5月1日フランクフルト7R 17:10発走 芝2000m 春季賞(G3) 総賞金50000EUR 3歳 定量(57kg、牝2kg減) 馬枠 馬名 性齢斤量 騎手 戦勝 近走成績 厩舎 父 11Allanit 牡3 57 ヘリアー 21 −−3休1 ヒルシュバーガ タイガーヒル 28Appel Au Maitre 牡3 57 アーン 22 −−−11 ノイロトNOR Starborough 39Axxos 牡3 57 シュタルケ 31 −341休 シールゲン MONSUN 47Classic Caro 牡3 57 スアーラント10 −−−−5 ローテリンクた シアトルダンサー 56Global Champion 牡3 57 カルバーリョ31 −217休 ホファー Elnadim 63Lord Hill 牡3 57 グレーヴェ 31 −4121休 ツァイツ タイガーヒル 710Marzipan 牡3 57 ミナリク 21 −−15休 シールゲン ACATENANGO 82Montalembert 牡3 57 イーガン 62 11141休 ムーアGB Kalanisi 94Perdono 牡3 57 ケレケス 31 −110休4 ヴェーラー Lear Fan 105Shrek 牡3 57 ペドロサ 32 −31休1 ヴェーラー Pelderこれもまぁ、結構 Shrek が抜けてるのかなぁと思いつつも、何分にもキャリア浅い同士の対決になっているだけに、ギニーよりは若干紛れる可能性は高いようにも思われる構成。Shrek は自身が Pelder という中距離タイプの子であるものの、母の父側にアメリカ系、母側にドイツ土着とルーマニアなどの雑多な大陸血統の組み合わせであり、どちらかというと鋭い脚よりはしぶとさが感じられる配合ではある。Marzipan は Acatenango 産駒で、祖母がなかなかの好配合でポテンシャルはそこそこ感じられる。遠征馬はやや地力足りないか。良血でいけば Axxos や Allanit 辺りが気になるところであるが、前者よりは後者の方が地力は高いと思われるが、前者は*タイガーヒルに Monsun 肌というのはなかなか新鮮で、この組み合わせのポテンシャルをちょっと見てみたい気も。
◆本日の書籍。
![]() | すくすくパラダイス 2007年 05月号 [雑誌] (2007/04/14) 竹書房 この商品の詳細を見る |
と言いつつ、まぁ結構売り出してから日が経ってるので、余りコンビニとかでももう見かけませんが(笑)。
一応「松本ぷりっつの」とフィーチャーされてますが、他の連載陣も結構色々ですので、読んでてまぁバリエーションは結構あります。貞本義行センセの奥さんの作品とかもあったりしますし。
![]() | うちの3姉妹 4 松本 ぷりっつ (2007/04/24) 主婦の友社 この商品の詳細を見る |
売れてる部数とか聞くと、もはやブログ長者の域に達してるなぁとも。基本的には、小学生・幼稚園児・保育園児と一粒で3度美味しい的な感じで姉妹の世代がバラけているのが、どの世代の子を抱えてる親にとっても読みやすいって辺りで成功しているようにも思われ。まぁそーゆー訳で、ゴールデンウィークは結構子育てコミットが強まるので、なかなか忙しいです……。
◆ラップ:
07メイショウ:13.2-11.9-11.8-11.6-11.8-11.6-11.8-13.0-12.9-12.4-13.0-12.5-11.8-11.2-11.3-12.3
06ディープイ:13.0-11.7-11.5-11.9-12.2-12.2-12.0-13.2-12.6-12.7-12.9-12.7-11.3-11.0-11.2-11.3
ある意味、極めて昨年のレースに酷似したペースであると言えるだろう。そういうレースで、勝ち時計が昨年のリンカーンと比較して0.1遅い辺りは何とも玄妙な結果。リンカーンはG1馬になってもいい馬だったなぁ、と慨嘆してみたりもするが、前の2度のチャンスを逸した結果が、競馬の神をしてディープとリンカーンにあの結果を招来したようにも。ただ、6F目の11.6は直線で掛かりやすい場所とは言え11.6は結構早いが。とは言え、今年はこのペースなのに馬群が終始一団であり、字面の展開よりは比較的スリップストリーム的な形でスタミナをためやすい流れにはなっていたようにも思われ、とりわけ外枠からながら頑張って前にカベを作り続けて我慢していたエリモエクスパイア辺りはそれが綺麗に嵌ったと言えるのかも知れない。逆にその流れでハナを切ってスリップの恩恵を受け得なかったユメノシルシが4秒近い大差でブービーに沈んでいるのもその証左ではないかとも。
