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殿下執務室2.0 β1

  : 

有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、そしてYet Another Amateur Photography。

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雨はやんだ、ファイングレイン。@宮記念回顧 

 と、往年の杉本節を再来させたくなる、ふしぎ星。

ふしぎ星の☆ふたご姫Gyu! 13(最終巻)ふしぎ星の☆ふたご姫Gyu! 13(最終巻)
(2007/09/25)
小島めぐみ.後藤邑子.金田朋子.佐藤利奈.こおろぎさとみ

商品詳細を見る

◆ラップ:12.0-10.4-11.0-11.0-10.9-11.8

 その名に「晴れ」と「雨」の両方を持つファイングレイン。
 トライアル2着でNHKマイルに滑り込んだこの馬がNHKマイルを溌剌とした走りで2着したとき、彼の前途は洋々たるものとは行かなくとも、相応にオープンレベルにおいて晴れやかなものであるように見えたが、そこで骨折したことで、文字通りキャリアに暗雲が立ちこめた。復帰後も当初はそこそこの走りを見せるも徐々に調子を落としていき、なかなか雨雲が晴れることの無かった同馬は、スプリントに転戦しての結果は、まさに虹を渡るような見事さではあった。今日はパドックの手応えがTV桟敷ながら圧巻に見えた。前の馬を抜かんばかりの手応えでしっかり外外を歩き、気合いも掛かりすぎずに適度。これを見て狙いをスイッチすれば今日の4610円は少なからず美味しい馬券であっただろう。
 スズカフェニックスも、決して悪い状態ではなかった。しかし、今日はあれだけ前が止まらない馬場であれば勝負の綾としては致し方あるまい。前走同様に、ここもG1馬としての矜恃を見せながらの敗戦であり、この馬が現状のスタッツとして宮記念1度のタイトルで終わっているのは不当であるとしみじみ思う。まぁ、追い込み馬の宿命、には違いないのだけれど。そうした馬場にあって、ローレルゲレイロは確かな勝算を持ってここに臨んだと思うし、実際事は有利に運ぶと思われた。しかし、好事魔多しとは今日のこの馬のためにあったようなもので、そういう馬場であると騎手たちが見切っていたからこそ、フサイチリシャールのように死力を尽くした出し抜けを狙う馬が出て、この馬の勝利を阻んだとも言えるのは、なかなか競馬とは簡単にいかないものでもあり。川田将雅の騎乗は、そういう意味で近年の競馬ではなかなか得難い気迫を感じさせるものであり、それが結果として競走馬としてのリシャールのキャリアを終わらせる結果となったのは、実に惜しまれる結果であった。出来るならば、その結果について、騎手を責めたくはないなと思う。
 キンシャサノキセキは日頃どうも過剰に人気しがちな馬である気がしており、今日も5番人気はどうかなと思ったけれど、この配当ならば穴サイドと言って良く、穴に入っていい仕事をした辺りで印象に残る結果となった。オージーのフジキセキと言えばアジアの逆側で同期の Sun Classique が大仕事をやってのけたが、東西で、とはいかないと思ったら敗れた相手は半年年上のフジキセキ産駒であったり。それにしても、NHKマイルでも隣り合った着順だったんだよなぁと思いつつ、故障明けのグレイン以上に酷いことになってたその時の1着馬の現況を考えると、NHKマイルってレースの扱いは難しい。しかし、このレースの2着馬がG1馬になったのは初であり、その意味ではクラシックのさなかにあって今ひとつ意義の見えづらくなっているレースにある種の光明ではあったか。

◆ドバイ。
 SAF大勝利!というよりは、欧州から転籍の馬も居たりして、必ずしもこれが「SAF競馬の勝利」に繋がっていないように見えるのも、また。例えば、今回勝利した馬の来歴などを考慮すると、例えば Ipi Tombe 辺りが勝利した時のケースと今回の結果は同列には論じられないような部分を感じなくはなかった。詰まるところ競馬においても相当なホームアドヴァンテージは存在するんだけれど、ドバイという環境がある種熟成されてきたことで、そのアドヴァンテージが本格化してきた、みたいな部分はあったのかなぁとも思う。
 そんな中で今年は日本馬については今ひとつな結果に終わったのだけれど、まぁやはり500万ドルのレースをそう簡単には勝ちに行けない、くらいの心構えは必要なレースになってきているとは思うし、まぁこういう年もあるさね、と。ただ、ヴァーミリアンが本来の出来ではなかったのは気の毒。やはり一頓挫あったフェブを勝ち過ぎちゃったのかな。まぁ、どのみちどんなに頑張ってもこれに勝つのは無理みたいな勝ち方を Curlin が演じてくれたおかげで、悔しさ半分みたいな気持ちになったのも事実ではある。相手が一枚落ちてたこともあって、余裕が違ってたよなぁ。
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テーマ: 競馬

ジャンル: スポーツ

タグ: 競馬  レース回顧  高松宮記念  ファイングレイン 
レース回顧  /  tb: 0  /  cm: 9  /  △top

ドバイ展望@島倉。 

 ワールドカップは遅刻(挨拶。
 ともあれ、ヴァーミリアンはこれまでこのレースに出た日本馬で一番強いと思うので、それに見合った走りはして欲しいという、今のところはただそれだけではあります。てな訳で、目出度く準メインに出世した島倉。一応凱旋門2着馬は出てたり香港最強馬はいたりとかするんだけれども、日本馬の不在を抜きにしても免税店的な華やかさを印象づけるメンバーにまではなってないのがちと皮肉。ただ、選手権路線の方が引き際が早いだけに、この時期に集めるのは難しいのかもな。

3月29日ナドアルシバ6R 20:40発走 芝2400m
人生いろいろ島倉シック(G1)
総賞金US$5000000 4歳上 定量(56kg,牝2kg減)
有枠 馬名      産地性齢斤量 騎手   戦勝 近走成績  厩舎     Odds 父
:1Latency      ARG 牡7 56 メンデス  2310 111休8 ウダオンドARG  25/1 Slew Gin Fizz
◎2Quijano      GER せ6 56 シュタルケ 1912 132休5 シールゲンGER  12/1 ACATENANGO
×3Sun Classique   AUS 牝5 54 シェイ   148 17休11 デ・コックSAF   8/1 フジキセキ
△4West Wind     USA 牝4 54 マカヴォイ 62 1132休 サイード    14/1 Machiavellian
▲5Youmzain     IRE 牡5 56 ヒューズ  165 5242休 チャノンGB    5/1 Sinndar
:6Better Talk Now  USA せ9 56 ドミンゲス 4214 3休4休6 モーションUSA  25/1 Talkin' Man
:7Sushisan     AUS せ6 56 ムーア   124 55休23 ブラウンSAF   33/1 フジキセキ
:8Gravitas     IRE 牡5 56 デットーリ 165 7休214 サイード    20/1 Mark of Esteem
:9Yellowstone    IRE 牡4 56 イーガン  132 12611休 チャプルハイGB 33/1 ロックオブジブラルタル
:10Oracle West    SAF せ6 56 ムルタ   308 25休13 デ・コックSAF  12/1 Western Winter
:11Spring House   USA せ6 56 ゴメス   306 33131 カナーニUSA   33/1 Chester House
○12Viva Pataca    GB  せ6 56 ビードマン 2513 71231 ムーアHK     2/1 Marju
×13Mourilyan     IRE 牡4 56 キネーン  74 11112 オックスIRE   14/1 Desert Prince
:14Dansant      GB  牡4 56 スペンサー 115 15111 バトラーGB   20/1 Dansili
×15Doctor Dino    FR  牡6 56 ペリエ   236 3131休 ギブソンFR    8/1 ムータティール
:16Gower Song    GB  牝5 54 ダーカン  196 16241 エルズワースGB 33/1 シングスピール
 基本的にバーデン大賞での Quijano の走りは、レースの額面通りの水準にこの馬の地力はある、という印象を残したのだけれど、なにしろ取りこぼしが多い馬なのが困るというか、基本的にそんな強い馬とは思われない辺りにどうも勝ちを譲ってしまうみたいな内容で香港とカナダを落としたのが昨年の秋。基本的にこのレベルでそこまで休み明けからシャカリキに走るってレベルではないのはヴィシーで証明済みなだけに、前走は度外視出来るんだけれど、果たして今回も取りこぼしは心配、みたいなのはある。コース経験もあるし、能力を引き出せれば勝ち負け出来る水準にはあるんだけれど。……という辺りで、この馬は Viva Pataca や Youmzain 辺りが額面通りに走った上で試される能力においてどのくらいの仕事が出来るか、ということになるのだろう。その上で、両者の対戦は1勝1敗ながら、同コースでは Youmzain が2馬身くらい先着してるのでやや Youmzain 有利と見るが、昨年は上がり馬としてドバイで3回も使った後だったので、あの時と同じような展開にはならないかも。Viva Pataca は本来この距離が似合うタイプだと思うし、この馬が一歩抜けた人気になるのは昨年の Vengeance of Rain の効用と言えども、感慨深いものはある。ただ、昨年の Ramonti 相手の負け方を見ると、欧州馬がトップの力を出し切れた場合にこの馬がどうか、という辺りか。
 ゴドルフィン勢は何故か白帽がデットーリ。そう考えると Gravitas は不気味だが、これって体重の兼ね合い?ここは流石にディアヌ馬に一枚上の感があるのだけれど。Doctor Dino は香港の Quijano 相手の勝利は見事も、ここで嵌るとはちょっと思われず。ドバイに来て連勝の Sun Classique はフジキセキ産駒ならば応援のしがいがありそうだが、逆に去年の Quijano の臭いがプンプンする。ここを叩き台にして今後の欧州での活躍を期待すべきかな?Latency はちょい不気味だが、流石にないか。むしろ、アガ・カーン殿下がわざわざこんな所に曳いてきたみたいな辺りで、Mourilyan が気になる。なかなか厚みのある配合ではあるし。まぁ勝ち負けまでは届かないかもだけれど。
 印は Quijano 中心ならば結構広めに取る。トリオ1頭軸流しっぽい風味で。

