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殿下執務室2.0 β1

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有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、そしてYet Another Amateur Photography。

パート1なんて飾りですよ、エロい人には(ry 

 幾つかベイヤー話についてのその後の反応を拾ってみた。
 この手の議論は、海外遠征論同様、ループする議論である一方で、状況の変化に応じてアップデートが存在するので、たまにはループして議論するに値する、時折このようにしてものすべき議題ではあるでしょうから、折角の機会ということで現状考えているところを触れておきましょうか。基本的に年寄りは開放反対に流れ易く、若者は開放賛成に流れ易いと言うのは時代を通じて変わらないところではあるのかも知れませぬな(笑)。
#って、appletree さんとは言うほど歳の差は無いか(^^;;;
 基本的に、あくまで「スジ論」としては、開放するというのがフェアである、というのは当然ではありましょう。恐らく、ベイヤー先生のボトムラインもそこにはあるだろうとは思われます。ただ、その上で、「開放することの受益」というのが誰に対して何処まであるのか、というのが引っ掛かってくるのかってのは、momdo たんはそんな気にするなというスタンスっぽくてまぁそれはそれでありかなとは思うのですが、自分としてはやはりちょっと気にしてみるところ。その上で、開放ということ一つ取ってもいくつかの側面はある訳ですが、まずはそれをだだっと。

◆外国産輸入馬への開放
 これに関しては、現状でほぼやり尽くした感はあります。どんな国にも地元馬限定レースはありますし、現状の規制がさほど大きいとも思われない一方で、仮にこれ以上開放したとして日本人が輸入できる2歳以下の競走馬のキャパがこれ以上大幅に増えることも無いだろうなぁとも。聊か不確かな記憶ですが、競走馬輸入はエルグラの世代辺り以降、ここ暫く頭打ちっぽいようなのですよね。一方で、現実にレースの制約が少なくなったことで、例えばシンボリクリスエスやタップダンスシチーなんて、もはやファンの側からも「あいつは外国産馬」と意識されることがほとんど無かったようにすら思われます。言わば「規制の作るギミック」からほぼ解放されているのでしょう、と。
 過去10年以上にわたる、(半ばこの面に絞られての)一連の改革を成功と見るか失敗と見るかはそれぞれですが、日本の馬産がそれによって崩壊しなかったのは幸運だったのでしょうし、とりわけサンデーサイレンスという存在には感謝する必要もあるなと。一方で、景況の問題が開放云々以上に日本の馬産を全体として細らせたことがむしろ影響が大きく、その中でサンデーサイレンスの寡占状態が大きくなりすぎたのは将来的には禍根とはなるかも知れませんが、それは知恵で乗り越えられる可能性のある課題ではあると思われます。

◆外国馬主・競走馬への開放
 スポットでの参戦は増える可能性はあるかも知れませんが、現実にいくら日本の賞金が高かろうが、わざわざ自分がロクに見もすることが出来ない一方で伝統でも格でも劣る競走にわざわざカネだけのために出走させたいと思うほど、世界の馬主の大概は喰い詰まってはいないケースの方が多いでしょう。そもそも、馬主となる喜びは賞金よりも目の前で「オレの馬が勝った!」というのを喜ぶことがベースだと思うので(と言っちゃうと、TOTL系な方からツッコまれそうでもありますがw)。恐らく、これ自体が外国からの出走馬を増やす方向には働かないかなとは思われます。恐らく、長い目で見ればある程度の規模以上で参戦するのはゴドルフィンとそのほかせいぜい両手で数える程度にもならんのではと。
 一方で、やるときは半端じゃないゴドルフィンの存在はやや厄介かも知れません。勿論、彼らがやるとなったら、一口馬主の法人1つや2つは立ち上げたりして、デビューから日本で迎えるような馬も出したりするのでしょう。それはそれで「社台の運動会」を脱却すると言う点で競馬のダイナミズムを増すという意味では日本のファンを利する面はあろうかと思われますが、それで外国産ばかり持ち込んでも、一昔前のタイキを更に嫌らしくした感じにも見え。ある程度、規模に応じて内国産の最低所有頭数みたいなのを定めた上で、馬主資格を開放するというのは対応策の一つとしては挙げられます。