一方で、メイショウサムソンはそういった中で昨年のディープインパクトの桁違いなレースよりはかなりリアリティのある上がりラップを踏みながらも、堂々たる競馬。4角では勝ちを確信するような手応えではあった。また、エリモ以外は人気馬が比較的上位を占めていただけに、まずは地力をきっちり問われるレースで勝利したとも言えるようにも思われる。ただその上で、エリモに迫られすぎたよなぁという印象も残らなくはない。*スキャターザゴールド産駒ですぜ、だって。あれに差されてたらまさに天皇賞終了のお知らせみたいな部分もあった訳で、まぁ並んだら抜かせないタイプの馬であるとは言え、ヒヤヒヤさせられたというか、ここまでアツくメイショウサムソンのことを応援する日が来るとは(しかもシルシ外してるのに)予想だにしませんでした(笑)。この辺りの機微がやっぱりどうにも面白いというか、何処か「抜けた」ところのあるチャンピオンであるなぁと。とは言え、ドリームパスポートを無事に再び挑戦者として秋に迎えられれば、この馬の物語の真骨頂も出てくるのかなぁとは思わるものの。
今日のレースで最も「勝てそうな星を落とした」のはトウカイトリックであろう。3角でやや早めに馬群が動いたときに我慢していたのはエリモエクスパイアであったが、こちらは動かそうとして余り反応してなかった印象。言わばスタミナ馬にありがちな「掛かりの遅さ」が出てしまったようなレースでもあり。コース的には内にいたので、脚を十全に活かし切ればこの馬が勝てていたレースであったかも知れない。逆に、負けて最も強かったのはアイポッパーのように見えた。基本的にスリップストリーム的に馬群が一団になって全体がバテない流れで、割れる部分が限られていたことは不運であったか。動きたい場所で先にエリモ辺りに場所を取られてしまった感も。基本的には出負けが敗因、といった話になるのだろう。そこで出負けをものともせずに外外を進出したら今日の流れでは必敗に決まっているので、やれるだけのことはやったけれども、としか。最内をギチギチに回せれば痺れたが、それをやれるのもある種スペシャルな馬だろうしなぁ。
◆一応、ある程度エリモエクスパイアの名誉のために書いとくと。
神戸新聞杯は結構あの流れに0.2差なら悪くないレースではあったんだよな、と。その上で、フサイチリシャールやトップオブサンデーがその後スランプ気味であったことに対して、この馬はむしろ一時期を置いてレベルを上げていった面はこの馬のある種のタフさとして評価しておかないといけなかったのかも。あと、血統的に言えば*ダンシングブレーヴが母方に入ってる馬のワンツーではあるんだよなぁ。それにしても、むしろ騎乗に助けられた結果ではあったかなぁとは思われる。福永が「ユタカのいないレース」であそこまで冴えるケースは余り思いつかなかったですよ(笑)。
07メイショウ:13.2-11.9-11.8-11.6-11.8-11.6-11.8-13.0-12.9-12.4-13.0-12.5-11.8-11.2-11.3-12.3
06ディープイ:13.0-11.7-11.5-11.9-12.2-12.2-12.0-13.2-12.6-12.7-12.9-12.7-11.3-11.0-11.2-11.3
ある意味、極めて昨年のレースに酷似したペースであると言えるだろう。そういうレースで、勝ち時計が昨年のリンカーンと比較して0.1遅い辺りは何とも玄妙な結果。リンカーンはG1馬になってもいい馬だったなぁ、と慨嘆してみたりもするが、前の2度のチャンスを逸した結果が、競馬の神をしてディープとリンカーンにあの結果を招来したようにも。ただ、6F目の11.6は直線で掛かりやすい場所とは言え11.6は結構早いが。とは言え、今年はこのペースなのに馬群が終始一団であり、字面の展開よりは比較的スリップストリーム的な形でスタミナをためやすい流れにはなっていたようにも思われ、とりわけ外枠からながら頑張って前にカベを作り続けて我慢していたエリモエクスパイア辺りはそれが綺麗に嵌ったと言えるのかも知れない。逆にその流れでハナを切ってスリップの恩恵を受け得なかったユメノシルシが4秒近い大差でブービーに沈んでいるのもその証左ではないかとも。
一方で、メイショウサムソンはそういった中で昨年のディープインパクトの桁違いなレースよりはかなりリアリティのある上がりラップを踏みながらも、堂々たる競馬。4角では勝ちを確信するような手応えではあった。また、エリモ以外は人気馬が比較的上位を占めていただけに、まずは地力をきっちり問われるレースで勝利したとも言えるようにも思われる。ただその上で、エリモに迫られすぎたよなぁという印象も残らなくはない。*スキャターザゴールド産駒ですぜ、だって。あれに差されてたらまさに天皇賞終了のお知らせみたいな部分もあった訳で、まぁ並んだら抜かせないタイプの馬であるとは言え、ヒヤヒヤさせられたというか、ここまでアツくメイショウサムソンのことを応援する日が来るとは(しかもシルシ外してるのに)予想だにしませんでした(笑)。この辺りの機微がやっぱりどうにも面白いというか、何処か「抜けた」ところのあるチャンピオンであるなぁと。とは言え、ドリームパスポートを無事に再び挑戦者として秋に迎えられれば、この馬の物語の真骨頂も出てくるのかなぁとは思わるものの。
