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殿下執務室2.0 β1

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有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、そしてYet Another Amateur Photography。

建設費が確定したようなので、国立競技場についての見解など。 

 スポーツを観るために、生まれてきた(挨拶)
 
Sky on Kasumigaoka
Sky on Kasumigaoka; D7000 AF-S DX Nikkor 18-55mm f/3.5-5.6G VR (18mm) f/4 1/600s ISO-400
DxO FilmPack 5.1: Kodak Ektachrome VS 100

 何か、あんま建築畑とかエコノミスト畑とか納税者畑でない、一人のスポーツファンとしての視点とポジトークとして。
 因みに、前提としては旧霞ヶ丘は多分解体して作り直すこと自体は妥当だった、とは思ってます。確かに、屋根が無ければ晴れた日の青空は綺麗なんだけど、突貫である程度疲弊はしてただろうし、都心の真ん中に規格の古い陸トラを置くスタジアムを延命させるのも、この大都市のインフラとしてはやや足りないものではあったろう、と考えると。

 メディアとかに出回っている記事を見る限り、過去の五輪の会場と比較して出されることが多いが、個人的にはこれは余り妥当な比較ではないとは思う。基本的に国内の労働者のコストとかが違い過ぎるってのはあるし、また同じ国でも成熟したメガロポリス的な所と地方都市では結構違ってくる(NFLで同じように贅を尽くした場合で比較するなら、ダラスのAT&Tスタジアムは屋根があるのにNYのメットライフよりも安い)訳で、そういう点ではロンドンのオリンピック・スタジアムくらいしか適切な類例はないだろう。
 一方で、QEパークのスタジアムの場合、元々比較的ロンドンでも大衆的なクラブであるウェストハムの本拠地にある程度縮退する前提で作られていて、反面国立は長期的にサッカーのワールドカップのファイナルも見据えている規模であり、そういう点では「ナショナルスタジアム」的なランドマーク性を期待されている施設では無かった、という辺りは差とはなろう。まぁそのランドマーク性の是非は後で論じるとして、そういう意味でロンドンで比較されるべき施設というのはやはりウェンブリーであるし、世界的にも類例として比較できる存在と言えばあとはNY近郊メドウランズのメットライフくらいかな、なんてことも。前者が2015年換算の価格で£9.38億=1750億円、後者が同じく$17.3億=2110億(ソースはウィキペ)。うん、まぁ国立高いな。しかしまぁそれくらいのスタジアムはあるし、むしろそうしたスタジアムと近い条件で建ててるという面もある、というとこで、まずは比較は考えておくものかな、とも。

 その上でじゃぁウェンブリーやメットライフより更に高くなるのは、というとまぁキールアーチもそうなんだけれども、あともう一つシビアな要素としては、アレがほぼ都心のど真ん中にあるという立地とかを考えるべきかとは思う。ウェンブリーはざっくりビッグベンから15kmでほぼ国会議事堂から石神井公園くらいまでの距離、メットライフはタイムズスクエアから10km弱で同じく議事堂から駒沢のオリンピック公園くらいの感覚である。まぁ後はロンドンのオリンピックスタジアムにしても或いはパリのサンドニ辺りも、市の中心的なランドマークからは5㎞以上は離れてるものではある。そうした立地は、価格にはやや上向きの影響は与えそう。実際、屋根差し引いても1570億という数字が出てるけど、多分それすら案外妥当なのかも、とか。
 そういう意味では、多分2016ビッドのように、晴海にスタジアムを作る方が安上がりになったんじゃないの、みたいなことは思う。都心に近ければ近いほど、スタジアムとしては複合的な機能を持つことでスポーツ施設だけでは完結しない高い稼働率が要求されるものではあろう(東京ドームなどもそうであるが、個人的にはこっちは何とかBCプレイスみたいに屋根とっ外して天然芝のボールパークにする気概を讀賣に見せて欲しいなぁとも思ったり)。一方で、晴海であれば辺鄙であるからこそ、そこの要求度は高くならないし、そういう意味で「安いスタジアムにする」発想が出やすかったのかなぁ、とは思う。
 ただ、そうした場合に国立どうするのかっていうと、まぁ取り壊して緑地にしたうえで聖上に奉還するというのもありだけど、何かそれはそれでサッカーファンやラグビーファンにとっては「フットボールの聖地」として疎開させられたみたいな感慨は残したりしたかも知れない。そうは言ってもフットボール場作っちゃったらお金の節約にはならない訳で、やや断腸ではある。また、晴海や或いは臨海辺りに作った場合でも、交通機関がちょい細いのは気になるところであり、アクセスする鉄道は無いと観戦環境としては厳しくはなってしまう。まぁ、スタジアムの費用にはそんなもの計上されないけど、そこのお金って結局引き出す場所は同じよね、と思うと、字面ほどは「安い」判断にはならない悪寒も。まぁ、それでも節約できるとは思うけど。

 節約できないとすれば、それはまぁ色々いい加減な所もあって100か200億くらい行ってる面はあるとしても、それ以上にやはり大きいのは「安くするような発想」自体が無かった、ということなんだろうな、ってのは思っちゃうとこではあり。ただそれは、上にも書いたけどこれが霞ヶ丘というある意味象徴的な場所に建てられるナショナルスタジアムとして、ある種の「ランドマーク性」を帯びるからという面はあるのでは、とは感じる。その意味では、ザハであろうがなかろうが、コンペのどの案採用しても一定以上の額にはなったんじゃね?と。ただそれは造る側のある種の美学みたいなとこではあり、都市インフラとしてそういうランドマークに一定以上の贅を尽くすってのは、それはそれで国民の懐を痛めるとは言え、ある種の文化投資として反対を押し切ってやり切るのも見識ではある、かも知れない。
 ただ、それが若干妥当ではないとすれば、「懐を痛めるから」ではなく、「スタジアムってそういうランドマークの中でも、あんま『恒久的』なものではないから」って面から自分は議論したいかな。例えばさっきちらっと東京ドームの話したけど、確かにアレが建てられた頃はアメリカでも人工芝のドーム球場なんてのはあちこちに建てられていてそのトレンドに沿ったものだけど、その後先方の野球文化はというと、「天然芝のネオクラシック」みたいなのにシフトして、むしろ人工芝ドームは「ダサい」ものとなってしまった。東京ドームと同様なエアドームで設計されたメトロドームやBCプレイスが取り壊されたり屋根をとっ外されたりしてるのが象徴的、というか。
 そうした「人気商売」的な興行媒体であるスタジアムは、恐らくそこまでランドマークとしての永続性を本来要求されるべき施設ではないのでは、とは思う。言わば、30年そこらで取り壊すことを前提に、その間に耐久性とかへの拘りや機構の複雑性や将来の拡張性みたいなとこを捨象しつつ、贅沢するところはしてイベントなどの機能に対応する力は確保する、みたいな発想がベースとなって、投資の回収を考えるべきなのか、などと。もしかしたら、ある意味相当古い施設である代々木体育館がまだ東京のランドマーク的に機能してるような感覚を、この再建を構想した人たちが拘り過ぎたのは、ちょっと結果として「過大な費用」という、余り人気の出ない方向に帰結しちゃったんだろうなぁ、みたいなことは、思うのである。

 まぁ、そうは言っても、このスタジアムが建つのは楽しみだし、現代の納税者ではなく将来のアスリートがこのスタジアムの歴史を作ってくれることを、有芝は確信している。その確信が正しくなるような世の中を、自分たちが作ることで、「高いスタジアムを安く出来る」なら、日本人はそれを誇れるであろうな、とも。
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