◆NetKeiba:レース結果
ある意味「感動のレース」としては相応しくないレースである。
しかし、ライスシャワーが淀の歴史に輝く巨星であるならば、*ダンツシアトルもまた、95年の淀に降臨した美しき流星であり、その物語は語り継がれるに然るべきものであろう。
*ダンツシアトルは、不遇な馬であった。
とかく脚が弱く出世が遅れがちであり、旧3歳時にわざわざ関東で岡部を乗せたりしてたのも、こういう馬の脚を気遣える騎手を確保したいとの意図だったのだろう。しかし休養明けで台風に見舞われるような不運な馬は、遂には屈腱炎まで抱えてしまい、1年以上の長期離脱を経て95年の春に、ようやく競馬場に戻ってこられたのである。
この年1月の震災は、改修して5年に満たない仁川の阪神競馬場にも大きな傷跡を残した。桜花賞以下の阪神競馬は京都で行われ、宝塚記念は震災当週に中止された日取りの代替開催として行われる日程がアナウンスされる。一方、この年の京都も94年の大改修明けであり、前年の阪神の「記録されざる改修」と並んで、馬場の高速化が進む端緒となっていた。そんな淀に、復帰した*ダンツシアトルの脚はぴったりとフィットする。
復帰戦の道頓堀Sを12番人気で楽勝して準オープンを卒業し、迎えた陽春Sでは、目の前での落馬で直線の勝負どころで一旦最後方まで置き去りにされてしまった同馬であるが、そこから体勢を立て直すと桁違いの脚を繰り出して3着まで押し上げる、衝撃的な走りを見せた。かつて素質馬として嘱望された才能が見事に復活した瞬間であり、またこの馬の「勝負を諦めないハート」が証明された瞬間でもある。その後淀で2戦してタイレコード含め連勝。手綱を引き受けた村本は宝塚でも「負ける気がしない」と語ったが、確かにこの馬が今までの逆境を全て振り切るようなハートをその素質に加えたならば、職人肌の騎手にも意気に感じる部分はあっただろう。この春の同馬のレースは、一戦ごとに気迫があった。
迎えた淀の宝塚。天皇賞の名勝負でブライアンとアマゾンの不在を見事に埋めるドラマを見せたライスシャワーであったが、逆にあの復活劇の後で、このレースにおける意義が見えづらい印象もあるには違いなかった。マイラーのサクラチトセオーと重賞1勝のダンツが押し出されたオッズは、やや不安定な様相を呈し、雨上がりの晴天の下迎えたレースに一筋の翳を落としていた。
しかしレースは、締まった展開を見せる。トーヨーリファールの逃げるレースが、いつもそうであったように。この、90年代中葉にあって評価さるべき脇役に引っ張られつつ、ダンツ以上の素質馬として空回りを続けていた*タイキブリザードが、これまたいつもの通りハミにぶら下がるように首を伸ばしながら先行し、*ダンツシアトルはそれをマークするような3番手。王道というべき競馬で、理想の位置に付けていた。締まったレースで一番強い競馬をするだけ、という決意に展開が全て従ってくれる。馬場も晴天に乾き、少なくとも*ダンツシアトルの脚を取るものではなかっただろう。
しかし、雨上がりの馬場、しかも開催が続いた馬場は、やはりある程度のリスクではある。そして、それがライスシャワーの運命を決した。
そういうことなのであろう。
しかし、偉大なマーク屋が片足を失い倒れた後も、レースは続くのである。内外合流から強引にイン強襲でトーヨーリファールをねじ伏せた*ダンツシアトルは、外から伸びる*タイキブリザードと最後の直線で堂々たる決戦に臨み、最後にはこれを振り切ってゴール板を駆け抜けた。馬場は稍重でありながら、日本レコード。クラシック戦線に、その後10年止むことのない*サンデーサイレンス旋風が吹き荒れたこの年、「古馬もSS」と呼ばれた Seattle Slew 参駒のワンツーである。
*ダンツシアトルは、不屈の競走馬であった。
