではなかった。しかし、今日はあれだけ前が止まらない馬場であれば勝負の綾としては致し方あるまい。前走同様に、ここもG1馬としての矜恃を見せながらの敗戦であり、この馬が現状のスタッツとして宮記念1度のタイトルで終わっているのは不当であるとしみじみ思う。まぁ、追い込み馬の宿命、には違いないのだけれど。そうした馬場にあって、ローレルゲレイロは確かな勝算を持ってここに臨んだと思うし、実際事は有利に運ぶと思われた。しかし、好事魔多しとは今日のこの馬のためにあったようなもので、そういう馬場であると騎手たちが見切っていたからこそ、フサイチリシャールのように死力を尽くした出し抜けを狙う馬が出て、この馬の勝利を阻んだとも言えるのは、なかなか競馬とは簡単にいかないものでもあり。川田将雅の騎乗は、そういう意味で近年の競馬ではなかなか得難い気迫を感じさせるものであり、それが結果として競走馬としてのリシャールのキャリアを終わらせる結果となったのは、実に惜しまれる結果であった。出来るならば、その結果について、騎手を責めたくはないなと思う。
 キンシャサノキセキは日頃どうも過剰に人気しがちな馬である気がしており、今日も5番人気はどうかなと思ったけれど、この配当ならば穴サイドと言って良く、穴に入っていい仕事をした辺りで印象に残る結果となった。オージーのフジキセキと言えばアジアの逆側で同期の Sun Classique が大仕事をやってのけたが、東西で、とはいかないと思ったら敗れた相手は半年年上のフジキセキ産駒であったり。それにしても、NHKマイルでも隣り合った着順だったんだよなぁと思いつつ、故障明けのグレイン以上に酷いことになってたその時の1着馬の現況を考えると、NHKマイルってレースの扱いは難しい。しかし、このレースの2着馬がG1馬になったのは初であり、その意味ではクラシックのさなかにあって今ひとつ意義の見えづらくなっているレースにある種の光明ではあったか。

◆ドバイ。
 SAF大勝利!というよりは、欧州から転籍の馬も居たりして、必ずしもこれが「SAF競馬の勝利」に繋がっていないように見えるのも、また。例えば、今回勝利した馬の来歴などを考慮すると、例えば Ipi Tombe 辺りが勝利した時のケースと今回の結果は同列には論じられないような部分を感じなくはなかった。詰まるところ競馬においても相当なホームアドヴァンテージは存在するんだけれど、ドバイという環境がある種熟成されてきたことで、そのアドヴァンテージが本格化してきた、みたいな部分はあったのかなぁとも思う。
 そんな中で今年は日本馬については今ひとつな結果に終わったのだけれど、まぁやはり500万ドルのレースをそう簡単には勝ちに行けない、くらいの心構えは必要なレースになってきているとは思うし、まぁこういう年もあるさね、と。ただ、ヴァーミリアンが本来の出来ではなかったのは気の毒。やはり一頓挫あったフェブを勝ち過ぎちゃったのかな。まぁ、どのみちどんなに頑張ってもこれに勝つのは無理みたいな勝ち方を Curlin が演じてくれたおかげで、悔しさ半分みたいな気持ちになったのも事実ではある。相手が一枚落ちてたこともあって、余裕が違ってたよなぁ。
中央競馬史に残る感動のレース:98年菊花賞、セイウンスカイ
Netkeiba:レース結果



