12« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»02

殿下執務室2.0 β1

  : 

有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、そしてYet Another Amateur Photography。

コンテンツのフリーライドに関する雑駁な放言。 

「こんなものに金を払う価値なんてない」@琥珀色の戯言

 や、その後に続く敷居氏有村氏辺りの議論を読みつつ、何となく「そもそも貧乏な市場を相手に商売するから貧するのではないか?」という激しく見も蓋もないことを思ったりした。歴史的に見ても、芸事をものする人ってのは「観客からの収入」をメインストリームとはしないか、それをメインストリームとするならば「観客」はある程度金持ちに限定されるのでは、という気がする。要するに、中世の路上で河原乞食なり琵琶法師なりがライヴを打つとき、そこに銭を落とすのは基本的には裕福な人に限られたと思うし、祭りの歌舞音曲や寺社の建築などはある種パトロン的な長者が経済的には最も大きな支えとなっていただろうし、また音楽の世界では、近代のかなり最近までは歴史に残るような名作音楽の作り手は大衆よりも貴族の方を向いて活動していたと思われる。それはそれで、「取りやすいところから取る」みたいな意味では現実的な判断であろう。その中で、「観客」としての大衆ってのは、おこぼれに預かるおまけに過ぎないわけだ。丁度、貴族の乗り物自慢が競馬というスポーツを生み、その見物人に馬券を売るブックメイカーが現れ、気づいたらダービーの日にはロンドンからエプソム街道に長蛇の列がなされるようになっても、あくまで騎手や調教師はブックメイカーからではなく専ら馬主という大金持ちから給金を得ていた、みたいな図式に近いのかなと。
 で、そういった金払いのいい大旦那が「貴族」から「TV局」なり「レコード会社」なりに変わっていったってのが現代の図式としてはあろうかと思われる。それは、ある意味「民主的」な世界への移行という点では妥当でありポジティヴな変化ではあったし、また観客はある程度以上こちらの方を作り手が見てくれるというメリットを享受できるようになった。ただ、究極的にはこれは「カネを出せない相手に商売する」みたいなモデルではある。その意味では、相当なマスを相手にしないと利潤を上げづらいジャンルの商売なのではないかな、とも。その上で、アニメってのはモデルとしてニッチである、というか、昔はそれこそ上見ればアラレちゃんとか視聴率30%も叩き出してたんだからマスだったかも知れないけれど、今のアニメは少なくともそんな形態でのマスを相手にはしてない。そうなるとビジネスモデルとしては成立しづらいようにも思われる。或いは、「裕福な層をターゲットにしたアニメ」みたいなのを作るか?なんていうとヨタになってしまうけれど、アニメってのはその意味で客層が変えづらいのが難しいよね、なんてことも。

 しかし、詰まるところアニメ制作にカネが落ちないのはある程度中間搾取の問題もあるけれど、元のギャラの安さもあるのかなぁ、なんてことは思う。その上でちょっと思うのは、日本ってTVマネーが何でクリエイターというか、一次生産者の所に落ちないのかな、みたいなこと。例えばアメリカの4大スポーツなり欧州のチャンピオンズ・リーグなりってのは巨大なTVマネーが上位チームの給料を押し上げてるという話はよく聞かれるけれど、素朴に思うのは「奴らなんでそんなお金持ってるの?」みたいなこと。まぁ勿論そのカゲでは2部以下の弱小なクラブなりマイナーリーグなりでは、ある程度以上爪に火を点すような暮らしをしてたりとか、そもそも欧州だとクラブ自体がそれでも足りずに借金しまくったりとか色々あるけれど。ただそれにしても、TVマネーとして桁が違いすぎるというか、その辺りを思うに、よく「中抜き」みたいな感じで言われるけれども、実はTV局や広告代理店自体が日本ではスポンサーに相当ピンハネされた状態なんではないかなどと愚考してしまう。
 この辺りの彼我の違いって、結局バブルとともに「メセナ」という言葉が死語になったのだけれど、要するに日本の企業がある程度文化投資を当然のものとするようにモデルチェンジする前にバブルが潰れて時代が変わっちゃったのかなと感じなくはない。ところで、よく「品格」とかを語る本が昨今売れたりするけれども、実は「品格」って、格差の上位にいる人の鏡なんだよな、ってことは思う。で、そういう「品格」を語る中で、文化とか趣味とかって結構大事。例えば金持ちがある程度「趣味が金儲け」みたいな状況では、社会全体の「品格」も生まれてこないのではないかと。その意味で、今の世間的に有名な経営者なり政治家なりで「大旦那的」な趣味人という風体を漂わせる人がもうちょっといれば、世の中の空気全体が良くなるのかな、みたいな思いはあるんだけれどもね。ただ、今時の世の中においてそういう「余裕」をひけらかす人は、格差の下の側から変に妬みを買うような部分もあって、その辺で文化とか品格とか、そういった辺りのマイナススパイラルが起きてるような感じ。
スポンサーサイト
このエントリーをはてなブックマークに追加

