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殿下執務室2.0 β1

  : 

有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、そしてYet Another Amateur Photography。

「内向きな」国際レースの時代と、ジャパンCの予想。 

 今回のジャパンCの出走馬を眺めて、ある種の感慨を持ったのは、コスモバルクの5年連続出走であった。
 恐らく、5年連続でこのレースに出走する馬は初めてではないかと思う。
 ジャパンCで最高2着を持つ同馬であるが、恐らくはジャパンCで勝ち負け出来る能力水準にあったのはその年くらいで、全体としてはこの距離で最高クラスのレースを勝つには足りない馬だったのではという疑念も強いし、今年もある意味勝ち負けという辺りを超えた意図での出走ではあるのだろう。
 それにしても、確かにこの馬が「道営」というギミックを背負っており、彼が既に手にした海外の勲章よりも恐らくは大事なのは本朝の中央競馬におけるタイトルであるのはその通りなのであるが、ある意味もうギミック的な部分に光が当らなくなって久しい中でこの馬が敢えて香港などではなくこちらを目標にし続けるのは、果たしてどの程度合理的だったんだろうか。今思うと、それこそディープの勝った年とかくらいは距離が適切でJCに明らかに匹敵する価値はある香港盃を取りに行くとかでも良かったかも知れない。あくまで後知恵だが、アドマイヤムーンとの後先を逆転できてれば、それはそれで非常に価値のある勲章に後々なった訳で。
 などと繰り言を書いてみたが、要するにジャパンCには現状、内向きには凄い引力のあるレースになっている、という実情はある。メイショウサムソンも秋天ではなくこちらというのは、体調もあったがはじめから計算の範疇ではなかっただろうか。一方で、ある程度距離を持たせるトーホウアランやマツリダゴッホはローテに余裕を開けて秋天をパスし、一方秋天で名勝負を演じたタニノとデスカもこのレースに臨み、史上初のダービー馬3頭そろい踏みが実現した。
 まさに、今年のジャパンCは、ダスカの出走回避を惜しみつつも、「ドリームレース」になったのである。
 その一方で、外国馬のクオリティは上がらず、結果、ジャパンCというレース自体が非常に「内向きな」レースになった、というのが実情だろう。ある意味、JRAの意図が空振りになったような面はあるかも知れないが、一方でちょっと思うのは、ジャパンCというレースのある種の「先進性」である。
 今年の経済危機は、当然ながら世界の馬産業に対しても深刻な影響を与えるものであり、今年に至るまでの世界的なバブルの象徴といえる砂漠の土侯が、競馬界におけるトップクラスの顔役であったことも今更言うまでもないことではある。そうした競馬のおかれている状況においても、実体経済がそうであるように、グローバライゼーションが一時的に退潮し、「内向き」な世界が訪れるのかも知れない、という予断はさほど外したモノではないであろう。
 欧州も、またはアメリカも、そういう点で「統合する方向」の動きが加速するような動機からは離れるのかなという気はしなくもない。その中で、英仏、アメリカ、香港、豪州、日本と、それぞれの拠点において、賞金体系が富士山型から塔型になる傾向が進み、一方で遠征などのリスクは抑えられて、少数のレースに国内の強い馬が集中するような流れは出て来るかなとも思われ、それのある種の象徴なのが現状のジャパンCの「内向きさ」なのかな、と考えたりもする。

 と、長口上を打っていたら、何か予想を書く前に眠気が襲ってきた。
 トーセンキャプテンがどういう出方するか、なんですよねぇ。
 個人的には、目標にする馬が今回居なくなることを考えると、あの馬が行くにしてもペースは上がらないのでは、くらいの見立て。上げて他の馬の能力引き出して力勝負で勝つという浅田真央的な戦術を角居師が選ぶかどうかと、ちょいみたいなのもあって。
 そうした場合に、先行力という点で面白みを感じさせるのは、マツリダゴッホではある。ただ、前走のオールカマー、確かに時計的には5F加速なレースで出走馬の割にはレベルは低くなかったのだけれど、そういうレースでかなり楽勝の手応えを持ちながら、案外詰めに弱さを感じる部分もあって、今ひとつグランプリホースの内容としては不満の残る部分ではあった。その上で、府中がダメとも思わないけれどとにかく中山での強さに目を見張るタイプの馬ではあるので、ある程度以上上積みを求められる気がするのだけれど、それにはちとローテが開きすぎた嫌いがあって、ボロ負けでも秋天経由してくれれば勝負賭けてみて面白いのにな、ってのはある。
 穏当には、展開がある程度緩くなった上で、距離で適性が上向くという意味では、ディープスカイの1番人気は妥当かな、とは思う。自分も、月曜くらいまでは普通に本命視してたんだけれど、ちょっと角居師のコメントに「デスカとタニノは似たタイプの馬」みたいに指摘されてた辺りにグラつく面も感じる。何というか、そういうケースで相手にある程度力を読まれるような場合、勝ち負けの関係は結構続くのかな、みたいな部分も。その上で、ちょっと脳裏にバブルガムフェローが2度エアグルーヴに勝てなかった歴史を浮かべてしまったりして。
 メイショウサムソンとユタカの相性は、ある意味タニノウォッカとユタカの相性に近かったのかも知れない。多分、ユタカもそんな極端に乗り間違えることはなくて、秋天も買ったんだけれど、全体として「手が合う」レベルで微妙に負のシナジーが出がちな組み合わせなのではないか、と。逆にユタカが駄乗してないからこそ、このコンビどうよ、みたいに思えてしまうような。
 今回の乗り替わりは、関係者サイドとして「渋々」復帰を認めざるを得なくなったように見える点で、コスモバルクの五十嵐冬復帰を思い出す場面ではある。あの時、確かに五十嵐冬は男を見せて、二桁着順の不振に喘いでいたバルクを掲示板に載せて見せた。サムソンの能力を考えれば、石橋守があの時のバルクと同じことが出来るならば、勿論勝ち負けになる。
 しかし、個人的には、この馬の能力曲線自体が、やはりテイエムオペラオー的なものではないのか、という疑念は残る。恐らく、明日のメイショウサムソンは、石橋守を背に、堂々としたレースをするのではと思うが、結果として、堂々と敗れることになる、ようにも。全ての馬を後ろに従えてゴールすることが、今ひとつ想像しにくいのである。メイショウサムソンは競走馬としての能力以上にスピリットをプラスアルファにすることでタイトルを積み重ねた馬だと思うのだけれど、そのスピリットに限界が来てるような気持ちはある。少なくとも、単勝で買いたい馬ではない。
 詰まるところ、タニノウォッカを逆転できる馬は、いないように思う。
 不確定要素となるのは、外国馬と、トーホウアランか。しかし、タニノのアタマを制する地力までは外国馬には見いだしづらい。外国馬展望で書いたとおり、今年の*ペイパルブルに有芝は余り期待していないし、*パープルムーンは買ってもいいのだが、ある意味*ストラテジックチョイス的な扱いに近くなるであろう。
 一方、ここまで菊花賞馬2頭に言及しなかったが、個人的にはオウケンブルースリは余り配合的な裏付けも強くないだけに、ディープスカイとの神戸新聞杯のアトサキは正当でかつ逆転しづらいモノと見る。ローテとしても3000を使ったことはハードな2000を使ったことと同様にプラスにはなりづらいだろうし。アサクサキングスは何気に3歳の宝塚を除外すると、ダービー以降常に1着と0.5差以内に入れるのは、馬場展開不問の「相手なりに走る能力」だと思うのだが、逆にそれで人気する馬を組み込むには今回のメンバーは層が厚いように思う。
 一方で、トーホウアランは、馬体重を増やして勝った辺りで、凡庸な京都大賞典の勝ち時計を上回る可能性を見いだすことは可能である。自分はサムソンのダービーでこの馬を4番手評価したが、距離的にもこの条件は一番向いているはず。その上で、藤田は単穴として買いたい騎手であり、きっちり勝算を秘めながらレースをされると怖い存在ではある。◎をタニノにして馬単中心で買っても、この馬だけはウラを持っていないといけない気持ちになる。
 うむ、という訳で、結構眠くなりながらがっつりと書けたぞ。という訳で、穴っぽいところも含めて、シルシは