今日のレースで最も「勝てそうな星を落とした」のはトウカイトリックであろう。3角でやや早めに馬群が動いたときに我慢していたのはエリモエクスパイアであったが、こちらは動かそうとして余り反応してなかった印象。言わばスタミナ馬にありがちな「掛かりの遅さ」が出てしまったようなレースでもあり。コース的には内にいたので、脚を十全に活かし切ればこの馬が勝てていたレースであったかも知れない。逆に、負けて最も強かったのはアイポッパーのように見えた。基本的にスリップストリーム的に馬群が一団になって全体がバテない流れで、割れる部分が限られていたことは不運であったか。動きたい場所で先にエリモ辺りに場所を取られてしまった感も。基本的には出負けが敗因、といった話になるのだろう。そこで出負けをものともせずに外外を進出したら今日の流れでは必敗に決まっているので、やれるだけのことはやったけれども、としか。最内をギチギチに回せれば痺れたが、それをやれるのもある種スペシャルな馬だろうしなぁ。
◆一応、ある程度エリモエクスパイアの名誉のために書いとくと。
神戸新聞杯は結構あの流れに0.2差なら悪くないレースではあったんだよな、と。その上で、フサイチリシャールやトップオブサンデーがその後スランプ気味であったことに対して、この馬はむしろ一時期を置いてレベルを上げていった面はこの馬のある種のタフさとして評価しておかないといけなかったのかも。あと、血統的に言えば*ダンシングブレーヴが母方に入ってる馬のワンツーではあるんだよなぁ。それにしても、むしろ騎乗に助けられた結果ではあったかなぁとは思われる。福永が「ユタカのいないレース」であそこまで冴えるケースは余り思いつかなかったですよ(笑)。
◆もっさりめのギニー、か。
どちらかというと、その中では母が外来血統の Mi Emma の方がトライアルの内容も良くて潜在能力上位かと思わせるが、一方でこのトライアルから来た馬が少ない辺りで結構新しい面子との対戦になるのがどうか、って辺り。まぁ押し切る公算は高いとは言え、若干波乱含みでもあるかなといった所か。Chantra にしても Mi Emma にしても、この距離を勝ちつつ、目処が出ればディアナ路線も睨めるような勝ち方が出来れば良いかなと思う一方で、一発として怖いのは外来のスプリント能力、って辺りで*ディクタット産駒の Prianca 辺りも結構勝負になりそうかなぁとも思われるが果たしてどうか。あとはディアナ馬 Puntilla の仔 Pakama なども注目。
◆微妙に地元馬ヘタれ気味?
4月29日デュッセルドルフ7R 17:00発走 芝1600m 第87回独1000ギニー(G2) 総賞金165000EUR サラ3歳牝 定量(58kg) 馬枠 馬名 性齢斤量 騎手 戦勝 近走成績 厩舎 父 112America Nova 牝3 58 オージュ 61 215休4 ギブソンFR Verglas 29Bahama Mama 牝3 58 パノフ 93 244休3 ヒクスト Invincible Spirit 36Chantra 牝3 58 デフリース 41 142休1 ラウ ランド 48Hashbrown 牝3 58 ミナリク 51 653休4 シュプレンゲル Big Shuffle 51Kick Back 牝3 58 シュタルケ 50 28休24 シールゲン Royal Dragon 611Laeya Star 牝3 58 ボシェルト 31 −25休1 オストマン Royal Dragon 713Mi Emma 牝3 58 ペドロサ 22 −−−11 ヴェーラー SILVANO 810Mystic Lips 牝3 58 ヘルフェンバ40 522休3 レーヴェ ジェネラス 97Pakama 牝3 58 スボリッチ 40 234休2 ホファー KALATOS 102Praia 牝3 58 ボイコ 21 −−3休1 ヴェーラー Big Shuffle 113Prianca 牝3 58 カルバーリョ31 −18休2 ホファー ディクタット 125Sybilla 牝3 58 ヘリアー 31 −416休 ヒルシュバーガ Spectrum 134Taita 牝3 58 イーガン 31 −12休4 H.グレシェル Big Shuffleドイツの短距離らしく Big Shuffle やその仔 Kalatos、そして近年の名マイラーとして種牡馬入りした Royal Dragon といった手合いが並ぶ中で、トライアルを制してきたのがいずれもクラシック距離の名馬である Silvano の仔 Mi Emma と*ランドの仔 Chantra ってのはなかなか皮肉な組み合わせではあろうか。
どちらかというと、その中では母が外来血統の Mi Emma の方がトライアルの内容も良くて潜在能力上位かと思わせるが、一方でこのトライアルから来た馬が少ない辺りで結構新しい面子との対戦になるのがどうか、って辺り。まぁ押し切る公算は高いとは言え、若干波乱含みでもあるかなといった所か。Chantra にしても Mi Emma にしても、この距離を勝ちつつ、目処が出ればディアナ路線も睨めるような勝ち方が出来れば良いかなと思う一方で、一発として怖いのは外来のスプリント能力、って辺りで*ディクタット産駒の Prianca 辺りも結構勝負になりそうかなぁとも思われるが果たしてどうか。あとはディアナ馬 Puntilla の仔 Pakama なども注目。
◆微妙に地元馬ヘタれ気味?