◆00最終回。

 方々で言われているが、生きてやがったかコーラサワー(笑)。ただ、生き死にという点では、サーシェスは今回で死んでてもいいキャラだよなぁ。最終的にはグラハムと刹那の物語が続くという筋立てにおいては障害にしかならないし、兄貴とかが結果犬死にした格好では、どうも彼我の損害の損得勘定的に彼が生きてるとどうも割に合わなくなるし、サーシェスの背負った「世界のゆがみ」はハムが引き継ぎました、でも良かったような気が。しかし個人的には、出番もないのにここ数回で地道にフラッグに疑似GN実装していたと推測され、しかも次作予告ではものの見事にスルーされていたカタギリの冷遇っぷりに落涙した。  基本的にキャラが多すぎて整理つかない部分は多分にあったけれども、姫に刹那がちゃんと手紙出してくれててよかったなと安心した辺りで(いや、このままでは姫がガチでコーラを超えるギャグキャラになってしまいそうだったのでw)、次作に適宜wktkしておく方向で。
#と言いつつ、次作予告でも早速侍女に逃げられる姫のヘタレっぷりにニヤニヤしてしまうのであった。
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テーマ: 競馬

ジャンル: スポーツ

タグ: 競馬  レース展望  ドイツ 
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ドバイ展望@免税店。 

 昨年の世界競馬を賑わせた名牝が多数参加する華やかなレース。
 しかし、惜しむらくは彼女たちには昨年の秋にどこかでまみえて欲しかったなぁ、とも……。しかし、それを差し引いても超のつく豪華メンバーであるには変わりない。春競馬であり、ある意味興行としては開幕戦と日本シリーズでは後者の方が上になる、みたいなうらみはあるけれど。

3月29日ナドアルシバ5R 19:55発走 芝1777m
ドバイ免税店(G1)
総賞金US$5000000 北半球4歳上・南半球3歳上 定量(南3歳53.5kg,4上57kg,牝2kg減)
枠 馬名      産地性齢斤量 騎手   戦勝 近走成績  厩舎     Odds 父
1Notional     USA 牡4 57 ゴメス   73 112休3 オニールUSA   33/1 In Excess
2Majestic Roi   USA 牝4 55 ホランド  83 7541休 チャノンGB   20/1 Street Cry
3Floral Pegasus  AUS 牡6 57 モッセ   249 24322 A.クルーズHK  14/1 Fusaichi Pegasus
4Seachange     NZ  牝6 55 ダーカン  2514 42116 マニングNZ   33/1 Cape Cross
5Admire Aura    JPN 牡4 57 安藤勝己  94 3休321 松田博資JPN   10/1 アグネスタキオン
6Finsceal Beo   IRE 牝4 55 マニング  115 1865休 ボルガーIRE   12/1 Mr.Greeley
7Archipenko    USA 牡4 57 シェイ   103 55休101 デ・コックSAF  16/1 Kingmambo
8Niconero     AUS せ7 57 ウィリアムズ4110 119休21 ヘイズAUS    25/1 Danzero
9Creachadoir    IRE 牡4 57 マカヴォイ 123 休142休 サイード     9/2 King's Best
10Literato     FR  牡4 57 デットーリ 119 2111休 サイード     7/2 Kendor
11Darjina      FR  牝4 55 スミヨン  85 1173休 d.R-デュプレFR  9/2 Zamindar
12Tanino Vodka   JPN 牝3 55 武豊    125 3消4116 角居勝彦JPN   10/1 タニノギムレット
13Bullish Luck   USA せ9 57 プレブル  5612 75513 A.クルーズHK  16/1 ロイヤルアカデミー
14Jay Peg      SAF 牡5 57 マーカス  168 8休632 ブラウンSAF   50/1 Camden Park
15Lord Admiral   USA 牡5 57 キネーン  416 1休131 C.オブライエIR 33/1 El Prado
16Linngari     IRE 牡5 58 ムーア   2310 91休14 ブラウンSAF   14/1 Indian Ridge
 どうやら、人気は Literato。
 ルージェ軍団の一番馬として偽ダービーに挑んで惜敗したこの馬が、その時彼を破ったフランキーをこれから背にすると考えるとなかなか皮肉なものを感じるが、ともあれゴドルフィン入り。それにしても、累代7代中6代がフランス種牡馬で、しかも父と母父が Kendor に Cardoun(Kaldoun とは別馬というか Kaldoun 産駒なんだけれど、血統的には*ファビラスラフインと類似する) なんていう現代のフランスにあってなかなか得難い「コテコテのフランス血統」な馬だけに、それが青い勝負服ってのもまた皮肉ではあり。
 個人的に何となくゴドルフィンはナドアルシバでレース出してきた馬よりもぶっつけで臨んだ馬の方が買いたい感覚はあるので、ここは人気通りといきたいが、それでも転属緒戦って辺りで微妙に落とし穴はあるし、なにしろこれだけのメンバーである。Darjina は遠征を経てここに来た、というのはプラス材料なんだけれども、一方で休み明けでどうか、みたいな部分は気になる。昨年はある程度熟成を重ねて強くなった印象があったので。人気が並ぶなら今回も香港で先着したこちらも転籍緒戦の Creachadoir の方が上だろう。ただ、Cocotte は血統表の底にあると地力を感じさせる名牝だが、ちょっと1777という距離では重たすぎる印象も無きにしも、ではあるか。Finsceal Beo はなにしろ去年が大変なシーズンだっただけに、いきなりドバイは余り楽ではなさそうで、ここは様子見である。牝馬ならばむしろNZの年度代表馬 Seachange 辺りが不気味。距離は余り持たない印象だが、Cape Cross 産駒ならばある程度血統の裏付けはまずまず。ただ、やはり未知数には違いないが。そうなると、欧州勢っつーかSAFなんだけれど、去年ダメジャーに先着した Linngari 辺りがこのコース適性で今回も煩い存在になりそうな見立てはしておいた方が良い。
 そういう周辺に対して、日本と香港の馬がどう絡むか、みたいな辺りだろう。*ブリッシュラックは前年の香港国際に出ていない分、逆に年齢の割にはフレッシュなのではないか。Viva Pataca には近2戦敗れているが、2000ならば致し方ない。その上で、案外着差的に衰えきってる訳でもないかも知れず、ここで復活はちょっとだけ可能性として見ておいて良いかも知れない。ほかの3頭はいずれも遠征初体験がちと鍵となる。しかもキャリアも浅いし。ただ、本格派の道を辿りはじめているかも知れない、という可能性においてはアドマイヤオーラはちょっと気にしてみたい存在ではある。結果として、この馬が菊に出られなかったのは天の配剤的な部分はあったように思われるし、実際には島倉出て欲しかった気がするのだが、ここでも或いは面白いかも知れない。タニノウォッカに関しては正直分からん。若干、瞬発力を使った後の粘りが足りないレースをJCや京都記念で見せているのだが、それが単純に位置取りの問題なのか、その上でユタカがそれを修正する気があるのか、聊かパラメータが足りない状態での出走となっている印象。修正が出来るならば勝ち負けしてもいいが、欧州とはいえ距離が短縮して忙しいレースとなる中で、果たしてどうだろう。或いはここで修正したら今度は2000以上では全く要らない馬になるリスクすらあるかも、みたいなことを思いつつ。Floral Pegasus はいつも面白そうではあるんだけれど、その殻を破り切れていないだけに、もにょる。
 てな訳で、印としてはこんな感じ、自信度低いので手広くボックスっぽくみたいな。

◎Literato
○Linngari
▲アドマイヤオーラ
△*ブリッシュラック
×Creachadoir
×Seachange
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テーマ: 競馬

ジャンル: スポーツ

タグ: 競馬  レース展望  ドバイ  アドマイヤオーラ  ウオッカ 
アジア競馬  /  tb: 0  /  cm: 2  /  △top

バーチャルアイドルの豊胸手術に大英帝国の保護者が激怒 

 うっうー、プロデューサー、イギリスでは貧乏な女の子がネットで大人気みたいです~!
 ……という訳ではなく、Miss Bimbo。Bimbo ってのはイタリア語で「ベビー」くらいの意味な。サカーだとトッティの綽名に「Bimbo de Oro」なんてのがあったりする。「金色の貧乏」じゃなくて「黄金ベビー」くらい。脳味噌の発達的意味で。

 はサテオキ、イギリスで、そういう名前の女の子向けネトゲをオープンしたところ、1ヶ月で会員数20万人を集め、ほとんどが9歳~16歳の嬢ちゃんだった、とのこと。更に移植元のフランスでは120万人という大人気だったらしいこのゲームは、言わば「セレブ育てゲー」的な部類に属する、まぁ日本ではアイマスとかアイマスとかラブベリとか、割とそういう感じのジャンル。つか、今時はきらりんのカードゲームとかの方がガキ人気は高いのでしょうか?って辺りは良く分からない。まぁそんなゲームな訳で、当然DLCであんな格好やこんな格好にお着替え、という話な訳で、まぁそういうのを女の子が愉しむなんてのはよくある話な訳ですが(アイマスなんかもやり方によってはコアファンじゃなくて女の子に人気の出る作品になったかも、みたいなことは思う。つかMADは普通に女の子も見せれば楽しめるだろう)、どうもこれが育てゲーとして無駄な方向にリアルになっていて、問題になってるらしい。てな訳で、まとめサイトがわりに英国版 Google News のリンクなどでも。

http://news.google.com/news?ned=uk&ncl=1145506103&hl=en&topic=t
 あとは、分かりやすい辺りで子供向けBBCサイトへのリンク。
Fears web game could affect kids@CBBC Newsround

