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殿下執務室2.0 β1

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有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、そしてYet Another Amateur Photography。

A Sunday Saturation Trilogy -2- 100年前の「SSの悲劇」と。 

 二つ目(挨拶。

Saturation -分離-

 鞘さんからのお題。

@Mahal ノモケン記者と一緒に転がされてる件ェ…。中のアクセス解析などいませんよっ。ところで100年前の英国と現在の本邦、2つの"SSの悲劇"を真面目に比較したら面白そうな記事/論文になる気がするんですがどうですか殿下。less than a minute ago via Echofon Favorite Retweet Reply



 俗に「St.Simonの悲劇」と呼ばれるのは、この歴史的大種牡馬の孫世代における特にイギリスでの深刻な不振を指します。
 自身はもちろんのこと、Persimmon や Florizel、St.Frusquin、William the Third といった産駒種牡馬剤が綺羅星のような活躍を見せた20世紀初頭までの勢いから打って変わって、St.Simon の孫世代種牡馬たちはイギリスでものの見事に失敗を続けました。所謂クラシックレースで牡馬の3冠たる2000ギニー、ダービー、セントレジャーを、St.Simon の父系曾孫たちは1つとして勝てなかったのです。これによって、St.Simonの父系は急激に縮小し、やっと玄孫の世代になって Bois Roussel が勝利したのは1938年のことでした。

 因みにこれは、なぜかイギリスに特定される現象で、というかイギリスは当時世界最強の競馬国だったので、St.Simon の孫世代は他国に出て活躍する余地もありました。実際には、仏愛牡馬クラシックや米3冠で以下のような馬たちが勝利しています。後、英国牝馬クラシックもちょい含めて。

1916(35) George Smith(Kentucky Derby) Out of Reach - Persimmon
1916(35) Furore(Irish Derby) Fugleman - Persimmon
1917(36) Hourless(Belmont) Negofol - Childwick
1919(38) Tchad(Prix J.Club) Negofol
1919(38) Loch Lomond(Irish Derby) Lomond - Desmond
1919(38) Roseway(1000Gns S.) Stornoway - Desmond
1920(39) He Goes(Irish Derby) Prince Palatine - Persimmon
1920(39) Charelebelle(Oaks S.) Charles O'Malley - Desmond
1922(41) Brownhylda(Oaks S.) Stedfast - Chaucer
1925(44) Coventry(Preakness) Negofol
1926(45) Take My Tip(GP Paris) Rire aux Armes - Rabelais
1928(47) Vito(Belmont) Negofol
1941(60) Le Pacha(Prix J.Club, GP Paris) Biribi - Rabelais


 さて、ここで最も多く顔を出す Negofol という馬は、自身も仏ダービーを制しており、種牡馬としては英仏でクラシック馬を輩出した訳ですが、これらの後継馬が活躍することはなく、父系は断絶しています。それどころか、牝系に入って影響を与えることすらありませんでした。父系として滅びても、結構ある程度活躍した種牡馬であればどこかで牝馬を通じて名前を見ることが多いのですが、ことこの種牡馬に関しては、そういう牝馬が思い浮かびません。配合を歴史的に眺める習慣をある程度持っていても、Negofol という名前は、意識することすら少ないのではないでしょうか。自分もこれ書きながら「こんな馬いたんだ」的な思いも。

 一方で、ここで主要国として英愛仏米辺りを眺めてみましたが、当然ほかのマイナー国での活躍馬をオミットしています。そして、St.Simon の孫世代の中で、恐らく8割か9割が「この馬が最も重要」と考えるであろう種牡馬は、イタリアにいました。その名を Havresac と言います。因みに、残りの1割か2割の血統通は大体、Le Pacha を生んだ Biribi かドイツの Ard Patrick、或いは南米で活躍した英3冠馬 Diamond Jubilee 辺りの産駒などをダスカと思われ。……は置いといてこの Havresac、イタリアで11度のリーディングに輝き、テシオやその他のイタリア生産者に数多のクラシックホースを供しました。父系はテシオがてs……ゲフゲフン、繋いで自身の最高傑作 Ribot を輩出し、一方牝駒では Nogara が20世紀最大の主流父系を築くことになる Nearco を産んでおり、その影響力は現代でも絶大なるものがあります。この Havresac の血統は、どんなものでしょう。