4月29日ロンシャン5R 16:20発走 芝2100m ガネー賞(G1) 総賞金300000EUR 4歳上 定量(58kg、牝1.5kg減) 馬枠 馬名 性齢斤量 騎手 戦勝 近走成績 厩舎 父 12Boris de Deauville牡4 58 バルベロ 122 3外休41 ワテル ソヴィエトスター 25Doctor Dino 牡5 58 ペリエ 175 1115休 ギブソン ムータティール 33Dylan Thomas 牡4 58 スミヨン 116 414休1 オブライエンIR デインヒル 41Blushing King 牡5 58 ヴェロン 361 75557 ギヨション Blush Rumbler 58Egerton 牡6 58 ルメール 183 246休1 ラウGER グルームダンサー 66Irish Wells 牡4 58 ブフ 103 115休3 ロオー Poliglote 77Sign of the Wolf せ7 58 ベルトラ 329 321休1 ロオー Loup Solitaire 84Pearl Sky 牝4 565クラストゥス124 11休12 de.ニコレ Kahyasiてな訳で、昨年の傷心のジョッキークラブ金杯惨敗の後、シーズン明けアイルランドで試走を終えた Dylan Thomas にとって実質の復帰レースと言うべきレースとなった今年のガネー賞。これだけの馬が来てくれることはフランスにとっては刺激ではあるかもしれないが、迎え撃つメンバーはと言うと、何だかなぁと。一応、昨年の凱旋門5着の Irish Wells に上がり馬の Pearl Sky といった辺りが揃ったが、フランスの中距離ってそういえば結構タマ不足になってる面はあるんだろうか?案外 Pride とかの穴はこうして見るとデカいのかもね、って辺りで Egerton としてはさほどライバルがいないならば、ヤネにもルメールを配して大物食いのチャンスではあり、春の緒戦を制した勢いを生かして頂きたいところではある。
という訳で、「中華」が学名についてる動植物で最もメジャーなのは Rosa chinensis ですよね(挨拶)。
◆「日本のツル」はダメ?中国の国鳥選定、難航@共同通信via京都新聞
タンチョウヅルを中華の国鳥にしようと思ったら、学名に日本がついてるじゃねぇか、と紛糾となったお話。話自体としてアレなのは、そもそも国鳥の候補を選抜する際に、他国の名前が入った英名・学名の種類くらいフィルタしとけよって部分なのではないかと思われますが、この辺りはちと手際が悪いよなぁと思いつつニュースを渉猟していたら、どうも選定に4年もかかったという話も挙がってきて、更にまた何じゃらほい的気分に。
で、更にぐぐり進めていくと、どうやら事情としては、フレームが出る前の22日付で北海道日報に出てた記事が詳しく、曰く
「じゃぁ、他の候補地の専門家がさっさと学名の問題指摘して葬り去れんかったのか?」
ってこと。そもそもネット投票の結果が出てから2年半も全身全霊をかけて(たかどうかは知らんけど)イヤダイヤダを続けていた訳で、それならば学名に「Japonensis」が入っていることくらい普通気づいて指摘してない方がどうかしてるというか、してなければ他地域の専門家は余程のアホだとしか言いようがない気がしなくはありません。で、結局それはまぁそうだと分かってるけれども「やっぱりタンチョウがいいよなぁ」という辺りで落ち着いた、ってのが国家林業局の内部的な経緯だったのではないかと想像されます。で、多分そうは決定したけれどもまだ納得いかない粘着質な専門家が居て、決定した後に直訴するようなかたちで「日本ってついてるじゃねぇか」的な声をメディアに送ったのではないかと想像されるところ。まぁ何処の人かは知りませんが、時事通信の記事によるとメディア的なソースは浙江省の地元紙とのことなので、まぁ割と揚子江沿いの方なのではないでしょうかくらいで。
そしたらまぁ、多分それが思った以上に利いたのでしょうねぇ、ってことで西日本新聞で書かれてるようなお話になった模様なのですかね。曰く
しかしそれはおいといて、個人的にこの一連の記事で一番ツボだったのはむしろこの国務院における
ついでに、英語版の Wikipedia を見てると、エントリそのものは直訳風の「Red-crowned Crane」として登録していて、Japanese Crane は別名扱いなのですが、履歴をチェックしてみると、この騒動の前には Japanese Crane が単体だったのに、何時の間にか Chinese Crane とか Manchurian Crane が追加されているという状況だったり(苦笑)。全く、「嘘も100回言えば」精神の工作員はネットから尽きることはありませんなぁ。因みに学名は1776年登録らしいので、本朝は鎖国の真っ最中だった訳ですけれど、学名がどういう経緯で Grus japonensis になったのかは不思議といえば不思議。欧州では戦国末期の宣教師とかがはじめて発見したとか、そういう事情だったりするんでしょうかね?