 要するに、ゲームの文脈の中でオーディション対戦のようなことをする際に体重とか体型がパラメータになってて、それをダイエットや豊胸手術で調節する、またはそのための費用をDLCなどを通じてカネ払うみたいなゲームシステムがあるっぽく、またDLCなども服ばかりではなく下着も買えたりとか(意外と女の子はそういうのが好きなんだぜ)、お金持ちをたらしこんでネット通貨をゲットするようなゲームシステムがあったりで、そんなこんなで親やら学者やらのウルサ方から叩かれ始めたよ、みたいなお話。ゲームの作者は23歳のフランス人で、曰く「リアルな世界を経験できるように」とのことらしい。一方、保護者団体の側は「皮肉だとしても、そんなのが分かる年じゃないんだぞ」と。うむ、大英帝国の皮肉道は奥が深いからな。
 ただ思うのだけれど、あくまで「ゲームを勝つ」という文脈で豊胸手術なりをやってるとしたら、やってる子どもの側も相応にそれを戦術と割り切ってやってると気がするし、別に自分も豊胸手術したいなんて考えんのではないかなぁ、とも。実際に、廃人度の低いヌルプレイヤーならばそんなのに手を出せなくても勝負になる、くらいのレベルでその辺りのアイテムが制御されてるならば、余り問題もなさげかも。一方、こういうゲームがある程度ビザールなファッション観を子どもに植え付けるには違いなく、親的には苦労しそうではあるには違いなさげ。

 で、色々みてると、どうもキャラの機嫌がパラメータになってたりとかギャルゲ的要素もありそうで、なかなか面白そうではあるんだけれど、果たして。画像とか見ると、単なるアバターじゃねぇかとも見えるんだけれど。あと、ある意味直球的に「美人コンテスト」的なものの対戦になってるのは微妙にアレというか。つか、キャラの特徴がより記号化されて、そのなかから正解がユーザによって選べるようなゲームの方が愉しそうよね、ってのは日本人ヲタク的発想か。胸のある千早とかはネタとしては面白いけれど、千早に胸があるべきか、となると異論を唱える人は多い訳で。
 で、この手の絵はやっぱり萌えないので日本に生まれて良かったなぁってのがお約束の結論ではあるんだが、この手の北米版とか欧州版とかで紹介されるネタの中では、全く致命的ってほどではないと言うかまぁまぁの線行ってるようには見えるし、その意味では人気するのは分かるかなぁとも。
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テーマ: 美少女ゲーム

ジャンル: ゲーム

海外雑感  /  tb: 0  /  cm: 0  /  △top

フィギュアスケート採点におけるGOEのあり方とか 

 ちょっとした妄想系、でのお話(挨拶。
 新採点について議論というかツッコミどころはあるものの、今季はある程度GOEが話題になった、という年ではあった。勿論、今まで7段階も評価があるのに特に加点についてロクに機能してなかったきらいがあることを考えれば、少々のGOE上げがあってもよかったとは思うものの、例えばGOEの差だけで3Aの1本分くらいマージンを得る選手とかが出ると、やっぱりそれもどうかなぁみたい向きもあったかと。
 しかし、自分にとっては、そういう所よりはむしろ、GOEが本当に「技術点」たるTESに含まれるべきものなのか、みたいなのがそもそも疑問ではあったり。そもそも、新採点は、Technical Specialist(TS)とJudgeの2種類の審判を用意するが、前者が技のレベルや回転数、エッジ判定を行うのに対して後者がGOEとPCSをつける仕組みである、とするならば、GOEはむしろPCSに近しいものであって然るべきではないか、との思いが強い。またその上で、エッジ判定の採用は、ある意味Judgeの領分にTSが容喙するようなシステムであって、どうも両者のバランスを悪くした観があるように思う。一方で、例えば回転不足なんかは、TSとJudgeが二重に罰を与えるような仕組みになっており(回転数分のマイナスとGOEのマイナス)、どうもそこだけ過剰なマイナスを課しているように思われ、結果としては難ジャンプの敷居を高めているし、例えばワールド中野のような「回転不足以外はノーミス」みたいな演技が出た際に過剰に見た目と得点の乖離を生じさせているなんて側面も。
 そういうことを考えていくと、「GOEを要素の基礎点に足し算する」という現在のやり方をちょっと替えてみてはどうかと思う。例えば、「PCSに対して一定の比率で掛け算する」パラメータとしてGOEを使ってみるなんてのはどうだろうかと。例えば、GOEが+10点であれば、PCSを10%加算する、みたいな感じである。それで、PCSのトータルに例えばMAXで男子9点、女子7点くらいが追加される、なんて見立てると、ほぼバランスの良い上げ具合かなぁとは思われ。その上で、回転不足・転倒・不正エッジといった「TSマターの減点」については、プロトコルの各要素の左側に明記して、基礎点から減点を行うような方向で、なおかつそれらの減点をジャッジは見ずに、単純に「それぞれの要素がどの程度美しかったか」をベースにGOEを付ければよいのかと。詰まるところ、現行の得点の出方をさほど大きく変えるものではないにしても、技術系と印象系を個別化して、余り被らないように出来れば、もうちょっと基準が明確化してすっきりするだろうくらいの感覚で。
 例として、下記のようなルールで、仮想プロトコルを作ると、こんな感じ。

◆TSの判定ルール
回転不足:3T以上=2点、2A=1.5点、以下=0.5点減点
転倒:3T以上=4点、2A=3点、その他(Sp,St中転倒含)=1点減点
Lz,F不正エッジ:3以上=1.2点、以下=0.3点減点
減点:転倒は対象外とする。
◆GOEの判定ルール
 要素の「美しさ」について、5段階で-2~2の範囲でカウント。
 基礎点による傾斜なしで、各要素のGOEの単純和によって合計GOEを判定。
 PCSのトータルに、1+GOE/100を掛けた値を最終PCSとする。
 ※ジャンプ転倒時はGOEはノーカウント。片足以外の着氷、ステップアウト時はGOE+禁止。

◆プロトコル例:
 浅田が07-08後半プロ、最初の3Aで回転しきれず転倒し、最初のコンビネーションでは回転足りるもツーフット。しかし、そこから持ち直してほぼ残りをパーフェクトに演じきった場合、くらいで。PCSは転倒を考慮し、ちょっと辛目で58.20くらい。カットされたジャッジはめんどいので省略。
現ルール改定案
                       TSS    TES     PCS   TD
1. Mao ASADA   JPN   123.22 =66.02 + 58.20 - 1
=================================================
 # Ex.Elem    I B.Val  GOE    The  Judge Panel   
 1 3A<        f  3.50 -2.50 -3 -3 -3 -3 -3 -3 -3 
 2 3F+3T         9.50 -1.00 -1 -1 -1 -1  0 -2 -1 
 3 CoSp3         2.50  0.65  2  1  1  1  2  1  1 
 4 3Lz        e  6.00 -1.24 -1 -1 -1 -2 -1 -2 -1 
 5 FSSp4         3.00  0.22  1  0  0  0  1  0  1 
 6 SpSq4         3.40  1.14  2  1  1  2  0  1  1 
 7 3Lo           5.50x 0.43  0  1  1  0  1  0  0 
 8 3F+3Lo       11.55x 0.57  1  2  0 -1  1  0  1 
 9 2A+2Lo+2Lo    7.15x 0.14  0  0  1  0  0  0  0 
10 CCosp3        3.00  0.22  0  1  0  0  1  0  1 
11 SlSt3         3.10  0.86  2  2  1  2  2  1  2 
12 FCCoSp4       3.50  0.57  1  1  2  2  1  1  0 
13 2A            3.85x 0.43  1  0  0  1  0  0  1 
          Total 65.55      Scores of Panel 66.02 
-------------------------------------------------
Program Cmp.
  ~~~めんどいので省略~~~
Total Component Scores(Factored)           58.20
Deductions: -1
                       TSS    TES     PCS   TD
1. Mao ASADA   JPN   124.70 =62.35 + 62.35 - 0
=================================================
 # Ex.Elem    I B.Val    The  Judge Panel    GOE
 1 3A<        f  1.50  -- -- -- -- -- -- --    --
 2 3F+3T         9.50  -1 -1 -1 -1  0 -2 -1 -1.00
 3 CoSp3         2.50   2  1  1  1  2  1  1  1.29
 4 3Lz        e  4.80   1  1  1  0  1 -1  0  0.43
 5 FSSp4         3.00   1  0  0  0  1  0  1  0.43
 6 SpSq4         3.40   2  1  1  2  0  1  1  1.14
 7 3Lo           5.50x  0  1  1  0  1  0  0  0.43
 8 3F+3Lo       11.55x  1  2  0 -1  1  0  1  0.57
 9 2A+2Lo+2Lo    7.15x  0  0  1  0  0  0  0  0.14
10 CCosp3        3.00   0  1  0  0  1  0  1  0.43
11 SlSt3         3.10   2  2  1  2  2  1  2  1.71
12 FCCoSp4       3.50   1  1  2  2  1  1  0  1.14
13 2A            3.85x  1  0  0  1  0  0  1  0.43
      Tech.Elem 62.35  10  9  7  6 10  1  7  7.14
-------------------------------------------------
Program Cmp.
  ~~~めんどいので省略~~~
Total Component Scores(1.6 Factored)        58.20
Total Component Scores(GOE/100 Factored)    62.35
Deductions: 0
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テーマ: フィギュアスケート

ジャンル: スポーツ

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08ワールド回顧 

 微妙に男子の結果にヘコみ気味ではあったが、取り敢えず軽く。
#いや、それでも伊達男バトルのいい笑顔には癒されてるんだけれど。

 男女シングルともにある程度自爆率が高い大会になった印象だが、逆にそれだけにポイントの争いに関しての意地みたいなのが勝敗を分けたような辺りが、新採点の玄妙さではあるかな、と思った。というか、恐らく体操なんかもある程度はミスは織り込みの上で点数を争うような部分があると思うが、そういう方向での精神力みたいなのが必要になっていて、それは恐らく従来のフィギュアスケート的なものに要求される精神力とは異質なものなのかも知れない。そういった辺りで、異質の精神力という部分にフィットする選手が最終的に伸びてきたり選抜されたりするのかなぁ、なんてことを思った。まぁでも、安藤みたいにそのどっちでもそんなに強くなさそうな選手が、才能と生真面目さだけで伍してる現状も面白くはあるんだけれど。

