てな訳で、宿題にしてしまってた残り2レースの内、98年エリ女をまずは。
#いや、字数が絞れないなぁと思ってる内に寝かしてしまったので、結局削らず冗長に。
◆NetKeiba:レース結果
このレースを、圧倒的な1番人気で迎えたのは、前年の天皇賞馬にして年度代表馬のエアグルーヴである。
前年秋の彼女のパフォーマンスは、明らかに古馬のチャンピオンたるものであった。その後スイープトウショウが宝塚記念を制し、ヘヴンリーロマンスが松永幹夫に秋天をプレゼントしたが、秋天・JC・有馬の3つのG1で誇り高いレースぶりを示したグルーヴのパフォーマンスは明らかに一線を画する。エアグルーヴが3着に惜敗した97年の有馬記念が、メジロドーベルとエアグルーヴが直接対決した、最初の舞台となる。そして、このレースを境に、メジロドーベルという牝馬にとっての最大の目標は、牡馬ではなくて、この1世代年上の先輩オークス馬になったのかも知れない。大阪杯でのこの両頭のワンツーを見ながら、「やっぱり、ドーベルにとっての王子さまはグルーヴなんかな」ってなことを考えたりした。
この年辺りから、そしてこの後、メジロドーベルは牡馬混合のレースで精細を欠く走りしか出来なくなる。「オトコ嫌いのドーベル」とはよく言われるが、一方で前年には古牡馬初対戦のオールカマーをメンツ落ちとは言え軽くこなしており、この大阪杯も立派な古牡馬のG2であり、ドーベルも本質的に牡馬に通用しない馬でもなかっただろう。それでも、牡馬相手で負けてたのは、やっぱりそういう場所にグルーヴがいないと盛り上がらなかったのかな、なんてことも頭を過ぎるものではあった。
そしてこのレースで、両者は宝塚記念以来の再戦となった。
チャンピオンとは、難しいものである。
本来、真の強者は驕らずとも良いのではないかとも思うが、むしろ、チャンピオンであるからこそ相応のケレンが求められるような部分もある。この年のエアグルーヴも、春には「年内不敗」を打ち上げ、このレースでも「80%で勝つ」というようなコメントが陣営から出ていた。しかし、多士済々のこの時代、中1週で次走を控えて「80%で走る」で勝つことは難しい。今にして思えば、大阪杯は0.1秒差、宝塚は0.3秒差である。ある意味、3戦して全敗というほどの絶望的な差ではなかった。グルーヴがいる限りドーベルは燃えており、そしてドーベルにとって、憧れの存在は思うほど遠くはなかったのである。その上で、エアグルーヴは札幌記念以来のぶっつけ、しかも主戦の武豊は有名なアドマイヤベガの降着で騎乗停止となっていた。逆にメジロドーベルはデビュー以来の主戦を背に、トライアルの府中牝馬Sを重馬場で粘りきって、このレースを迎えていた。
レースが始まると、メジロドーベルは道中掛かり気味であり、グルーヴをマークするつもりが何と2コーナーを過ぎて折り合えずに追い抜く始末であった。しかし、この日のドーベルにおいて、そうした荒々しさこそがある意味モチヴェーションの顕れであったのかも知れない。4角では出しどころに苦しむが、直線強引に馬場の良いインに切れ込んだ。逆に、外から悠然と差しに掛かったエアグルーヴはラスト1Fで伸びを見せない。結局、一旦先頭のランフォザドリームを軽く抜き去ると、ドーベルはゴール前に吉田が立ち上がってガッツポーズを決めるような余裕振りで勝利に輝いた。この年のグルーヴ2度の勝利で2着に入っていた吉田にとっても、ある意味予期せぬ完勝の痛快さではあったか。
レース後、大川慶次郎氏は「80%で勝つ」という発言を詰って、「他の陣営に火をつけた」と評している。しかし当然ながら、馬にそんなものを知る余地はなかろう。その上で、このレースでのドーベルの上がりは33.5というものであった。確かにスローの京都なのだから上がりは出るのだが、本来ドーベルは「斬れる」タイプの馬ではなかったし、ならばこの馬も展開に泣いた可能性はあっただろう。恐らく、多くの名牝が、そうしてタイトルを逸した場面はあった筈である。そして、この日の力強いレースを振り返るに、陣営の発言以前に、ドーベルに何か「燃えるもの」はあったように思われる。ドーベルにとって、タイトルを幾つ取るかという以上に、エアグルーヴに勝利すること、ある種の「憧れの存在」を超えることがモチヴェーションになっていたのではないだろうか。
かくして、メジロドーベルは史上初の「G1を4つ勝った牝馬」となった。その後、女王杯を連覇して5つのタイトルとともに引退する。同時代にあって記憶さるべき名牝、エアグルーヴや*ヒシアマゾン、ダンスパートナーに対して、牡馬に対して分の悪かったドーベルはとかく「記録に残る牝馬」として位置づけられがちではある。しかし、或いはこの牝馬の、またその陣営の中で最も甘美な記憶は、取ったタイトルではなく、この日の快心の勝利ではなかったか。ならば、「G1のタイトルがこれだけあるのに顕彰馬になれないなんて」と嘆くこともあるまい。エアグルーヴに何度敗れても闘志を燃やし続けて勝利を得た感動によって、この牝馬が「記憶」されても良いのではないか、とも考えたりする。