◆「日本のツル」はダメ?中国の国鳥選定、難航@共同通信via京都新聞
タンチョウヅルを中華の国鳥にしようと思ったら、学名に日本がついてるじゃねぇか、と紛糾となったお話。話自体としてアレなのは、そもそも国鳥の候補を選抜する際に、他国の名前が入った英名・学名の種類くらいフィルタしとけよって部分なのではないかと思われますが、この辺りはちと手際が悪いよなぁと思いつつニュースを渉猟していたら、どうも選定に4年もかかったという話も挙がってきて、更にまた何じゃらほい的気分に。
で、更にぐぐり進めていくと、どうやら事情としては、フレームが出る前の22日付で北海道日報に出てた記事が詳しく、曰く
タンチョウの生息地「扎龍(ザーロン)自然保護区」のある中国東北部・黒龍江省の地元紙「黒龍江日報」によると、選定作業は二○○三年に始まり、○四年五月から六月までインターネット上で投票を募った結果、鳥類十種のうち、タンチョウが投票者数約五百万人のうち最多の65%を獲得、二位だったキジ科のキンケイなどを引き離した。ってことらしく、まぁそれはこの手の選考においては如何にもありそうなことではあるなぁと思ったのですが、そこでもひとつ疑問に思ったのは
選定にこれほど時間がかかったのは、各地に生息する野鳥をめぐって、それぞれの生息地が地元の鳥を推薦し、選考に当たった専門家の間で調整に手間取ったとみられる。
「じゃぁ、他の候補地の専門家がさっさと学名の問題指摘して葬り去れんかったのか?」
ってこと。そもそもネット投票の結果が出てから2年半も全身全霊をかけて(たかどうかは知らんけど)イヤダイヤダを続けていた訳で、それならば学名に「Japonensis」が入っていることくらい普通気づいて指摘してない方がどうかしてるというか、してなければ他地域の専門家は余程のアホだとしか言いようがない気がしなくはありません。で、結局それはまぁそうだと分かってるけれども「やっぱりタンチョウがいいよなぁ」という辺りで落ち着いた、ってのが国家林業局の内部的な経緯だったのではないかと想像されます。で、多分そうは決定したけれどもまだ納得いかない粘着質な専門家が居て、決定した後に直訴するようなかたちで「日本ってついてるじゃねぇか」的な声をメディアに送ったのではないかと想像されるところ。まぁ何処の人かは知りませんが、時事通信の記事によるとメディア的なソースは浙江省の地元紙とのことなので、まぁ割と揚子江沿いの方なのではないでしょうかくらいで。
そしたらまぁ、多分それが思った以上に利いたのでしょうねぇ、ってことで西日本新聞で書かれてるようなお話になった模様なのですかね。曰く
タンチョウヅルは、ツル類の中で「羽を広げた姿が最も美しい」とされる上、寿命が長いことから中国では「長寿のシンボル」として人気が高いという。中国東北部など北東アジアに分布しているが、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでは「絶命の危険性が高い種」に指定され、希少価値の高いツルとしても知られている。てな訳で、これが飛ばしじゃなければ既にタンチョウは却下されてる風味である、ということ。しかしこの記事よりもタイムスタンプ的に遅れている共同の記事が何か「まだ終わらんよ。学会に捻じ込んで学名変えちゃれ」的な無茶な声を紹介してるあたりは、一体どういう経緯なんだろうかというか、何故に共同が微妙にそういう煽りな筆法の記事を流してるんだろうみたいなところは不思議といえば不思議。
このため、国家林業局は「国鳥にふさわしい唯一の候補」として推薦した。これに対し、国務院(中央政府)はタンチョウヅルの学名が「日本のツル」であるほか、英語名も「ジャパニーズ・クレイン(日本のツル)」であることから、「世界共通の名前である学名や英語名が変えられない以上、『日本』の名が付いたツルを国鳥にはできない」と指摘。さらに「仮に絶滅したときはバツが悪い」として国民の声を却下した。
一方で政府はオシドリについて、「常にオスとメスが行動をともにしており縁起が良い上、絶滅の危機もない」として、知名度アップと世論形成に躍起になっている。
しかしそれはおいといて、個人的にこの一連の記事で一番ツボだったのはむしろこの国務院における
仮に絶滅したときはバツが悪いというコメントだったりしました。お前ら、絶滅回避させる気ねーだろみたいなふいんきがありありというか、大熊猫が相手だったらもうちょっとあんたら真面目にやるじゃねぇか、みたいなツッコミどころが色々ありて。というか、国鳥なんてのは普通(まぁ日本の場合はその「普通」ではないのだが)、ある程度「聖なる鳥」みたいなのを選ぶもんだろうし、そうなったらある程度絶滅危惧的な珍しい鳥が選ばれるもんではなかろうかと。まぁともあれ、そんな感じで余り関心をもたれてなかった分野において、無駄に気合の入った一部の層が巧いことロビイングしたら結構それがサクっと通ってしまう事例みたいなものかなぁって気もしますな。ただ、その割には結局は北の鳥であるオシドリが次の候補になってる辺り、戦略的に勝ってるのかが微妙かとも思われますが。
ついでに、英語版の Wikipedia を見てると、エントリそのものは直訳風の「Red-crowned Crane」として登録していて、Japanese Crane は別名扱いなのですが、履歴をチェックしてみると、この騒動の前には Japanese Crane が単体だったのに、何時の間にか Chinese Crane とか Manchurian Crane が追加されているという状況だったり(苦笑)。全く、「嘘も100回言えば」精神の工作員はネットから尽きることはありませんなぁ。因みに学名は1776年登録らしいので、本朝は鎖国の真っ最中だった訳ですけれど、学名がどういう経緯で Grus japonensis になったのかは不思議といえば不思議。欧州では戦国末期の宣教師とかがはじめて発見したとか、そういう事情だったりするんでしょうかね?