 男子は、やっぱりちょっとジュベールが微妙に悔いが残るというか、出来ればもうちょっと攻めて欲しかったなぁと思う。詰まるところバトルがパーフェクト出すとは素で思ってなかったのか、それとも調子が悪いから余力がなかったのかは分からなかったけれど、コンビネーションが2回、しかも片方2回転で片方すっぽ抜けでは、ある意味4回転なしで優勝する選手が出る方がマシではあっただろうし、バトルの好演はその意味では天の配剤ではあった。その上で、確かに世界一を経験しているからこそ安全運転できっちりあの段階でウィアーをまくってなおかついつものバトルだったらギリギリの点数を出せたとは言えるのだけれども、詰まるところまだ彼は「並のチャンピオン」の域を脱していなかった、ということか。個人的には高橋とヴェルネルの大会になることを期待していたが、彼らには今回その差を見せつけられた所のジュベールの「世界一の地力」に敬意を払いつつ、なおかつそれを超えるところを今後目指して欲しいな、なんてことも。にしても、今大会は高橋以外にもキャリエール、チャンとキックアウト続出であったが、もうフィギュアスケートでも補聴器型の小型ヘッドホン装備してコーチがエレメント指示するとかすればいいんではと思う。その辺りの制御がトップ選手でも瞬時に出来るのが難しいシステムになってるとすれば、もうそれは個人レベルで限界があり、外部の指示を仰ぐとかしかない問題なのではと。少なくとも、客もアスリートに計算能力なんぞ求めてはいないだろうし。

 女子は、まず安藤とマイスナーが限りなく心配ではある。自分はこの2人結構好きだし、浅田キムを追いかける存在として評価してるんだけれど、どうも今年のややスランプ気味な流れの中で、先行する浅田キムから更に離されたことで今ひとつ気持ちが追いついてこない部分もあったようにも。むしろ、それまで勝負の埒外であったコストナーやロシェット辺りの方が、自分自身をしっかり伸ばしてきたシーズン、みたいな感じで終わったようにも思われた。ただそれでも、マイスナーはショートをクリーンに終われたことで今後のメドは立てられたかもだし、安藤はああいうカッコ悪いところを惜しげもなく見せたことで、また次に向かう意志を養えるのではと期待したいが。
 キムは今年はとかくショートが嵌らなかった。浅田が散々フジ的にショートの呪縛と言われたが、彼女はある意味全日本で吹っ切れた一方で、キムは最後までそのタイミングを逸し続けたのは、出走数を絞るスタイルが裏目に出たか。果たして、ある程度の点差で浅田を追いかけるという状況になったけれど、今年はコストナーが点数を伸ばしていたので、浅田のミス待ちという以上に自分のパーフェクトが義務づけられる局面で、精神力が試されたと言えるだろう。しかし、そういう勝負に賭ける部分でやはりどうしてもキムの方が淡泊だよなぁ、という結果であり、彼女が負けた相手は「今年の浅田」ではなく、予想外の出遅れから苛烈なチャルダーシュを決めた「去年の浅田」であるように、自分には思われた。その上で、ワンミスの演技に対してきっちりコストナーをとらえきれない点数を与えたワールドのジャッジは流石であると言えよう。コストナーは、あれだけ出来れば現状地力を出し切ったと思う。お手つきばっかりで見栄えはしなかったが、3-3-2をきっちり決めて、回転不足を出さなかったのは見事。ああいう時に簡単なジャンプを取りこぼすイメージが強かっただけに。
 浅田に関しては、今回は「基礎点で圧倒して、細かいアラが出ても押し切る」というディープインパクト的な戦術がやっと嵌った、という結果であった。3A,3F+3T,3F+3Lo(x)が共存するプロはやはり凶悪。2つミスってもなおかつトップで争えるのだから。それにしても、元々セカンド3Tが苦手であった彼女が最後にここでGOE+1以上を貰えるような成功を収めたのは、今後に向かって非常に視界の開ける結果ではあっただろう。今回はほとんどこのジャンプの気迫が彼女を救ったと言ってもいい(ほかにも後半の構成とかでちょっと点を稼げたとか、見るべき部分はあるが)。3Aを大失敗して痛みの残る中で、何かが覚醒したとすれば、やはりこの娘は3次元の少年漫画キャラですわ。今回は少なからず恵まれた形での戴冠であったけれど、こういう状況はむしろ今後へのモチヴェーションを保つ意味では、浅田のキャラを考えればプラスなんではと思う。
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テーマ: フィギュアスケート

ジャンル: スポーツ

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何となく雑談。 

 子どもが、もうすぐ2歳である。
 で、最近であるが、そろそろピタゴラスイッチを卒業し始めている。何となく、録画リストからピタゴラを選ぶと嫌がることが多い。それでも膝に乗せておけば見るは見るんだけれど、前ほど熱心に眺めてる感じではないし、どちらかというとニコニコでとかち()とか見せてるときのほうがいい顔をしてるので、親父が見てるから付き合いで見てるみたいな雰囲気ではあるのだろうか。最近は何だか、「赤ちゃん扱い」されたくない、みたいな感覚は他にも色々あったりするので、或いは「ピタゴラ見て喜ぶなんて赤ちゃんなんだよ」ってのが本人的な気分なのだろうか。多分それは違うぞ、息子よ(笑)。
 因みに最近面白かったのは、麻智さんのお腹が大きかったときの写真を見て、見るたびにお腹をさして笑ってるのな。何か、他の赤ちゃんを見て「かわいいね~」みたいになってる時と同じ反応だ、とは麻智さんの言であるが、本人的には既に懐かしい過去がそこにあったのかも知れない。それとも単に弟妹が欲しいだけなのか?にしても、お腹の中の記憶とか語ってくれると面白いので、出来ればその記憶が残っている間にもうちょっと色々言葉覚えてくれるといいんだけれど。つか、単語は結構覚え始めたけれど、まだ発音が唖語っぽいんだよな。「雪→あき」「酸っぱい→あっぱい」とか。しかし何故か「ちんちん」だけは正確に「ちんちん」と、ご丁寧に股間を指差しながら発音しやがる。男の子ってこういうもんよね。
 で、2歳の誕生日プレゼントは、ピタゴラですら赤ちゃんっぽいと思うような背伸びさんらしく、ちょっと先の話だけれど某アイスショーのチケットなどを買って、子連れで行くことに。つか、かなり俺の衝動買い。一応何かあったらすぐに遁走できるように出口近くを確保しておいたものの、ちょっと回りに迷惑掛けないかは不安タラタラではある。基本的には大人しいし、そろそろホールとかの音響とかにもビビらなくはなってきてる、と期待したいが。まぁいざとなったら敗者復活戦で夏のネズミー・オン・アイスがあるさ!くらいの気持ちで。

◆「生き方」的なものの一般化
 しんざきセンセイの所で読んでてつらつらと考えたのだけれど、どうも一般化したがるってのはある程度こういう問題を政治的なレイヤでとらえてるからかな、みたいに思わなくはない。要するに、何のかんの言って、ある種のライフハックを多数の人が採用することによって自分の生活環境が悪くなるみたいな危機感が「反論」を投げることの背景にあるのかなぁ、なんてことも。要するに、自分に適合するかどうか、って文脈よりも、不特定多数の他人がライフハックを有効に活用することで、「ライフ」におけるある種の「敷居が上がる」、ないしはそのハックが適合する人と適合しない人の間にアンフェアが発生することへの恐怖感、みたいなのは感じられなくないというか。

◆チベット話。
 難しいな、と思うのは、ある程度チベットの中でも「ダライ・ラマ的な宗教立国」モデルを記憶していることが減少していることで、ある程度「現代的な民族主義」としての活動にチベットの独立運動が転化しているかもな、ということ。勿論、ダライ・ラマ師はそういう流れを否定していると思うのだけど、一方でチベットが「ダライ・ラマ的な宗教立国」を回復することが可能か、というと、現代にあってはある種の絶望感も。実際、ダライ・ラマのチベットが明清代に独立性をある程度保てたのは、恐らく中華帝国側のモンゴル政策という都合が存在していたからであり、それは現代において不要なのは事実。また、チベット自体がある種「閉鎖国家」としてアイデンティティを保ってた訳だけど、それも果たして現代社会で実現するものなのかは。そうなると、中華によるチベットへ弾圧への回答としては「現代的な民族主義」にならざるを得ないかもだけれど、それってやっぱり「退いても地獄、進んでも地獄」の世界にしか思われないんだよなぁ。
 個人的には、「経済特区」ならぬ「文化特区」的なモデルでチベットの自治を再構成する必要はあるかとは思うのだけれど、それも周辺民族から見たら「チベットだけが(過去の歴史同様)特別扱いされてる」みたいな雰囲気に見えるだろうし、うーむ。
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テーマ: つぶやき

ジャンル: 日記

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中央競馬史に残る感動のレース:98年菊花賞、セイウンスカイ 

Netkeiba:レース結果



 1998年のクラシック戦線は、2歳時の異常な外国産馬の活躍によって、混沌としたスタートを切った。
 その中で、母が*グッバイヘイローであるキングヘイロー、父が*サンデーサイレンスであるスペシャルウィークという2頭の血統馬が、ある程度○外のトップホース相手でも格好の付く相手として一枚上の評価を得て、弥生賞で激突する。そのレースに、2戦2勝の芦毛馬がいた。セイウンスカイである。父は既に廃用となった*シェリフズスター、名門西山牧場のオーナーブリードながら何故か色違いの勝負服、そして徳吉というリーディング下位の騎手を背にしたこの関東馬は、弥生賞で快調に逃げて直線で差をつけて快走する。そこからスペシャルウィークの見事な末脚が炸裂し、このレースではヒーローになり損ねるが、○外良血の席巻する世代にあって、一頭の変わり種が現れた、と見られたし、中にはこの馬をシンデレラ・ボーイと見立てた向きもあったであろう。
 セイウンスカイは、そのような馬であった。
 まばゆい血統背景の才能が揃う世代にあって、彼のアイドル性が輝き始めた。