◎タニノウォッカ
○トーホウアラン
▲メイショウサムソン
△ディープスカイ
×パープルムーン
×アドマイヤモナーク
×アサクサキングス
まで。マツリダはピンロクタイプなので、半端なシルシを付けるなら外すがベターか。
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JCダート外国馬、簡易配合レビュー。 

 簡易つーか手抜きではあるが、夜も遅いので。

フロストジャイアント(USA)
Giant's Causeway×Takesmybreathaway(Gone West)×Oscillate(Seattle Slew)×Dance Number[F1-s]

 La Troienne 直系の良血。曾祖母 Dance Number は*リズムの母。本馬はミスプロスルーというある種の定石を経て、これまた良血の塊の Giant's Causeway を入れたベタ配合だが、この配合の手筋で近親にケンタ&ベルモント2着の Bluegrass Cat がいるのは味わい深い。Secretariat の入り方などを見てもこの強豪馬とそっくりな配合で、あとは父母の部分に Rahy が入るくらいの差なんだけど、やはり Bluegrass の方が母父 A.P.Indy の分、質で Gone West をかなり上回るのは致し方ないか。ダ1800の小回りである程度瞬発力と小脚の要る展開になるとそういう Gone West 的なものが利きそうな気はするが、今時日本のダートでも展開は早いは早いんで、そこをどのように対処できるか、ではあるな。向こうとしては、アメリカの芝馬を日本のダートで走らせたらどうなるか、的な実験ではあるのだろう。

マストトラック(USA)
Mizzen Mast×Nawal(Homme de Loi)×Lute String(*ノーリュート)×Tarlace[F2-e]

 まず祖母の血統を見て*ノーリュート×*ターゴワイス×*ラパスなんていう本邦輸入種牡馬の3連発に笑った。微妙に居そうでいないが、フランスのB級血統にはこういう手合いが時たま現れるよなぁ。そこでフランス血脈を溜めつつ Round Table×Bold Ruler なんて血脈を眠らせておいて、Law Society、Cozzene とナスキロ血脈をラインブリードするという解放過程を経た非常に競走馬向きの完成度を持つ配合だが、牝系由来の地力みたいな部分にはどうしても欠ける、というまぁコンタクトヒッター的な配合ではありますな。ハリ金のような大レースで結果を出せたのは生産者としても喜ばしかったであろう。臨戦過程が如何にも弱気なのはちょい気に掛かるところで、AWのマイルとか日本のダートとか、取り敢えずメンバーの薄いところで力試しみたいなフェーズではあるのかな。

ティンカップチャリス(USA)
Crusader Sword×Twice Forbidden(Spectacular Bid)×Sweetness(Stalwart)×Fresno Flyer[F4-m]
 なかなか近親に名馬名繁殖の現れない系統で、やっと8代目くらいの近親に Top Flight とか出て来るみたいな趣で、まぁ地方競馬らしい土臭いタイプではある。それでも9戦8勝で重賞を一発クリアしたのはなかなかのもんだし、そもそも日本のダートに走らせるんであれば第1回のヴァルディヴィアJrが乗ってたアレ……えーと、*ロードスターリングだ、あれみたいな意外性は期待できるかも。で、配合であるが、これもアウトブリード基調だが、2頭の祖父 Damascus と Spectacular Bid は両方とも近交の名馬。前者がBy Jimminy≒Blade of Time で、後者が To Market な訳だが、前者の Sickle=Pharamond×Blue Larksupur という図式に対して後者の To Market が Black Toney と Sickle 内包ってのは、まぁかなり弱いけど微妙にニックスで、整合性はあるかな。祖母の Roman クロスや Nijinsky 辺りを見ても、日本向きって意味ではこの馬かも。
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JCターフ外国馬、血統を交えつつレビュー。 

 まだブック買えてない(挨拶。

ペイパルブル(GB)
*モンジュー×Mialuna(Gone West)×Mamaluna(Roberto)×Kadesh[F2-o]

 配合は、昨年のエントリ参照。
 で、キングジョージでは Duke of Marmalade と無駄に名勝負を繰り広げ、「いやぁ、映像だけ見ると凄いんだけどなぁ、2着*ペイパルブルだよなぁ」などとモニョモニョしてたところ次走で突然ドイツのラインラントなどに顔を出してきて、まぁ小頭数でああいう馬がいるのは面白かったんだけど、幸薄き今は亡き Oriental Tiger に7馬身打っ千切られるという更に面白い結末となった。で、このレース自体は Oriental がドーピングで失格して2着の Kamsin が繰り上がったのだけど、凱旋門ではバーデン使ったその Kamsin にまたも着順一つ分負けており、上積みがない状態が続いてるっぽい。というか、この2走で遠征能力には明らかに疑問符みたいなのもあって、むしろ昨年のJC7着は走りすぎの感もある。2年目で成績を上積みするのはちょっと難しいんじゃないかなぁ。

パープルムーン(IRE)
Galileo×Vanishing Prairie(Alysheba)×Venise(Nureyev)×Virunga[F19-b]

