FC2ブログ
04« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»06

殿下執務室2.0 β1

  : 

有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、そしてYet Another Amateur Photography。

「ガチ」によって奪われた「自由」 

努力しても決して幸せになれない理由@FIFTH EDITION
何度も繰り返してきたけど、国民の生産性が伸びれば伸びるほど、その国は豊かになれる。つまり、生産性を高めることは、その国、国家、他の人々への最大の貢献なんである。逆に、生産性が低ければ、その国は貧しく、低い生活水準を享受せざるを得ない。(中略)競争による淘汰圧によって、生産性が押し上げられると、結果的にだけど、国が豊かになる。国が豊かになれば、社会的な利益が増大するんである。

現代の新たなる富国強兵について@ロリコンファル
私は、資本主義を礼讃したくない。礼讃するなら私は、愛情と良心の方を礼讃します。どちらも、人間が自分自身としてあることのためにずっと戦い続けてきたものなのです。全てを闘争に還元しようとはしない心、自由を求め、人と人の共感、慈しみを感じる心、こちらの方にも、微力でも力があるのです。その力を、信じたいと思っています。

 生産性の向上(≒豊かさ)が社会を幸福にするという前提に立てば、pal氏の書かれている通り資本主義でいい、ってことになるのだろう。自分も、大筋ではというか理論的には、それで間違ってない気はする。「社会を幸福にするための最適なシステムを選択しないことは、個人の幸福をある程度以上制限する」のは事実かと思われる訳で、既に資本主義が「生まれてしまって」いる世界においては、なかなかこれを否定して個人の幸福を追求するのも厳しいような。因みに、pal氏のエントリには「社会を幸福にするために最適化されたシステムが、個人を幸せにしないシステムを担保している」的な資本主義批判というか資本主義の限界の指摘みたいな側面もある訳で、恐らくこれに対して自己責任マチョズムを批判するのはややハズしているとも。

 その上で、何故にkagami氏が「生産性の向上が社会を幸福にする」という前提に抵抗感があるかというと、まぁ「生産性の向上」による報酬を社会が遍く受けられることを信用してないからなのかな、みたいな話であることは容易に想像され、結局それは、言及されるところの、「生産性の向上」の結果発生したリソースの余剰をどのように使うかという、「再配分」のレイヤに落ちてくる問題となるのかと。で、その「再配分」には、「労働者と経営者の間での配分」と「繰越と再投資の間での配分」の二種類の軸が存在する、と思われる。つまり、剰余が発生してもそれが労働者にいきわたらなければ搾取であって、社会全体の幸福には繋がらないし、剰余が発生してもそれが全て再配分に回されたら、つまり、生産性が上がった分さらに生産活動を行う場合、生産性が向上しても忙しさは変わらない。
 その上で、政治的な再配分の議論においてはどうしても前者の問題がクローズアップされることが多いし、現実に前者の問題も大事ではあるのだけれど、個人的に日本の資本主義社会の問題としては、後者の方が注目されるべき気がする。例えば、欧州人が何故に日本人よりもラクに仕事してるように見えるか、みたいな話が出ているが、それは詰まるところ彼らが「生産性向上による剰余」を、少しずつ「個人をヒマにする」ための原資として積み増しながら、再投資のバランスを抑えることを繰り返してきたことによって、「労働者の余暇」を漸次かつ不断に増やし続けた成果なのかな、みたいなことを考えつつ。
 手っ取り早く労使が協調して、剰余を生産性の向上に再投資すれば、ある程度ドラスティックな成長が見込めるし、所得は向上するだろうし、労働市場における労働者としての個々人の価値も向上するであろう。しかし、そうして再投資に全て注ぎ込み、生産性の達成目標を「可能な範囲でのMAX値」に設定するような行為ってのは、最終的に「物質的な豊かさ」を担保しても、人をして「パンのみにて生きる」存在に帰しめるものかもと思う。そして、恐らく日本は「剰余」が発生しているフェーズ、それは明治の産業革命期であっても昭和の高度成長期であってもそうだろうけれど、そういうフェーズで必ず「繰越」よりは「再投資」を選んでいたのではないか、と見る。そして労働者と経営者は、剰余について「労働者と経営者の間での配分」については都度角逐を繰り返しても、「繰越と再投資の間での配分」についての考え方は一致していたか、もしくはそういう問題そのものに気がつかなかったかのように思われる。或いは、欧米人に勤勉さを驚かれてある種有頂天になることで、更に「再投資」にこそ美徳を感じたことすらあったかも知れない。