Havresac

 ということで、何と St.Simon の2×3という、強烈なインブリード。
 果たせるかな、St.Simon の影響力を子々孫々に維持する原動力となった最大の種牡馬は、ともすると「弊害」と見られがちな、というかそれ自体が父系の衰退をもたらすと考えられがちな近親交配から生まれたのでした。では何故、イギリスでこうした血統パターンが残らなかったのか或いは試みられなかったのか。要は勇気がなかった?それとも、こうした血が国外に流れたからの成功?はてさて、一体どういったものでしょうかね?
 ただ、イギリスでこうした血統パターンが出た時に活用するある種の柔軟性自体が、当時のイギリスの上位サラブレッドにおいては難しかったこと、一方で St.Simon と同時期に他系統もそれぞれ進化の足がかりを掴んでいたこと辺りは、見ておいてもいいのかも知れません。その柔軟性を、特に繁殖牝馬ベースで如何に確保するか、という辺りに、3代目を繋ぐ鍵はあるのかな、とも。
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この記事に対するコメント

Prince Palatine、St. Amant 、Volodyovski、Willonyxと言ったあたりにGalopin-St.Simonの近交が無く、Havresac、Biribiにあるあたり、
「St.Simonの悲劇」は巷間言われるように血の飽和や近親繁殖の弊害ではなさそう。
まあ、それならPharos、Hyperionもアウトわけで。
むしろ、世代が進むことによって急速に衰えるGalopin-St.Simonの血の優位性を、
固定化なりの手法で保存しようとしたものの、近交から良駒が出来なかった事と愚考いたします。
高い競争能力を示し、近交でありながら弊害が無い個体を作らなきゃってことですかね。
Lomondは成功しても良さげな気がしますが。
長文すいません。

URL | 岸辺円六 #SFo5/nok

2011/05/26 19:15 * 編集 *

どもです。
実際、Flying FoxやHavresacのような事例がフランスでは現出し得て何故イギリスでは現出しえなかったのか、みたいなのは謎というか、それだけでかなり詰めた研究が必要そうで、軽く何かを言うのは難しい所はありそうですね。
イギリスでも、St.Denisのような事例はあり、「試されなかった」ということはやや考えづらくもあるのですが。
http://www.pedigreequery.com/st+denis

URL | 有芝まはる(ry #LBrjZuRI

2011/05/26 23:29 * 編集 *

レス有り難うございます。
>かなり詰めた研究が必要そうで、軽く何かを言うのは難しい所はありそうですね。
St.DenisはHelene De Troieにつながる訳で良いモノ持ってたはずですしねえ。
自分とこにも書いたんですが、殿下の示唆される通り配合のみじゃなく、
受け皿の繁殖とか対抗勢力といった環境要因もありそうですし。

ところでこっちに書いちゃいますけど、立派な兜ですねえ。
じじばばが頑張った?

URL | 岸辺円六 #SFo5/nok

2011/05/26 23:54 * 編集 *

A Sunday Saturation 異聞べい

三部作、一節一節頷きながら、また幻の玉稿「父系の歴史」を思い出しつつ、拝読しました。

配合史的観点を備えた長射程の考察を欠いては、ポスト*サンデーサイレンス時代を見通す事能わず。
そこでは、サンデーを何と比較するか、さらに今と当時の文脈をどのようにオーバーラップさせるべきかを焦点として、最終的に幾通りかの予測を立てる事が可能でしょう。
拙の見る限り、社台もそれ以外の生産者の方々も、よく勉強しよくよく考え抜かれた上で、今後のシナリオに基づいて、行動を決められているように思います。
拙も及ばずながら、過去の文章編集して補助線引いてみますねん。

結論だけここに書けば、掲げていただいた twitter 発言のように、100年前の "St. Simon の悲劇"こそサンデーの比較対象として最も好適――そして St. Simon が必要としたのは、「自身が希釈・選別・再濃縮されるための、時間稼ぎであり肌の入れ替え」であった、というのが拙の見立て。
そして*サンデーサイレンスはまさにこの道をなぞろうとしている、と。


