何となく先週の敷居氏とcocoonPのやり取りを見てて、cocoonPのブログの過去ログとかを読んでて思いついたことを書く。1ヶ月も前のエントリにトラバってどうよってのは取り敢えずおいといて。
ってのが、前からモヤモヤしてたんだけれど、詰まるところ、自分はニコマスの動画を色々と見てて、例えば忙しいときなんかは余り出来のよいと思われない動画については1分くらいで「もういいや、時間ないし他見よ」とか言って戻るボタンを押してしまうこともあるんだけれど(いやこれは見る専として明らかにマズい態度だとは分かってますが)、ただそういう「大して愉しめなかった」動画も含めてニコマスの映像において、cocoonPが指摘するような属性を持った動画ってモノについぞお目にかかったことがありません。まぁ、それがあんたの見る目だよと仰られては立つ瀬もございませんが、要するに見る専側の理屈として、動画作るってのはメタクソに手間がかかるものという常識があり、つか自分自身が部活レベルでこの手の視聴覚芸術(まぁ簡単に言えば「テレビ番組」です)を作ることに携わってて決してそれが「簡単なもの」とは思ってなかったという経験則もあったので、少なくともわざわざ相応の手間隙をもってして映像と音楽を摺り合せている人が、「ただの道具、という考え方の下、ただ『消費物』として扱っている」みたいな考えで作品を作っていると考えるに至る理屈が到底理解できないというか。
逆に、「ただの道具」的に扱ってる人がいるとしたら、それでもアイマス動画に敢えて参戦してPとして埋もれずに生き残れるってのは動画スキルの持ち主で優秀なPだとしか思われないというか、仮に実際そういう人がいると思われるならば、cocoonPほどの方ならば実名を挙げて筆誅を下してもバチは当たらないと思いますし、そういう人が例えばブログ持ちであるならば当然cocoonPに反論の一つもされるでしょうから、さぞや興味深くかつ素人から見ても非常に学ぶところの大きい動画論争が見られることも容易に想像されるので、是非こっくんにおかれましては実名で「ニコマスにおいてアイマスをただの道具として扱ってる」Pを論って頂ければなぁと思うのですが、果たしてどうでしょうか?と。ただ、cocoonPが言挙げされてる相手がPとかでなく、コメントしてるニコ厨とかだったら、この話はどーでもよくなるんで、まぁ余り気になされない方向で(ぇ。
さて、ここまで書いて、もうちょっと思ったのは、更に主客の位置を変えて考えた場合、ってことで、例えばある曲を使ったアイマスMADを見て、
「音楽自体はどうでも良くて、音楽はただの道具、という考え方の下、ただ『消費物』として扱っている」
みたいなのはイヤだ、って考え方をする人もいるかもなぁ、みたいなこと。例えばMADが総合ランキングとかで上がってくると、「俺たちのほげほげを汚しやがって」的な元曲アーティストのファンの立場を借りたコメントにでくわすことがありますが、要するにそういう考え方をする人に対してアイマスのPがある程度元曲に対しても愛を持ってるから取り上げてる、みたいなことを説明するようなスタンスって結構紹介ブログとかには求められたりするのかな、みたいなことも考えたり。特に、最近ハロプロの秀作MADが続けて上がってる辺りで目立つのですが、コメントやタグに「3次元終了」とか書かれてるのなんかを見ると、自分はむしろ、cocoonPとは逆方向で
「ニコマスのPは音楽を道具としてしか扱ってない」
と非難される可能性を憂う部分もあったりします。例えば富竹Pのミスムンにおけるキャラ配置の妙や、慈風Pのロボキッスにおける神憑りな元PV再現なんかを見てると、明らかにこの人たちが筋金入りのハロヲタであったであろうことは疑う余地がないのですけれど、そういう所で元曲のユニットを侮るようなコメントを書いてる人って、Pに対しても失礼だよな、みたいなことは考えます。この辺り、作り手が必ずしもそう思ってなくても、コメントとかで勝手にそういうのがコミュニティの空気だと思われる危険性であって、なかなか度し難くはあるのですが。
こんな【ニコマス】は嫌だ!!
