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ハッピーをネットで共有するのが無理すぎるたった一つの理由

ハッピーをネットで共有するのは無理すぎる@ネットランダム

 多分、理由は簡単で、それは

「人は、ネットで発声する声の大きさを調整できない」

から。
 ブログであれその※欄であれぶくまであれミクシィであれ、ネットは基本的に「自分の意見を世界に公開する」仕組みになっているのは常識ではありますが、結局のところそれは、ボリューム調節としては大きめに自分の声を出す結果になる、というお話かと。
 かつて斉藤由貴の「May」という曲にこんな歌詞がありましたが

だけど 好きよ 好きよ好きよ誰よりも 好きよ
世界が震えるほどに いつか大きな声で告げるわ

なんてのがあって、いやこれ実際世界が震えるほどに大きな声で告げたらうるせーだろ、とリアル中二の有芝はツッコんでしまいたくなったものでしたが、一方でこの曲がそういうキモさをある意味感じさせなかったのも史実としてはあったりして、それは何故かというと、当時の斉藤由貴ってのが、まだ尾崎豊との浮名を流す遙か昔で、言わば「清純派」的なポジションの歌い手であり、声もどちらかというと、そうですね、現代で譬えるならば能登麻美子とかが近いのかな、まぁあーゆー非力というか「囁き系」な歌声でならしている存在でして、だからこそ上のような思い切った歌詞がある意味「うるせぇ(笑)」とダイレクトに返したくなるようなものではなく、むしろ演出効果として「内に秘めた力」の利く楽曲になっていた訳です。

 と、脇道が長くなったが(多分脇道を書きたかったのだろう>俺)、翻ってネットではこういう感情というのが斉藤由貴のような声ではなく、和田アキ子のような朗々たる声で流れるような幻想、みたいなのは恐らくネットの読み手側には暗黙の内にあるんではないでしょうか。そういう音量、言わば「世界が震えるほどに大きな声で」ハッピーを伝えられると、恐らく普通にシアワセバナシを漏れ聞くよりも語り手に配慮の無さを感じたり(仮に語り手が実は配慮していても、ね。)、強い反発心が生じる確度は高くなるような気はします。
 てな訳で、ブログツールに音量計みたいなのを用意しておいて、書き手が音量を小さく設定すれば文字の色が薄くなる、また読み手から書き手が「どの程度の音量」で書いてるのかを可視化できるようにすればいいかな、って気はしなくもありません。ネットは書き言葉のクセに対面のコミュニケーションに近いという性質を持っているのですが、それならば書き言葉を「対面のコミュニケーション」的に扱える技術は今後必要になってくるんじゃないか、と。公開範囲を限定する、みたいな方法論以外で。

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Mahal Alysheba
Author:有芝まはる殿下。
自称ズデーテンラント公兼トールガウ、前メクレンブルク、バート・ドーベランおよびキシュベル方面伯。当然何らの領有権も領しないただの僭主のため、歪んだ根性で血統研究に勤しむ。

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