 1998年のクラシック戦線は、2歳時の異常な外国産馬の活躍によって、混沌としたスタートを切った。
 その中で、母が*グッバイヘイローであるキングヘイロー、父が*サンデーサイレンスであるスペシャルウィークという2頭の血統馬が、ある程度○外のトップホース相手でも格好の付く相手として一枚上の評価を得て、弥生賞で激突する。そのレースに、2戦2勝の芦毛馬がいた。セイウンスカイである。父は既に廃用となった*シェリフズスター、名門西山牧場のオーナーブリードながら何故か色違いの勝負服、そして徳吉というリーディング下位の騎手を背にしたこの関東馬は、弥生賞で快調に逃げて直線で差をつけて快走する。そこからスペシャルウィークの見事な末脚が炸裂し、このレースではヒーローになり損ねるが、○外良血の席巻する世代にあって、一頭の変わり種が現れた、と見られたし、中にはこの馬をシンデレラ・ボーイと見立てた向きもあったであろう。
 セイウンスカイは、そのような馬であった。
 まばゆい血統背景の才能が揃う世代にあって、彼のアイドル性が輝き始めた。

 この世代において、スペシャルウィークはなかなかに高い壁ではあった。横山典に乗り替わって、皐月賞こそ中山でスペシャルが仕掛け所を見失う中で、キングヘイローを粘りの走りで抑えたものの、ダービーでは福永キングの暴走に喰われて、スペシャルに完勝を許す。この時点で、血統的な奥行きでも体型でもステイヤーとしての本格性を秘めているように見立てられたライバルに菊で逆転するのは簡単ではないように見えた。
 しかし、セイウンスカイもまた成長を遂げていた。枠入りを嫌がった京都大賞典で絶妙な緩急のペースで逃げてメジロブライトら古馬の一流を封じ、菊花賞を迎えた。皐月賞馬対ダービー馬、再戦のときである。馬場は仮柵が取れて時計の出るコンディション、奇しくも前走も開幕週であり、同様にラチ沿いを進めるアドヴァンテージをセイウンスカイは維持していた。
 ならば、気風良く行くのみである。
 迷うべきものは、何もなかった。
 淀の3000は、スタート直後の一周目下り坂が一つのポイントである。ここで掛かると、最後の直線はより大きな負荷となり、なかなか勝つことは難しい。まだその頃には、下り坂どころか直線まで全力出しかけて最後圧勝するようなバケモノなど想像の埒外であった。さて、果たせるかなその一周目下り坂では、不器用なキングヘイローやエモシオンはもとより、一番人気のスペシャルウィークまでもが掛かり気味であった。このレースに向けての仕上げで燃えすぎたか。
「スペシャルの勝ちはない。」
自分は、そう思った。一方で、セイウンスカイは迷わず、そして気負わず逃げていたのだから。
ペースは決して遅くはなかった。この馬場で、無理にペースを落とす必要もなかったのだし、馬にとってもそれが一番心地よかったのであろう。一方で、前走で掴んだ緩急の妙を交えつつ、坂を越えての直線、弥生賞を思い出すような爽快な逃げ足が、そこにはあった。灰色の馬体が、まだこの当時は11月初週であった淀の舞台を独走する。今度は、スペシャルウィークが来る余地はなかった。前半の負荷がありながらそれでも2着に上がって矜持を見せようとする名馬を、彼方に置き去りにしつつ、秋晴れの空はセイウンスカイに染まったのである。3.03.2のレコードタイムは、一週前に府中の欅の向こうで奪われた不世出の逃げ馬の風景を、再び戻すような瞬間ではあった。
 しかし、そこにいるのはセイウンスカイである。爽快で気風良い逃げを決め、横山典弘が美しく水平に手を上げた瞬間は、セイウンスカイが最もセイウンスカイであった瞬間でもあったのだ。そして、それこそが、この馬のファンが求めていたものだったのである。彼は、自らの色で、競馬界の悲しみを埋めた。

 1995年生まれの世代は、日本の競馬史においても屈指の好メンバーが揃っていた。しかし、少なくとも自分は、前年の個性派世代に伍するほどの魅力を持つものなのか、疑う面はあった。この日までは。この馬が2冠馬というタイトルを得た辺りから、この世代は本当の意味で輝き始めたように思われる。セイウンスカイは、アイドルホースとして持つべきものの多くを持っていた。こういう馬が間にいるからこそ、世代全体のキャラクター性が磨かれたのであろう。
中央競馬史に残る感動のレース:95年宝塚記念、*ダンツシアトル
NetKeiba:レース結果