テーマ: アニメ

ジャンル: アニメ・コミック

趣味  /  tb: 0  /  cm: 0  /  △top

例の削除騒動について。 

 実は自分で余りデPの作品見てないのでアレだが。

クリプトン、「公序良俗に反する」ミク作品をニコ動から削除 判断基準も公開@ITMedia

 根本的な部分として、「エロ系コンテンツを制限する」ことによって権利者と二次創作者の関係がある程度良好なものになるならば、規制はあって然るべきだろう。例えば、過日バンナムのエロ……じゃなくてえらい人が「いやぁ、ニコニコのお陰でアイマス売れてさまさまっすよ~」みたいな趣旨の発言を行ったことが注目されたが、恐らくコミケや従来の二次創作個人Webサイト程度の自由度でアイマスのMADが作られていたら、ここまで踏み込んだ発言はされないだろう。つか、同人をある程度齧った人なら、上記の発言って「あんた、それ言うか?」みたいな感想は持ったと思う。要するに、ニコニコなりその他の動画共有サービスは基本的に18禁エロを規制しているのだけれど、その範囲で二次創作者が『囲い込まれて』くれる、ってのは、二次創作をある種の広告媒体として見立てた場合に非常に好都合である、という事情はあるだろう。まぁニコマスでも時々↓のような怪しいサムネが出ても、実際中身は閣下が周囲を破壊しつくす映像なだけだったりするんで(笑)。



 で、こういう状況が二次創作者をしてある程度「アンダーグラウンド」から開放するものであるとするならば、それは二次創作者の側から見てもそう悪い話ではない、とは思う。勿論、アンダーグラウンドであるからこそ自分の表現が見出せる人もいるだろうし、それは一概ではないけれども、個人的には従来の同人二次創作におけるコンテンツの権利者と二次創作者の関係がある種のヘルシーさに欠けるものであったことは、色々と双方にとって不都合をもたらすものであったとは思われるだけに、まぁ動画というコンテンツのレイヤにおいてその辺りの関係が改善されるとすれば、一つの実験としてはありなんじゃないかとも。

 ただ、ちょっとクリプトンがしくじってる、みたいなのはあって、それは以下の部分。
※"公序良俗"の判断基準については弊社では「TV放送できるか否か」をひとつの判断基準としています。例えば性的表現に関しては視聴者に困惑・嫌悪の感じを抱かせないように注意しています。家族がそろって視聴した場合、露骨な表現描写をすることによって困惑・嫌悪の感じを抱かせないように注意をしています。(民放連の放送基準より一部参照)
 ちょっと考えれば分かるのだけれど、「動画」がコンテンツとして提供される媒体は「TV放送」だけではない。ビデオ・DVD限定の作品があれば、ゲーム内の動画もある。しかも「TV放送」でも地上波やCS(条件によっては18禁の映像の提供も行われる)が存在するのだし、この発言は如何にも脇が甘すぎる。例えば、ニコ動だと↓のような電波ソング系な作品がそこそこ人気したりする訳だが、これは「TV放送」を「地上波アニメ」のレベルで捕らえた場合はかなりの確率でファールなんではないんだろうか?



