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殿下執務室2.0 β1

  : 

有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、そしてYet Another Amateur Photography。

エアグルーヴ評伝 

特に写真は関係なく。
たまたまデルフィニウムとか買える機会が今年は無かったので。
というか、今年はたまたまエアグルーヴの誕生日の日に、青と黄色の花束を作ることを思い付いたのである。
#昔は同居人がよくやっていたのだ。
それを思い付いて、結果それが出来なかった年に、という、ある種の皮肉というか。

Untitled
Untitled; D700 Tamron SP AF28-75mm F/2.8 XR Di (75mm) F2.8 1/350s ISO-400

エアグルーヴが亡くなった。
概ね栄光に満ちた生涯、というべきではあるが、ある意味産駒があれだけ毎年のように注目を浴びて、
という図式においては、ハギノトップレデイらの「華麗なる一族」くらいしか匹敵するものを見出すのは
困難だったであろう。その上で、競走成績も上回り、実際重賞勝ち馬を4頭出したのだから、偉大に尽きる。

90年代のある種の競馬のパラダイムが変革するさなかにこの牝馬は現れた。
*サンデーサイレンスと社台グループが競馬の世界を塗り替えるという帰結もさりながら、この時代を境に
日本の競馬は見事なまでに「世界に通用するもの」に変革した、というのが大きい。
何度も書いてるが、97年のサクラローレルとホクトベガのぐうの音も出ない悲惨な海外遠征と、その翌年の
*タイキシャトルや*シーキングザパールの輝かしい成功は、まさに「革命」と言って良いものであった。

その「革命」の前後の世代を繋ぐチャンピオンが、エアグルーヴだったのである。
サクラローレルと直接対戦する機会は無かったが、ある種ローレルのアンチテーゼと言わんばかりに秋天
からジャパンC、有馬と戦った97年の秋は、前時代を承けての王道であったし、その後はサイレンススズカ、
ステイゴールドや*エルコンドルパサーにスペシャルウィークと言った、「革命以後」の時代のヒーローを
向こうに回して見事にチャンピオンの座を明け渡して、競走生活を終えた。

その上で、*ノーザンテーストのような前時代の資産を継ぐある種のノスタルジアの側に居つつ、それ故に
サンデー王朝における社台牝馬群における皇后として存在感を維持できた、言わば「前後の時代双方に
対する、ある種の親和性」がこの牝馬を競走繁殖の両面で支えたように思う。
こうした繋ぎが出来た存在となると、牡馬でもサクラバクシンオーくらいしかマネできた存在が居らず、
その意味で現代の、グルーヴの現役時代を知らないファンにとっても、圧倒的な同時代内での存在感を
築いてしまった、とは言える。

エアグルーヴよりも強い牝馬を、我々は何頭も見ている。
タニノ・ダスカ・ブエナ・ドンナの「現代女傑四天王」よりも強い、とはなかなか言い難い。
つか、単に強さだけだったら、対戦機会は無かったものの一番強いときの*ヒシアマゾンやノースフライト
辺りでもどうにかなっただろうし、実際メジロドーベルもグルーヴに勝利している。
しかし、この牝馬が、あの大きな時代の流れの中でチャンピオンとなったこと。
そして、その魔性により異常な期待という負荷を繁殖として背負い、見事に複数頭のG1馬を出したこと。
それだけで、自分の経験した競馬における、一つのフォークロアではある、とは思うのだ。
オグリやテイオーのような馬を二度とは見られまい、と思う一方で、この馬の存在も、ある種のそういう
再現不可能性という点では近いものはあるかも知れない。一つの、歴史として。
ともに過ごす時間が終わることで、自分の人生に一つの段落が付いた、と思ってしまうほどに。
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