>岸辺さん

> 巷間言われるように血の飽和や近親繁殖の弊害ではなさそう。

> 固定化なりの手法で保存しようとしたものの、近交から良駒が出来なかった事と愚考いたします。

この2つはほとんど正反対の事を仰っているような。もう少し御説拝聴致したく。

URL | さ #KFnQoIb2

2011/05/27 09:12 * 編集 *

>Prince Palatine、St. Amant 、Volodyovski、Willonyxと言ったあたりにGalopin-St.Simonの近交が無く、
Prince Palatine>Galopin3×5
いきなり前提崩壊なんですがorz
ちゃんと調査もせんと軽く何か言っちゃだめですね(笑。

>鞘師
前提が壊れたのでなんなんですが…
近交=○良質の因子をホモ化、△良悪両方ホモ化、×悪質な因子ホモ化
いずれにせよ遺伝力強
外交=良質・悪質因子分散
遺伝力弱
と言う理解で、
「St.Simon近交試したけど、健康に裏打ちされた競争能力の高い(Havresacの様な)馬がイギリスでは出なかった。」
と言う意味なんですが。分かりにくくてすいません。
Havresac産駒の伊ダービー馬Manistee(St.Simon3・4×4)、Dervio(St.Simon3・4×3)からそうかな、と。
そして、外交で進めた方は代を経るに従いGalopin-St.Simonの影響力は薄まり、他の血統と差が少なくなった、と。
逆にSt.Simonの良牝を手に入れた進化中の他血統が伸びた。と言う感じです。
間違いがありましたらご教授お願いいたします。

URL | 岸辺円六 #SFo5/nok

2011/05/27 22:32 * 編集 *

拙文失礼します

はじめまして。いつも拝見させていただいております。
ロクに勉強もしていないので、的外れなコメかもしれませんが、清教徒が天下を取った事のあるような国民性が、近交を心理的に忌避した。・・・ ってことはないでしょうかね?

URL | ダイスケ #-

2011/05/29 17:06 * 編集 *

>ダイスケ様
初めまして。
ロクに勉強していないのは僕も同じですが、
「有るかも知れませんよね。」って言っちゃいます。
殿下も仰ってるようにある種謎な訳で、多面的な考察が必要そうですし。

URL | 岸辺円六 #SFo5/nok

2011/05/30 01:33 * 編集 *

遅レスにて……

岸辺さま>
この辺りは、それこそ以前ブログでまとめてたNereide本の英国版みたいなのがあれば、何となく見えてくるものはあるかも知れませんが、案外英国だと競馬の規模自体がデカいので、なかなかまとまりづらいかも知れませんw。
ところで、兜の写真は流石にウチの実家ではなく(まぁ実家のもそこそこ自分の爺さん世代が頑張ってくれたものですが)、大正時代の旧邸の展示物みたいなものです。

鞘さん>
そちらのブログも読ませて頂きました。
ヴィリエのStandard Dosageよりも最終的にSt.Simonの血量は多めに収束しているのが、テシオとそのライバル達の覇業によるというのが、ああいう切り口であそこまでいみじくも定量的に示されるもんなんだな、と。

ダイスケさま>
イギリスも草創期サラブレッドとかはかなりの近交ですが、実際には輸入種牡馬がそれだけ優れていたってのと、あとは移動の制約上の都合もあったようで、全体として「近交が試されてなかった傾向」みたいなのは、調べたら出て来るかもですね。
アメリカなんかだと、クオーターホースみたいに現代でも結構強い近親交配な品種もあったりしますし、それなりに文化差はあるのかも。

URL | 有芝まはる(ry #LBrjZuRI

2011/06/01 23:54 * 編集 *

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「セントサイモンの悲劇」とは何だったのか

今年のダービーに出走する馬の、全てが大種牡馬*サンデーサイレンスの孫にあたるという記事を、日経新聞のノモケンこと野元賢一記者がモノしていました。 <ul><li><a href="http://goo.gl/edy7E">「サンデー」の孫が占拠、今年のダービー

団亭日乗

2011/05/27 12:07

St.Simonの悲劇

殿下のところにコメントした。 >Prince Palatine、St. Amant 、Volodyovski、Willonyxと言ったあたりにGalopin-St.Simonの近交が無く、 >Havresac、Biribiにあるあたり、 >「St.Simonの悲劇」は巷間言われ...

下馬評。

2011/05/27 22:51

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