 この世代において、スペシャルウィークはなかなかに高い壁ではあった。横山典に乗り替わって、皐月賞こそ中山でスペシャルが仕掛け所を見失う中で、キングヘイローを粘りの走りで抑えたものの、ダービーでは福永キングの暴走に喰われて、スペシャルに完勝を許す。この時点で、血統的な奥行きでも体型でもステイヤーとしての本格性を秘めているように見立てられたライバルに菊で逆転するのは簡単ではないように見えた。
 しかし、セイウンスカイもまた成長を遂げていた。枠入りを嫌がった京都大賞典で絶妙な緩急のペースで逃げてメジロブライトら古馬の一流を封じ、菊花賞を迎えた。皐月賞馬対ダービー馬、再戦のときである。馬場は仮柵が取れて時計の出るコンディション、奇しくも前走も開幕週であり、同様にラチ沿いを進めるアドヴァンテージをセイウンスカイは維持していた。
 ならば、気風良く行くのみである。
 迷うべきものは、何もなかった。
 淀の3000は、スタート直後の一周目下り坂が一つのポイントである。ここで掛かると、最後の直線はより大きな負荷となり、なかなか勝つことは難しい。まだその頃には、下り坂どころか直線まで全力出しかけて最後圧勝するようなバケモノなど想像の埒外であった。さて、果たせるかなその一周目下り坂では、不器用なキングヘイローやエモシオンはもとより、一番人気のスペシャルウィークまでもが掛かり気味であった。このレースに向けての仕上げで燃えすぎたか。
「スペシャルの勝ちはない。」
自分は、そう思った。一方で、セイウンスカイは迷わず、そして気負わず逃げていたのだから。
ペースは決して遅くはなかった。この馬場で、無理にペースを落とす必要もなかったのだし、馬にとってもそれが一番心地よかったのであろう。一方で、前走で掴んだ緩急の妙を交えつつ、坂を越えての直線、弥生賞を思い出すような爽快な逃げ足が、そこにはあった。灰色の馬体が、まだこの当時は11月初週であった淀の舞台を独走する。今度は、スペシャルウィークが来る余地はなかった。前半の負荷がありながらそれでも2着に上がって矜持を見せようとする名馬を、彼方に置き去りにしつつ、秋晴れの空はセイウンスカイに染まったのである。3.03.2のレコードタイムは、一週前に府中の欅の向こうで奪われた不世出の逃げ馬の風景を、再び戻すような瞬間ではあった。
 しかし、そこにいるのはセイウンスカイである。爽快で気風良い逃げを決め、横山典弘が美しく水平に手を上げた瞬間は、セイウンスカイが最もセイウンスカイであった瞬間でもあったのだ。そして、それこそが、この馬のファンが求めていたものだったのである。彼は、自らの色で、競馬界の悲しみを埋めた。

 1995年生まれの世代は、日本の競馬史においても屈指の好メンバーが揃っていた。しかし、少なくとも自分は、前年の個性派世代に伍するほどの魅力を持つものなのか、疑う面はあった。この日までは。この馬が2冠馬というタイトルを得た辺りから、この世代は本当の意味で輝き始めたように思われる。セイウンスカイは、アイドルホースとして持つべきものの多くを持っていた。こういう馬が間にいるからこそ、世代全体のキャラクター性が磨かれたのであろう。
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テーマ: 競馬

ジャンル: スポーツ

レース回顧  /  tb: 0  /  cm: 6  /  △top

実は有能だったと思われる10-3選。 

 ちょっとだけ、感動のレース話はお休みで。
 で、im@sMSCの1回戦投票だけ晒しておこうか。基本的に緒戦は当落線っぽいのを狙い撃ってみたいんだけれど、果たしてどの程度貢献出来ますやら。

A-07 結構いくつかのうちで迷ったが、固定客の少なそうな辺りを残してみる。
B-05 真一点。敢えて正統派過ぎる迷走で来たチャレンジ精神も含め、残って欲しい。
C-03 サンホラ知らないんだけれど、サンホラ?あずささんが良い感じに合いそう。
D-02 千早ガチでInside ofと迷ったけれど、投票の少なそうなのを残す方向で。
E-06 雪歩ブロックで雪歩以外残りにくそうなので、とかちでノリが良好なのを。
F-10 ここはもう、ナニを差し置いてもジンギス一点だろ(笑)。残る限り投票する。
G-11 普通に通りそうだが、宇多田の最高傑作の再現Masterで真なら、一択かと。
H-01 ↑のコメ書いてからH-01見て余りの俺ホイホイな再現に吹いたwwwww。残れ!

 ってのはサテオキ、本題。

評価は低いが実は有能だったと思われる人物@肉汁が溢れ出ています

 ところどころ、「評価が低い」というよりは単に「知名度が低い」みたいな人もあれこれと混じるが、それも含めて日本史板の皆さんのいろんな知識を味わえる良スレのまとめ。
 根本的には、歴史の転回点で勝者と敗者が明確に分かれるシーンで敗者がその負け方とその後の立場ゆえに不当に無能評価をされるケースが多いと思われ、その意味ではどうしても戦国や幕末に人が集中しがちであるには違いないのだけれど、ある程度「評価されるべき人が今ひとつ評価されていない」例も含めてセルフ版10選、と思ったもののやはり石田三成・田沼意次・島津久光あたりが既出分と被ってしまうので、7選まで絞って短評をば。
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テーマ: 歴史上の人物

ジャンル: 学問・文化・芸術

日本史  /  tb: 0  /  cm: 2  /  △top

中央競馬史に残る感動のレース:95年宝塚記念、*ダンツシアトル 

NetKeiba:レース結果



 ある意味「感動のレース」としては相応しくないレースである。
 しかし、ライスシャワーが淀の歴史に輝く巨星であるならば、*ダンツシアトルもまた、95年の淀に降臨した美しき流星であり、その物語は語り継がれるに然るべきものであろう。

 *ダンツシアトルは、不遇な馬であった。
 とかく脚が弱く出世が遅れがちであり、旧3歳時にわざわざ関東で岡部を乗せたりしてたのも、こういう馬の脚を気遣える騎手を確保したいとの意図だったのだろう。しかし休養明けで台風に見舞われるような不運な馬は、遂には屈腱炎まで抱えてしまい、1年以上の長期離脱を経て95年の春に、ようやく競馬場に戻ってこられたのである。
 この年1月の震災は、改修して5年に満たない仁川の阪神競馬場にも大きな傷跡を残した。桜花賞以下の阪神競馬は京都で行われ、宝塚記念は震災当週に中止された日取りの代替開催として行われる日程がアナウンスされる。一方、この年の京都も94年の大改修明けであり、前年の阪神の「記録されざる改修」と並んで、馬場の高速化が進む端緒となっていた。そんな淀に、復帰した*ダンツシアトルの脚はぴったりとフィットする。

 復帰戦の道頓堀Sを12番人気で楽勝して準オープンを卒業し、迎えた陽春Sでは、目の前での落馬で直線の勝負どころで一旦最後方まで置き去りにされてしまった同馬であるが、そこから体勢を立て直すと桁違いの脚を繰り出して3着まで押し上げる、衝撃的な走りを見せた。かつて素質馬として嘱望された才能が見事に復活した瞬間であり、またこの馬の「勝負を諦めないハート」が証明された瞬間でもある。その後淀で2戦してタイレコード含め連勝。手綱を引き受けた村本は宝塚でも「負ける気がしない」と語ったが、確かにこの馬が今までの逆境を全て振り切るようなハートをその素質に加えたならば、職人肌の騎手にも意気に感じる部分はあっただろう。この春の同馬のレースは、一戦ごとに気迫があった。
 迎えた淀の宝塚。天皇賞の名勝負でブライアンとアマゾンの不在を見事に埋めるドラマを見せたライスシャワーであったが、逆にあの復活劇の後で、このレースにおける意義が見えづらい印象もあるには違いなかった。マイラーのサクラチトセオーと重賞1勝のダンツが押し出されたオッズは、やや不安定な様相を呈し、雨上がりの晴天の下迎えたレースに一筋の翳を落としていた。
 しかしレースは、締まった展開を見せる。トーヨーリファールの逃げるレースが、いつもそうであったように。この、90年代中葉にあって評価さるべき脇役に引っ張られつつ、ダンツ以上の素質馬として空回りを続けていた*タイキブリザードが、これまたいつもの通りハミにぶら下がるように首を伸ばしながら先行し、*ダンツシアトルはそれをマークするような3番手。王道というべき競馬で、理想の位置に付けていた。締まったレースで一番強い競馬をするだけ、という決意に展開が全て従ってくれる。馬場も晴天に乾き、少なくとも*ダンツシアトルの脚を取るものではなかっただろう。
 しかし、雨上がりの馬場、しかも開催が続いた馬場は、やはりある程度のリスクではある。そして、それがライスシャワーの運命を決した。
 そういうことなのであろう。
 しかし、偉大なマーク屋が片足を失い倒れた後も、レースは続くのである。内外合流から強引にイン強襲でトーヨーリファールをねじ伏せた*ダンツシアトルは、外から伸びる*タイキブリザードと最後の直線で堂々たる決戦に臨み、最後にはこれを振り切ってゴール板を駆け抜けた。馬場は稍重でありながら、日本レコード。クラシック戦線に、その後10年止むことのない*サンデーサイレンス旋風が吹き荒れたこの年、「古馬もSS」と呼ばれた Seattle Slew 参駒のワンツーである。

 *ダンツシアトルは、不屈の競走馬であった。
 人ばかりではなく、馬が諦めない馬だったから、これだけ脚に不安のある馬がG1を獲れたのだろう。そして、彼にとって相応しかったのは、村本が言うところの「秋の大きいところは全部獲る」であったのだろう。*ランドや*ヒシアマゾン、そしてマヤノトップガンといった歴史的名馬とどんな闘いを行われたかは、最早誰にも知ることの出来るものではない。それは確かに惜しむべきことではあった。しかし、淀の連続開催に鮮烈に残された彼の足跡は、「不屈の競走馬」の軌跡として、今でも忘れることが出来ない。それだけのものを魅せてくれたことだけでも幸せだっだと、ファンは自らを慰めるしかないのであろうか。
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テーマ: 競馬