 あと分かりやすい例として、誰もがご存知の100万再生コンテンツで、これとか。



 この手の下ネタ系というか、そういうものって結構70~80年代には当たり前にお茶の間に電波として存在してたのが現在はかなり規制されているんだけれど、その辺りが結局TVというコンテンツにおいてどう影響を与えるかというと、やはりある種の活力を奪っている感はある。その上で、現状のネットはまだ70年代的フリーダムの展開される余地がいくらでも残っている面はあり、その点で「現代のTV文化」に合わせてしまうと、自身のコンテンツの競合力を落としかねない部分はある、と思うんですよね。要するに、クリプトンより緩い線引きで勝負できる新規参入を許してしまう、みたいな(それがどういうコンテンツかは知らんけれど)。
 あと、ちょっと「ひとつの判断基準」という言葉も腑に落ちない。それは、幾つかの判断基準の積集合に入った作品だけを削除する、ってことなのか、幾つかの判断の和集合に入った場合に「削除の可能性が発生する」なのか、とすると、ひょっとすると後者ではないかという予断を抱かせる。つか、実際後者なんじゃないの?とも。その上で、ある程度「可能性」の範囲で融通無碍に対応すると、それこそ「また『お目こぼし』の世界かよ」みたいな話になる訳で。で、それをやるならば、結局「削除基準の公開と議論の可能性」を残すしかないんじゃないの、とも。まぁ2ちゃんの削除板的な対応というか。
 いずれにせよ、「納得いかない削除」であるならば、それはどうしても「共有されたサービス」の外で流通する確度が高くなる訳で、そういう「共有されたサービス外」を余り繁栄させないような対策がクリプトンのような企業側に求められるには違いないかなと。
このエントリーをはてなブックマークに追加

テーマ: ニコニコ動画

ジャンル: その他

趣味  /  tb: 0  /  cm: 2  /  △top

ハンデ重賞の格付けへの思い 

 おお まはる、しんでしまうとは なさけない(挨拶。
#母が Private Account×Law Society などという良血にその名を付ける思い入れやよし、と思ったのだが(涙
しかし、新春杯のほうのテイエムプリキュアの化け方に関しては驚いたというか、万葉で距離慣らしてたとはいえ、この3着はお見事であった。前のペースがきつかっただけに、マキハタが逆噴射した瞬間にあぁこりゃ手応え的にはインスルスルのモナーが勝ちだなぁダークメッセージもそこそこいけそうだけれど差し切れないだろうなぁくらいの局面までは見切れたんだけれど、3着に残る馬がそいつだとは想像がつかんかった。で、やはりそういう「意表を衝かれる」存在がレース的なインパクトとしては強かっただけに。

 さて、今年の国際レートはある意味ドイツ馬としては歴史的な Manduro のトップで終わったのだけれど、まぁその辺りは織り込み済みであった、みたいな辺りと、その後細かいレートを今ひとつ見切れてないので見送りというか周回遅れで書くかもくらいの気分で、ちょっと本日のぶくまで拾った辺りから。

