また、ちょっと前のエントリとかからの掘り起こしで。
◆ネガティブ vs ポジティブ@Rauru Blog
ダウト。
と思うのは、基本的にムラ社会が「引っ込み思案でネガティブな性向が強い」方向に日本人を導いたか、という辺りが全然ピンと来ないから。
少なくとも、自分と自分の同居人の実家でムラ社会っぽい田舎に在住する大正以前生まれな親戚の爺さん婆さんとか見る限り、皆さん実に快活なもんですよ。到底、彼らのある種なアクティヴさに俺たちが敵うとは思われん。勿論、たまの機会に都会から遊びに来る孫の視点で見てるので、先方がハレモードに入ってる部分はなにがしか割り引かないといけないと思うのだけれど、息子世代(要するに叔父とか叔母辺り)と話をしててもやっぱりこの人たち日頃もそんな変わらんよみたいな結論にはなる。duke氏がこういうステロタイプを語られるのは、ご自身に田舎に土着する親戚がいらっしゃらないか、古い世代の親戚が比較的若くして亡くなられたので、そういう爺さん婆さんと触れる機会がなかったのではと邪推する。
ただ、この辺り若干微妙なのは、自分のそういう半径数メートルくらいの範囲における親戚ってのも事例としては十分ではなく、ってのは、恐らく自分にしても同居人にしても、親戚の家がある程度田舎の農村内において地位が高い、ありていに言えばそこそこの経済力のある家であり、そういう家の農家とかのようなバイアスが掛ってる可能性も。要するに、ムラ社会において「引っ込み思案になる役」な家とそうではない家があったのかな、みたいなことは考える。要するに、ムラ社会においてムラってのは一つの事業体的な性格のコミュニティとなる訳ですが、そういう中で「経営者」側に近いような存在は比較的外部とインタフェースを持つことも多く、現在の世の中で「経営者」側に立つ、または個人事業主的な人がそうであるのと同様、概ねアクティヴな性向を持ちがちなのかも知れない。そしてまた逆も然り、なのであろう。現在でも客に出向かないプログラマーが余りコミュニケーション的にポジティヴな人が多くないのと同様に、外部とのインタフェースを名主や他の自作農に任せた「労働者」側的な農民たちは、ある程度引っ込み思案になりがちな可能性はあるのかも知れない。まぁ、要するに、事業主的な意識を持って主体的に行動する人が「いない」訳ではなく、ある種の分業によって「限定されている」、みたいなのが日本のコミュニティの実像なんかな、みたいなことは考えたり。
さて、一方で、昭和軍人である。
上記のような例と異なり、先の大戦で責任を負うべき昭和軍人は概ね士族出身である。農村的なムラ社会があることは分かっていても、そういうコミュニティの住人ではなかったというのが実情であろう。しかし、彼らの出自の多くは、それほど階級の高くない士族の出身であることが多い。要するに、士族というコミュニティにあって、ピラミッドの下位にあった。そういう、言わばシステムにおいて「引っ込み思案になりやすい」立場の門戸にあって、明治10〜20年代くらいに生まれた、つまり武士として育てられながら、長じる前にその地位を失った世代の息子として、彼らの多くは生まれたのである。然るに、彼らは教育を受ける中で士学校を上位で卒業し、旧軍組織で出世街道を歩んで、50年の時を経てこの国を動かす存在になった。彼らをどう位置づけたらよいだろう?
答えは、「マッチョ」、である。
要するに、彼らはそういう「引っ込み思案的なレイヤ」にある門戸からクラスチェンジを果たして、文字通り「立身出世」した存在である。更に言えば、山本五十六の長岡や東条英機の南部のような、賊軍出身だったりするケースも見られる。このような成功体験を果たした彼らは、ある種「ポジティヴの天才」的な側面を持つと言えるし、また彼らがもといた場所である「引っ込み思案な環境」というものを、「克服すべき旧弊」と看做すような部分はあるように思われる。言わば、陸士・海兵のエリートってのは結構な割合でこういう、ともするとネガティヴを全否定するような、マチョズムの塊的「ポジティヴの申し子」的な向きが多かったのではないか。つまり、日本人全体が「ネガティブからポジティブにスイッチさせる心理的機能」を持っていたというのは誤りで、たまたま日本人の中で「ネガティヴからポジティヴにスイッチする能力の高い人」みたいなのが、戦前のある時期に旧軍のヘゲモニーを握ったことによって、ポジティヴに過剰に振れた軍中枢が構成された、と見るのが妥当なように思われる。
と、ここまで書きつつも、組織の中で厳密なトップダウンを行う仕組みが機能不全を起こしていたことで、現場判断が横行したことが、先の大戦に日本が引き摺り込まれた最大の誘因だと自分は思ってるので、この当時の軍中枢が極端にポジティヴだったから負ける戦争に突っ込んだ、という議論に組するつもりもそんなになかったりするんですけれどもね(苦笑)。
◆ネガティブ vs ポジティブ@Rauru Blog
私の考えるメカニズムは次の通りだ。
もともと日本人は引っ込み思案でネガティブな性向が強い。普段から狭いムラ社会で集団の和を保とうとすれば、どうしてもそうなる。ところが、そのような引っ込み思案な態度を続けているだけではうまくいかない局面も往々にしてある。特に軍隊が戦争している状況では、ポジティブさの必要な局面がかなりの頻度で出てくるだろう。