 ある意味「感動のレース」としては相応しくないレースである。
 しかし、ライスシャワーが淀の歴史に輝く巨星であるならば、*ダンツシアトルもまた、95年の淀に降臨した美しき流星であり、その物語は語り継がれるに然るべきものであろう。

 *ダンツシアトルは、不遇な馬であった。
 とかく脚が弱く出世が遅れがちであり、旧3歳時にわざわざ関東で岡部を乗せたりしてたのも、こういう馬の脚を気遣える騎手を確保したいとの意図だったのだろう。しかし休養明けで台風に見舞われるような不運な馬は、遂には屈腱炎まで抱えてしまい、1年以上の長期離脱を経て95年の春に、ようやく競馬場に戻ってこられたのである。
 この年1月の震災は、改修して5年に満たない仁川の阪神競馬場にも大きな傷跡を残した。桜花賞以下の阪神競馬は京都で行われ、宝塚記念は震災当週に中止された日取りの代替開催として行われる日程がアナウンスされる。一方、この年の京都も94年の大改修明けであり、前年の阪神の「記録されざる改修」と並んで、馬場の高速化が進む端緒となっていた。そんな淀に、復帰した*ダンツシアトルの脚はぴったりとフィットする。

 復帰戦の道頓堀Sを12番人気で楽勝して準オープンを卒業し、迎えた陽春Sでは、目の前での落馬で直線の勝負どころで一旦最後方まで置き去りにされてしまった同馬であるが、そこから体勢を立て直すと桁違いの脚を繰り出して3着まで押し上げる、衝撃的な走りを見せた。かつて素質馬として嘱望された才能が見事に復活した瞬間であり、またこの馬の「勝負を諦めないハート」が証明された瞬間でもある。その後淀で2戦してタイレコード含め連勝。手綱を引き受けた村本は宝塚でも「負ける気がしない」と語ったが、確かにこの馬が今までの逆境を全て振り切るようなハートをその素質に加えたならば、職人肌の騎手にも意気に感じる部分はあっただろう。この春の同馬のレースは、一戦ごとに気迫があった。
 迎えた淀の宝塚。天皇賞の名勝負でブライアンとアマゾンの不在を見事に埋めるドラマを見せたライスシャワーであったが、逆にあの復活劇の後で、このレースにおける意義が見えづらい印象もあるには違いなかった。マイラーのサクラチトセオーと重賞1勝のダンツが押し出されたオッズは、やや不安定な様相を呈し、雨上がりの晴天の下迎えたレースに一筋の翳を落としていた。
 しかしレースは、締まった展開を見せる。トーヨーリファールの逃げるレースが、いつもそうであったように。この、90年代中葉にあって評価さるべき脇役に引っ張られつつ、ダンツ以上の素質馬として空回りを続けていた*タイキブリザードが、これまたいつもの通りハミにぶら下がるように首を伸ばしながら先行し、*ダンツシアトルはそれをマークするような3番手。王道というべき競馬で、理想の位置に付けていた。締まったレースで一番強い競馬をするだけ、という決意に展開が全て従ってくれる。馬場も晴天に乾き、少なくとも*ダンツシアトルの脚を取るものではなかっただろう。
 しかし、雨上がりの馬場、しかも開催が続いた馬場は、やはりある程度のリスクではある。そして、それがライスシャワーの運命を決した。
 そういうことなのであろう。
 しかし、偉大なマーク屋が片足を失い倒れた後も、レースは続くのである。内外合流から強引にイン強襲でトーヨーリファールをねじ伏せた*ダンツシアトルは、外から伸びる*タイキブリザードと最後の直線で堂々たる決戦に臨み、最後にはこれを振り切ってゴール板を駆け抜けた。馬場は稍重でありながら、日本レコード。クラシック戦線に、その後10年止むことのない*サンデーサイレンス旋風が吹き荒れたこの年、「古馬もSS」と呼ばれた Seattle Slew 参駒のワンツーである。