重賞格付けの見直しはあるのか?@CW馬なりにて歩む

 トラバを一応打ってみるけれど、余り元記事の本論の議題とは関係ない方向でのエントリ。
 で、例えば日経新春杯なんかは当然のごとくこういうリストに上がってくるレースではあるのだが、こういう「何でG2なの?」的なレースってのは基本的にハンデ戦がどうしても多くを占めるように思われる。というか、現在国際重賞になってるにもかかわらずJpnほげほげになっているハンデ重賞がいくつかあって、これは結局要件的に国際レースなのでGになってもいいのだけれど、G2に足りるレートを得られないから、やむを得ず非国際重賞と同列にしてしまってる、みたいなのがあって、個人的には結構気になっている所ではあり。要するに、例えば今後国際G1ないしはG2となってるレースが仮に降格の憂き目にあった場合に、恐らくJRAは「G」の看板を外してJpnにすることで重賞の格を維持するのかな、みたいな。ある意味、こういう便法を許容するという点において、現在の中途半端なパート1格付けはJRAをむしろ利している面もあるのだろう。まぁ本来グレードなど興行の基準として付加される方が好都合であり、国際グレード表記など所詮屁の役にも立たんという観点を取る有芝のような立場においては、さほど現況を気にしてないのだけれど、何というか迂遠な説明を要求するシステムという意味では余りスポーツ的には正しくないよなぁ、みたいな部分を気にしてしまったりもする部分でもあって。
 さて、その上で「何故にハンデ重賞がレベルが高いか」というと、これは伝統の問題なのですよね、というのは意外と競馬ファンの間でも共有されてない部分かな、と。要するに、目黒記念やアルゼンチン共和国杯、かつての鳴尾記念や京都記念などは、本来「定量戦であるところの旧八大競走」に対置する意味合いとしてハンデ戦の気風を持っていた、というお話であり。まぁ昔は、チャンピオンとしての格というのは、単に八大競走を勝つだけではなく、ハンデ戦で重い斤量を背負ってハンデキャップホースの挑戦を受けて立つみたいなのもあったのでしょうな。その当時から競馬見てる訳ではないのでアレだが。勿論、今の時代はそんなことをチャンピオンに要求してる訳ではないのでどうしてもハンデキャップホース同士の弱メンレースになりがちな訳ですが、それでもある程度格上の重賞をハンデ戦で提供する意義はあるかなぁ、みたいな思いも無きにしも非ず、だったり。要するに、G2にしておけば時々物好きな陣営がある程度以上のクラスの馬をこういうレースに出す、という選択肢が出来る、ってこと。その上で、日本のハンデキャッパーは世界一優秀として知られており、比較的拮抗したハンデ戦を演出するのに長けているのだから(ていうか、海外では日本のハンデキャッパーのようにあらゆる要素を加味して全馬同着を目指すようなハンデ付け自体が殆ど行われない)、その資質を重賞という晴れ舞台で試すような局面がないのはちと勿体無いなぁ、ってことは考える。で、根本的にレーティングによるグレード付けのシステムってのはこういうハンデ戦のレートを下げる方向に働くので、余り主要国においてハンデ重賞は多くないのだけれど、日本の伝統に裏打ちされた競馬文化として、こういうレースを「重賞」として残す意義はあるんではないのかな、みたいなことは考える。
 まぁ実際、そういうのがファンにおいて何処まで需要があるのか、みたいな部分でこういう主張を強く掲げるのは戸惑われる面があるのだけれど、ともかくある種の競馬の「多様性」はあっても良いとは思うし、ファンの側に「ハンデ戦」への意識を高めるようなアプローチはあってもいいかなとも。結構斤量アレコレ考えながら馬券作戦立てるのも、愉しいと思うし、つーか少なくとも有芝はそういうこと考えながらハンデ戦の馬券買うのが愉しいので。
このエントリーをはてなブックマークに追加

テーマ: 競馬

ジャンル: スポーツ

タグ: 競馬  レーティング  重賞格付け 
国内競馬  /  tb: 0  /  cm: 2  /  △top

ある時期まで、白皇を白「鳳」学園と勘違いしてた訳だが。 

 スクランは、単行本とかでまとめて読んでると、やっぱり面白い。恐らく今本誌でやってる展開とかは、単行本で読んだらまた味わい深くなるのだろう(挨拶。
#でも、絵柄がある時点でかなり変わっちゃったのが一番惜しいんだよなぁ。>スクラン

 ちょっと、tanabeebanatさんと同じバックナンバーのくだりに反応してみる。
いつかハヤテもナギもヒナギクも去ったこの学校で
なんだかんだで彼女は生徒会長になっているのだろう、と。
そこにはもうハヤテたちの知らない学生生活があり、今とは違う白皇があるのでしょう。
或いは、火田クンのなかで、
「ナギやマリアのいる間の白皇学園ってのは、ある種の異常空間」
みたいな部分があるのかなぁ、みたいなことを考えてしまった。イメージとしてはウテナにおいてアンシーの存在する間の鳳学園がある種の異空間だった、みたいなものに近いのかなぁ、と。要するにナギたちがいるからあの学園は今ああいうカオティックな状況にあるんだけれど、彼女たちがなくなったあの学園には何もハチャメチャなことはなくなり、普通に暇な金持ちがのうのうと学園生活を送るだけの場所になる……みたいな。或いは、ここまでいくと妄想に過ぎるのだけれど、帝じいちゃんがある意味そういう装置としての白皇学園のあり方に関わったりするのかな、みたいなことも考えたくなってしまう(展開予測とかとは全く別の文脈で)。
 ともあれ、確かに何となく、ナギが去りマリアも関わらなくなって勿論ハヤテもいなくなったあの学園は、普通の金持ちが普通に有閑生活を送る場になっている、みたいなことは考えたりもするかなぁ、と。そういう学校って……あぁ、桜蘭高校!恐らく、ハヤテたちがいなくなった10年後くらいには、今度は殿みたいな人が現れて、ハルヒみたいな珍客が訪れているのかも知れない。そういう時間感覚を心に描くと、また作品として味わい深くもあるかなぁと、榎戸洋司信者的には思うのであった。
 さて、その頃、ハヤテとナギたちはまだ何処かで、笑いながら一緒にお茶を飲んでいたりするのかなぁ。自分的には、そういう未来が描けるような終わり方が、この作品のトゥルーエンドかも。
このエントリーをはてなブックマークに追加