ジャンル: スポーツ

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中央競馬史に残る感動のレース:94年安田記念、ノースフライト 

Netkeiba:レース結果



 海外との距離が未だ近からざる時代、安田記念はいち早く外国馬に門戸を開いたレースとしてジャパンCに続いた。時に93年、前年にはトウカイテイオーが父以来の日本馬としての優勝によって復活の凱歌を挙げた頃である。しかし、その年の安田記念にはG1馬とは言えど、やや役者不足の*キットウッド程度であり、ヤマニンゼファーの連覇したレースにあって、大きな印象は残さなかったものである(むしろイクノディクタスに度肝を抜かれたが)。そんな国際レースに、大きな衝撃が走ったのは、2年目の1994年である。

 英国クラシック覇者の*サイエダティ、BCマイルをはじめG1を5度も2着した*スキーパラダイスをはじめ5頭もの参戦を呼んだ京王杯スプリングCは、外国馬が上位4着までを独占し、昨年のエリザベス女王杯の勝ち馬ホクトベガ以下を粉砕したのである。まさに、強い外国馬が強いレースをするような、ジャパンCで外国馬が勝つのともまた別種のショッキングな結果であった。この上位4頭は全て次走の安田記念に出走する予定であり、まさに脅威の黒船軍団となったのである。時あたかも90年代前半の、欧州で中距離馬がドツボでマイラーがやたらめったら目立ってた時代である。日本馬との能力の差は明らかなようにも思われた。
 しかし、この年のノースフライトは、なかなかどうして、存在感のある馬にはなっていた。
 未出走デビューとなった遅咲きの牝馬は、デビュー3戦目を熱発で落としていたものの、900万条件の身ながらキャリア僅か4戦目にして古馬相手に重賞を勝ってみせた。ベガやウイニングチケットと並ぶ*トニービンの逸材として注目されはじめた牝馬は、エリザベス女王杯で2着した後、連勝街道を進み始める。阪神で牝馬重賞を連覇し、中京で行われたマイラーズCでは、先行抜け出しの堂々たる内容で牡馬を降して見せたのである。また、比較的珍しい女性厩務員とのコンビも話題を呼んでおり、G1勝ちはなくとも華のある存在ではあった。日本の代表として、外国の名牝に対峙するに、これほど相応しい存在はなかったかも知れない。
 そして、社台の牝馬である*スキーパラダイスに、この年からコンビを組んでいた武豊を奪われた状態で、エリ女2着の手綱を取った角田晃一に手綱が戻っていた。ある意味、ノースフライトの陣営からキープ的に扱われていた角田であるが、この状況で燃えないわけにはいかなかったであろう。まして、牝馬の騎乗に定評のある騎手である。負けられないレースではあった。

 レースのパドックでは、*スキーパラダイスが馬体重を大幅に増やして、観衆を驚かせる。芦毛の牝馬は、見るからにむっちりとした肉付きに見えた。或いは、京王杯の手応えから楽勝と見ていたのか。更に、ノースフライトにとっては負けられないレースとなっただろう。マイネルヨース、マザートウショウ、サクラバクシンオーと出端の早い馬が揃ったレース、角田は思いきって後方から競馬を進めた。追い込み馬のトーワダーリンと同じような位置取りで、前半45.0のペースをやり過ごす。それでも、スプリント戦のように果敢に全速力を見せつけるサクラバクシンオーが堂々と先頭に立って外国馬を迎え撃たんとする最後の直線。そこに3コーナーからジリジリと上がって長い脚で差すノースフライト。思いっきり勢いよく先頭を襲いながら、*スキーパラダイスをカット気味に切れ込んだ。荒っぽいレースではあるが、あれが大和撫子の意地、大一番での角田晃一の意地であったのだろう。見事に欧州トップクラスの牝馬をねじ伏せると、最後はワンサイド。後ろから、完全に置き去りになってたはずのトーワダーリンが無駄に物凄い脚を使うも、2馬身半も後ろの話。見事に日本の牝馬が欧州の牝馬を降して、ホームのタイトルを守る結果となった。
 外国馬を倒すシーンってのは、既に日本では当たり前の光景である。また、ジャパンCでも多くの名馬を日本の馬が打ち破ってきた。しかし、事前に最も強いと思っていた相手に対して、最も鮮やかに日本馬が勝利した例となると、或いはこの安田記念が最右翼となるかも知れない。最も高い壁を打ち倒す、みたいな、そういう感動の瞬間が、このレースにはあった。
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中央競馬史に残る感動のレース:92年天皇賞、メジロマックイーン 

Netkeiba:レース結果



 メジロマックイーン対トウカイテイオー。
 前年秋こそ様々な不運により無冠に終わったものの、衆目一致の最強古馬として君臨するチャンピオンに、骨折で3冠を逃したものの、古馬緒戦を岡部に乗り替わって不敗記録を継続する世代最強馬が挑む。それも、両者が前走のトライアルを圧勝して。マックイーンが阪神大賞典でカミノクレッセを軽く5馬身突き放すと、トウカイテイオーは「地の果てまでも行く」と岡部に言わしめた。我が国の競馬界でオグリキャップが去って以降最高の呼び物であり、様々なライバルを代わる代わる相手にしたオグリ以上に一点豪華主義的な文脈では「大一番」と言えるような対決ではあっただろう。しかも、舞台は淀の3200。まさに、一対一の勝負が期待される文脈ではあった。
 あの日に見たある専門紙では、本誌予想は5-14の一点と記憶している。
 一点だぞ、一点。
 ちょっと、常識的には考えられないし、3連単まで存在する現在においては決して実現しないという意味では「絶後」であろう。そういう異常な雰囲気が、レース前に漂う経験ってのは、競馬を長くやっていてもなかなか感じ取れるものではないし、例えばこの4年後にブライアン対トップガンがあったけれども、スケール感や「初対戦」というある種の新鮮さという点で、92年は明らかに上回っていたように思われる。自分の中では、ディープに関する祭りのような期待の異常さ辺りくらいしか、ちょっと匹敵するような不思議な経験としては思い浮かばない。しかし、ディープのアレとて、それに「乗らなかった」人も多かったわけで、みんながあの雰囲気に「乗って」いたように見えた92年の淀の一日は、昭和の雰囲気がまだ残る競馬場特有のものであっただろうか。あのゲートに至るまでの一連が、既にもう追体験不可能な感動なのだろうな、と強く思う。なにしろ、ゲートに入る前にマックイーンの落鉄、なんてのもあったし。
 レースは、メジロマックイーンをトウカイテイオーがマークするような形で進んだ。というよりは、マックイーンの側がトウカイテイオーを眺めながら仕掛けどころを考えていたように思われる。あの当時はあまりそうは思わなかったのだけれど、正面スタンドを過ぎて1コーナーで外外を回りながら進むマックイーンには、ある種の余裕を感じられた。主導権は、恐らく武豊の側が握っていたのだろう。坂の下りでメジロパーマーが吸い込まれる時には、もはや2頭の対決かと思われたが、既にテイオーにとってはついていくことが全てであった。そして、テイオーは4角では既に外からカミノクレッセに喰われるのである。5の単勝を握った観衆が歓喜をの叫びを上げ、14の単勝を握った観衆が信じられない光景に我を失い、5-14の馬連を握った観衆が唖然として見守る中、メジロマックイーン、独演の直線であった。
 詰まるところ、マックイーンの舞台でテイオーが敗れた、というシンプルなレースである。
 しかし、その舞台に上がり、堂々とマックイーンを追いかけて、力尽きるまで勝つ算段を諦めなかった岡部がマックイーンを輝かせることで、このレースは単に「2強の片方が飛んだ」以上の何かを残したのではないかと思う。そして、この勝利によって、90年代の前半に渡って、メジロマックイーンは最強馬のフォーマットを築き、それは90年代後半の*サンデーサイレンスの産駒にも越えがたい壁として競馬ファンの心に存在し続けたのである。一方で、このレースで再度骨折したトウカイテイオーは、その逆境を通じて、多くのファンにとって終生忘れがたい物語を築く一つの入口に入ったのである。
 年を経て、輝き続ける死闘であった、と言えるであろう。
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テーマ: 競馬

ジャンル: スポーツ

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「天皇」号と武則天~或いは何故唐から先は「ナントカ帝」と表記しないのか 

 ちょっと競馬方面は微妙にヘコみ気味なので、アクセス稼ぎな天皇ネタ(嘘)を先出ししておこう(挨拶。

 「天皇」という称号は、中華においては674年に唐の3代目となる高宗が称していて、その後改めた記録が無いから、恐らくこの皇帝はその後終生それを名乗っている。しかし、高宗の後を継いだ中宗の一度目の即位について、舊唐書は「高宗崩,遺詔皇太子柩前即帝位」ということで、「皇位」ではなく「帝」が使われており、同じ在位について同時期、というか高宗時代の半ばから実権を握っていた則天の本紀では、その翌年の廃位について
二月戊午,廢皇帝為廬陵王,幽于別所,仍改賜名哲。己未,立豫王輪為皇帝,令居於別殿。

と記述しており、要するに高宗に加えられた「天皇」は一代限りの呼称であった。では、何故これが一代限りだったのだろうか、というのが今日のお話。で、実際のところ、これも則天紀の即位前段に答えがあって、つまり、この称号自体が則天の政治的な意図が隠れている、ということ。
高宗稱天皇,武后亦稱天后。后素多智計,兼盈文史。帝自顯慶已後,多苦風疾,百司表奏,皆委天后詳決。自此内輔國政數十年,威勢與帝無異,當時稱為「二聖」

