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殿下執務室2.0 β1

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有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、そしてYet Another Amateur Photography。

羽生の中国杯FSの件、幾つか備忘として。 

 ともあれ、無事にNHK杯なり国内選手権なりで元気な姿を見せてくれよ、と>羽生、閻涵

Plus Ultra
Plus Ultra; DMC-GX7 Leica DG Nocticron 1:1.2/42.5 ASPH. F2.0 1/800s ISO-400

 この手の負傷がフィギュアスケートというスポーツにおいて発生して、それを乗り越えた美談というと、まず真っ先に思い出すのは張丹のトリノではあろう。しかし、アレは五輪だしそもそもアタマから行ってる訳でも無いので美談とはなり得るのだけれど、ちょっとああいう形で結構頭部に近いところを高速でやった状態と思うと、正直なかなかキツイものはあったよなぁ、と。GPSごときでそんな鬼神の如き姿を見せなくとも、と。

 つか、もう閻涵の演技の段階で思ったけど、フィギュアスケートって競技ではあるんだけれど、根本的な形式で演技なんよ。そこにちょっと色々と挟まるものが、あの状態ではデカ過ぎて、音楽を用いたエンターテイメントにならんのよね。それだけにちょっと少なからず後味悪かったなとは思う。
 実際のとこ脳震盪でないのなればそこまで外傷だけで競技生命にかかわらない可能性はあったとしても、ね…。
 いや、確かに「スポーツとしては」凄いもの見たと思うのよ。ただ、多分その凄さフィギュアスケートに求めてないから。一方で、多分あれを虚心に見た人の多くの「フィギュアスケートそのもの」に対するイメージ的にも影響は与えたかも知れないなぁ、とか。少なくとも羽生結弦という選手に関しては、恐らく「ソチ前とソチ後」ではなく、「2014年中国杯前と後」で一つのマイルストーンが出来るのか、なんてことも考えたり。

 あと割とフィギュアスケートってもともと政治的なとこが強く意識される競技ではあるから、あんまり競技者以外が棄権を決定する判断自体が安易に選択されないみたいなのがシステム的に出来てしまってるのかな、なんてことも。その意味では、興行サイドが「呼び物」的な両選手の棄権を認めなかったみたいな話では無いと思うし、逆に出て来られちゃったらメディア側ももう出て来た側の意思を称賛する以外の選択が消されちゃうかなぁという感覚も。その意味では、批判されるのはISUのこうした事故に対するスキームの不明確さとかであって、メディアではないかな、とは思ったり。

 強いて言えば、医療という意味ではああいう形でスケート靴履いた選手が倒れてるケースで、担架の一つも用意できないのかというとこで、まぁ氷上なので乗せる際の扱いとかも結構難しいんだけど、もうちょい安定した状態で選手を舞台裏まで運ぶようなフローとかはあって欲しかったかなとは思う。その辺りの細かい部分も、ちょいISUの「興行」としては求められてきそうかとは思うのだけど。
 正直、状況としては、テレビ桟敷から個人が判断したものがどの程度的を射た批判になるのかは分からないけど、少なくとも「見た目」としては、ああいう異常な状態から選手が「出られてしまう」ってのは結構厳しいというのが率直な感想ではあった。そして、フィギュアスケートという競技が他のどの競技にもまして「見てくれ」が左右するものだと思うと(実際羽生も閻涵もそのマスクもあって、相手国のファンが相当居そうなイメージではある)、うまいこと「出さない」仕組みを作れた方がいいんじゃないかなぁ。
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テーマ: フィギュアスケート

ジャンル: スポーツ

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