 ジャパンCの出走馬の質低下もここまで来たか、的な辺りで言えば、この馬なんかは「ハードル出走経験がある馬」としては恐らく本朝の平地国際レースにおいては史上初なのではないだろうか。ただ、そういう出走経験と「主な勝ち鞍=グレート・イボア」という辺りは単純に海外競馬オタのフェチ的趣味をくすぐる部分はあるかも知れない。全体的なフォームで言えば、前走のコンセイユ・ドゥ・パリで3着だったのがドイツ競馬ファンには毎度お馴染みの Poseidon Adventure で、本馬と1馬身差。因みに恐らく Poseidon はその前が(同馬の最も得意とする)ケルンのオイロパ賞で、このG1では Baila Me の2着、ということで、簡単に纏めるならまぁ欧州全体でG1探せばどっかで勝てるくらいの能力は持っている、のかも知れない(笑)。まぁ Poseidon 自体が相当相手なりに走る馬なんで、微妙っちゃ微妙かってのもあるけど。
 血統的には、明らかな良血。牝系がずっと「V」を続けているのは、ヴィルデンシュタイン牝系だからで、従姉妹にそのラインの最強馬に近い Vallee Enchantee なんかがいる辺り、遠征に強そうに見えるしと書くと軽いが、実際メルボルンCで2着なんだからまぁ実際に強いと見て間違いはない。あと、Maid's Causeway も従姉妹ですな。惜しむらくは生産者がドイツ人だったのに心ない馬主に売られて「V」で始まる馬名にならなかったこと。
 で、配合の見立てとしては非常にシンプルに、その Vallee Enchantee の Nureyev2×3、Thong≒Lt.Stevens4×4*5という萌え配合をある程度模したヌレサドニックスを入れつつ、Vallee に*パントレセレブルで入る Lt.Stevens と Alydar もご丁寧に追加してみました、という見立て。ただ、*アーバンシー経由でミスプロが入るだけに、ちと Native Dancer が過剰っぽくはあるか。全体的にフランスらしいスタミナに優れた牝系ってイメージはあるんだけれど、その辺りが悪さして斬れ味が削がれる分で、Galileo 産駒としてやや足りないズブ系ステイヤーっぽいタイプに出た感じか。まぁ、判りやすいと言えば判りやすいタイプの良血、なのかもね。
 ローテ的にもJCへの持ってき方としては悪くないタイプで、5歳の割にキャリアも少ない上に大陸間輸送は経験済みと、大凡能力が足りない以外は結構買える要素が揃っている馬であるとは思う。自分の中では、*ストラテジックチョイス的な評価で、何か間違えば複勝圏内に入ってくるかも知れないけれど、大体この手の馬が4着止まりなのがジャパンCだよなぁ、みたいな思いもあったり。

シックスティーズアイコン(GB)
Galileo×Love Divine(Diesis)×La Sky(Law Society)×Maryinsky[F14-c]

 この馬と言えばディープが遠征した凱旋門で、デットーリ乗せてた割にはいたのかいなかったのか判らんようなレースをしていたが、セントレジャーの勝ちっぷりはそこそこ評価されていたと記憶している。で、そこからステイヤー路線を目指すことを潔しとしなかったのか、2年の間に12Fを超えるレースは1度しか出走せず、時にはプリンス・オブ・ウェールジズにまで果敢に挑んで大玉砕、みたいなことをやっていたり。
 この馬の14号族というファミナンからまず想像するのは Pretty Polly であるが、この馬も Nearctic 辺りと同祖の系統。で、曾祖母の父が Northern Dancer ってことで、祖母の Maryinsky は、Nearctic≒Rich Relation の2×2という強い疑似クロスの持ち主。こんな主流のベタインブリードがそう競走馬として役に立つことは無いかも知れんが、繁殖として後で色々遊び甲斐のあるネタにはなる、という典型例で、息子の Legal Case は Alleged を父に英チャンピオンSを制し、孫の代では本馬の母となるオークス馬 Love Divine を出した。Legal Case や祖母の La Sky で Alleged が入ることで、Princequillo が入る辺りがこの主流血統の強い血統に対して支えとなったか。で、本馬は Northern Dancer クロスを取りつつ、Hyperion を継続的に入れつつ Miswaki の Princequillo をスタミナ方向に解釈することで、*パープルムーン辺りに比べて骨太な配合にはなっているが、母父 Diesis ではちょいスピードの注入が足りないか。
 ズブいってのともちょっと違うタイプなのでステイヤー路線を目指さなかったことはある程度是だと思うけど、BCハーフマラソンとかジャパンCを目指すってのも微妙に方向としては違うようにも見えなくはない。ただ、今年の成績はそういう無茶をしたレース以外は安定してる訳で、ある程度変わったレースを経験することで、何某かの経験を得るならば、来年以降の晩熟なステップアップは狙えるのかも知れないし、そういう視点では面白い馬なんではとも思う。6歳でも走れる余地はある血統だとは思われるだけに。

マーシュサイド(USA)
Gone West×Colonial Play(Pleasant Colony)×Meteor Stage(Stage Door Johnny)×Northern Meteor[F23-b]

 最近はどうもこのレベルの北米芝馬までは追い切れてないので、うーん何とも的な出走歴ではあるが、虚心でフォームを見る限りは去年から徐々に力はつけてたものの、騎手が今ひとつだったり条件が如何にも合わなさすぎたりみたいな感じで噛み合う条件に今ひとつ足りなかった馬が、きっちりとした騎手とレース条件の選択を得て、G1で続けて好走した、ということになろうか。Champs Elysees や Quijano と言った、オールウェザーや欧州G1で普通に勝負できる馬とほぼ同等の能力を示している、ってのは、まぁ少なくともJCに出て足りない馬ではない、というレベルにはなろう。香港瓶なんかも、このレベルの馬をワラワラ集めまくって、ってのが実情であり、まぁそれと似たようなものかなと。
 配合を見ると母の Colonial Play が、Pleasant Colony、Stage Door Johnny、Northern Dancer と入っててまるで*タップダンスシチーだ(笑)と思うような血脈なのだが、全姉と全兄がアメリカの重賞勝ち馬で、うち全姉の方はBCジュヴェフィリの勝ち馬。まずはああいう感じの早くてバテないタイプの血脈を持ってる、とシンプルに見立てれば良いのかな、って辺り。そこに、ズブくすればズブくなる Gone West が入って、まぁ距離的には芝なら12Fってのはそう大間違いではないのかな、と。持ち時計的はプアだし、全体として時計の良いレースで余り良い着順を得てないのは気になるけど、こういう軽い馬場で時計の出る流れに乗れれば怖いな、という印象はあるにはある。先行して平均やや遅めのペースで折り合ってくれれば、って辺りで、騎手の騎乗次第かなとも。ただ、早すぎても急にはついていけなさげで展開に注文はつくし、前走で穴を開けて今回も、となると呼吸的には微妙か。
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関西行ってきた 

 エリ女回顧はデータ飛ばしてしまったので、また後ほどで。
#あんまり勝ち馬について筆が進まない展開になってしまうが、勝った馬は褒めるべきレースかと。

 ともあれ、関西遠征では色々お付き合い頂き多謝でした。>各位。
#あと、前日ご一緒したタケルンバ卿とgkojax氏も。
土曜日はミナミでwoodsmith氏、トロさまとお好み焼きをやりつつという感じで、日曜は朝から大津行って昼前に淀に戻り芝さんと菊花賞エリ女観戦と、結構大阪・京都・滋賀と忙しく回った週末でした。
 大津では塗色変更する前に水色の爽やかな京津線を見ておこうかな、という心算もあり、浜大津方面をぶらぶらと。それにしても、併用区間を走る地下鉄乗り入れ車両はやはり迫力満点なのであった。まぁ、石山坂本線のまったりした路面電車も好きだが。