テーマ: ハヤテのごとく!

ジャンル: アニメ・コミック

灯台ナントカとは言うものの。 

 今日は大学時代のサークル同期会。
 で、色々話してるうちにバンナムに入った先輩の話になったので、「あの人まだバンナムいるんだっけ?」と訊いてみたところ、「うん、まだやってるよ。今はゲーム方を手掛けてるんだって。何かゲームの中でアイドルの女の子にレッスン付けて育てる育成シミュレーションとかって言ってた」とか返ってきたので、思わず

(;^ω^)<「ちょっwwwwwww
そwwれwwwwアwwwwwwイwwwwwwwwマwwwwwwwwwwスwwwwwwwwwwwww」


みたいな大袈裟なリアクションをしてしまった俺。しかし、その場で会話してたメンツは( ゚ー゚)みたいな感じで特に驚いてなかったという始末。一人は「えーと、初音ミクみたいなもの?」みたいに聞き返してたりしたので、アイマスMADなどについて思わず携帯に保存してるロリ演歌辺りを使って説明したのだけれど、こうやって一生懸命説明してしまっている俺が逸般人であるということをまざまざとお友達に見せ付けてしまったってのは何だか「俺、アフォだなぁ」と微妙に凹む(苦笑)。あと、説明しながら思ったのは、やっぱり初音ミクは比較的シンプルに「歌わせる」みたいな説明をすればおおよそ事足りるというか、よい意味で単純明快であるのに対して、やはりアイマスMADとなるとそう簡単に説明がつけづらいというか、パソコンでそういうミキシングが出来るソフトが市中に存在する、みたいな辺りから説明してかないといけない風味なので、ワンクッション分一般人に分かりづらいカルチャーであるのかな、みたいなことも。
 いずれにせよ、半径2クリックくらいの知り合いになると、結構世の中思いがけない所で自分が触れるような仕事をしてる人がいるものだな、みたいなお話ではあり。実際にどのようなスタッフかというと、アイマスの中の楽曲とかについて色々と方針決めをするような立場の人らしい、ということで、仮に今後何らかの機会でお会いする機会があれば、何故メカご飯はああいう歌い方にするようミンゴスに指示したのかについての諸事情とかを聞いてみたいと思ってみたり。