 要するに、これは完全に当時武后と呼ばれていた後の女帝則天が「天后」という名の下に天子の座に並び立つための方便だった訳ですな。これによって、高宗の晩年において、世は高宗と武后のことを「二聖」と呼んでいたと。これによって「天皇」という名称がその次の代にはなくなる理由も明白であって、要するに高宗の次の代の后には武后が得ていた特権などが与えられるべきでもなかった訳であって、「天后」がいないならば必然的にそのセットであるところの「天皇」もいなくなって、「皇帝」の称号に戻された、と。そして、後に武后自らが帝位を簒奪するにあたっては、彼女は「唯一の天子」として、皇帝を名乗った訳である。
 現在の日本史における天皇号論争は、ある程度この唐の「天皇」号が適用されていた時代に本朝が同じ名称を採用したとする説を有力視している部分がありますが、ヒメヒコ制の伝統が根付き、実際前後200年弱にわたる「女帝の時代」の只中にあったわが国が、この「女権を拡大するロジック」の君主号を採用した、というのは確かに物語的には相応の必然性があったかも知れない、なんてことも。まぁ実態としてその前に「大王」号が「何時まであったか」を示す証拠が曖昧な気がするので、なかなかこの辺りが答えになるのかは難しくもあるのだけど。

 さて、そんな武后の野心からはじまった唐の「天皇」号であるが、これを採用した際に、自分達の称号を架上するために、同時にワンセットとして先祖の追号を行っていて、これが、後の歴史家にとってやや厄介な結果を招いていたり。つまり、唐の初代と二代の高祖(李淵)と太宗(李世民)について、前者を「武皇帝」から「神堯皇帝」に、後者を「文皇帝」から「文武聖皇帝」に変更している。
 ここで、高校世界史の資料集にある系図などを思い出していただくと、中華の皇帝については漢~隋までが「○帝」であり、唐~元までが「○宗(祖)」であり、明以降が「○宗(祖)△△帝」である。うち、明代以降の「△△帝」は、元号が一世一元になったので、それを帝号として採用しているのだけれど、隋と唐で「○帝」=諡号と「○宗(祖)」=廟号とで断絶している。そして、高祖と太宗の二代の変更前は、明らかに李淵は「武帝」であり、李世民は「文帝」だったのである。そして、則天皇后こと武照という女性が唐において権力の座に無縁なまま唐が続いてやがて滅亡していれば、間違いなく後の史家は唐の皇帝の年代記を正史に残す際に「(高祖)武帝→文帝→……」というタイトルで本紀を綴ったであろう。ところが、ここで「諡号をリネームする」という大技をこのネーミングオタクとして定評のある女傑が使ってしまったことにより、若干それが混乱を招くことになった。更に悪いことに、もともと「武帝」と「文帝」がいる状況で、そのうちの片方を「文武帝」にしてしまうんだから、結構混乱するところではあるだろう。まぁ李世民はそれくらいの顕彰をされてもいい傑物ですが。
 そして、高宗に対して諡号が付けられると、更に混乱が増すことになる。武后が自らの夫に対して送った諡号は、まんま自身の称号であった「天皇」だったのである。こうなると、諡号自体が結構無意味化という状況を免れない。こうしたネーミングの混乱の中、中華の皇帝は、死後は従来のスタイルとしての諡号ではなく、比較的それまでは限定的な文脈でしか使われていなかった廟号で呼ばれるのが一般的になったのである。そして、オフィシャルな文脈から退場した諡号は、顕彰の意味合いを込めて冗長化の様相を呈するようになり、唐の中期以降は「天皇大弘孝皇帝」のように七文字に拡大し、明清期にはもう日本書紀における本朝の和風諡号に近い、非実用的なものと化していくのである。

 唐朝は則天の死後、彼女のネーミングオタクとしての産物である則天文字を廃し、四文字元号を廃し、地名を元に戻し、彼女から「皇帝」の称号を廃し、「天皇大帝」と諡号を受けた高宗に劣後する「則天」という諡号を与えた。そうして、漢の呂后に類する「中原の善き悪女」の政事を実現し、盛唐の栄華の礎石となった女性は、歴史において一歩引く存在となった感はある。しかし、我々が歴史の資料集の巻末の系図を見て、「○帝」が唐から「○宗(祖)」に変わることに気がつくとき、その裏には中華史上無二の女傑の大いなる野望があったことは思い出されて然るべきではないかな、なんてことを思ったり。
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回顧レース決定と、没レースへのショートコメント。 

てな訳で、こちらのエントリでの企画に対する、皆様のリクエストに感謝(挨拶。
大体、10個挙げたレースの中からはリクエストがあったものとして
92マックイーン
94ノースフライト
95ダンツシアトル
98セイウンスカイ
99グラスワンダー
を採用します。
に加えて、マイジェルさまリクエストの
98メジロドーベル
でいこうかな、と。ウェットな性格なので泣きながら所望されると弱い、ってことで(笑)。
でも、せっかく色々ご意見頂いて放置するのも何なので、色々リクエスト頂いたレースなどを絡めて思い出話的にそれぞれショートにレスをさせて頂きます。本当に、重ねてですが、色々ご意見ありがとうございました。やっぱりこういうのをわいわいと振り返るのは愉しいですよね。
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「ガチ」によって奪われた「自由」 

努力しても決して幸せになれない理由@FIFTH EDITION
何度も繰り返してきたけど、国民の生産性が伸びれば伸びるほど、その国は豊かになれる。つまり、生産性を高めることは、その国、国家、他の人々への最大の貢献なんである。逆に、生産性が低ければ、その国は貧しく、低い生活水準を享受せざるを得ない。(中略)競争による淘汰圧によって、生産性が押し上げられると、結果的にだけど、国が豊かになる。国が豊かになれば、社会的な利益が増大するんである。

現代の新たなる富国強兵について@ロリコンファル
私は、資本主義を礼讃したくない。礼讃するなら私は、愛情と良心の方を礼讃します。どちらも、人間が自分自身としてあることのためにずっと戦い続けてきたものなのです。全てを闘争に還元しようとはしない心、自由を求め、人と人の共感、慈しみを感じる心、こちらの方にも、微力でも力があるのです。その力を、信じたいと思っています。

 生産性の向上(≒豊かさ)が社会を幸福にするという前提に立てば、pal氏の書かれている通り資本主義でいい、ってことになるのだろう。自分も、大筋ではというか理論的には、それで間違ってない気はする。「社会を幸福にするための最適なシステムを選択しないことは、個人の幸福をある程度以上制限する」のは事実かと思われる訳で、既に資本主義が「生まれてしまって」いる世界においては、なかなかこれを否定して個人の幸福を追求するのも厳しいような。因みに、pal氏のエントリには「社会を幸福にするために最適化されたシステムが、個人を幸せにしないシステムを担保している」的な資本主義批判というか資本主義の限界の指摘みたいな側面もある訳で、恐らくこれに対して自己責任マチョズムを批判するのはややハズしているとも。

 その上で、何故にkagami氏が「生産性の向上が社会を幸福にする」という前提に抵抗感があるかというと、まぁ「生産性の向上」による報酬を社会が遍く受けられることを信用してないからなのかな、みたいな話であることは容易に想像され、結局それは、言及されるところの、「生産性の向上」の結果発生したリソースの余剰をどのように使うかという、「再配分」のレイヤに落ちてくる問題となるのかと。で、その「再配分」には、「労働者と経営者の間での配分」と「繰越と再投資の間での配分」の二種類の軸が存在する、と思われる。つまり、剰余が発生してもそれが労働者にいきわたらなければ搾取であって、社会全体の幸福には繋がらないし、剰余が発生してもそれが全て再配分に回されたら、つまり、生産性が上がった分さらに生産活動を行う場合、生産性が向上しても忙しさは変わらない。
 その上で、政治的な再配分の議論においてはどうしても前者の問題がクローズアップされることが多いし、現実に前者の問題も大事ではあるのだけれど、個人的に日本の資本主義社会の問題としては、後者の方が注目されるべき気がする。例えば、欧州人が何故に日本人よりもラクに仕事してるように見えるか、みたいな話が出ているが、それは詰まるところ彼らが「生産性向上による剰余」を、少しずつ「個人をヒマにする」ための原資として積み増しながら、再投資のバランスを抑えることを繰り返してきたことによって、「労働者の余暇」を漸次かつ不断に増やし続けた成果なのかな、みたいなことを考えつつ。
 手っ取り早く労使が協調して、剰余を生産性の向上に再投資すれば、ある程度ドラスティックな成長が見込めるし、所得は向上するだろうし、労働市場における労働者としての個々人の価値も向上するであろう。しかし、そうして再投資に全て注ぎ込み、生産性の達成目標を「可能な範囲でのMAX値」に設定するような行為ってのは、最終的に「物質的な豊かさ」を担保しても、人をして「パンのみにて生きる」存在に帰しめるものかもと思う。そして、恐らく日本は「剰余」が発生しているフェーズ、それは明治の産業革命期であっても昭和の高度成長期であってもそうだろうけれど、そういうフェーズで必ず「繰越」よりは「再投資」を選んでいたのではないか、と見る。そして労働者と経営者は、剰余について「労働者と経営者の間での配分」については都度角逐を繰り返しても、「繰越と再投資の間での配分」についての考え方は一致していたか、もしくはそういう問題そのものに気がつかなかったかのように思われる。或いは、欧米人に勤勉さを驚かれてある種有頂天になることで、更に「再投資」にこそ美徳を感じたことすらあったかも知れない。