◆国内での馬産の開放
 その上で、ゴドルフィンにとっても日本に輸入された種牡馬というのを試してみたいとかはあるかも知れませんし、また日本という大規模な市場でダーレイの種牡馬事業を展開したいという欲望もあるでしょう。その点で「馬産の開放」もしてくれたら嬉しい、というのはあるかも知れません。これが社台を潰すくらいデカくなっちゃったら、まさにハゲタカに乗っ取られた状態で目も当てられませんが、結構こいつらはビジネスの継続とかは考えてるほうだとは思うので、それなりに国内の勢力とバランスを取りつつ運用する面はあるかも。その上で、馬産の開放とかをするのはノウハウの導入なども含めて興味深い試みとはなるでしょう。案外、将来の土着血統のルートを作っちゃったり、とかあるかも知れませんし(笑)。
 一方で、現状で更にそんなのが馬産はじめちゃったら、短期的には現状の中小生産者へのインパクトはすげーだろうなぁ、という心配も確かに大きいところではあります。

◆外国競走馬の国内転籍の開放
 余り指摘されない問題ですが、勿論「全てを国際基準で開放する」ような国際化を行った場合に、勿論こういう問題も出てきます。言わばフェスティバルとかフサイチゼノンの逆バージョンみたいなやつらですな。現状ルールでは、国内で競走馬登録をした馬が海外遠征するという形でサンデーピクニックとかは出戻ってるとは思うのですが、国外で登録された馬も転籍可能にしなければ、というのも「開放」の文脈には入るでしょう。或いは、ベイヤー先生が開放を求める背景には、こういう「国際的な転籍による売買によってアメリカの競走馬市場を活性化させたい」という米国競馬界の意図もあるのかも知れません。かの国は発達したクレーミングに現れるように、基本的に現役競走馬はかなり流動的な資産として扱いますので。
 実は、これが一番厄介な問題なのかも、とは思います。
 現状アメリカには、南米からの転籍馬が数多く走ってますが、勿論大概はアメリカの調教師が買ってきてアメリカの馬主が走らせているわけです。これと同様に、日本のオーナーがアメリカのオープン馬を購入するケースってのは、この開放がなされれば行われるでしょう。南米の賞金が北米より低いのと同様に、北米の賞金は日本より低いですし。これが、特にG1クラスでない中堅馬の層を大きく変えてしまう可能性はあるかな、とは思われます。その辺りってのは、結構トップホースの下にあって比較的多彩な個性を持った馬たちが存在し、日本の競走馬の土台を支えるような部分なのですが、これがある程度喰われちゃうってのは、G1を軒並み外国馬に持ってかれる以上に、日本の競走馬のクオリティを維持するためには少なからず悪影響にはなりそう。とりわけ、日本の馬主がある程度調教師と言う馬喰を経由してしか生産者とコミットしないなど、生産者との絆が相対的に緩いだけに、安易に「実績の見えてる馬」に飛びつきそうにも思われるだけに。
 勿論、この手の馬が増えれば海外競馬マニアの地位は向上するのでしょうし(笑)、まぁ新しい競馬の興趣にはなるとも思われるのですが、それにしてもちょっとリスクが大きい選択のようにも見受けられます。

◆調教師・騎手免許の開放
 ある意味一番手軽なのですが、調教師に関しては字面的に開放しても、結構トレセンを含め外人には複雑怪奇なローカルルールがあるだけに、意外とそんな破滅的な参入のされ方は無いかもしれません。ゴドルフィンとかも、恐らく馬主資格が開放されたとしても、暫くは日本の調教師に任せるんじゃないかな、とも。ただ、世の中に少々変り種の外人がゼロから叩き上げで厩舎を運用したりするってのはありそうですし、それはそれで厩舎社会にちょっとした新風を入れるものとは思われますが、実際なかなか馬も集められないだろうし苦労するには違いないでしょうねぇ。
 一方で、騎手に関しては、まず地方と中央の垣根を何とかしてから、でしょう。現状も漸進的にやってはいますが、ある程度地方を含めた「日本の騎手育成の改革」が途上にあるのが現状なので、そのメドが立たない状態で全面開放すると、ある意味生産者以上に破滅的な状況になりかねんという恐れはあったりもします。ある意味、馬以上に「国籍」を背負うアスリートですから、これは一定の保護も必要なところではあるでしょう。

◆で、日本の競馬は。
 これだけの開放をしたところで、国際的評価は上がるのでしょうか?
 自分は「怪しいなぁ」というのが基本的な見方。
 というか、結局のところ、どれだけ国際化を積んで日本の馬が強くなったとしても、最終的に競馬における「格」というのはある程度固定されたものではあるのでしょう。いつか日本の馬が「凱旋門賞よりも有馬記念の方が取るのが難しい」くらいのレベルになる日が来ても、凱旋門賞などの欧米最高のレースを勝つことでしか得られないプレスティージってのは存在し続けるのではないかな、ということです。強いて言えば、以前山野長老が構想されてたように、ブリーダーズカップが「競馬のオリンピック」的に国間持ち回りのレースとして再編されたりでもしない限りにおいては。