◆で、ちょろっとアイマス話を引っ張る。



 何か唐突に72祭りに突入して100000再生間近のサーディPの作品。
 この人の作品といえば、Tommy February6の「Bloomin!」を、原曲PV的なテイストを残しつつ見事なエフェクト芸で仕上げた「アイドルマスター りっちゃんがアリスになったよ! with やよい&とかち」が印象深い。昨年末にアイマス10選を選んだ際に、11番目というか最後のギリギリで落としたのだが、結局それは、わかむらPの作品を一つは入れておきたい、みたいな辺りで歌舞伎町の女王の方を選んでこちらをエリミネートした、というような部分もあって、評価としては10選の作品に全く劣らないものではあった。余談ながら、同様に評価が10選クラスで最後ギリギリ切れてしまった後一つの作品は、Die棟梁P演奏による『隣に…』のピアノ伴奏版
 で、わかむらPの上記作品は、「元曲のドラマ的なものが再現されている辺りで、他の作品と一線を画す部分がある」みたいなことを上記の選にて書いた。個人的に思うに、アイマスのガチ系MADを分類する一つの軸として、「絶対音楽的」「表題音楽的」というものがあるように思う。前者はシンクロやエフェクトを純粋に美的要素として活用して原曲の音楽性を表現しきる作風で、後者は原曲の歌詞やテーマ作品、或いはアイマス作中のイベントのドラマを演出するような作風。前者としてわかむらPやorgoneP、しーなP辺りを挙げ、後者としてきれいなwhoPやナオキP、或いは削除されたがアルトネリコを扱った哀れな小羊Pの作品を挙げることが出来よう。そういう意味で言えば、サーディPはBloomin!にしてもヤンマーニにしても、ある程度後者よりのPであり、その中で頂点を争うレベルには達している存在ではある。その上で、同Pが繰り出すエフェクトがある程度わかむらPのフォロワー的であるのはなかなかに興味深い。アリス姿のりっちゃんとか、オサレポーズの千早は、基本的にわかむらPが歌舞伎町のギターりっちゃんやInside ofの横たわる千早で提示した線に沿っているように見える(ただその中で、サーディPがちょっと独自に発展させている部分はあるが)。或いは、サーディPが例えばPerfumeの曲なんかを普通に作ると、微妙にわかむらPとキャラがかぶる印象を与えてしまう、のかも知れない。しかし、実際に作品を見てそういう印象が出てこないのは、やはりエフェクトを使う方向性が「絶対音楽」と「表題音楽」で異なってくるからみたいな部分なんだろうな、と。そういう点で、技術をフォローしながら世界観の提示を改めるって辺りで、MADの進化ってのは進むのかな、みたいなことは思ったりした。
このエントリーをはてなブックマークに追加

テーマ: アイドルマスター

ジャンル: ゲーム

タグ: アイマスMAD 
趣味  /  tb: 0  /  cm: 3  /  △top

やや周回遅れ気味に、年度代表投票。 

 てな訳で、すっかりブログ更新をサボりまくってたわけですが、まぁ恒例行事も来たということでぼちぼち。今年の正月は、何か年が明けても掃除に明け暮れてましたよ。てな訳で、かなり休んだ割には今ひとつ休めた感覚が無く仕事始めに流れ込んでる感があり(挨拶。

◆代表馬。
1票:マツリダゴッホ
 うん、まぁそれはそれで面白いとは思う>マツリダ
 ある意味、今年の有馬記念はきれいな形での「年度代表馬決定戦」になっていた。ここを勝てば年度代表馬、みたいなのを全部打ち破った、みたいな意味ではその選び方が全く根拠のないものではない、と思う。ただ、基本的には以前書いたとおり、ダスカ、サムソン、タニノ、ダメジャー以外の全馬は「アドマイヤムーンが年度代表馬を取るために送り込まれた刺客」であったのだろう。要するに、これらの馬は、仮に自らが勝って上記4頭が2着でゴールインしたときに「この馬に負ける程度では年度代表馬のタイトルはあげられないなぁ」みたいな存在ではあった。その上で、年度代表馬選考においておそらくある程度以上免税店というレースが価値をおくべきレースと認められた辺りは何となくエポックではないかと思う。このレースは、明らかに出走馬の質に対してネームヴァリューが低く捉えられがちなレースであり、見識のない記者ならばG1とは認めないであろう(まぁ、こと今年のメンバーについては、そこまで極端にハイレベルだったわけでも無かったとは思うが)。そういう部分を押しのけて「G1を3つ」と字面どおり評価されたのは記者の側の進歩かなとも思わなくはなし。
 しかし、投票としては一番面白かったのはダイワメジャーが勝った場合だっただろう。実態としてはこの馬は余程有馬で圧勝しない限りは3敗1痛み分けのアドマイヤムーンを上回る印象を与え得なかったとは思うが、関東馬だしG1をこの馬も3つとなれば、有馬で勝利してたら2着のダイワスカーレットよりは余程票を集めて、ギリギリの所までは少なくとも行ったであろう。ところで、無効はまぁご愛嬌として、これだけ対立軸がしっかりしてた中で該当馬なし、ってのは余程ディープみたいなのを求めてるんかいな。