 *ダンツシアトルは、不屈の競走馬であった。
 人ばかりではなく、馬が諦めない馬だったから、これだけ脚に不安のある馬がG1を獲れたのだろう。そして、彼にとって相応しかったのは、村本が言うところの「秋の大きいところは全部獲る」であったのだろう。*ランドや*ヒシアマゾン、そしてマヤノトップガンといった歴史的名馬とどんな闘いを行われたかは、最早誰にも知ることの出来るものではない。それは確かに惜しむべきことではあった。しかし、淀の連続開催に鮮烈に残された彼の足跡は、「不屈の競走馬」の軌跡として、今でも忘れることが出来ない。それだけのものを魅せてくれたことだけでも幸せだっだと、ファンは自らを慰めるしかないのであろうか。
中央競馬史に残る感動のレース:94年安田記念、ノースフライト
Netkeiba:レース結果



 海外との距離が未だ近からざる時代、安田記念はいち早く外国馬に門戸を開いたレースとしてジャパンCに続いた。時に93年、前年にはトウカイテイオーが父以来の日本馬としての優勝によって復活の凱歌を挙げた頃である。しかし、その年の安田記念にはG1馬とは言えど、やや役者不足の*キットウッド程度であり、ヤマニンゼファーの連覇したレースにあって、大きな印象は残さなかったものである(むしろイクノディクタスに度肝を抜かれたが)。そんな国際レースに、大きな衝撃が走ったのは、2年目の1994年である。

 英国クラシック覇者の*サイエダティ、BCマイルをはじめG1を5度も2着した*スキーパラダイスをはじめ5頭もの参戦を呼んだ京王杯スプリングCは、外国馬が上位4着までを独占し、昨年のエリザベス女王杯の勝ち馬ホクトベガ以下を粉砕したのである。まさに、強い外国馬が強いレースをするような、ジャパンCで外国馬が勝つのともまた別種のショッキングな結果であった。この上位4頭は全て次走の安田記念に出走する予定であり、まさに脅威の黒船軍団となったのである。時あたかも90年代前半の、欧州で中距離馬がドツボでマイラーがやたらめったら目立ってた時代である。日本馬との能力の差は明らかなようにも思われた。
 しかし、この年のノースフライトは、なかなかどうして、存在感のある馬にはなっていた。
 未出走デビューとなった遅咲きの牝馬は、デビュー3戦目を熱発で落としていたものの、900万条件の身ながらキャリア僅か4戦目にして古馬相手に重賞を勝ってみせた。ベガやウイニングチケットと並ぶ*トニービンの逸材として注目されはじめた牝馬は、エリザベス女王杯で2着した後、連勝街道を進み始める。阪神で牝馬重賞を連覇し、中京で行われたマイラーズCでは、先行抜け出しの堂々たる内容で牡馬を降して見せたのである。また、比較的珍しい女性厩務員とのコンビも話題を呼んでおり、G1勝ちはなくとも華のある存在ではあった。日本の代表として、外国の名牝に対峙するに、これほど相応しい存在はなかったかも知れない。
 そして、社台の牝馬である*スキーパラダイスに、この年からコンビを組んでいた武豊を奪われた状態で、エリ女2着の手綱を取った角田晃一に手綱が戻っていた。ある意味、ノースフライトの陣営からキープ的に扱われていた角田であるが、この状況で燃えないわけにはいかなかったであろう。まして、牝馬の騎乗に定評のある騎手である。負けられないレースではあった。

