THE END OF EVANGELIST [Airma] 
| 五つの混声合唱曲 飛行機よ 1108 萩 京子、寺山 修司 他 (2005/11/10) 河合楽器製作所・出版事業部 この商品の詳細を見る |
そして遂に、ディープインパクトは、ターフを去る。
世に名競走馬は多いが、「このレースで最後である」というレースを明示し、そのレースで圧倒的な人気を得て臨むことが出来る馬は多くはない。有馬記念をキャリアの最後とした近年の最もエモーショナルな事例は言うまでもなくオグリキャップとトウカイテイオーであるが、前者は引退レースではあったが、既に衰えた存在としてターフを去ることが予定されていたものだし、後者は有馬の後も現役に拘りながら、遂に再びターフに姿を見せる機会を逸して終わった。スペシャルウィークは*グラスワンダー、*シンボリクリスエスは*タップダンスシチーというライバルへの再戦としての意味合いを残していたし、テイエムオペラオーやゼンノロブロイはそれほど負けてはいなかったものの、文脈としてオグリに近かったように思う。やはり、ディープと重なるのは*タイキシャトルくらいのものである。
その意味では、ジャパンCの勝利の意義は限りなく大きかった。ある意味これ以下のシナリオが存在しないくらい悪い終わり方をした凱旋門賞を受けて、ディープインパクトにとって残り2つのレースの難しさは字面以上のものがあったはずである。また、敗北の結果やや仕上げに疑心暗鬼になることの悪影響もあっただろう。そもそも、春秋4シーズン続けてG1を勝つような馬はシンボリルドルフ以外に存在しなかった。そういう難しさを越えたからこそ、この引退レースを享受できるのである。そして勿論、故障があればそこで終わりになっていたのだ。その意味では、あらためてここまで「持ってきた」ことに対する陣営への賞賛は尽きるところがないものでもある。本当に、ファンとして心から感謝したい。
果たして、ディープインパクトの2年余りの競走生活を、どう表現したら良いのだろう。
ある意味では、平板な勝利の積み重ねであった。その上で、恐らくJRAが失敗したなぁと思うのは、この馬が「穴馬を連れてくる」ことに対してもうちょっとアピールして、連単の売上に貢献することを怠ったことであろうか。ディープはある意味、連単馬券の申し子である。ディープにライバルがいないのならば、ディープが一本カブリなのではなく、ディープからの2着の「単勝」が魅力ある混戦となるのだ。結果として、有芝は結構この馬が出たレースの馬券ではそこそこいい感じで当てることが多く出来たと思っている。勿論競馬場には未だに枠連しか買わない魅力あるオヤジが結構いて、そういう人たちが「ディープのレースなんて、全然つかねぇし、つまんねぇよ」とクダを巻くことには「さもありなん」と答えざるを得ないが、少なくともマークシートをちゃんと塗ることが出来る向きにとっては、「3連単1000倍つかないと当てた気がしない」という別の意味での勇者以外なら、決して仇敵ではなかったのではないか。
というヨタはさておき、ディープインパクトがやろうとしたのは「取れるレースを全て取る」ことだったと思う。実際キャリアの大半を国内のレースにあてたとは言え、ディープインパクトが2年連続で戦ったレースは、1年目に敗れたこの有馬記念だけであり、要するに日本で最強馬が取らなければならないレースの中で、パスされたのは秋天だけだったのだ。結局日本の競馬が、「2シーズンで全てのタイトルを取る」ように出来ているから、とは言えるだろう。仮に*エルコンドルパサーよろしく昨年の有馬を勝って今年海外で全てを過ごしたとしたら、字面のタイトルが3歳・3歳上で揃っていたとしても、ある程度我々が古馬としての分厚さを測ることが出来なくて、その意味では物足りなかったかもしれない。要するに、「2年で全部」を追求した結果が、ディープのローテとなったのだろう。結果、「全部」は取れなかったが、それでも並の一流馬が逆立ちしても取れない数のタイトルを揃えて、なおかつダービーと春天という最高の舞台でタイレコードとレコードを叩き出した。質と量の総和でディープを上回る競走馬は、過去の日本の競馬史に存在しないのだから、その意味では目標はかなり高いレベルで達成できている、とも言える。