京津線800系

 何となく雨宿りしてた三尾神社。
 こういう寺院付属のささやかな社殿とかも悪くはない。ところで、三井寺自体は大友皇子の慰霊というか霊力みたいな部分に関わる立地条件にある訳ですが、開祖の智証大師自身はむしろ新羅との縁を強調しているような部分があるのは面白いというか、単純に天智=百済、天武=新羅って図式は多分プリミティヴすぎるんだろうね。
#いや、張保皐なんて新羅人っても、実質百済の海人だろとかカマすことは可能だが(笑)

三尾神社

 で、三井寺を拝観してる最中に雨足が強まってきたので、こちらはほどほどに回った程度。写真もあるけど結構焦って獲ってしまったので微妙。拝観料が勿体なかったので、いつかリベンジしたし。
 そして、競馬は、まぁああいうレースってことで、でも回顧とは離れて、ポルトフィーノは自分の中では弥生賞後のサイレンススズカの域には達したと思う。現場で見てるとああいうのは何だか感があるけど、TVでのディープインパクトばりの画面外からの突撃ぶりはなかなか見事なモノで、そりゃスポーツ紙3紙が1面にするよなぁ、みたいな辺りで、スター性は凄い馬なのかも知れん。ある意味、初めてあの馬の産駒で母を超えそうな馬のように見えた。
 そして、淀から帰宅。
 にしても、もう次に来るときにはこの三角屋根の駅舎が見られないかも知れないと思うと、微妙に感慨深いなぁ。

京阪淀
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エリ女外国馬配合解説:*フェアブリーズ 

 去年のアレとかあって、なかなか解説出すタイミングが遅れがちになりましたが、そろそろ。
#エリ女外国馬、と銘打ったが、*トレラピッドの方は書く予定今のところなし(こら。

フェアブリーズGER
Silvano×Fairwind(Andrang)×Fairness(Athenagoras)×Fleur(Lombard)[F20-c]

 本馬の7代母がイギリスから輸入された Fairun で、そこから先は全てドイツ産の種牡馬を配合されて、ガチガチにドイツのホームブレッド的な血統背景。しかし、その牝系は必ずしも華やかなものではなく、また配合された種牡馬も Luciano, Lombardo, Athenagoras と、どちらかというと競走馬としての実績に種牡馬としての能力が追い付かなかったタイプが多く、なかなか活躍馬を出せなかった系譜である。ただ、全体として配合のスジ的にそれほど大間違いな手を打っているようにも見えないのだけれど、活力の不足ではあったか。
 系譜内で目立つ活躍馬は4代母の妹にあたるディアナ馬 Friedrichsruh で、この馬の場合は、筋を通すよりはひとまず Neckar の近親となる Nizano の血脈をテコにして、シンプルな疑似クロスを父母の3代目に入れて成功した事例。まぁ種牡馬の Dschingis Khan のクオリティも手伝ったか。そこから Caerleon→Dashing Blade という手筋できっちり主流の競走馬的血脈を洗練させて(Foreseer の Hail to Reason、Princequillo、La Troienne って辺りを Mill Reef にぶつけるという比較的行儀の良い米血導入)、ヴィットリオ・ディ・カプア勝ちの Faberger を出した。この馬はマイル~中距離でなかなかにコンスタントな活躍をした馬で、まずはドイツのアベレージヒッター種牡馬として「またお前か」的に顔を出す Dashing Blade の代表産駒と見ても良い存在。「Dashing Blade でもG1を勝てるのか」と当時の有芝を軽く驚かせた(いや、この馬が初G1な訳じゃないんだけど)。
 そんな Faberger も既に今年亡くなったとついさっき知って、比較的若い死に感慨を覚えた次第。つかこの馬、乗馬になったんでしたっけ?にしても、*ファバージみてぇな名前の馬だなぁ、などと思ってたのも今や懐かしい……っと、思い出話が過ぎた。
 で、そういうシンプルな手筋を経なかった4代母 Fredericia の系統でようやっと Neckar を入れたのが、祖母の Fairness のところ。ここで、Athenagoras の母 Avenida と Friedenbotschaft で Neckar≒Nizam と Nebelwerfer の組み合わせクロス的な配合をしたものの、やや代が遠くなっていることもあって、インパクトは聊か薄くなった。そこに、Andrang で Solario などを入れつつ Silvano で主流血脈のネジを回し直した、ってのが本馬、Fair Breeze の配合の図式。
 この際に、前述した Neckar をもう一度今度は Kronzeuge 経由で得ているというのが本馬の配合の冴えたところ。Kronzeuge は Neckar×Nebelwerfer という父・母父の組み合わせなので Avenida とは3/4同血で、前述の Fairness よりは結びつきが強い上、継続交配になっているのでクロスの効果も高まっている。更にそのドイツ血統のラインクロスに対するサポートとして Silvano の母に Owen Tudor が入り、Luciano, Solario といった Gainsborough 血脈を補完する辺りも優れていよう。配合的手筋について寝かして寝かして熟成された上で、この牝系にとって欠けていたある種の活力を Silvano の米血が担保するような図式となり、若干一発屋的な競走馬として優秀な配合となっているように思われます。G1にも手は届いていいと思うし、ドイツ的な良血、って所まではいかないけれど、マイナー血脈の掘り起こしに成功した事例として、実に味わい深い存在ではあり、こういう馬を日本で見られるのは一つの喜びではあります。
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障壁以外に何をしろ、と。 

海外流出防止の「ドラフト規制」は選手への嫌がらせだ@ダイアモンド・オンライン

 この件なんですが、確かに嫌がらせっぽいってのはごもっともなんですが、ではNPBがこれを拱手すべきなのかというと、やはり違う気はするのですよねぇ。

 詰まるところ、アメリカのドラフト制度ってのは明らかに「自分の国よりも金持ちな他国のプロリーグが存在すること」を前提にしてない訳で、それをある程度お手本とした日本のドラフト制度においても、少々制度を弄くったところで「自分の国よりも金持ちな他国のリーグ」に対応するには結構嫌がらせ的な要素を大なり小なり持ち込まないとしょうがないんじゃないでしょうか、と。
 例えば、大リーグ希望枠みたいな形でNPBの支配下に一旦入れた上で、ポスティングかけて移籍金を12球団で折半するとか、或いは大リーグ希望選手と交換に向こうのプロスペクトをトレード的な形で獲得してウェーバー的に下位球団優先で振り分けるとかあるかも知れませんが、ともあれ、何らかの形で渡米希望選手に対して障壁をかける結果になるのは変わらないでしょう。
 ただ、根本的に、大リーグのチームの方が強く金持ちで、NPBのチームの方が弱く貧乏なのです。
 ならば、「ドラフト的な正義」においては、大リーグの日本人選手獲得に対して障壁を設ける、ないしはNPBのチームが優先的に選手獲得が行える手段を講じるのは当然なのではないでしょうか?
 個人的には、大リーグを直接目指したいという選手の意思を完全に閉じること、ないしはそれを目指す選手を恰も裏切り者扱いするようなルールを作ることには同意しないし、今回のNPBの対策もスジは悪いと思われますが、ある程度上記のような「ドラフト的な正義」をバイパスして対案を示さないようなかたちで「選手の自由」を強調するのは明らかに間違いではと思われます。

