中央競馬史に残る感動のレース:94年安田記念、ノースフライト 
◆Netkeiba:レース結果
海外との距離が未だ近からざる時代、安田記念はいち早く外国馬に門戸を開いたレースとしてジャパンCに続いた。時に93年、前年にはトウカイテイオーが父以来の日本馬としての優勝によって復活の凱歌を挙げた頃である。しかし、その年の安田記念にはG1馬とは言えど、やや役者不足の*キットウッド程度であり、ヤマニンゼファーの連覇したレースにあって、大きな印象は残さなかったものである(むしろイクノディクタスに度肝を抜かれたが)。そんな国際レースに、大きな衝撃が走ったのは、2年目の1994年である。
英国クラシック覇者の*サイエダティ、BCマイルをはじめG1を5度も2着した*スキーパラダイスをはじめ5頭もの参戦を呼んだ京王杯スプリングCは、外国馬が上位4着までを独占し、昨年のエリザベス女王杯の勝ち馬ホクトベガ以下を粉砕したのである。まさに、強い外国馬が強いレースをするような、ジャパンCで外国馬が勝つのともまた別種のショッキングな結果であった。この上位4頭は全て次走の安田記念に出走する予定であり、まさに脅威の黒船軍団となったのである。時あたかも90年代前半の、欧州で中距離馬がドツボでマイラーがやたらめったら目立ってた時代である。日本馬との能力の差は明らかなようにも思われた。
しかし、この年のノースフライトは、なかなかどうして、存在感のある馬にはなっていた。
未出走デビューとなった遅咲きの牝馬は、デビュー3戦目を熱発で落としていたものの、900万条件の身ながらキャリア僅か4戦目にして古馬相手に重賞を勝ってみせた。ベガやウイニングチケットと並ぶ*トニービンの逸材として注目されはじめた牝馬は、エリザベス女王杯で2着した後、連勝街道を進み始める。阪神で牝馬重賞を連覇し、中京で行われたマイラーズCでは、先行抜け出しの堂々たる内容で牡馬を降して見せたのである。また、比較的珍しい女性厩務員とのコンビも話題を呼んでおり、G1勝ちはなくとも華のある存在ではあった。日本の代表として、外国の名牝に対峙するに、これほど相応しい存在はなかったかも知れない。
そして、社台の牝馬である*スキーパラダイスに、この年からコンビを組んでいた武豊を奪われた状態で、エリ女2着の手綱を取った角田晃一に手綱が戻っていた。ある意味、ノースフライトの陣営からキープ的に扱われていた角田であるが、この状況で燃えないわけにはいかなかったであろう。まして、牝馬の騎乗に定評のある騎手である。負けられないレースではあった。
レースのパドックでは、*スキーパラダイスが馬体重を大幅に増やして、観衆を驚かせる。芦毛の牝馬は、見るからにむっちりとした肉付きに見えた。或いは、京王杯の手応えから楽勝と見ていたのか。更に、ノースフライトにとっては負けられないレースとなっただろう。マイネルヨース、マザートウショウ、サクラバクシンオーと出端の早い馬が揃ったレース、角田は思いきって後方から競馬を進めた。追い込み馬のトーワダーリンと同じような位置取りで、前半45.0のペースをやり過ごす。それでも、スプリント戦のように果敢に全速力を見せつけるサクラバクシンオーが堂々と先頭に立って外国馬を迎え撃たんとする最後の直線。そこに3コーナーからジリジリと上がって長い脚で差すノースフライト。思いっきり勢いよく先頭を襲いながら、*スキーパラダイスをカット気味に切れ込んだ。荒っぽいレースではあるが、あれが大和撫子の意地、大一番での角田晃一の意地であったのだろう。見事に欧州トップクラスの牝馬をねじ伏せると、最後はワンサイド。後ろから、完全に置き去りになってたはずのトーワダーリンが無駄に物凄い脚を使うも、2馬身半も後ろの話。見事に日本の牝馬が欧州の牝馬を降して、ホームのタイトルを守る結果となった。
外国馬を倒すシーンってのは、既に日本では当たり前の光景である。また、ジャパンCでも多くの名馬を日本の馬が打ち破ってきた。しかし、事前に最も強いと思っていた相手に対して、最も鮮やかに日本馬が勝利した例となると、或いはこの安田記念が最右翼となるかも知れない。最も高い壁を打ち倒す、みたいな、そういう感動の瞬間が、このレースにはあった。

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