トラセン企画受賞御礼 
という訳で、トップにノミネートして頂き深謝でございます >トラセン各位
個人的にも、この「語りづらい」名馬に関して色んな人が言辞を尽くして数々のエントリを起こしているのを眺めるのは愉しいところではあり、改めてこの企画に感謝するところではあります。因みに、標題は別にそのトラバ企画の趣旨を読んでというよりは、何となく自分で考えたテーマの中でそういう方向にしたら面白いかなぁと思ってつけてた次第。
ところで、有芝は今月に入っても基地らしくディープ引退本などが出れば購入しているわけですが、世の競馬本の出版社は何故に須田鷹雄氏にディープ本の原稿を結構な分量で依頼するのですかね。いや、仕事のクオリティが低いってことは無いのですが、本人が少なからず「ディープを語ることが苦手」であることを認めているのと思われ、それならば、別に「有芝に書かせろ」とは言いませんが、ほかの色んなツテを辿って優秀でなおかつこの馬を語る意思の強いライターにディープを語らせてみるのも面白い試みではあると思われるのになぁ、などとも。とりわけ、ブログなどで色々思い入れをもって語っている人たちを見るにつけ。
と、この辺りで閑話休題として、受賞挨拶がわりにエギジビション・ガラ的なエントリを一つ。
お題は「21世紀の『世界的名馬』」。
ディープ引退後の色々なレスポンスを見ていると、海外でのディープインパクトの評価の高さには今更のごとくに驚かされる部分もあった。その上で、かつて我々が世界の競馬において考えられなかったような現象が起きている、とも言えるだろう。すなわち、
「海外遠征で結果を出せなかった馬が、日本のホーム実績だけで世界最強と認められる」
という現象である。少なくとも日本人は、2007年の今日に至るまで、「極東の僻地において閉鎖競馬を行っている本朝の競走馬が、その能力に対して妥当な評価を国外において獲得するには、競馬の本場である欧米において相応の結果を出すことは最低限の必須条件である」と思い込んでいたのではないか。例えば*グラスワンダーやスペシャルウィークといった*エルコンドルパサー世代の優駿たちについて、我々がどれだけ言葉を尽くしてその強さを説いたところで、恐らくは欧米のホースマンは歯牙にもかけないのだろうという諦観に近いものはディープ以前にはあったと思う。その常識が、今や覆ってしまっているようにも。
その背景には、勿論、ディープ以外の日本馬の国外での成功がある。例えば、シーザリオが北米の芝において牝馬としては最高クラスのパフォーマンスを示したが、対戦はしてないものの同じコースで明らかにそれよりも数枚上のパフォーマンスをしている馬としてディープは扱われたであろうし、フレミントンで地元馬を置き去りにしてデルタブルースに迫ったポップロックは、有馬で永久にディープに追いつけそうになかった。これらの馬の活躍によって、日本馬の横比較が容易なものとなっており、それ故にディープの水際立った強さがひとり相手関係に恵まれてのものではないことは理解されやすかったであろう。また、外国に出る馬が増えれば、ガイジンも競馬新聞にその馬のフォームを書かないといけない訳で、おのずと日本のレース体系に触れる機会も増え、かつてのような「訳の分からん国」的偏見が取り去られていた部分もあったとは思う。
ただ、ディープの国外の人気を支えるのは、そういう理屈的な部分よりは「この目でディープを見た」人たちのインプレッションだったようにも見える。「35年競馬を見てきて、ディープが一番強いと思う」などというコメントは、ある意味凄いことではないか。競馬史においてサラブレッドの黄金期というべき1970年代=Decade of Champions の名馬を少なからずリアルタイムで目にしてきたであろう論者が、それよりも強いというのならば、話半分でも相当な評価であると思う。そこまで言い切るのは、やはりディープの破天荒なレースぶりを目で見た印象が如何に強烈であったかに尽きるのだろう。一方で思うのは、ディープの映像がそれだけ多くの人に見られる程度に、ある程度以上世界に広く流通していた、という事実である。
現に、ドイツに住んでいる芝さんなども(Wettburoで?)ディープの映像を見ていたという話を時折エントリされていたが、このような話題に触れると、世界において競馬の映像を流通するネットワークがある程度整備されているのだろうなぁ、ということを実感する。過去の10年において国際招待レースの増加やレーシングシリーズの取り組みなどがあり、それらは全て成功裏であった訳ではないものの、少なくとも競馬の世界における国際的なリンクが確実に構築される結果を得た、と言えようか。そういうある意味フラット化された競馬の世界において、ローカルな実績のみでグローバルに知られて国際的な評価を得たという点では、ディープインパクトは「21世紀最初の世界的名馬」というべきキャラクターを備えているのだろう。閉鎖競馬を謗られていた日本から、そういう「ネットワークの上に乗った」名馬が現れたことは、皮肉であるようにも見えるが、逆に象徴的でもあるようにも思う。新しい時代のヒーローは、そういうブラックボックスから突然現れてくる方が、衝撃的なものなのだから。