 そのような自由を確保するのを優先するならば、むしろNPB自体をディソルヴして、8球団程度に再編した上でアメリカ人オーナーの参入を許容し、各4球団を大リーグのア・ナ両リーグに新ディヴィジョンを作って迎え入れて貰うべきなのでしょう。そしたら多分、「最高レベルであるとともにファンも深く関わった文化的な野球世界を実現」することも可能なんではないでしょうか(笑)、と。
#俺自身は、これを「有り得ない未来」とは思ってません。やったらやったで面白いとは思う。
#最大の問題はジャイアンツとかタイガースをどう改名するか、でしょうか(苦笑。

 と、ヨタを飛ばしては見たものの、個人的にこの記事で気になったのは
 大久保氏は、大リーグの長所としてトレーニングの充実や精神的な鍛錬を挙げている。そうしたことは、長い歴史のなかで築き上げられた大リーグの野球文化を反映したものだ。

という感じで大リーグの文化を称揚し、この面で追い上げてNPB自体の魅力を上げないと選手はついてこない、というような論法を取る辺り。
 でもこれ、文化の話を持ち出すと、身も蓋もなくなるよなぁ、と思うのですよ。
 ぶっちゃけ、この文化の壁、とりわけスポーツにおけるそれってのはそれこそ「普遍語」と「国語」と同等かそれ以上の決定的な差で、それを埋める困難は想像を絶するはず。例えば、WBCや日米野球で日本が連戦連勝しようとワールドシリーズは世界最高の権威を保つだろうし、凱旋門賞やブリーダーズCでいくら日本馬が勝とうと外国馬にとって最も重要なレースをジャパンCとするのは難しいだろうし、ACLのチャンピオンがガチでUEFAチャンピオンズリーグの勝者を何度倒しても、UCLの権威がACLを上回ることはない、というか、最後のヤツは既にリベルタドーレスとUCLの現状を見ればもう現実にそうだろうが、と。
 要するに、NPBが既にそういうある程度「頑張ったら何とかなる」範疇で何とかしようがない差がある、ってのが問題のある種の根本で、そこを「どうにかしろ」って言われてもなぁ、と思ったので、態々薄っぺらいエントリを立ち上げたくなったのでした。
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普遍言語への「反動」って、どうなんかね。 

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で
(2008/11)
水村 美苗

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 『日本語が亡びるとき』の話が色々物議を醸してるようで、何となく思ったことをば。

 ある意味、こういう「英語の普遍語化」みたいなのは、今更感みたいなのもちょっとあって、というか、インターネットをもっと昔からやってきた感覚として、それとは微妙に違うところで、日本語のガラパゴス性みたいなものの側面として「シングルバイトとダブルバイトの決定的差異」みたいなことを思うことは多かったものである。
 つまりだ。
 例えば日本人である我々は、アルファベットと最低限の英語さえ何とかなれば、ギャロであろうがディレクトリウムであろうがヘタするとルートコやポーランドといったマイナー国のサイトからですら、情報を得ることはそう難しくはない。所詮競馬の情報なんて、着順や着差、レースの賞金、勝ち馬の父と母という単語・数字レベルの情報であり、それらの文脈を総合してどのレースが大レースかとかその国の最強馬はどの辺りかなんてのも大方ロジカルに想像がつく。
 ところが、逆にアルファベット言語圏で日本語の文字が読めるには、明らかに専門的なルートを通した日本語の知識が必要であり、その上で本朝に溢れる様々な競馬サイトによる充実した情報を、気の毒にも日本語を学習する機会に恵まれなかったガイジンが享受することは不可能なのだ。まぁ同じ問題はギリシャやロシア競馬のような、非ラテン系アルファベット圏についても言えるが。とまれ、このような状況では、我々がよほど積極的にこちらの情報をアルファベット化して配信しないと、ある意味向こうからは鎖国的な閉鎖性を咎められかねないのではという感覚はあった。
 一方で、逆に配信を普通に行う場合、むしろアルファベットというグローバルな標準に我々の側が巻き込まれることで、我々の側がリソースを割くことが、ある種植民地的であるなぁみたいな感覚もあったり。

 で、件の問題って、
「英語で普遍化すると、今後日本語なんて誰も読んでくれなくなるから、英語をちゃんと身につけて世界に伍していかないといけないよ」なのか、「英語についてかないといけないけど、そうしたら英語文法で生活する機会が増えるから日本語的な文化が衰退するよ」なのか、どっちが言いたいのか、どっちもな場合はどうするのが理想なのかとか、その辺がイマイチ見えてこなかったのっだけど、ここの増田曰く
「中途半端な国民総バイリンガル化を求めるより、少数精鋭の二重言語者を育て、翻訳出版の伝統を維持する。作文を書かせるより、古典をたっぷり読ませる教育を積む。それが日本語の生命を保つ現実的な方策。

というお話で、うーんそれ何て李朝の両班?みたいには思ったというか、少数精鋭の二重言語者がある種の特権階級化してむしろ自国語を蔑む方向に行くんじゃ無かろうかとか、まぁそんな属国史の中でも李朝の民は朝鮮語を維持し続けたんだからまぁ何とかなるっちゃ何とかなるのかもなとか、色々考えた。

 その上で、「だが、心配しすぎではないか」みたいに思う面もあるというのは、詰まるところ、まぁ近代というか、近代欧州人におけるある種の文化の進化論的な文脈において、「普遍語の否定」みたいなのは存在するんだよね、みたいな辺り。
 まぁ簡単に言うとアレだ、ルターだ。
 つまり、人間性を解放する際に、この手の文語的な普遍言語はそれを束縛する悪しき陋習である、というロジックがある程度ヘゲモニーを握ったという歴史を、彼らは経験してきている。そして、欧州人、或いはキリスト教徒というのは定向進化的な善性というものを普遍性となし、それに魂を曳かれている部分も否めない。
 そのような彼らにおいて、英語が「普遍語」の地位を占めることが気付かれるならば、やはりそうした流れに対するアンチテーゼを自ら構築しはじめるのではないだろうか。もうちょっと言えば、欧州とアメリカの文化的なコンフリクトは、そうした場面におけるアメリカ人の「グローバライズ」に対して、欧州人が自らの拠って立つ「普遍性」の下に掣肘を行う、みたいなプロセスによって成り立っているとは言えるだろうし、それと同様なことが言語にも起こるのではないか、と。

 まぁでも、昨今の金融危機でアメリカオワタオワタみたいな話が飛び交っている一方で、こういう話題が出て来る辺りはやっぱアングロサクソンの覇権パネェなぁ、みたいなことも思ったりはしたんだけれど(笑)。
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「三枝の州盗りゲーム」こと、アメリカのアレを回顧 