 問題は、そういう常識で競走……じゃなくて競争を行う場合、必ず「より強い選択肢が支配する」資本主義の世界においては、「繰越」の選択肢自体が取れなくなることである。これが、日本人が資本主義を適用するにあたって陥った「罠」なのではないか。要するに、「繰越と再投資の間での配分」の間で我々は自由を失い、詰まるところ資本主義社会において労働者(或いは、経営者までも!)が「ヒマになる自由」を失ったのである。これが、kagami氏におけるような「資本主義への不信感」のような形として現れたのかも知れない。
 ただ、個人的には資本主義における「生産性の向上」ってのは、必ずしも本質的に日本におけるような結末を招くものではない、と思っている。単純に、日本を取り巻く時代状況において、我々の近い祖先が取ってきた選択のスペシフィックな結果であり、他の選択がなされていれば違う資本主義の発展(ないしは挫折)があったのだろう、と。恐らく、欧米人は「働かざるもの喰うべからず」という言葉と同時に「人はパンのみにて生くるに非ず」ということも周知していたので、彼らなりの選択で「再投資」を抑制しながら資本主義を実装したように思われる。要するに、「ルール」として「強者であっても『全力を生産性のために注ぎ込まない』」ことになったのだろう。ただ、ある時期の日本人の求道心は、「パン以外に心を奪われる」ことを美徳とはしなかったのかなぁ、なんてことも思う。言わば「ルール」として「ガチで『最高なアウトプットを追求する』」という話になったのかと。これは、一握りの権力者の陰謀によって取られた選択というよりは、日本人全体の気質と空気に基づいた選択っぽくあるかな。
 そして、現代においてもそういう「一意専心」の観念の亡霊は、マチョズム的空気として世に流れてるのかも知れない。それを批判するのは容易いけれど、でもここ日本だからねぇ、などと思うと、なかなか難しくはあり。

◆しかし。
全うな労働問題の専門家が見れば、一瞬で論破されそうなエントリだな、これ。
実際、海外の事情とかは良く分かってないので、このエントリ自体かなり印象論で書いてる始末で……。

◆あと。
どっかの段階で日本人、特にホワイトカラーの生産性は向上施策が破綻してると思うのだけれど、基本的に上記の話は「方向性」がそうなってるという話で、実際日本人が生産性が高いかどうかとはまた別の側面の話のつもりです。

◆以下余談。
再配分の議論において「労働者と経営者の間での配分」による軸の方がクローズアップされがちなのは、それこそ言うところの「相対的な幸福」に囚われた人が多数派である故なんだろうな、などと思うと、微妙にげんなり感が増しますな。
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ガンダム00へのツッコミについて、思ったこと 

 がゆんダムに対しての、ある程度お約束な欧米人のツッコミはやはりあるようで。

武力による戦争根絶は可能なのか? ガンダム00の海外反響@せいちにっぽん

個人的にはだけど、ガンダム00における一番の問題は"24世紀になっても、人類は未だ一つになりきれずにいたのだ。"という前置きだよね。これは俺が今まで聞いた中で最も馬鹿げたコトバだよ。本当に、いったい誰がそんなことを願っているんだよ?
 個人的に思うのは、「戦争を根絶する」ことを人間社会の理想とするのは、戦後の日本人にとってはある種普遍的なんだけれど、世界的に見ればそこまで普遍的でもない(まぁ普遍的でなくもない、程度)ってことであり、更に踏み込んで「戦争を根絶する手段」として「世界を包摂する国家を超越した何かの確立」を以ってするのは、世界的に見れば確実に普遍的でない、というお話で、その辺りがガイジンによってツッコミ入れられる背景であるのかも。西洋人なんかは特に、自然状態においては「世の中が一つになる」というよりはむしろ「人類が世界に満遍なく他者と距離をおいて分散する状態」において平和が実現する、みたいに思うんじゃないかな。
 そもそも、人間が相対性という「重力の井戸」に魂を曳かれ続ける限りは、平和ってのはある種の暴力装置の実現に過ぎない。要するに、戦ってでもパイを奪い取ろうとする権利を奪い去られた中で、持てるマッチョに唾棄される存在として安住させられること、となるのであろう。とりわけパックス・ブリタニカのような経緯を経てきたセルティックな視点においては、戦争の根絶された世の中なんてある種のディストピアにしか映らんかも知れんよなぁ、みたいなこともしみじみと思ったりはする。まぁ現実には、第二次大戦後の欧州がある種の平和社会となった中で、Buckの負荷が少ない小国が逆説的に有史上稀に見る富裕化を謳歌するなんて現代史もあったりするんで、その辺りは何とも、かも知れないが。
 その上で、ガンダムOOにおける「戦争根絶」ってのは、プトレマイオスの中の人たちだけが勝手に思い描いてることで、そういう点で彼らを「戦争の犬」として描く方向になる、みたいなのはある程度当初から予想されるシナリオの一つではあったかなと思われ、その意味では彼らの幼さが「戦争根絶」という概念に繋がる、みたいな解釈としてみれば、さほどフルツッコするべき局面でもないのかな、などとも。まぁそれにスメラギのようないい年こいた年増(苦笑)まで乗っかるのはどうか、とは思わなくもないが。

俺を楽しませたこと、それは今回の話の最後、アイルランドでは今からさらに300年間とても激しい戦闘が続けられていたにもかかわらず、ソレスタルビーイングによる何回かの攻撃だけで紛争の終結に至ったということ。

笑い過ぎてイスから落ちそうになったよ。
 これについて思うのだが、要するにこの作品における「ガンダム」ってのは「報復不可能な存在」みたいなのがキモなんだよな、ということ。
 GNドライブを得たことで「ガンダムの終わり」と人革のエロい人が言ってたのがまさに端的であって。その意味では、IRAとかLTTEの類がテロを止めちゃうのは「空から突然湧いてきて、自分達を殺傷して帰ってく」相手に対して何も対応が出来ないから、という話になるのかと思う。これは、ある種日本独特の文化としての「後背地が存在しないのに何故か機能する圧倒的な兵器」というフィクション上のお約束を受け入れられるかどうか、なのですよね。要するに、CBみたいなのに攻撃されたら、基本そいつらに真正面から対抗するよりは、普通彼らの策源地というか銃後を襲って敵の戦意を挫こうとするのがテロリストなんだけれど、何故か日本のアニメという文化の上ではそういう「策源地」が存在しなくても戦闘のためのリソースが供給可能である戦力が存在可能となっている。これは、日本のスポ根漫画で、例えばボールが投手の手から離れて打者のバットに当たる(ないしはそれを通過する)までのコンマ何秒かの間に、物凄く長回しな科白が投手と打者の脳内で行われたりするのと基本的には同根であって、現実に有り得るかどうかはともかくとして、そこをツッコむのはある意味不毛なものなのである。ともあれ、そういう「反撃不可能な存在」に対してると考えれば、重力に魂を曳かれたテロリストたちが電気ショック実験の犬のような学習的無気力に苛まれたとしても、そう不思議でもないかなとも。
 何というか、話の展開的にトリニティが出て来て、沙慈のヌルいソープドラマが奪い去られ、グラハムが阿修羅をも凌駕し、刹那が「俺がガンダムだ」とタンカを切り、留美やアレ様の安い野望が見えてくるのが6話から10話くらいで普通の作品の流れとしては丁度いいだろうに、視聴者をあそこまで置いてけぼりにしておっぱいで間を持たせながら10話以上も費やしたのは、結局そういう「ガンダムの報復不可能性」を指示するためとしか考えようがないんだよね。それが成功してるかどうかは別として。
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L4UのノーマルPV見ての雑感 

 L4Uのアレンジ曲について、どうもニコとかのコメントを見る限りでは結構賛否両論だよなぁ、という感じはする。個人的には、結構愉しめてるというか、むしろ積極的に好きなのも多いし、その中には「走れリツコオー」な魔法をかけてAとかのような、やや不評に傾いてるっぽいのも含まれる。
 ともあれ、今回のこのアレンジってある意味非常に「アイマスらしい」印象もある。というのは、基本的には、アイマスがこれだけ流行ってる背景に「ベストプラクティスをいかに崩すか」みたいなのがある、と思っているから。わかむらPが指摘するように、ある意味「765の作ったノーマルは、MADでは越えられない」という側面は実はあり、要するに、音楽・振り付け・表情を総合して、アイマスはある種のベストプラクティスとして提供されたもの、であるに違いないであろう。しかし、現実には、アイマスが何処で「はじまった」かと言えば、エラい人が指摘するように「とかちつくちて」からである。そして「とかち」とは、「ノーマルの中でのミスマッチ」だった、とも言えよう。要するに、根本的にアイマスはキャラクターごとの持ち歌を緩やかに設定しているので、ベストプラクティスと言ってもノーマルの中でミスマッチが生じる。そういった「崩れたベストプラクティス」が発生することで、アイマスはひとつのカルチャーとして動き出したのだ。未だにメカご飯とかトブーとかは、そこそこの人気を保っていると思われる。
 そして勿論、MADもそういう「崩れたベストプラクティス」の産物である。例えば、ラテンの音楽にはラテンの振り付けやリズムが必要、みたいなのはダンスやフィギュアスケートなどの世界で評価をされる際には常識である。そして、アイマスの振り付け自体が元曲に最適化されている以上、MADはある意味、音楽のインタープリテーションとしては「間違い」である所は避け得ないであろう。しかし、MADはその「最適な」フォーマットを外しながら、それでいて面白いし、まさに「ニコニコ出来る」素材になっているのである。個人的に「技術」を生かしたMADは好きだけれど、技術の中にある種の「強引さ」が入った作品は実に愉しめると思う。詰まるところ、MADのシンクロも何処まで突き詰めたところで、そういう制約においての、いわゆる「力技」のアートなのだと思う。
 そういう観点で言えば、ある種の「ベストプラクティスの崩し」としてL4Uのアレンジを見ると、純粋にエンターテイメントとして面白いものが出来てるなぁ、という印象があった。ただ、アレンジが変わるならば音楽の性質が変わる中で、変わったアレンジに対しての「ベストプラクティスとしての振り付け」みたいなのを送り出してくれれば良かったかな、みたいな部分があるかも知れない。無論、振り付けが増えることでMAD職人の手数も増えたであろうということも含めて(笑)。あとは、TPTPのブログ読んでなるほどと思ったのだけれど、アレンジそのものよりは「音」の安さみたいな方が気になる、ってのはあったのかも。でも、箱○持ってたら結構愉しい時間過ごせただろうなぁと、率直に外部からは思わされる出来の作品には見えましたよ、と。
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