本朝においても、今やある程度以上の大レースは日曜日の昼に競馬場でターフビジョンで流れて来るし、雑誌の付録DVDでドイツダービーの映像を愉しめるなどというのは有芝がドイツ競馬に関心を持ち出したころを思うに隔世の感がある。一方で、ある意味日本が第1回ジャパンCのような「黒船襲来」を早く経験しすぎたことなどによって、現代の本朝の競馬ファンは、ガイジンが日本のレースから得るインパクトほどは多くのものを海外競馬の映像からは受けないのではないかな、とも思ったりはすることもあり。その辺りの温度差が、今後どのように変わって行くか、そしてその中でディープインパクトの歴史的評価がどのように定まって行くのかは、興味深いところではあるかな。

コメント一覧
「見たこともないものを見せた」という点ではあちらの人にはダンシングブレーヴが一番衝撃的だったんじゃねーの、みたいな気はちょっとする俺日本人。つーか日本人にとっては「シービー→ブライアン」のラインで「ああいう馬」は経験ありましたしね。
あと「視覚的な相互国際交流」においてはやっぱネットの影響ってすごく大きいと思います。あとCSかな。ただ、あまりに情報が増えすぎて互いに「未知の強豪」って感じが減ってきてるのは痛し痒しですよね。
ええっと、ネット配信で見てますた…(; ̄ー ̄)
日本のメインがドイツ時間では朝になるので、
Wettburoで生中継はちと難しいでしょう。
勿論テレビでやるなら、まず地元競馬を放送しろと。
しかし外国人でも要領を掴めばJRAサイトの
無料配信くらい見られるので、コアなファンなら
チェックしてるんじゃないかと思われます。
百聞は一見にしかず
最強馬はその人がリアルタイムで見た中に存在する、という持論のオレなんですけれども、故に海外のベテラン記者にまで基地を誕生させたディープはすげぇと思いますよ。
> あまりに情報が増えすぎて互いに「未知の強豪」って感じが減ってきてるのは痛し痒しですよね。
リアルタイムで見てないのに見た(居た)気になった錯覚を起こす人も増えてそうな。YouTubeで当時の物差しや場の空気まで嫁るかっての。
遅レス
わむ>
前にどっかで書いたかもしれないけど、確かにディープ春天みたいなのだったらガイジン的視点では「普通に強い」なのかも知れんですな。逆にこっちはああいうのを「アフォみたいに強い」と思う、と。
芝さま>
一応最初に書こうとしたときのタイトルは「ネット時代の世界的名馬」だったので、それもありだったりします(笑)。まぁドイツはもっと地元競馬を注目しないといけないのは間違いないでしょうな。
ぶ>
でも、名実況とかだとかなり雰囲気を掘り起こせる部分はあるかも。
Secretariat のベルモントとかは、実況がちょっとただならぬことになった的な口調になるのが面白いなぁと思いましたし。
名実況
先日の川崎記念で初めて及川サトルに遭遇しましたよ
あの人は普段から妙なリズムで話すんですねぇ・・・
ディープのレースでサトル実況を聞いてみたかったですはい
お久しぶりです。
様々なエントリについて語りたいことは山ほどあるのですが、
ようつべを漁っていると、ディープ春天の英語実況を発見。
http://www.youtube.com/watch?v=V4WHb80bgIU&NR
正直なところ、ようつべにある競馬のレースって日本のが
一番多いのではないかと思うのですが、日本語実況でもそれなりに
外国の皆さん見てはいるようですけど、こういうのがどんどん
出てくると、なんだかえらいことになるなあと思います。
ほんの10年前は、BS1の世界の競馬頼りだったことを思うと、
それだってかなり革新的ではあったのになあ。
ぶ>
どうでもいいけど、「ファストフレンドは届かにゃい!」的なメンタリティでフランス視線から実況された99凱旋門とか06凱旋門があったらそれはそれで愉しそうですな。
宮嶋さま>
ども、ご無沙汰でした。
この実況、画面にないディープインパクトをコールしてたりする辺り、競馬場でリアルタイムで双眼鏡もって実況してるっぽいですね。日本にそういう実況を常駐させてるのか、別のビデオ見ながらコールしてる実況をあててるのか、どっちなのでしょうね。
ようつべ、(ある意味日本以上に閉鎖的でミステリアスな)インドのレースとかも結構上がっていて、やはり障壁の高いほうからこういう情報は出てきやすいのかも。
#まぁようつべで日本ネタが多いのは、やはり日本人が恐ろしくようつべ好きだからなのでしょうけれど。