 4年に1度、大統領選の得票状況地図を見るたびに、脳内に法螺貝が鳴り響く世代です(挨拶。
#選挙の際に「姫州」とか「坊主州」があったら面白いですよね(ぇ。

 さて、バラク・オバマが勝利したこたびの選挙、1年以上にわたる選挙戦も結構熾烈なものがあり、かんべえ氏なども
それにしても2008年米大統領選挙は、歴史に残る激戦でした。こんなに面白い選挙には、二度と出会えないでしょうね。米大統領選挙オタクとしては、「いいモノを見させてもらった」という感謝の気持ちと、「これから後はどうしたらいいのか」という倒錯した感情が交錯しています。ちょうど「ディープインパクト引退後の中央競馬会」が深い混迷に入っているようなもので、オタクにとっては寂しい日々が待っているのかもしれませんなあ。

などという感想を漏らしているわけですが(ただ最後の一言は余計。かんべえ氏とて過日の秋天を観てなかったわけではなかろうに)、恐らくこの選挙戦が面白かったのは、「9月辺りに一旦オバマとマケインが並んで」そこから「9月半ばのリーマンショックを経て、オバマがグイっと伸びて、マケインを置き去りにした」みたいな辺りの展開的な妙味かな、なんてことを思う。勿論、過去2回の大統領選の方が「Too Close to Call」な状態が続いた訳だけど、ある意味ズルズルとそういう並走状態が続いていて、競馬の叩き合いってよりはテニスでチンタラとベースラインでフォア打ち合うような展開ではあった気がした。その上で、両者が鍔迫り合いに持ち込んだ展開から、離れた一瞬で勝負の付いた今回は「勝負としての美しさ」があったように思う。

 で、9月のメルトダウンが「オバマを勝者としてコールした」理由についていくつか考えると、まずは「マケインがペイリンを副大統領に指名した矢先」であったこと、があるのだろう。
 恐らく本朝のメディアだけ見るとこのオバチャンは指名当初からある種DQNウヨクみたいな描かれ方をされてるフシがあるが、恐らくアメリカ人の目から見ると、ああいうオバチャンが日本で言うところの「癒し系」的なポジションに収まる、みたいな部分はあるのではという気がする。この副大統領指名がバクチであることはまぁ多分その通りだと思うけれど、ある意味自分がここにマケイン的な「スジの通し方」を感じるのは、恐らく彼が2008年に大統領を目指すにあたってのテーマが「平時への復帰」だったと思うから。
 要するに、イラクの撤退戦をきっちりやり切って、アメリカの態勢を立て直す時のある種のゴールに到達したときに相応しいモデルが、ああいう「癒し系のオバチャンが副大統領でもやってける国」であった、ということなのだろう。まぁ実際問題、合衆国副大統領って兼務する上院議長職を除けば「任務」が全く存在しない役職でして、大統領が一言も声を掛けなければ閣内ニートとしてタダ飯を食んでるだけの仕事になるようなもんなので、確かに本当に「平時」ならば(あともう一つ大事なこととして、大統領が死ななければ)、ペイリンだろうが砂漠のアニヲタ爺ちゃんだろうが、勤まらないことはない。
 ただ、経済危機によって、それが裏目に出た、というのはあるだろう。言わば、向こう4年ヘタすると8年、明らかに「平時」に戻ることは有り得ないという条件が出来てしまった訳である。そうすると、ペイリンが「時宜を得ること」は難しいという話になり、詰まるところこの候補者は「空手形」ないしは「ボロ株」となってしまったのである。恐らく、金融危機のような状況を前提にしなければ、ペイリンは最後の1ヶ月でここまで叩かれなかったか、或いは叩かれた場合にそれに対抗するレスポンス(要するに、「あの人の好いオバチャンを苛めるな」というムード)をもっと得られた気はする。パウエルなども、あからさまな形でマケインのチケット選択を非難することは、思っててもやりづらかったのではないか。

 もう一つ、金融危機がマケイン側に不利に働いたのは、「ジョン・マケイン」って名前の駆逐艦があるくらいコテコテな軍人一家に生まれたマケインにとって、「軍人」という属性を自ら取り除くことは不可能であった、ってのも大きいのだろう。今回の両候補は、マケインにしてもオバマにしても、ある程度党内の主流的な勢力を押し切る形で予備選を勝ち抜き、実際に「超党派性」を備えていた候補であった辺りが本朝の野次馬的に好感の持てる部分であり、その意味ではテキサスとマサチューセッツというコテコテの赤青対決となった2004年と対照的ではあった。その上で、避けがたい「属性」として、オバマは黒人でありマケインは軍人だった訳だが、経済危機のようなパラメータを受けた場合、
「別に肌の色は経済政策に影響しないが、軍人が経済できるんか?」
みたいな疑問はさしものアホでマヌケなアメリカ人(笑)でも抱くであろうし、その意味ではマケインのほうが逆風を受けやすい状況にはあっただろう。逆に言えば、経済情勢がまだ何とか安定した状態でグルジアのドンパチなんかがもっと酷いことになってたら、「軍人」という属性は当然プラスの効果を得られるので、マケインに勝利の可能性が高まったかも知れないな、と。
 一方で、オバマがより「透明な候補である」ことに成功していたからこういう結果になった、とも思われ、逆に彼自身が例えば「反戦」とか「マイノリティの権利」とかをより前面に出したアイデンティティをもとに世論にアピールしてたならば「人権屋が経済できるんか?」みたいな疑問に彼はもっと直面していたんだろうな、ってことは考える。
 その意味では、ペイリンという「保守派」に目を向けたマケインの選択を含めて「超党派性を打ち出した候補が戦い、より超党派性に優れた候補が勝つ」というすっきりした結果なんだろうなぁとは思われる一方、今後オバマがリベラルに傾くとしても余り「党派性」に拠るようなレベルに傾いた場合、国内の支持が怪しくなるのかなとも予想する。「クリントンの時代よもう一度」と思うならば、初めからヒラリーでよかったじゃん、という話もあるわけで。

 あと最後に、議会勢力との絡み、みたいなのもあっただろう。
 大統領選がどうなっても、アメリカ世論の多くはブッシュ政権のもと多数を占めた議会に対しても、その責任を取らせることは決めていて、共和党の議会小数派転落は確定事項になっていた、という状況はあった。実際2年前の中間選挙でもそういう結果が出てたわけで。
 その上で、かんべえ氏が以前指摘していたように、マケインが勝てば「ねじれ現象」とか「コアビタシオン」とか、ともあれ根回しがこまめに行われるべき政権運営が必要な状況になっていたのだろう。「ねじれ」自体は、ヘンな駆け引きや政局に持ち込まない範囲では、さほど悪いことではない。そもそもアメリカの場合、党議拘束とかないんだし。しかし、そういう「調整型の運営」が、恐慌のごとき国難を目の前にして選ばれるべき選択肢でないのは、当然のことである。
 そうした中で、現在のような状況に対して「挙国一致」で臨むための体制として、民主党の政権取得と議会単独多数がともに実現するのが望ましい選択肢であり、そこに賭けるよう有権者を動機付けた面はあっただろう。「勝ちすぎる」ことは与党内で日頃冷や飯を食っていた両極のマイノリティにまでポストを与えることとなり党運営を難しくする面もあるので、その辺りはオバマの課題にはなろうけど。
 ともあれ、アメリカ人の選択が「リベラル」であった、というよりは、彼らが現在の状況に対して迅速に反応した結果として、オバマ当選という現象は理解されるべきなんだろうな、なんてことを思いました。