 レースのパドックでは、*スキーパラダイスが馬体重を大幅に増やして、観衆を驚かせる。芦毛の牝馬は、見るからにむっちりとした肉付きに見えた。或いは、京王杯の手応えから楽勝と見ていたのか。更に、ノースフライトにとっては負けられないレースとなっただろう。マイネルヨース、マザートウショウ、サクラバクシンオーと出端の早い馬が揃ったレース、角田は思いきって後方から競馬を進めた。追い込み馬のトーワダーリンと同じような位置取りで、前半45.0のペースをやり過ごす。それでも、スプリント戦のように果敢に全速力を見せつけるサクラバクシンオーが堂々と先頭に立って外国馬を迎え撃たんとする最後の直線。そこに3コーナーからジリジリと上がって長い脚で差すノースフライト。思いっきり勢いよく先頭を襲いながら、*スキーパラダイスをカット気味に切れ込んだ。荒っぽいレースではあるが、あれが大和撫子の意地、大一番での角田晃一の意地であったのだろう。見事に欧州トップクラスの牝馬をねじ伏せると、最後はワンサイド。後ろから、完全に置き去りになってたはずのトーワダーリンが無駄に物凄い脚を使うも、2馬身半も後ろの話。見事に日本の牝馬が欧州の牝馬を降して、ホームのタイトルを守る結果となった。
 外国馬を倒すシーンってのは、既に日本では当たり前の光景である。また、ジャパンCでも多くの名馬を日本の馬が打ち破ってきた。しかし、事前に最も強いと思っていた相手に対して、最も鮮やかに日本馬が勝利した例となると、或いはこの安田記念が最右翼となるかも知れない。最も高い壁を打ち倒す、みたいな、そういう感動の瞬間が、このレースにはあった。
中央競馬史に残る感動のレース:92年天皇賞、メジロマックイーン
Netkeiba:レース結果



 メジロマックイーン対トウカイテイオー。
 前年秋こそ様々な不運により無冠に終わったものの、衆目一致の最強古馬として君臨するチャンピオンに、骨折で3冠を逃したものの、古馬緒戦を岡部に乗り替わって不敗記録を継続する世代最強馬が挑む。それも、両者が前走のトライアルを圧勝して。マックイーンが阪神大賞典でカミノクレッセを軽く5馬身突き放すと、トウカイテイオーは「地の果てまでも行く」と岡部に言わしめた。我が国の競馬界でオグリキャップが去って以降最高の呼び物であり、様々なライバルを代わる代わる相手にしたオグリ以上に一点豪華主義的な文脈では「大一番」と言えるような対決ではあっただろう。しかも、舞台は淀の3200。まさに、一対一の勝負が期待される文脈ではあった。
 あの日に見たある専門紙では、本誌予想は5-14の一点と記憶している。
 一点だぞ、一点。
 ちょっと、常識的には考えられないし、3連単まで存在する現在においては決して実現しないという意味では「絶後」であろう。そういう異常な雰囲気が、レース前に漂う経験ってのは、競馬を長くやっていてもなかなか感じ取れるものではないし、例えばこの4年後にブライアン対トップガンがあったけれども、スケール感や「初対戦」というある種の新鮮さという点で、92年は明らかに上回っていたように思われる。自分の中では、ディープに関する祭りのような期待の異常さ辺りくらいしか、ちょっと匹敵するような不思議な経験としては思い浮かばない。しかし、ディープのアレとて、それに「乗らなかった」人も多かったわけで、みんながあの雰囲気に「乗って」いたように見えた92年の淀の一日は、昭和の雰囲気がまだ残る競馬場特有のものであっただろうか。あのゲートに至るまでの一連が、既にもう追体験不可能な感動なのだろうな、と強く思う。なにしろ、ゲートに入る前にマックイーンの落鉄、なんてのもあったし。
 レースは、メジロマックイーンをトウカイテイオーがマークするような形で進んだ。というよりは、マックイーンの側がトウカイテイオーを眺めながら仕掛けどころを考えていたように思われる。あの当時はあまりそうは思わなかったのだけれど、正面スタンドを過ぎて1コーナーで外外を回りながら進むマックイーンには、ある種の余裕を感じられた。主導権は、恐らく武豊の側が握っていたのだろう。坂の下りでメジロパーマーが吸い込まれる時には、もはや2頭の対決かと思われたが、既にテイオーにとってはついていくことが全てであった。そして、テイオーは4角では既に外からカミノクレッセに喰われるのである。5の単勝を握った観衆が歓喜をの叫びを上げ、14の単勝を握った観衆が信じられない光景に我を失い、5-14の馬連を握った観衆が唖然として見守る中、メジロマックイーン、独演の直線であった。
 詰まるところ、マックイーンの舞台でテイオーが敗れた、というシンプルなレースである。
 しかし、その舞台に上がり、堂々とマックイーンを追いかけて、力尽きるまで勝つ算段を諦めなかった岡部がマックイーンを輝かせることで、このレースは単に「2強の片方が飛んだ」以上の何かを残したのではないかと思う。そして、この勝利によって、90年代の前半に渡って、メジロマックイーンは最強馬のフォーマットを築き、それは90年代後半の*サンデーサイレンスの産駒にも越えがたい壁として競馬ファンの心に存在し続けたのである。一方で、このレースで再度骨折したトウカイテイオーは、その逆境を通じて、多くのファンにとって終生忘れがたい物語を築く一つの入口に入ったのである。
 年を経て、輝き続ける死闘であった、と言えるであろう。
有馬記念回顧。
 ドリパの出走前の頑張りすぎは、もうちょっと自重しろと言いたくなった(挨拶。