人ばかりではなく、馬が諦めない馬だったから、これだけ脚に不安のある馬がG1を獲れたのだろう。そして、彼にとって相応しかったのは、村本が言うところの「秋の大きいところは全部獲る」であったのだろう。*ランドや*ヒシアマゾン、そしてマヤノトップガンといった歴史的名馬とどんな闘いを行われたかは、最早誰にも知ることの出来るものではない。それは確かに惜しむべきことではあった。しかし、淀の連続開催に鮮烈に残された彼の足跡は、「不屈の競走馬」の軌跡として、今でも忘れることが出来ない。それだけのものを魅せてくれたことだけでも幸せだっだと、ファンは自らを慰めるしかないのであろうか。
ある意味「感動のレース」としては相応しくないレースである。
しかし、ライスシャワーが淀の歴史に輝く巨星であるならば、*ダンツシアトルもまた、95年の淀に降臨した美しき流星であり、その物語は語り継がれるに然るべきものであろう。
*ダンツシアトルは、不遇な馬であった。
とかく脚が弱く出世が遅れがちであり、旧3歳時にわざわざ関東で岡部を乗せたりしてたのも、こういう馬の脚を気遣える騎手を確保したいとの意図だったのだろう。しかし休養明けで台風に見舞われるような不運な馬は、遂には屈腱炎まで抱えてしまい、1年以上の長期離脱を経て95年の春に、ようやく競馬場に戻ってこられたのである。
この年1月の震災は、改修して5年に満たない仁川の阪神競馬場にも大きな傷跡を残した。桜花賞以下の阪神競馬は京都で行われ、宝塚記念は震災当週に中止された日取りの代替開催として行われる日程がアナウンスされる。一方、この年の京都も94年の大改修明けであり、前年の阪神の「記録されざる改修」と並んで、馬場の高速化が進む端緒となっていた。そんな淀に、復帰した*ダンツシアトルの脚はぴったりとフィットする。
復帰戦の道頓堀Sを12番人気で楽勝して準オープンを卒業し、迎えた陽春Sでは、目の前での落馬で直線の勝負どころで一旦最後方まで置き去りにされてしまった同馬であるが、そこから体勢を立て直すと桁違いの脚を繰り出して3着まで押し上げる、衝撃的な走りを見せた。かつて素質馬として嘱望された才能が見事に復活した瞬間であり、またこの馬の「勝負を諦めないハート」が証明された瞬間でもある。その後淀で2戦してタイレコード含め連勝。手綱を引き受けた村本は宝塚でも「負ける気がしない」と語ったが、確かにこの馬が今までの逆境を全て振り切るようなハートをその素質に加えたならば、職人肌の騎手にも意気に感じる部分はあっただろう。この春の同馬のレースは、一戦ごとに気迫があった。
迎えた淀の宝塚。天皇賞の名勝負でブライアンとアマゾンの不在を見事に埋めるドラマを見せたライスシャワーであったが、逆にあの復活劇の後で、このレースにおける意義が見えづらい印象もあるには違いなかった。マイラーのサクラチトセオーと重賞1勝のダンツが押し出されたオッズは、やや不安定な様相を呈し、雨上がりの晴天の下迎えたレースに一筋の翳を落としていた。
しかしレースは、締まった展開を見せる。トーヨーリファールの逃げるレースが、いつもそうであったように。この、90年代中葉にあって評価さるべき脇役に引っ張られつつ、ダンツ以上の素質馬として空回りを続けていた*タイキブリザードが、これまたいつもの通りハミにぶら下がるように首を伸ばしながら先行し、*ダンツシアトルはそれをマークするような3番手。王道というべき競馬で、理想の位置に付けていた。締まったレースで一番強い競馬をするだけ、という決意に展開が全て従ってくれる。馬場も晴天に乾き、少なくとも*ダンツシアトルの脚を取るものではなかっただろう。
しかし、雨上がりの馬場、しかも開催が続いた馬場は、やはりある程度のリスクではある。そして、それがライスシャワーの運命を決した。
そういうことなのであろう。