◆最優秀2歳。
1票:ヤマニンキングリー
 アグネスデジタルって何処まで奥行きがあるんだろうか、つーか親父もそうだけど結構仮に晩成でも3歳で一回落ち込みそうなイメージもある血統なだけに、ちょい先行投資しすぎの感はあるが。
 個人的にはサダムイダテンとフサイチアソートはどっちも今年の2歳戦全体の中での競馬の内容的にはもう5票くらい入っててもよさげな存在ではあったように思われる。*ゴスホーケクンは一回1800で馬脚見せてるっぽいような走りなだけに、微妙に嫌気する記者はいるかなぁと思ったのだけれど、まぁ両方とも*フォーティナイナーって辺りで奥行き不安を語られがちなのかな。でも、ラジたん見ててちょっとサダム手強いな、みたいな印象はあったり。牝馬は少数得票なしにて割愛。

◆最優秀3歳。
1票:ヴィクトリー
 たまには、フサイチホウオーのことも思い出してあげてください。いや、まぁ流石に皐月賞馬とG1未勝利を同列にしてはいかんか。でも自分の中ではこの2頭とアドマイヤオーラ辺りでワンセット的なイメージは微妙にあったりする。ヘタレ3兄弟、みたいなw。
 牝馬に勝たれてこんな年ではあるが、マズラーなのでアサクサキングスは評価されていい、という立場なので該当馬なしには与しない。つか、やっぱりNHKマイルと宝塚を両方使ったダービー2着馬って結構すごいと思うぞ。まずはじっくり英気を養って今年もサムソン辺りを脅かす存在になってほしいとは思う。*ロックドゥカンブもいい馬なんだけれど、微妙に好み的にズレる面があるんだよなぁ。ただ、この馬はもうちょっと票を得てよかったようにも。現状の馬齢であれだけやれるなら、自分の中ではダスカにはもう負けない気はする。
 牝馬に関しては、ダイワスカーレットは有馬の2着はむしろ、このタイトルを正当化するために重要な実績となった。恐らくどっちも惨敗で痛み分けだったら、もっとタニノウォッカのタイトル獲得を望む向きが増えたように思われるだけに。

◆最優秀古馬。
1票:ヴァーミリアン、ダイワメジャー、マツリダゴッホ
1票:アサヒライジング、コウエイトライ、ジョリーダンス、スイープトウショウ、メイショウバトラー
 牝馬にセンスのある1票が目立った。コウエイトライとかはもう「やられた」に尽きる。しかもこの人、障害はメルシーにきっちり入れてやがるし、まぁ障害レースがなかなか充実してる、と見ればこういう投票も理は通っている。スイープトウショウもある意味、存在感だけは何のかんの言ってきっちり示した年になってたのだし、そういう意味で餞別の一票が入れられても良い存在なのではないか。メイショウバトラーもダートではかなり活躍したし、いい馬である。また、投票全体を見ても、該当馬なしにするのはコイウタが余りに気の毒という意味ではこれはこれで良いのではないか、と。2歳は言うに及ばず、障害だって暮れの大障害だけで大概票が集められるんだから、古馬牝馬だけがシーズン全体のパフォを問われるのは不公平ですよね~。
 一方で、牡馬のほうはダイワメジャーは明らかに1票で済んでいい馬ではないだろう、みたいなことも思ったりするし、ヴァーミリアンに関してもそう思わなくは無い。記者の人たちがある程度年度代表馬との一貫性を求める気持ちは分からなくもないし、ネットとかの意見もそれを後押ししてるのは事実だと思うが、ある程度この辺りの馬の活躍にはもう少しの餞別が送られてしかるべきだと有芝は思う。

◆最優秀○父。
1票:アドマイヤオーラ、アストンマーチャン、メイショウトウコン
 たまには、フサイチホウオーのことも以下略。いや、ここでオーラが出して貰えるなら、やっぱりホウオーにも入れてあげようよ、みたいな印象は非常に強いのですが、まぁシーズン後半の心象みたいなのは大きいのかも知れない。ある意味、世代の責任を背負ってしまったような面があるんだろう>ホウオー。
 メイショウトウコンは確かに平安S見たときは「へぇ~、強いなぁ」であったが、今ひとつそれを大きな舞台で結実し切れなかったのは惜しい面はあった。それでも重賞3つ勝ってるんだけれど、G1が何かタイミング悪かったりヴァーミリアンに本格化されたり、と。アストンマーチャンも10票くらいは入ってよかった気がするが、スプリンターが鮮やか過ぎてスワンで反動が来たみたいな負け方になったのは聊か巡り合わせが悪かったか。基本的にタニノウォッカがどう転んでも特別賞とることなんて分かりきってるんだから、敢えてバランスを取る必要はなかったんじゃないかとも投票結果を見つつ思った面もあるが、「ダービー親子制覇」みたいな文脈でこの馬の票がこの分野でダスカに迫る数字を出せたのであれば、それはそれで納得する面はある。