そして、ディープが「全て」を目指した理由は、恐らくこの馬が「People's Champion」を目指したから、でもあると思う。ユタカの言う「英雄」とはすなわち「皆のヒーロー」だったのであろう。ディープがむしろ失敗したのは、その「People's Champion」であることだったのではないか。それは「勝者への過剰な帰依と過剰なルサンチマン」の混在・敵対する時代のためかも知れない。或いは、「People's=皆の」を冠するような存在は、ある程度市井の中から現れないとなかなか受け入れられなかった、すなわちこの馬においてはその出自つまり血統がそれを邪魔した、とも言えるだろう。並ぶ間もない追い込みという脚質は確かにエンターテイメント性は高いのだが、逆に馬体を併せて相手を倒すような形でのエモーションを排するようなものであったのも、この馬をしてヒロイズムやチャンピオンシーという言葉から遠ざけていたようにも見える。結果として、ディープを最もよく表現したのは「飛ぶ」という闊達な、しかしどこか孤高なイメージであった。ある意味彼は、その言葉どおりのジョナサン・リヴィングストンだったのかも知れない。そしてキャリアの中で一貫した、陣営の志向とディープ自身の属性のミスマッチが、この馬の物語のフロウとしては凱旋門の失格事件以上に大きなものであったとすら思われる。陣営の志向と自身の属性はよく調和していたルドルフやエルコンドルとは対照的だろうし、オペラオーのようにアンチヒーロー的な意味でその調和を備えていた存在とも違うところではあった。
しかし、それが何だと言うのだ。
過去に道半ばにして大業を達成できなかった才能あるサンデーの名馬たちとディープインパクトを分けたものがあるとすれば、それは池江郎師とそのスタッフがメジロデュレン・マックイーン兄弟以来、或いはこの厩舎に移る前に手がけた多くの馬以来の経験を集めた成果以外の何者でもなければ、池江郎師の手がけたトゥザヴィクトリーやステイゴールド、或いはメジロマックイーンですら当たった壁をディープが次々と超えてきたのは、ディープの類稀なる才能に他ならない。粗さはあったものの、両者のチカラは確かに噛みあっていたのであろう。そして、ディープの強さは、時に言葉を越え、そして絶え間なかった。
ただ、ディープがそのような存在であったことは、結果として、彼を語る言葉を容易ならざるものとしたのではと感じられる。
ディープへの語り口をメディアで見るにつけネットで見るにつけ、なかなか「重厚な」ものを得るのは難しかったのではないか。そのような気持ちの中で、自分はディープについて出来ることを語り続けてきた。ボクが一番ディープを巧く語れるんだ!的な安っぽい矜持もあったかも知れない。……というのは言い過ぎであるとしても、少なくとも、直線で観客が応援している馬をハナ1つ分でも伸ばそうとして声を出すように、有芝は自分の言葉をこのような場に連ねることでディープインパクトをハナ1つ分でも伸ばすこと、その言葉が力となり、そして同じようにディープを応援する人たちに僅かばかりの励みとなるように、ここ2年にわたって(このエントリも含めて)ディープについて書いてきたつもりだった。
自称するならば、ディープインパクトのエヴァンゲリストである。
そして、その日々が、終わろうとしている。終わりの日を感じながら書くことが出来たのは、冒頭にも書いたとおり、幸いなことであった。しかし、自分の綴ってきた言葉には、果たしてどの程度の意味があったのだろうか。恐らく自分が何とかする存在として、ディープは大きな存在でありすぎたのかも知れない。「翼が鳥を作ったのではない 鳥が翼を作ったのである」
とは、表題作の中での寺山修司の有名な言葉であるが、ディープインパクトの創った「翼」の広さはそれ程のものだったのである、と地上で呟くことが、もはや少年ではなく、墜落すら出来ない自分にとっての精一杯なのだろう。
明日、ディープインパクトは、ゆったりと、夢の重さと釣り合いながら、中山のターフに浮かんでいるのだろうか。

コメント一覧
なんか(九紋竜私信)
トラバが相変わらずうまくいかないって感じ〜。いちおうトラバのつもりで書いたんで、暇だったら見といてください。
お返事
ひとまずそちらに書いておきました。
http://suwamura.blog.ocn.ne.jp/suwa/2006/12/post_cad7.html