120 マツリダゴッホ
113 ダイワスカーレット(f)
113 ダイワメジャー
112 ロックドゥカンブ
109 ポップロック
105 ドリームパスポート

 くらいのレートにはなるのであろうか。まぁこれでレゴラス101だったらそんなもの、ではあるかも知れない。実は重馬場補正(=着差をレートより抑える)をかけると今度は基準馬(この場合はロックドゥカンブ)よりも下なレゴラスのバーチャルな7着レートがインフレしてしまうので、逆に上も上げざるを得ない感があるし、そもそも稍重くらいでそんな重馬場補正は掛けづらい。
 が、ちょっとその字面の数字に追いつくレースであったかどうかについては、やや疑問符を残した、と言わざるを得ない面はあったであろう。結果として、レゴラスに先着された馬はほとんどが「競馬になっていなかった」としても良い内容だったとは思われる。その意味では、半分の馬が走ってないようなレースの結果でもあり、その中で決まったレースであったとも言えるようにも。ただ、実態としてこのレートならば、レートどおりに走っている上位馬はマツリダゴッホ以外いないのだから(ロックドゥカンブだって潜在的にはもうちょっと上のレートで走れる馬だろう)、そう考えるならば適度に上位馬を含めてすべての馬が「本来の能力を出せなかった」レース、と見ても良いのかもしれない。全体としては、決して状態のよくない馬やこのレースへの適性がベストとは言えない馬が比較的多く上位を占めており、それが「予想外の頑張り」というよりはある程度以上の「展開の綾」で収まっている感覚が無きにしも非ず、ではあった。