色々あるが、今週はまずこっから片付けておこうか。
ところで、昨年のこのレースは人気の*ウィジャボードが敗れてしまった訳だが、それに勝ったのが Irridescence。欧州では Librettist の5着に Mandesha の4着と走ったが、ちと微妙な結果ではあったか。少なくとも*ウィジャボードに匹敵する馬だったとは思われないが、要するにワールドカップデイを使わずに香港に出した作戦勝ちではあっただろう。
そして、やはりこの時期としては負荷の大きいレースではあり、その中で今年の5頭はいずれも相応の結果を出したと言ってよい走りからここに臨んでいることを考えると、難しいローテであるには違いないだろう。特にハシゴ遠征となるアドマイヤムーンがもっともキツい状況と言ってもよい。格で何処まで押し切れるか、というところであろう。ただ、昨年の Irridescence のようなローテの馬がいないことは幸いではあったか。
本命は、Viva Pataca である。というか、Vengeance of Rain に勝つための最大のチャンスが到来したと言ってもよいだろう。昨年の瓶の予想でも書いたけれど、少なくとも配合から予想されるこの馬のポテンシャルは相当に高い。香港でこういう馬は珍しい。その上で、瓶では1馬身半程度の差であったが香港金盃ではアタマ差に迫り、距離の優位はあれど*ブリッシュラックを差し切っている。そこから4着以下は千切れたことを考えると価値は高い。キネーンを呼んでヤネも万全で、ステーブルメイトも借り出しており、まさに勝負掛りだろう。これを破れるならば Vengeance も相当なチャンピオンであると思う。対抗も恐らくは打比大賽で Floral Pegasus に土をつけた Vital King で良いのではないか。実績が少ないのでシルシを挙げるのには迷う面もあるが、距離が伸びてポテンシャルが発揮された面もあるのではないか。Floral を冠軍一哩に「押しのけた」辺りの文脈はちょっと買っておきたい。
この地元の上昇組に対して、果たしてどのようなチャンピオンシーをアドマイヤと Vengeance が発揮するかが注目であり、それぞれ△▲としながらも、見守っておきたいレースであろう。その上で、ドバイカーニバル組のポテンシャルを確認することにもなろうか。最上位はまず順当に Oracle West で、これも△はあっていい。一発の穴ならばSir Ernesto 辺りに気をつけておけば良いかと。
4月29日沙田第8場 16:30発走 芝2000m 愛彼錶女皇盃(一級賽) 総賞金HK$14,000,000 4歳上 定量(126lb,牝4lb減) 有馬枠 馬名 性齢斤量 騎手 戦勝 近走成績 厩舎 父 △110Admire Moon 賞月 牡4 126武豊 138 13211 松田博資JPN エンドスウィープ ▲28Vengeance of Rai爪皇凌雨 せ7 126デルペッシュ2210 53511 フェラーリス Zabeel △35Oracle West 西方啓示 せ6 126マーウィング247 2休322 デ・コックSAF Western Winter ×44Sushisan 壽司先生 せ5 126シェイ 94 2休715 ブラウンSAF フジキセキ :53Seihali 勝喜利 牡8 126ムルタ 238 33214 セルヴァラトUA Alzao ◎65Viva Pataca 爆冷 せ5 126キネーン 189 53432 ムーア Marju ○79Vital King 活力金剛 せ5 126プレブル 124 107141 P.オサリバン Almutawakel ×86Sir Ernesto 小武士 せ6 126コーツィー 296 92271 D.クルーズ デインヒル :92Viva Macau 爆炸 牡4 126ビードマン 114 109229 ムーア Sendawar :101Supreme Gains 寶樹勁盈 せ5 126ホワイト 105 11925 文家良 Anabaa上5頭がドバイ帰り。図式としては免税店のアドマイヤムーンと島倉の Vengeance of Rain。いずれも昨年このコースの香港瓶で Pride の2着と3着であり、なかなか見事なライバル関係となってしまった。そして、この対決の図式は恐らく競馬史的にもそう機会のなかった、「アジアチャンピオン決定戦」的な舞台にはなったと言えるだろう。惜しむらくはそれが本朝のレースではないことだが、番組体系的に日本が長距離に傾いている以上は致し方ないだろうし、無理にそういう舞台を誘致する必然性もないのだろう。