 問題は、そういう常識で競走……じゃなくて競争を行う場合、必ず「より強い選択肢が支配する」資本主義の世界においては、「繰越」の選択肢自体が取れなくなることである。これが、日本人が資本主義を適用するにあたって陥った「罠」なのではないか。要するに、「繰越と再投資の間での配分」の間で我々は自由を失い、詰まるところ資本主義社会において労働者(或いは、経営者までも!)が「ヒマになる自由」を失ったのである。これが、kagami氏におけるような「資本主義への不信感」のような形として現れたのかも知れない。
 ただ、個人的には資本主義における「生産性の向上」ってのは、必ずしも本質的に日本におけるような結末を招くものではない、と思っている。単純に、日本を取り巻く時代状況において、我々の近い祖先が取ってきた選択のスペシフィックな結果であり、他の選択がなされていれば違う資本主義の発展(ないしは挫折)があったのだろう、と。恐らく、欧米人は「働かざるもの喰うべからず」という言葉と同時に「人はパンのみにて生くるに非ず」ということも周知していたので、彼らなりの選択で「再投資」を抑制しながら資本主義を実装したように思われる。要するに、「ルール」として「強者であっても『全力を生産性のために注ぎ込まない』」ことになったのだろう。ただ、ある時期の日本人の求道心は、「パン以外に心を奪われる」ことを美徳とはしなかったのかなぁ、なんてことも思う。言わば「ルール」として「ガチで『最高なアウトプットを追求する』」という話になったのかと。これは、一握りの権力者の陰謀によって取られた選択というよりは、日本人全体の気質と空気に基づいた選択っぽくあるかな。
 そして、現代においてもそういう「一意専心」の観念の亡霊は、マチョズム的空気として世に流れてるのかも知れない。それを批判するのは容易いけれど、でもここ日本だからねぇ、などと思うと、なかなか難しくはあり。

◆しかし。
全うな労働問題の専門家が見れば、一瞬で論破されそうなエントリだな、これ。
実際、海外の事情とかは良く分かってないので、このエントリ自体かなり印象論で書いてる始末で……。

◆あと。
どっかの段階で日本人、特にホワイトカラーの生産性は向上施策が破綻してると思うのだけれど、基本的に上記の話は「方向性」がそうなってるという話で、実際日本人が生産性が高いかどうかとはまた別の側面の話のつもりです。

◆以下余談。
再配分の議論において「労働者と経営者の間での配分」による軸の方がクローズアップされがちなのは、それこそ言うところの「相対的な幸福」に囚われた人が多数派である故なんだろうな、などと思うと、微妙にげんなり感が増しますな。
スポンサーサイト



このエントリーをはてなブックマークに追加

テーマ: 政治・経済・時事問題

ジャンル: 政治・経済

国内雑感  /  tb: 0  /  cm: 4  /  △top

コメントの投稿

Secret

△top

この記事に対するコメント

私も労働問題の専門家ではないので気軽にコメントしますが、一連のエントリに対するブクマコメに似たようなものもあったかに記憶していますが、空想とはいえ日本人がガチで社会主義に走っていたら、よく言われるような「怠け者が出るので失敗する」ということにはなっていなかったかとも。
日本人が勤勉だ、とは思わないのですが、「勤勉でなければならないという空気を読む能力」にかけては世界の中でも秀でていると思うので。

URL | 宮嶋陽人 #-

2008/03/04 21:02 * 編集 *

そもそも、島国は社会主義の運用がやりやすいと思いますね。
#理由→亡命のハードルが高い。
ただ、日本人に社会主義を適用したら、結構「喜んで過労死」する人が続出して、それはそれで笑えない社会の実現ではあるのかも。

URL | 有芝まはる(ry #LBrjZuRI

2008/03/04 23:01 * 編集 *

まあなんというか、今の日本においては、本来であれば企業は顧客から利益を得ることを考えるべきなのに、従業員から報酬を搾取することで利益を確保している、という状況があまりに問題という気がしています。てか、それ会社解散したほうがいいよね。
とりあえず、「頑張れば先進国との差が確実に詰まった昔(=生産に全力を傾けることで経済成長できた時代)」と「頑張るだけでは先に進めない今(=生産に全力を傾けても供給過剰になるだけ)」という時代の違いがあるよね~、と言っておく事で、殿下の再分配議論云々に関するコメントをかわしておきます。かわせてるかは微妙。かわす必要があるのかはもっと微妙。

URL | NOBIE #aEcLkrJQ

2008/03/05 05:48 * 編集 *

NOBIEさま>
>本来であれば企業は顧客から利益を得ることを考えるべき
それが出来ないのがデフレな訳で、そういう意味ではインタゲというかリフレ論が出て来るという話になるのでしょうな。この辺りは宮嶋センセのが詳しいので、以下略(ぇ。

URL | 有芝まはる(ry #LBrjZuRI

2008/03/05 23:39 * 編集 *

△top

トラックバック

トラックバックURL
→http://mdenka.blog85.fc2.com/tb.php/1185-4d668328
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

△top