◆それにしても。
 MLB公式サイトで3年前のChiSoxプレイオフでのオバマ始球式写真が載ってたんだけど、サウスポーなんだね。大統領の左利きってどれくらい今までいたのかしらん?にしても、若い若い。グラブつけてて時計外してたら、恐らく普通に選手だと思い込むような立派すぎるナリではあるよなぁ。
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古代の氏姓についての大雑把な理解。 

天皇家は何ていう名字だったんでしょうか?むかしは曽我氏や物部氏みたいな名字があって、戦争に勝って日本の君主(天皇)になったから名字がなくなったと予想しますが、もとは何ていう名字だったんでしょうか?@はてなQ

 ま、そんな深い話でも無い気はするけど、結構ぶくまを見る限り関心を持ってる人が多そうなので、ログ程度に。根本的に苗字と姓と氏は違う、みたいな基礎論はウィキペでも見て頂くとして。

 とまれ、姓なんてそもそもそんな普遍的な文化ではないですよね。
 現代にあってすら、人名において名字なり姓のごときものがつくカルチャーは普遍的ではなく、有名なテロリストの人は「ラーデンの息子のウサマ」だったりしますし、欧州においても「アレクセイ・セルゲイェヴィッチ・スミルノフ」みたいな感じでミドルネームに父の名前を冠したりするロシアにはその残滓が残ってたり、「ホセ・オルテガ・イ・ガセ」のように父と母の名字を名乗るスペインみたいなのもちょい変り種としてあったり。

 で、古代における本朝ではどうだったか、と言うと、もともと姓がなかったってのが妥当な見方と思われる。この手の系図資料として最古のものは当然ながら稲荷山の鉄剣な訳ですが、ここで顕彰される「ヲワケの臣」とその祖先の中に、氏族名を記すような記述は存在しない。或いは、この当時のもっと上級の貴族(葛城氏など)には氏族の名前はあったかも知れないけど、その辺りは実際判然とせず、まぁ現状はこの安倍氏に近い皇別氏族が姓氏を名乗っていない以上、まぁ穏当には「なさげ」で。

 その一方、本朝にある程度以上近縁な文化として比較しうる朝鮮半島を見ると、これがまた微妙。
 確かに三国史記には新羅や百済に昔氏とか解氏とかそれっぽい氏族名が残ってるけど、なにせこの史料自体に同時代性が余りないだけに、後付で統一新羅時代に創られた姓を仮冒したようにも見えなくはない。
 その上で三国史記や或いは日本書紀をある程度オミットして金石文レベルで同時代史料を見ると、例えば「寧東大将軍百済斯麻王」と書かれた武寧王の墓誌なんかもいきなり忌み名の「斯麻」(日本書紀にもこの名は「嶋君」とある)で、姓を冠してはいないし、広開土王碑の始祖伝説などにも姓を名乗った形跡は残っていない。
 一方で、これらの王朝に関しての中華の資料は、高句麗が「高氏」、百済が「余氏」、本朝が「倭氏」を名乗ったと記録していて、これだけ見ると「何だ、半島や日本にも姓はあるんじゃん」と思わされるが、これは実態のあるものと見るべきではないだろう。これはあくまで外交上の方便として中華王朝に対して仮冒したまでで、国内的にはそういう姓を流通させることはなかった。その何よりもの証拠は8世紀の本朝に残る「百済王」という氏族で、これは白村江の敗戦後に亡命した百済王族に対して賜られた名前である。もし百済王族が日常的に「余」という姓を意識していたのならば、何故にわざわざ屋上屋を架すがよろしく新たな姓を付与する必要があったのでしょう?
 ならば、本朝が5世紀に対外的に名乗った「倭氏」や、7世紀に対外的に名乗った「阿毎(天)氏」も、どこまでの実体を持つかは怪しい部分ではあろう。強いて言えば、7世紀の木簡ないしは金石文で皇族らしき名前で「阿毎」ないし「天」を冠するような超A級史料が出土すればこの辺りは覆されるものの。

 さて、恐らく5世紀くらいまでの本朝はある程度以上、小国家(実態としては周辺の諸地域からの移民によるコロニーであろう)の寄せ集め的な文脈で築かれた、初期の北米13植民地的な連合国家であったように思われ、恐らく王権は外交的な方便として「統一国家」らしき体裁を整えるために存在した、ように思われる。この国家は邪馬台国を中心に連合していた頃に「倭」というある種の統一政体として中華のお墨付きを得て、その統一性を捨てることを遂に選ばなかった。この辺りは三国と任那に分かれて結局統一されなかった半島側諸国と対照的。
 因みに「倭」自体はもともと「楽浪海中」と言われるように半島南部というか対馬海峡周縁の海上民族を指すものだったと思われるが、丁度北米東海岸の連合国家が新大陸全体を指す「アメリカ」の名を国名に借り受けたように、元々の定義とは異なる範囲の諸族が「倭」というネーミングライツを自称したように見える。で、そのオリジナルな「倭」のうち、朝鮮半島側は離反して百済や新羅の封臣となり、一方で九州側は離反の動きを見せようとしつつも最終的には本州の王権に併呑されたっぽい……というのが継体~欽明期、要するに6世紀前半くらいのお話。この結果として、大方の本朝のドメインがある程度集権的な確定を見て、統合化が強まったように見える。

 それに従って、史料の上にも物部や大伴、蘇我といった御馴染みの「豪族」が比較的系統的な氏族名を伴って活躍を始める。また、臣・連のようなカバネの制度も出来てきたり、といった具合で、ある程度古代的な氏族制度が完成されたようにも。恐らく、国造とかあの辺りを制定するのとほぼ同期して、賜姓のようなものが権力の機能として組み込まれたのではないか。
 或いは、継体即位などに代表される王統混乱期にあって、王統の正統性を確保する意図もあったかも知れない。これは7世紀前半の新羅において女系相続が続いた後に文武王の段階で「金春秋」といった中華風の創氏改名により氏族改革がなされた辺りにも通じる現象ではあろう。ただ、それをより古い時代に行った本朝では、王族自身が氏姓を持つことはなかった可能性が高い、というだけで。

 ただ、個人的に不思議なのは、この時期の本朝には、結構もともとの氏を持っていたであろう中華からの渡来氏族ってのもあるし、それらは6世紀のかなり後半くらいまで、要するに随の統一前夜くらいまでのレベルで流入が続いてるんですよね。隋書なんかでも遣隋使の返使が「何か中華文明を普通に保ってる地域があるけど、なんぞこれ?」みたいな記述がありますが、これなんかは100年も200年も定住してたら中華文明とは似て非なるものになるに決まってる訳で、余程新しいコロニーなのだろうなと思われ。そういう辺りの部族ってのは、7世紀後半の律令国家の枠組みの中でどういう感じで「日本化」されたんだろうか?まぁ大半は、元の氏姓を捨てて国内で伝統を持つ氏族をかたるようになったのかな、って気はしなくもないけど。
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秋天回顧 

