キヤノン電子の件で自分の情弱に気付く。 
どうでもいいけど、「AVマニアとして東スポで定評のあった松井秀喜が、結婚に当たってどのように資産を処分したのだろうかと思いを馳せた。」なんてしょーもないブコメにスターが20以上つく辺り、松井人気に死角は無いな(挨拶)。てな訳で、全く脈絡無く本日の一枚。
錦糸町は夜の七時。 posted by (C)有芝まはる殿下。
◆本当に「いす」がなかった,キヤノン電子のオフィス@ITPro
個人的には、ちょい騒ぎすぎだよなぁとか思いつつも確かにツッコミどころは多いというか、まぁ確かに自分も椅子のない会社で働けって言われたら無理だけど、でもそれってパソコンの入力デバイスが立ち作業に最適化されてないからだしなぁなんてことを考えつつも炎上を見守ってた訳だが(ところで、労働問題には日頃一家言あるid:rajendra氏がこれに喰いついてないのは興味深い現象)、まぁ結論としてはこれ「実際に働いてる側」の声を一切拾ってなかった記者の取材力が一番の問題じゃないか、つか、「椅子で寛ぐ社長」の写真が出た後に「いやこれ社長に椅子があるなら、実際取材してないときはこっそり座ってたりとか適当に運用回避して成立してるのを見逃したりしてねぇのか?」的な思いはあった訳だけど。で、いずれにせよ、立って働かされる側もそこまで従容とこんな決定に従うことも無いであろう訳で、まぁ相応のインセンティヴが働かされる側にもあるか(例:実際に効率が上がって残業が減った、など)、中間管理職が適度に休養を与えるなど制度と実態のバッファを適切に採ってるかとか、そういう可能性を検証する必要はあるのだろう。そういう観点からは、まぁ方向性は違うけどkousyou氏なんかのエントリが共感できるなぁとか考えつつ。
ただふと今さっき思い出して(いや、たまたまITProのサイトを見てたらアクセスランキングでまだ挙がってたので)、上記の「椅子で寛ぐ社長」が何で出てきたんだろうなぁ、と思いつつ、キヤノン電子のサイトを見ると、ちょっとその答えがさらっと出てしまった、というお話。
要するに、この会社は二本社体制を採っているのですな。
秩父工場に本社があって、東京にも東京本社がある。まぁ元々地方の工場で現在はキヤノンの子会社になったという沿革を考えればありがち。となれば、つまりアレだ、社長室が秩父と東京の両方にあっても別に普通だよな、と。で、東京本社に椅子があることは別に全然不当でもなんでもなく、そりゃ東京の事務所のほうが普通に椅子あれば、社長だけ立ってる必然性もあるまい、と。またその上で、記事中に「社長室にも椅子がない」と書かれてることと社長が椅子で寛ぐ写真に矛盾は無いだろう、とも。いや、それでも寛ぎすぎだろうと突っ込みたくなるはなるけど、でも東京でずっと社長室に籠ってるって訳でないのならば、まぁ、とも。
東京では椅子あるのに何で秩父だけ無くすんだ、みたいなのは疑問っちゃ疑問だけど、何とな〜くだけど、工場の方が色々行ったり来たりするから立ち仕事は元々多いんじゃねの?とか色々想像を利かせる余地はありげだったり。
ともあれ、結局「本社機能が分散してるから」という「答え」は、ほんの数クリック分だけネットを見れば簡単に出ることなのに、それに全然想像が行かずに結構こちらのエントリなどに「社員にも実は椅子があるのではないか?」的な素っ頓狂なブコメを書いてる辺り、
「あぁ、俺は情弱だなぁ」
という教訓となった、ってのが結論ではあり。
にしても、はてブのコメントとかを見ても、あれだけぶくまされてるのに、上記の事実が何処からも指摘されなかった辺りは、個々の情弱さよりは、集合知のある種の限界を示しているように思われてたり。何故そうなってしまうんだろう、みたいなことを考えるに、基本的にネットの目的が多くの人においては「情報の処理」よりは「感情の共有」であり、ある程度自分で調べて自己解決してしまったら、それはそれでカタルシスがあるけれど、対人的な文脈の無い個人的なものだから大して面白いものでもなく、故にそこに向かうインセンティヴが低くなってしまうのだろうか。
また、はてブのローカル的な問題としては、「100文字で『一度しか』メインブクマに書く機会が無い」という媒体の特殊性として、書いては調べ書いては調べて自分の考えを随時感情共有しながらアップデートするみたいな過程を踏めないのも問題ではあるか。こういう感じで思考を共有しながらアップデートするって点ではTwitterなんかの方が優れてるのかもね。あれはあれで、はてブのような特定イシューに対する一覧性が欠如するみたいな問題があるんだけれども。


コメント一覧
情弱っていうか、単に製造業の現場、もうちょっと言えばトヨタ生産方式的な考え方を知らないだけでしょ、殿下を含めて。
椅子がそこらかしこにある工場というのが逆に異常なわけで、経営者的観点に立って言えば椅子をなくすことは至極真っ当なわけで。何で作業するのに椅子が必要なのか、ということですな。座る動作がムダと考えるわけですよ。よく机を見れば、立ったまま作業できるような高さになってるっしょ。
そういう工場の現場的考え方を敷地内全部に適応したってだけで、別に驚くことは何もない。がんばって合理化しましたね、と。本当にそこで働く人間が幸せになれるのかってのはまた別問題ですが。
momdoたん>
>トヨタ生産方式的な考え方
製造業の現場をみんな知らないという指摘は全く持ってその通りだと思われますが、トヨタ生産方式って振り返りとかカイゼンレビューとかのイメージがあって、この場ではそんな良い譬えではないかも。
>そういう工場の現場的考え方を敷地内全部に適応したってだけで、
>別に驚くことは何もない。
実際、東京に椅子があって秩父に椅子がないことを労働者が「不平等」と考えてるかどうかというと、「考えてねぇんじゃないの」とも思われる部分はありますし、そういう状況を「奴隷的」ということによって、アレを叩いてる人はむしろ労働者を愚弄してる的ないやーな空気は感じましたね。
>トヨタ生産方式って振り返りとかカイゼンレビューとかのイメージがあって、この場ではそんな良い譬えではないかも。
ふむぅ。トヨタ生産方式自体、これってものがないんでかなりアレなんですが。かくいう私も製造業に携わって聞きかじってるってだけなので。どちらかというと、ムダ取りって言った方がまだわかりやすいのかしら。
>実際、東京に椅子があって秩父に椅子がないことを労働者が「不平等」と考えてるかどうかというと
労働者がどこに所属しているものか定かではないので分かりませんけど、客観視すれば当然「不平等」なはずです。ただし、「公正」であるとも言えるでしょう。
いずれにせよ、はてダ民のバイアスがかなりかかってることの傍証ぐらいにはなったんじゃないかなと。まともにブコメ見てないけど。