 という辺り以前に、ダイワスカーレットが負けたことにはやや納得がいかなかった。ラップはこんな感じ。

6.9-11.2-11.2-12.1-12.4-13.4-13.2-12.5-11.9-12.4-12.2-11.7-12.5

 基本的には早いラップではあった。が、チョウサンはJCと同様にラップはかなり道中で落としてきているし、ここである程度折り合いを欠きながらもきっちりとスタミナをセーブして終盤の地力に繋げるのがダイワスカーレットのスタイルであり、その意味では「本来のレース」が出来る展開にはなっていた。そしてラップを2Fもの間13秒台に落とし、残り1000から加速が始まっても(コース形態上、有馬でハロンラップがあがるのは基本的に残り5Fないしは6F)12.4とかを次に入れて貰っている辺りで、そこそこ余裕もあったと思う。ただ、まぁ結局は勝ち馬含めてバテてるのだから、馬場としか言いようが無いのかなぁ。それにしても、似たような時計イメージの今年の日系賞でネヴァブションやトウショウナイトが差せてることを思うと、ちょっとこの馬に関しては、このレースの結果は「限界」を示した局面の方が大きかったのではないか、みたいなことを思わなくはない。秋華賞やエリ女がある程度以上この馬自身ものびしろを残して優勝したみたいな印象を感じさせたレースとは、実績の大きさという意味では有馬2着は牝馬G1にほぼ等価な(ないしは、勝るかもしれない)ものではあるのだけれど、その辺りは異なる部分ではあった。
 結果としては、この牝馬は「タニノウォッカよりも強い」という部分を証明できないまま(少なくとも、上記のレートで決まったとして、その数字は今年のダービー馬を上回るものとはならないし、対古牡馬に絞ってもタニノのJC4着を下回る)、最優秀3歳牝馬を得ることとなるのであろう。個人的には、この馬がタニノを超えることについては全く異論を差し挟むものではないので、出来れば「超える印象」を獲得した上でこのタイトルを取って欲しかったが、それがどうやら適わない印象を残した辺りが、この有馬の惜しまれる部分であった。

 マツリダゴッホに関しては、先の日経賞辺りが引っ掛かっていた面はある。結果としてあそこでトウショウナイト辺りに負けている辺りの敗因をたどると、距離限界は見ておいたほうが良いのではないか、みたいな思いはあった。実際青葉賞や天皇賞でも馬券圏外ではあり、2200から先では不安視していいのかな、とも。祖母*フローラルマジックで、母の配合は米血の入り方がイメージ的にグリーンプレゼンス辺りと近く、そうなると2000でデビュー2連勝して長距離出したらサッパリ駄目だったあの馬と近い面があるのかな、とも。ただ、それで収まらなかったのは流石は名繁殖*フローラルマジックの地力、ではあるのだろう。この手のややパワー的な側面での良さはこの系統の異端の最強馬ナリタトップロード以外には概ね受け継がれており、その上でラスト2F目の一瞬の脚でダイワスカーレットを出し抜いて見せたのは、トップロードが菊で垣間見せ、サンデーが散々色々なG1馬で繰り返した「勝利への斬れ」ではあっただろう。かくして、ディープインパクトが一世代下に託した「サンデー最後の名馬」として棹尾を飾る役割は、このレースに出られなかったフサイチパンドラに替わってこの馬が引き受けた、と言える。

 以下、負け馬について雑駁に。
 メイショウサムソンは、ユタカのコメント通り、出脚がすべてであった。絶好枠を全く活用することが出来ずに、この馬のレースは終わってしまったように思われる。チョウサンの2戦続けての逃げは、やはりこの馬には合わないのかも知れない。ノリもある程度考えた結果としてこの戦法を選んだのだけれど、その意味では良いコンビではなかったのだろう。ドリームパスポートは、本来レゴラスの後ろにいるべきはずの馬だったのがそれを抜いて見せた辺りは、一片の意地としてこの人馬を評価してよい。本日のCXで散々流れていたあの牧歌的なCFとは全く正反対に、この馬は「闘う馬」だと思う。インティライミは結果として思い切りが足りないレースに終始した。祐一としても結局「自分の意図とレースがかみ合わない」結果ではあったのだろう。コスモバルクはもうちょっと前だったら案外面白かったのではと思うが、やや前半の展開を見すぎたか。タニノウォッカは、そもそも最速の上がりが36秒になる展開で来る馬ではない。その上で、有馬はディープインパクトですら追い込みで勝ち損ねたレースでもある。06有馬のような常軌を逸した脚に比する何かを、今後この馬は見せられるだろうか。
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