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殿下執務室2.0 β1

  : 

有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、そしてYet Another Amateur Photography。

「禁止」というと、ものものしいが。 

 女の子のバイタリティとは(挨拶。

JDD Padddock - ご自慢の
JDD Padddock - ご自慢の posted by (C)有芝まはる殿下。
D7000 AF Nikkor 80-200mm 1:2.8D ED (105mm) F2.8 1/250s ISO-1600

女子サッカー下部組織の「男性化禁止令」について@Togetter

 結構、ぶくまとか見てても、これ賛否両論よね。
 まぁ例えば男子高校野球とかで、どっかの強豪校の監督が「丸刈り禁止令」とかを出したら、割と軽く3桁単位のブクマで「これはすごい」とか「生きればいいのに」みたいな絶賛タグで埋まりそうなイメージもあるのだけれど、ちょっと考えさせられるツボみたいなのはあるんだろうな。

 個人的には、ちょっと「戦う民主主義」臭さみたいなものを感じなくはないのだけれども、やっぱりこれは「秀逸な発想」ではある、とは思う。
 基本的に、サッカーのようなアドホック的な戦術性の競技において「自由な発想」みたいなのは重視されがちだけれど、「好きにやれ」と言われて発想はそう出てくるものではない。逆に、「自分たちが好きにやってるうちに、ある種画一的になってしまう」みたいな、まぁ日本的っちゃ日本的な「最適化のジレンマ」っぽい何かみたいなのはあると思うんだけれど、そういうのをルールベースで壊す、みたいな方向性で「女性的」という非スポーツ的なモノサシを一つ入れて上げることで、「遊び」的な視点に教え子をモチベーションを向かわせる、みたいな効果はあるんじゃないだろうか。

 それが「女らしさ」みたいなものであるべきかどうかは、ちょっと良く分からないけれど、これはこれで、ある種の集団行動の中での切り口にはなるんじゃないかなと。そういう意味では、元ツイートであった部分で気になった所としては、「女の子らしくならないから、子供にスポーツをさせたがらない親」みたいな視点がちょっとあって、そういうのはまぁリアルな運用として大事っちゃ大事なのかも知れないけれども、ちょっと「子供本位」にもとってるような感覚もあって、それはどうかな、みたいな部分は感じる。でも飽くまで、「結果として」子供の側にも「Win」はあるんじゃないかな、って気も。

 一方で、問題としては、「全ての女の子が、女の子らしくしたい」訳じゃないよね、という辺り。
 そりゃ「女の子らしく」に全力を駆けるような娘もいるだろうけれど、そうじゃない娘もいるだろう。そして、スポーツってのは「女の子らしさ」という尺度とは違う尺度で自分を見て貰える、という辺りにモチベーションを感じる子もいるんだろうなぁとも思われるんであって。
 ただ、そういう意識自体がともすると「自分を型に嵌める」みたいな所はあり、選択肢として色々と考えてみた結果、どこかで自分の好きなように出来るようなパスがあればいいのかなぁ、とも思いつつ。

 まぁチームスポーツって大声出し合ったりするんで、どう足掻いても声だけは野太くなっちゃうんだけどね(酷いオチだw。
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テーマ: 女子アスリート

ジャンル: スポーツ

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