↑の設問の逆。アイマス自体はどうでも良くて、アイマスはただの道具、という考え方の下、ただ「消費物」として扱っているものやひと。
ってのが、前からモヤモヤしてたんだけれど、詰まるところ、自分はニコマスの動画を色々と見てて、例えば忙しいときなんかは余り出来のよいと思われない動画については1分くらいで「もういいや、時間ないし他見よ」とか言って戻るボタンを押してしまうこともあるんだけれど(いやこれは見る専として明らかにマズい態度だとは分かってますが)、ただそういう「大して愉しめなかった」動画も含めてニコマスの映像において、cocoonPが指摘するような属性を持った動画ってモノについぞお目にかかったことがありません。まぁ、それがあんたの見る目だよと仰られては立つ瀬もございませんが、要するに見る専側の理屈として、動画作るってのはメタクソに手間がかかるものという常識があり、つか自分自身が部活レベルでこの手の視聴覚芸術(まぁ簡単に言えば「テレビ番組」です)を作ることに携わってて決してそれが「簡単なもの」とは思ってなかったという経験則もあったので、少なくともわざわざ相応の手間隙をもってして映像と音楽を摺り合せている人が、「ただの道具、という考え方の下、ただ『消費物』として扱っている」みたいな考えで作品を作っていると考えるに至る理屈が到底理解できないというか。
逆に、「ただの道具」的に扱ってる人がいるとしたら、それでもアイマス動画に敢えて参戦してPとして埋もれずに生き残れるってのは動画スキルの持ち主で優秀なPだとしか思われないというか、仮に実際そういう人がいると思われるならば、cocoonPほどの方ならば実名を挙げて筆誅を下してもバチは当たらないと思いますし、そういう人が例えばブログ持ちであるならば当然cocoonPに反論の一つもされるでしょうから、さぞや興味深くかつ素人から見ても非常に学ぶところの大きい動画論争が見られることも容易に想像されるので、是非こっくんにおかれましては実名で「ニコマスにおいてアイマスをただの道具として扱ってる」Pを論って頂ければなぁと思うのですが、果たしてどうでしょうか?と。ただ、cocoonPが言挙げされてる相手がPとかでなく、コメントしてるニコ厨とかだったら、この話はどーでもよくなるんで、まぁ余り気になされない方向で(ぇ。
さて、ここまで書いて、もうちょっと思ったのは、更に主客の位置を変えて考えた場合、ってことで、例えばある曲を使ったアイマスMADを見て、
「音楽自体はどうでも良くて、音楽はただの道具、という考え方の下、ただ『消費物』として扱っている」
みたいなのはイヤだ、って考え方をする人もいるかもなぁ、みたいなこと。例えばMADが総合ランキングとかで上がってくると、「俺たちのほげほげを汚しやがって」的な元曲アーティストのファンの立場を借りたコメントにでくわすことがありますが、要するにそういう考え方をする人に対してアイマスのPがある程度元曲に対しても愛を持ってるから取り上げてる、みたいなことを説明するようなスタンスって結構紹介ブログとかには求められたりするのかな、みたいなことも考えたり。特に、最近ハロプロの秀作MADが続けて上がってる辺りで目立つのですが、コメントやタグに「3次元終了」とか書かれてるのなんかを見ると、自分はむしろ、cocoonPとは逆方向で
「ニコマスのPは音楽を道具としてしか扱ってない」
と非難される可能性を憂う部分もあったりします。例えば富竹Pのミスムンにおけるキャラ配置の妙や、慈風Pのロボキッスにおける神憑りな元PV再現なんかを見てると、明らかにこの人たちが筋金入りのハロヲタであったであろうことは疑う余地がないのですけれど、そういう所で元曲のユニットを侮るようなコメントを書いてる人って、Pに対しても失礼だよな、みたいなことは考えます。この辺り、作り手が必ずしもそう思ってなくても、コメントとかで勝手にそういうのがコミュニティの空気だと思われる危険性であって、なかなか度し難くはあるのですが。
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