そこで日本人は、状況によって態度をネガティブからポジティブにスイッチさせる心理的機能を発達させるに至った。スイッチのきっかけは「空気」である。空気によって日本人の心理は、ネガティブからポジティブへと一転する。
ダウト。
と思うのは、基本的にムラ社会が「引っ込み思案でネガティブな性向が強い」方向に日本人を導いたか、という辺りが全然ピンと来ないから。
少なくとも、自分と自分の同居人の実家でムラ社会っぽい田舎に在住する大正以前生まれな親戚の爺さん婆さんとか見る限り、皆さん実に快活なもんですよ。到底、彼らのある種なアクティヴさに俺たちが敵うとは思われん。勿論、たまの機会に都会から遊びに来る孫の視点で見てるので、先方がハレモードに入ってる部分はなにがしか割り引かないといけないと思うのだけれど、息子世代(要するに叔父とか叔母辺り)と話をしててもやっぱりこの人たち日頃もそんな変わらんよみたいな結論にはなる。duke氏がこういうステロタイプを語られるのは、ご自身に田舎に土着する親戚がいらっしゃらないか、古い世代の親戚が比較的若くして亡くなられたので、そういう爺さん婆さんと触れる機会がなかったのではと邪推する。
ただ、この辺り若干微妙なのは、自分のそういう半径数メートルくらいの範囲における親戚ってのも事例としては十分ではなく、ってのは、恐らく自分にしても同居人にしても、親戚の家がある程度田舎の農村内において地位が高い、ありていに言えばそこそこの経済力のある家であり、そういう家の農家とかのようなバイアスが掛ってる可能性も。要するに、ムラ社会において「引っ込み思案になる役」な家とそうではない家があったのかな、みたいなことは考える。要するに、ムラ社会においてムラってのは一つの事業体的な性格のコミュニティとなる訳ですが、そういう中で「経営者」側に近いような存在は比較的外部とインタフェースを持つことも多く、現在の世の中で「経営者」側に立つ、または個人事業主的な人がそうであるのと同様、概ねアクティヴな性向を持ちがちなのかも知れない。そしてまた逆も然り、なのであろう。現在でも客に出向かないプログラマーが余りコミュニケーション的にポジティヴな人が多くないのと同様に、外部とのインタフェースを名主や他の自作農に任せた「労働者」側的な農民たちは、ある程度引っ込み思案になりがちな可能性はあるのかも知れない。まぁ、要するに、事業主的な意識を持って主体的に行動する人が「いない」訳ではなく、ある種の分業によって「限定されている」、みたいなのが日本のコミュニティの実像なんかな、みたいなことは考えたり。
さて、一方で、昭和軍人である。
上記のような例と異なり、先の大戦で責任を負うべき昭和軍人は概ね士族出身である。農村的なムラ社会があることは分かっていても、そういうコミュニティの住人ではなかったというのが実情であろう。しかし、彼らの出自の多くは、それほど階級の高くない士族の出身であることが多い。要するに、士族というコミュニティにあって、ピラミッドの下位にあった。そういう、言わばシステムにおいて「引っ込み思案になりやすい」立場の門戸にあって、明治10〜20年代くらいに生まれた、つまり武士として育てられながら、長じる前にその地位を失った世代の息子として、彼らの多くは生まれたのである。然るに、彼らは教育を受ける中で士学校を上位で卒業し、旧軍組織で出世街道を歩んで、50年の時を経てこの国を動かす存在になった。彼らをどう位置づけたらよいだろう?
答えは、「マッチョ」、である。
要するに、彼らはそういう「引っ込み思案的なレイヤ」にある門戸からクラスチェンジを果たして、文字通り「立身出世」した存在である。更に言えば、山本五十六の長岡や東条英機の南部のような、賊軍出身だったりするケースも見られる。このような成功体験を果たした彼らは、ある種「ポジティヴの天才」的な側面を持つと言えるし、また彼らがもといた場所である「引っ込み思案な環境」というものを、「克服すべき旧弊」と看做すような部分はあるように思われる。言わば、陸士・海兵のエリートってのは結構な割合でこういう、ともするとネガティヴを全否定するような、マチョズムの塊的「ポジティヴの申し子」的な向きが多かったのではないか。つまり、日本人全体が「ネガティブからポジティブにスイッチさせる心理的機能」を持っていたというのは誤りで、たまたま日本人の中で「ネガティヴからポジティヴにスイッチする能力の高い人」みたいなのが、戦前のある時期に旧軍のヘゲモニーを握ったことによって、ポジティヴに過剰に振れた軍中枢が構成された、と見るのが妥当なように思われる。
と、ここまで書きつつも、組織の中で厳密なトップダウンを行う仕組みが機能不全を起こしていたことで、現場判断が横行したことが、先の大戦に日本が引き摺り込まれた最大の誘因だと自分は思ってるので、この当時の軍中枢が極端にポジティヴだったから負ける戦争に突っ込んだ、という議論に組するつもりもそんなになかったりするんですけれどもね(苦笑)。
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