 で、勿論開放すればICSCのパート1にはなれるでしょうけど、ICSCのパターンレース認定と言うのが屁の役にも立たないというのは、有芝が以前から繰り返し述べているところです。現在の国際競走およびその主催国のクオリティはほぼサラブレッド・ランキングによって、ある程度ツッコミ所はあるもののそこそこの妥当性をもって公表されていますし、そこで日本の競走馬は既に世界の五指に入る水準に達している(それは過分でも不当でもない評価かと)ことは、セリのカタログ読む必要があるような人なら普通に把握していることも多いでしょう。逆に、それを把握してない程度に蒙昧な馬主ならば、グレード云々以前に At 3: 6 wins from 7 starts in Japan. とか書かれてる時点で「何だ、日本なんかでの成績なんて参考になんねーよ」でおしまいかと(笑)。それに例えば、現在国内で国際グレードとして認められてるレースを勝っても、例えば「ヒシミラクルがG1馬でシンボリクリスエスがG1馬じゃないから、前者の方が格上の馬である」なんて思考回路の人は現実に世界でもそう多くは無いでしょうから、ヒシミラクルが種牡馬としてより多く海外から引き合いを得る、なんてことも起こらないですしねぇ……。
 詰まるところ、現状で日本競馬の国際的評価っていうのは概ね90%以上が「海外のレースで日本調教馬が挙げた実績」に依存するのだと考えられます。それである程度の数字を積み上げれば、日本の競走馬のレーティング上の全体評価も上がる、という形で国内の評価にも戻ってきます(ディープインパクトが昨年のレートで得た数字は、ある程度まで「シーザリオがこの数字なら、直接対戦してないけど明らかにそれより強そうなディープにはこれだけ必要だ」みたいな文脈で押し上げられた形跡がありました。それが正しいレーティング姿勢かは別問題ですが)。そしてそれ以上の形で「日本の競馬の格」を上げる手立てはないでしょう。
 それは、上述した「格」の壁が存在する以上、将来的にも大きく変わるものとは考えられません。要するに、欧米の馬主は普通自分の一番強い馬を主に欧米で走らせて、日本にはオフシーズンの時期しか来ないでしょうから、その馬を屈服させるにはこっちが欧州にいかないと仕方がないのです。その文脈で、日本の競馬が開放されてるかは特に意味を成しません。

 いやまぁ、その上で、開放してないという事実は「非関税障壁によって日本馬は強くなった」というエクスキューズの余地を欧米のホースマンに与えているのは間違いないでしょう。ただ、基本的に欧米のスポーツを色々見てる人ならばまずは合意されるところでしょうけど、どんな状態で強くなったところで、奴らは絶対に何らかのエクスキューズを思いつきます(笑)。経験則でしかありませんが、これは絶対的な経験則ではあります。その意味では、「フェアな状態にして、国際的な評価を高める」ために開放をすべしという意見はどうも的を外した議論になる気がしてなりません。要するに、「開放してやったぜ、どうだ」みたいな自己満足で終わってしまうんではないのかな、という感じです。momdo たんは「自己満足でええやん」と言いたいところでありましょうが、リスクはもうちょっと然るべき場面でより多くの益を生むために使うべきです。
 一方で、日本は極東の僻地であり、欧米からは輸送と時差と言う大きな壁が存在する異世界である以上、あくまで現状は、開放による受益者というのは国外自体にも決して多くは存在しない、というのが実情ではあるのでしょう。将来的に、欧米から/への遠征が関西馬の福島遠征(1980年代には海外遠征くらいの珍しさであったと思う)くらいに当たり前に出来るようになれば、このあたりの状況はアップデートされるのでしょうし、そうなれば面白いなという期待もあるにはあるのですが、まだ恐らくは先の話。
 その意味では、現状ではあくまで国内のファンというのを受益者として想定し、「興行のため」という文脈を最優先して国際化という施策は進められるべきではないでしょうか。その上で、上に書いたような話のリスクとゲインについて、もっと「ファンが愉しめる」という目的意識で議論が進むことを期待したいなぁとは思いますが、その一方で外人の「アンフェアだ」というスジ論に単純に引っ掛かった上での議論はちょっと避けたい、と考えるところではあるのです。

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