有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、或いは反逆のドゥ・ロワイユ=デュプレ。
Bertie and the Tinman、或いは1886年の断絶。
殿下と騎手 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

「ティンと来た!」
そう叫んで、騎手は銃口を口に向けて命を絶った。
……嘘である。
「来たか、あいつら!」
そう叫んで、"The Tinman"と呼ばれたその騎手は、銃口を口に向けて命を絶った。今では二つ名は北米の去勢馬の名前に見られてもさほど思い出されることはないが、フレディ・アーチャーという本名は未だに競馬史の伝説として語り継がれる。1886年11月8日、白昼の出来事であった。当年29歳。ピゴットもデットーリも、その年にして既にアーチャーと同様に伝説の騎手の名を欲しいままにしていたが、アーチャーは老いず、ピゴットは老い、デットーリもいい歳になってしまった。
 さて、その翌日に45歳の誕生日を迎える、競馬好きの男がいた。バーティ、或いはアルバート・エドワード・サクス=コバーグ=ゴータ、ドイツ人らしい謹厳なる父母に育てられながら、あらゆる遊びを愛した、ウェールズ公殿下(彼については過去にこのブログでふれた)である。彼は「スポーティング・ライフ」紙に掲載された死亡記事を目にしつつ、どこか割り切れない感覚を名騎手の死に感じていた。この歳にして稚気を失わない貴人は、誕生祝いもそこそこにニューマーケットに馬車を走らせる……。

 てな訳で、前からタイトルだけ知ってて特に買う機会がなかった作品なのだけれど、過日たまたま店頭で見かけたので購入。
 ある意味、何でこれまでこの本を有芝は読んでなかったのだろうと思うような、欧州競馬とその歴史の耽溺者には必読の作品ではある。残念ながら推理小説に関しての教養については凡庸な有芝がこの作品の書評をものすのは相応しくは無かろうところであり、敢えて作品の内容には深く立ち入らない。しかし、序盤からのニューマーケットの町並みや競馬場の空気、そしてヴィクトリアンなロンドンの路地裏と、微笑ましくもあるウェールズ公の暴れん坊皇太子っぷりは、あらゆる海外競馬ファン、そしてあらゆる近代欧州の愛好家(たとえば「エマ」なんかを読んでメイド以上にその風景描写を愉しむような方々)がこの作品を手に取る有資格者であると言えるものではあろう。
 とりわけ、血統表をひもとく趣味のあるものならば、馴染みの馬の血脈の10代以上先に入る存在が立ち代り現れる姿をも愉しむことが出来る。残念ながら、往時の大生産者については、ファルマス卿やウェストミンスター公爵といった手合いが直接姿を現してくれるわけではないが、それにしても皆無ではなく。そういう感じで本書を読み進めながら思ったのは、この1886年という時代性である。
 この年、アーチャーは命を絶つ年であるが、彼が騎乗馬に困っていたわけでは勿論無い。それどころか、この年は彼にとって、3冠馬の手綱を取るという、まさに騎手として最大の栄誉に浴した記念すべき年だったのである。その名は、Ormonde。この作品にもその逸話が現れるところの Bend Or の産駒である。有芝はアーチャーが絶賛した Bend Or の「勝つための意思」に対して大いに敬意を示すものであり、それゆえに彼の父系が他の系統をほぼ駆逐してもそれを追認することを羞じざるものであるが、Bend Or が未完成のピースである一方、Ormonde がまさしく完成品の美しさとしてその父を凌駕することを認める。しかし、世においてサラブレッドの歴史を変えた馬がもう一頭いた。その名は、St.Simon である。1884年に無敵の3歳馬として引退した同馬は、翌年を丸々休養に当てて後、この1886年に種牡馬としての栄光の一歩を踏み出した。すなわち、アーチャーは St.Simon に騎乗しながらも、彼の遺伝子が英国の煌びやかな良血の肌馬に胎動する中で、その幼駒が世に現れるのを辛くも見ることなく世を去ったのである。
 アーチャーと St.Simon にかかるこの断絶は、競馬の二つの時代の断絶である。
 すなわち、St.Simon は種牡馬としてイギリス競馬を全く新たに塗り替えた。おおよそこの馬にあったサラブレッドとこの馬の後にあったサラブレッドは別種のものなのかも知れない、と思われるほどである。本朝における*サンデーサイレンスがやったことを、もう数枚上のレベルで達成したとも言えるだろう。後に12代血統表を分析するという途方も無い難行を敢行した歩く大型計算機のようなヴィリエ中佐は、世代別の大種牡馬の血量を分析するにあたり、この時代に関しては St.Simon とその父 Galopin 以外を要しなかった。その前の時代の至高の存在としてアーチャーは君臨するものであり、また Ormonde はその最後の名馬である。ある意味、アーチャーはその後の騎手の誰とも比較される存在ではない。彼以降の競馬は「違う競馬」なのだから。果たせるかな、その僅か10年後には、アメリカ人騎手トッド・スローンがモンキー乗りという騎乗の革命をイギリスに導入し、まさに物理的にアーチャーは比較することが不可能な存在になってしまったのである。まさに時代が、彼を不滅にしてしまった。

 「来たか、あいつら!」=Are they Coming!

 もし、アーチャーがこの作品でウェールズ公の突き止めんとする所のごとき下手人ではなく、自らの心のうちに潜む何かによって命を奪われたのだとしたら、彼が見た「あいつら」とは、モンキー乗りの騎手にまたがった St.Simon の血族たちが未来からこの天才に垣間見せた幻影であり、冥界からバッチャーニ公(St.Simon の生産者)が奏でるマジャール風舞曲に煽られたギャロップの蹄音であったのかも知れない。そして彼は、その「前の時代」の象徴としてその幕を下ろすべく引鉄に手をかけた、のかも。

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