有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、或いは反逆のドゥ・ロワイユ=デュプレ。
ボトムアップでの消費、への疑義というか。
 ぶくまでコメントが入りきらない部分のエントリ移行。

福田政権の無為と女性的資本主義について@内田樹センセイ
累進課税2.0@dankogai氏

 んー、難しいというか悩ましいというか。
 言わんとすることは分かる、というか、消費ってのは結局ある程度進歩した経済圏においてはある種の「ムダ」がベースであり、その消費における「ムダ」の創出者が「一部のノブレス」よりは「万民」である方が社会的により正しいかも知れない、というか少なくとも進歩的であるには違いないだろう。その意味で、格差を均すことやベーシック・インカムを正当化するってのも理屈としては分かる気はしなくもない。ただ、本朝の現状を見るに、今のこの国の娯楽世界においてはかつてないほどにボトムアップベースで「ムダ」が創出されている世の中のように見えてたりもする。俺がネットに浸りすぎてるせいかも知れんが。そして、その消費社会が実際のところどうなってるかというと、結局のところ、ボトムアップであるからこそ、「最低限の出費で最大のムダを創出する」というある種の「ムダの効率化」に突っ走ってるように見えて、それが消費全体の数字を伸び悩みさせてるんではないかなぁ、とも見えるんだよね。チープ化の罠、というか。そうなると、全体として文化的な生活を送ってても、カネが回らないから結局のところ消費社会としてややジリ貧な印象も否めないなぁと。
 で、自分は、結局のところ、ステータスシンボル的というか、金持ちの創出する「ムダ」を中流以下にブレークダウンする古典モデルの方が現状機能するんでは、とも思わなくはない。俺がフサイチ的な大旦那主義をある程度好み、以前dankogai氏に対して「金持ちなら宵越のカネ持たないくらい金使いやがれ」みたいなdisなぶくま※を書いてた背景ってのもその辺にあったりする。要するに、そういう「金持ちによるムダの創出」が、ある種の喜捨というか、それ自体が格差間の等価交換的なメカニズムになる、みたいな形態というか。ただ、ちょっと自分の今の考えが正解なのかも、今ひとつ自分の中でも判然としない部分はある。
 実際のところ、「消費社会」を幸福に回す資本主義のシステム、なかなか簡単そうで難しいよなぁ。

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