ところで、昨年のこのレースは人気の*ウィジャボードが敗れてしまった訳だが、それに勝ったのが Irridescence。欧州では Librettist の5着に Mandesha の4着と走ったが、ちと微妙な結果ではあったか。少なくとも*ウィジャボードに匹敵する馬だったとは思われないが、要するにワールドカップデイを使わずに香港に出した作戦勝ちではあっただろう。
そして、やはりこの時期としては負荷の大きいレースではあり、その中で今年の5頭はいずれも相応の結果を出したと言ってよい走りからここに臨んでいることを考えると、難しいローテであるには違いないだろう。特にハシゴ遠征となるアドマイヤムーンがもっともキツい状況と言ってもよい。格で何処まで押し切れるか、というところであろう。ただ、昨年の Irridescence のようなローテの馬がいないことは幸いではあったか。
本命は、Viva Pataca である。というか、Vengeance of Rain に勝つための最大のチャンスが到来したと言ってもよいだろう。昨年の瓶の予想でも書いたけれど、少なくとも配合から予想されるこの馬のポテンシャルは相当に高い。香港でこういう馬は珍しい。その上で、瓶では1馬身半程度の差であったが香港金盃ではアタマ差に迫り、距離の優位はあれど*ブリッシュラックを差し切っている。そこから4着以下は千切れたことを考えると価値は高い。キネーンを呼んでヤネも万全で、ステーブルメイトも借り出しており、まさに勝負掛りだろう。これを破れるならば Vengeance も相当なチャンピオンであると思う。対抗も恐らくは打比大賽で Floral Pegasus に土をつけた Vital King で良いのではないか。実績が少ないのでシルシを挙げるのには迷う面もあるが、距離が伸びてポテンシャルが発揮された面もあるのではないか。Floral を冠軍一哩に「押しのけた」辺りの文脈はちょっと買っておきたい。
この地元の上昇組に対して、果たしてどのようなチャンピオンシーをアドマイヤと Vengeance が発揮するかが注目であり、それぞれ△▲としながらも、見守っておきたいレースであろう。その上で、ドバイカーニバル組のポテンシャルを確認することにもなろうか。最上位はまず順当に Oracle West で、これも△はあっていい。一発の穴ならばSir Ernesto 辺りに気をつけておけば良いかと。
マリみて最新刊を今更読んで感想を渉猟しつつ見かけた「日本の中学生の孤独感」という話題について。
引用は部分的なので、一応先に原文に目を通して頂ければと。
◆不都合なデータ@「マリみて」解題の試み
「なぜ、瞳子ちゃんにしても聖さまにしても『中学では』救われるキッカケがなかったのだろう」
ということである。薔薇の館がなかったから?でも、生徒は生徒である。中学で薔薇の館で経験するに類する何かを得るチャンスはなかったのか、ちょっと不思議に思われる。その上で、逆に考える。リアルの中学生が上の調査の通り抱いてるらしき「絶望」は、果たして高校になっても「救済されず」に残存し続けるものなのだろうか、と。まぁそういう人も居るけれど、そうでない人もリアルにおいて結構いるのでは?というか、自分は中学生活を振り返って、その時代に出会ったクラスメートや知り合いの中で「一生付き合うに足りる」人物がいたようには全然思われないのだけれど、高校ではその頃の知り合いで「一生付き合えればよかったな」と聊か悔いるような存在は結構居るようにも思うし、そういう思いと連れて、高校時代はよりベル・エポックであり逆に中学時代はよりマル・エポックであったと自分の中で位置づけているようにも思うのだ。その辺りで、瞳子ちゃんや聖さまなどが中学時代に「救われなかった必然性」に関して実感レベルとしては納得いく部分はある。つまり、本朝の子どもにとって、学齢における7年生から9年生というフェーズ自体が、ある種の孤独感を特に顕著に伴う部分はあるのではないか、と。
そもそも、基本的に15にもなれば人間はある程度いっちょまえに何でも出来るようになるものだろう。自分の日銭を自分で稼ぐことも、子供を孕む/孕ますことも、或いは人を殺すことさえ。勿論彼らには「経験によって蓄積された知識」が根本的に欠けているのだが、少なくともウワモノとしては完成される。そして、いっちょまえに何でも出来るようになって、人は「学を志す」。つまり、一生をかけて自分を捧げるもの、或いはアイデンティティを見つけるのが相応しい。それは必要条件ではないが、そうしておくと何かとその後の人生がスムーズになりやすい。そうやって、人と差異化をはかる準備のフレーズに中学時代は位置づけられると思うのだが、このポイントに本朝の教育はどんなチェックポイントをおくか。
高校受験、である。