しかし、偉大なマーク屋が片足を失い倒れた後も、レースは続くのである。内外合流から強引にイン強襲でトーヨーリファールをねじ伏せた*ダンツシアトルは、外から伸びる*タイキブリザードと最後の直線で堂々たる決戦に臨み、最後にはこれを振り切ってゴール板を駆け抜けた。馬場は稍重でありながら、日本レコード。クラシック戦線に、その後10年止むことのない*サンデーサイレンス旋風が吹き荒れたこの年、「古馬もSS」と呼ばれた Seattle Slew 参駒のワンツーである。
*ダンツシアトルは、不屈の競走馬であった。
人ばかりではなく、馬が諦めない馬だったから、これだけ脚に不安のある馬がG1を獲れたのだろう。そして、彼にとって相応しかったのは、村本が言うところの「秋の大きいところは全部獲る」であったのだろう。*ランドや*ヒシアマゾン、そしてマヤノトップガンといった歴史的名馬とどんな闘いを行われたかは、最早誰にも知ることの出来るものではない。それは確かに惜しむべきことではあった。しかし、淀の連続開催に鮮烈に残された彼の足跡は、「不屈の競走馬」の軌跡として、今でも忘れることが出来ない。それだけのものを魅せてくれたことだけでも幸せだっだと、ファンは自らを慰めるしかないのであろうか。
Comment
リクエストにお応えいただきありがとうございました。
"Number Plus 20世紀最強伝説”(1999年発行)の最強馬アンケート 私が手がけた馬 編では、村本騎手は「一頭を選ぶのは難しいが、時計の裏づけもあったし、乗っていて負ける気がしなかった。」とコメントしてますね。このときの宝塚記念のタイムは、未だに京都芝2,200mのレコードですね(まあ、淀2,200mのレース数が多くないのは確かですが)。
種牡馬としても、なんとか、走る産駒を出して欲しいところです。
ところで、
>しかし休養明けで台風に見舞われるような
これ、クリヨンとの絡みで、「馬なり1ハロンシアター」のネタになってた記憶があります。
"Number Plus 20世紀最強伝説”(1999年発行)の最強馬アンケート 私が手がけた馬 編では、村本騎手は「一頭を選ぶのは難しいが、時計の裏づけもあったし、乗っていて負ける気がしなかった。」とコメントしてますね。このときの宝塚記念のタイムは、未だに京都芝2,200mのレコードですね(まあ、淀2,200mのレース数が多くないのは確かですが)。
種牡馬としても、なんとか、走る産駒を出して欲しいところです。
ところで、
>しかし休養明けで台風に見舞われるような
これ、クリヨンとの絡みで、「馬なり1ハロンシアター」のネタになってた記憶があります。
suzukiさま>
どもです。馬なり、懐かしいですな。確かに自分もその新潟開催の話読んだ記憶が。
*ダンツシアトルは、種牡馬としていきなり九州だったのはちょっと運に欠ける部分はあったか。Seattle Slew みたいな分厚すぎる馬も、なかなか90年代後半の日本の繁殖ベースとは合わせるのは難しそうな部分もあって。
どもです。馬なり、懐かしいですな。確かに自分もその新潟開催の話読んだ記憶が。
*ダンツシアトルは、種牡馬としていきなり九州だったのはちょっと運に欠ける部分はあったか。Seattle Slew みたいな分厚すぎる馬も、なかなか90年代後半の日本の繁殖ベースとは合わせるのは難しそうな部分もあって。
有芝まはる(ry | URL | 2008/03/30/Sun 22:05[EDIT]
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BrainSquall【競馬ニュース&コラム】 2008/03/18/Tue 00:28
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