◆最優秀スプ。
1票:なし(サンアディユ2票)
 サンアディユが2票に届いたことも含めて、まぁ妥当といえば妥当かな。結局直接の対戦相手となったマイルCSでスズカフェニックスをなかなか味のある競馬で抑えきった辺りで、ダメジャーはある程度以上の正当性でこのタイトルを得たとは言えるだろう。ダメジャーは短距離馬らしくないみたいな違和感は去年に続いて出そうではあるが、個人的にはスズカフェニックスもそんなスプリンター的には見えないだけに、まぁマイルG1両方勝ったなら普通にこれで、ってことで。で、自分的には今年一番短距離馬として印象に残ったのはアストンマーチャンだったりするんですが、これだけ純然たるスプリンターがスプリントで物理的に挑戦可能なタイトルが一つしかなかったのもやや運がなかった。

◆最優秀泥。
1票:メイショウトウコン
 ヴァーミリアン満票にしてやれよ……と思うほどヴァーミリアンが今シーズンあらゆるレースで圧倒していたわけではない、みたいな部分はあるが、むしろブルーコンコルド0票、ってところに驚くべき結果ではあるか。G1勝ちは南部杯が一応あって、その上で帝王賞とフェブ2着であれば、何が不満で票が入らないんだろう、みたいな所ではあるけれど、ともかくJCダートっつーか府中に徹底的に弱い辺りがこの馬の悲しさではあるか。1年か2年早く阪神1800になってたら案外もうちょっといい勝負できたかもしれないけれど、個人的には昨年のJCダートでのヴァーのパフォはこのレースの一つの区切りとしては歴史的な好レースを見せて貰えたとも思ってるだけに、まぁ致し方ない面はあったかな、とも。

◆最優秀障害。
1票:なし(コウエイトライ2票)
 個人的には、このカテゴリにはもうちょっと該当なしがあってもいいんじゃないかな、と思っている。理由は単純で、グラジャンで外国馬に負けてるから。勿論、JRA賞がルールとして「身内の最強馬」を選ぶというポリシーを持っている以上は*カラジに無効票を入れるってのもさほど意味があるとは思われないのだけれど、「*カラジの分」として該当なしに票を投じるのはさほど恥じるべき行いではないようにも思われる。まぁ今後もグラジャンが毎年外国馬に持ってかれるレースになってしまうようだと、大障害が事実上のタイトル決定戦、になるのも致し方ないのかも知れないけれど。
このエントリーをはてなブックマークに追加

テーマ: 競馬

ジャンル: スポーツ

タグ: 競馬  年度代表馬 
国内競馬  /  tb: 0  /  cm: 2  /  △top

年賀。 

 お蔭様で、息子もしっかり紳士動画を愉しめるまでに成長しました。

紳士の社交場

……てな訳で、旧年中は大変お世話になりました。
 また今年も、宜しくお願いいたします。

 年末はバタバタしてなかなか競馬ネタを増やせなかったのですが、書きたいことがないほどに競馬に関心を持ってなかったわけでもないので、まぁブログの本業としては今後ともよろしくどうぞということで。
 また、社会戯評なり趣味話や歴史話なり、時折アニメ感想やらアイマスMAD話など、例によって雑多には違いないので、その辺りをチェックされたりブックマークされている方も、競馬話などに適当にお付き合い願いつつ、ボチボチと読んで下されば。
 因みに今年は年末年始も結構パソに向き合ってますが、理由としては新PCが年末のこんな時期に入荷したので色々遊びたくなってるという次第。お陰で大掃除が年末だけでは間に合いませんでしたとさorz。
このエントリーをはてなブックマークに追加

テーマ: あけおめっ!!

ジャンル: 日記

よしなしごと  /  tb: 0  /  cm: 0  /  △top