◆ラップ:12.6-11.1-11.5-11.9-11.6-11.6-11.7-11.3-11.3-12.6

 チーム戦術、みたいなものは余り本朝の競馬においては使われないものである。
 その意味で、ペリエがダイワスカーレットに競りに行ったことがある種のチーム戦術の結果であったかは定かではない。ただ、ペリエは流石に実に嫌らしい位置取りでダイワスカーレットに鈴を付けに行って、しかも時計こそ今日の馬場を考えればさほど極端ではないものの、タニノウォッカにとっても折り合いやすいラップを作っていたように思われた。それでも、ユタカがタニノを手の内に入れていなければ、或いはある種の相性の問題がこの馬との間に無ければ、そうしたペリエの小技は無に帰したであろう。そうならなかったのは、詰まるところ毎日王冠の段階でユタカがこの馬を本当の意味でコントロールする騎乗を掴めたからではないか。
 毎日王冠の当日、競馬場で話題になっていたのは「ユタカとウオッカの相性」であった。乗り間違いはしてなくても、勝つために必要なある種のケミストリーがこの人馬の間に不足しているような空気は、春のドバイやヴィク狸などで垣間見られたところである。果たせるかな、このレースでも直線で堂々と先頭に立ったタニノウォッカは、最後に息切れしてスーパーホーネットの差しに屈して、とりわけオーバーペースでもないレースでもあり、「やはり相性かな」という空気であった。
 しかし、帰宅後ラップを見て、ラスト3F目にある「10.5」の文字に驚かされるのである。
 いくらスローで1800とは言え、逃げ馬が残り3Fで出す数字としてはちょっと異常なラップは、ある程度乗り役の側のメッセージを感じるものであったし、そういう制御に馬が応えたことでもあった。この爆発力をこの鞍上が得られるならば、あとはそれの微調整というフェーズに入る、ということだったのだろう。その上で、ダスカがペースを落とすなら自分が鈴を付ければいい、という部分まで持ってこられるかどうか、であったが、果たせるかな、その役割を同厩のトーセンキャプテンが担ってくれた。

 軽い馬場でのスピード勝負、府中2000という舞台装置としてはダイワスカーレットに最も有利な舞台ではあったが、レースとしてはタニノウォッカの地力を最も引き出す展開。これが、名勝負を産んだように思われる。そして、◎ディープスカイの自分がこのレースのゴール板を通過したときにどちらの勝ちをより望んだか、というと、実はダイワスカーレット。
 別に、あの天皇賞から10年経った辺りで、逃げ馬に勝利を望む的な感傷ではなかった。確かに、レース前に冗談半分で「タニノかダスカがハナ争って、行ききった方が最後勝つなんてのが理想的だよな」なんてことを考えてはいたのだけれど、流石にそれはねーぜ的な思いもあった上でデスカの差し脚の粘り強さに賭けていた訳で。
 ただ、残り100でディープスカイが競り落とされた段階で、タニノとダスカがこれまで続けてきたある種の関係性のギミックが壊れた的な部分があって、というか自分は大なり小なり未だにこの両者を「牝馬」という文脈でみていた部分もあって、ただ、そういうギミックを壊したならば、むしろ「より牝馬的な」ダイワスカーレットが、ある種のブレイクスルーとしての鋭さを感じさせる部分があって、勝利に相応しいようにも思われたものである。つか、映像でもダスカ残ってたように見えてたし。
 そういう意味で、微妙にレース確定後には虚脱感があったというか、何かこういう気分って、ディープがハーツクライに負けたとき以来くらいかな、なんてことも思いつつ、まぁこの夏とか競馬自体から結構離れ気味だったこともあって、リハビリとしてはなかなか刺激的なレースだなぁとも。
 無論、あの時のディープがそうであったように、この敗戦をもって肩を落とす必要は全く無いし、負けてなお強し度ではむしろこちらの方が2005年有馬なんかよりは全然上だし、今後ダスカが再びタニノを倒すレースは存在するのだろうとは思う。
 しかし、このレースで勝利できないならば、ダイワスカーレットが今後表現するに値する勝利はあるのだろうか、みたいな部分はあった。前日の準メインでマイル32秒台が出る馬場ではあれ、11秒台をこれだけ律儀に刻んで逃げ、しかもラスト2,3F目で11秒台前半を維持したラップは並大抵ではない。10年前のススズカですら、彼自身が最後に刻んだハロンラップは12秒フラットなのだ!
 かつてそういうレースを一度もやったことが無く、しかも今回は冒頭に書いたように競る馬の挑戦を受けながらこの時計を出し、さらに休養明けでこのレースである。正直、これ以上のカタルシスが揃う条件は今後巡ってくる気は余りしない。もちろん、今回のようなレースをしてその後反動もなく次やその次で勝利を重ねられたら、それはある意味競走馬としての歴史的なパフォであるとは思うのだが、そんな時にも思い出すのは「今日の敗戦」になってしまうのではないかと思うのだ。仮にオグリキャップがあの浪花節な復活劇を演じていなければ、「2.22.2での敗戦」が最大の記憶になっていたかも知れない、というように。
#しかし、その負けた相手がある種の「女オグリ」的フィギュアなタニノウォッカである皮肉。
ともかく、今後の彼女は、このレースによって自ら引き上げたある種の「水準」とも戦うこととなるのであろう。

 ディープスカイは本命に上げたが、典型的な「古馬に騙される」的な負け方ではあった。府中2000で内枠引いて折り合いを欠くなんてのは、非常に分かりやすいというか。恐らく、菊に出ても盾に出ても、この馬の最大の目標は府中2400のダブルだったのかなとは思われるが、世代交代の妙でチャンスが広がっていただけに、3歳で秋3走を席巻するという*シンボリクリスエス級の大立ち回りを期待できる場面でそれをやり切れなかった、みたいな残念さはあったかも。
 神戸新聞杯の時計レベルは有芝が好きな「残り5F加速」のパターンで、それを(ある程度ギリギリ的な限界はあったものの)王道的に差した辺りでこの馬がオーソドックスな「いい脚を長く使う」差し馬として完成に近づいている的な印象はあったし、恐らくそこまで息が長いかどうかという点にも怪しむ部分があって「完成に近づいて欲しい」という願望もあった。
 その意味では、今日のレースでタニノウォッカの斬れを封じるようなナタ的脚を見せられなかったことは惜しまれるというか、ややタニノの出方を待つような展開になった時点で勝負があったのかな、みたいに思われる。ただ、タニノが一段エンジンを掛けたところで余り置いて行かれず結局クビ差しか離されなかった辺りはやはりこの馬の地力であり、2400でもう一度勝負すれば的な部分も感じられた。

 しかし、スリリングなレースではあったものの、結構57秒台の中にかなり多くの馬が入ってくる展開で、しかも牝馬2頭がセクースアローワンスで押し下げるだけに、レートは上がらなさそうだよなぁ、みたいな部分でちと惜しまれる。こういうレースに妥当なレイティング、ベタだけどやっぱり難しいよなぁ。
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