#いや、字数が絞れないなぁと思ってる内に寝かしてしまったので、結局削らず冗長に。
◆NetKeiba:レース結果
このレースを、圧倒的な1番人気で迎えたのは、前年の天皇賞馬にして年度代表馬のエアグルーヴである。
前年秋の彼女のパフォーマンスは、明らかに古馬のチャンピオンたるものであった。その後スイープトウショウが宝塚記念を制し、ヘヴンリーロマンスが松永幹夫に秋天をプレゼントしたが、秋天・JC・有馬の3つのG1で誇り高いレースぶりを示したグルーヴのパフォーマンスは明らかに一線を画する。エアグルーヴが3着に惜敗した97年の有馬記念が、メジロドーベルとエアグルーヴが直接対決した、最初の舞台となる。そして、このレースを境に、メジロドーベルという牝馬にとっての最大の目標は、牡馬ではなくて、この1世代年上の先輩オークス馬になったのかも知れない。大阪杯でのこの両頭のワンツーを見ながら、「やっぱり、ドーベルにとっての王子さまはグルーヴなんかな」ってなことを考えたりした。
この年辺りから、そしてこの後、メジロドーベルは牡馬混合のレースで精細を欠く走りしか出来なくなる。「オトコ嫌いのドーベル」とはよく言われるが、一方で前年には古牡馬初対戦のオールカマーをメンツ落ちとは言え軽くこなしており、この大阪杯も立派な古牡馬のG2であり、ドーベルも本質的に牡馬に通用しない馬でもなかっただろう。それでも、牡馬相手で負けてたのは、やっぱりそういう場所にグルーヴがいないと盛り上がらなかったのかな、なんてことも頭を過ぎるものではあった。
そしてこのレースで、両者は宝塚記念以来の再戦となった。
チャンピオンとは、難しいものである。
本来、真の強者は驕らずとも良いのではないかとも思うが、むしろ、チャンピオンであるからこそ相応のケレンが求められるような部分もある。この年のエアグルーヴも、春には「年内不敗」を打ち上げ、このレースでも「80%で勝つ」というようなコメントが陣営から出ていた。しかし、多士済々のこの時代、中1週で次走を控えて「80%で走る」で勝つことは難しい。今にして思えば、大阪杯は0.1秒差、宝塚は0.3秒差である。ある意味、3戦して全敗というほどの絶望的な差ではなかった。グルーヴがいる限りドーベルは燃えており、そしてドーベルにとって、憧れの存在は思うほど遠くはなかったのである。その上で、エアグルーヴは札幌記念以来のぶっつけ、しかも主戦の武豊は有名なアドマイヤベガの降着で騎乗停止となっていた。逆にメジロドーベルはデビュー以来の主戦を背に、トライアルの府中牝馬Sを重馬場で粘りきって、このレースを迎えていた。
レースが始まると、メジロドーベルは道中掛かり気味であり、グルーヴをマークするつもりが何と2コーナーを過ぎて折り合えずに追い抜く始末であった。しかし、この日のドーベルにおいて、そうした荒々しさこそがある意味モチヴェーションの顕れであったのかも知れない。4角では出しどころに苦しむが、直線強引に馬場の良いインに切れ込んだ。逆に、外から悠然と差しに掛かったエアグルーヴはラスト1Fで伸びを見せない。結局、一旦先頭のランフォザドリームを軽く抜き去ると、ドーベルはゴール前に吉田が立ち上がってガッツポーズを決めるような余裕振りで勝利に輝いた。この年のグルーヴ2度の勝利で2着に入っていた吉田にとっても、ある意味予期せぬ完勝の痛快さではあったか。
レース後、大川慶次郎氏は「80%で勝つ」という発言を詰って、「他の陣営に火をつけた」と評している。しかし当然ながら、馬にそんなものを知る余地はなかろう。その上で、このレースでのドーベルの上がりは33.5というものであった。確かにスローの京都なのだから上がりは出るのだが、本来ドーベルは「斬れる」タイプの馬ではなかったし、ならばこの馬も展開に泣いた可能性はあっただろう。恐らく、多くの名牝が、そうしてタイトルを逸した場面はあった筈である。そして、この日の力強いレースを振り返るに、陣営の発言以前に、ドーベルに何か「燃えるもの」はあったように思われる。ドーベルにとって、タイトルを幾つ取るかという以上に、エアグルーヴに勝利すること、ある種の「憧れの存在」を超えることがモチヴェーションになっていたのではないだろうか。
かくして、メジロドーベルは史上初の「G1を4つ勝った牝馬」となった。その後、女王杯を連覇して5つのタイトルとともに引退する。同時代にあって記憶さるべき名牝、エアグルーヴや*ヒシアマゾン、ダンスパートナーに対して、牡馬に対して分の悪かったドーベルはとかく「記録に残る牝馬」として位置づけられがちではある。しかし、或いはこの牝馬の、またその陣営の中で最も甘美な記憶は、取ったタイトルではなく、この日の快心の勝利ではなかったか。ならば、「G1のタイトルがこれだけあるのに顕彰馬になれないなんて」と嘆くこともあるまい。エアグルーヴに何度敗れても闘志を燃やし続けて勝利を得た感動によって、この牝馬が「記憶」されても良いのではないか、とも考えたりする。
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