そして、高校が実質全入であることはつまり、一通りほぼ全てに近い中学生がこの通過儀礼を社会的に義務付けられている、とも言える。一億のコミュニティがこれだけ統一した通過儀礼を持つケースってのは、文化人類学的にも類例は存在しないのではないか。この「差異化」の入り口に「画一的なイベント」を置くある種のパラドックスがこの国のジュヴナイルに大きく影を落としている気がする。中高一貫教育の増加は必ずしもこの状況を相対化してはいない。あくまで義務教育とそれ以外として中学と高校は峻別されており、エスカレーターは単にその通過儀礼の「予約された勝利」を保証するに過ぎないからだ。
中学というのは、それにしても不思議な空間だ。小学生のように「遊んで」いることが許されず、受験という通過儀礼に向けて、ある種斉一的な指導がされる訳だが、それに関しての能力について選択的な編成がされていない。高校の同窓ならば大体どんな人間になってるかは大雑把な想像がつくが、中学の同窓などはそれぞれがどんな人間になってるか想像もつかないくらい、雑多な人種の集まりである。そういった中で、ある種の狭いコミュニティへの帰属意識のようなものがあれば、それによってある種の紐帯が出来るものだろうけれど、特に都市化された現代日本の中学においてはそういったものに期待するのは難しいように思われる。言わば、現代の子どもは恐らくある種のエトランジェである。かれらが斉一的な環境に明らかに異種な人物と混在する中で、ある種の孤独感が生まれるのではないか。アイデンティティとは「同一性」であり、それは「同一」、言わば「類」を見出すことによって逆説的に発見される「差異」であり「個性」なのだけれど、そういう「類」を見つけるきっかけが中学という場において欠落してる気がしなくはない。
それは多分、今に始まったことではなくて、上述したように自分が中学生の頃から何らかの実感として存在したものだと思うけれど、それが時代の変化によってより先鋭化されているのが現代の教育現場のようにイメージされる。実際見てないからハズしてる可能性も高いが。
さて、そういった中学生の「孤独感」の源となるシステムは、誰が作り上げたのだろう。
教師?それとも教育行政?多分どちらも違うと思う。答えは、戦後日本の各時代における親と企業、つまり教育の顧客たる社会そのものではないだろうか。
要するに圧倒的多数の親が「せめて高卒程度の教養」を自分の子に要求し、それらを大人として受け入れる企業もその状況を追認していった中で、高校全入的な状況は生まれたのではないか。そして、そういう仕組みはそう安易に打破できるものではあるまい。或いは、本朝における下位レベルの社会的コミュニティが再生すれば(ありていに言えば「伝統回帰がなれば」)ある程度そのようなシステム上においても「症状」が改善される蓋然性はあるが、そもそもそれとてコミュニティの成員たる個人が自発的に解体したものであり、解体によって得た権益を今更その成員が手放すとは思われない。伝統主義者は、そこで躓くであろう。
ならば、ある程度中学時代がそういうリスクを多く秘めたものであることを親が認識し、そしてそれについて悩むことを親として肯定すること、そしてそれによって子どもが押しつぶされないように、また時間という薬が解決するものを効果的に呼び込めるように扶助していくことが大切なのかな、と思う。その上で、やがて「中学の難しさ」を肌で知っている世代が中学生の親になる、ということは、この状況において改善の機会となる可能性はある。言わば、その世代がきちんとその「リスク」を知った上で子どもに接することで、まずは自分の子ども世代に適切な対策をしてあげられればよいのかな、とも。一方、そこに至るまでをどうフォローするかは、今知恵を出し合わないといけないのだろうな。
引用は部分的なので、一応先に原文に目を通して頂ければと。
◆不都合なデータ@「マリみて」解題の試み
これに基づいて、UNICEFが先進国の子供の状態をまとめたのが、今年発行されたイノチェンティ研究所のレポート。これを読んで、ひとつの疑問が湧く。それは
孤独感、場違い感(所在なさ)、人間関係を難しいと感じる割合など、突き詰めれば「自分などいらない」絶望感につながる、「死に至る病」の種を持つ子供(10代)の数(確率、割合)が飛び抜けて多いことを意味するのではないか……
アニメではすでに警告が何度もなされていた。エヴァンゲリオン然り、serial experiments lain然り、ゲド戦記然り……挙げればきりがない。
マリみてファンもお気づきだろう……佐藤聖である。藤堂志摩子である。蓉子さまに出会う前の小笠原祥子である。手術前の島津由乃である。細川可南子である。松平瞳子である。(それぞれの根拠は異なるものの)
彼女らはリリアン女学園で、薔薇の館で救われた。
これが「マリみて」の求心力について、最も大きな源の一つではなかろうか。
「なぜ、瞳子ちゃんにしても聖さまにしても『中学では』救われるキッカケがなかったのだろう」
ということである。薔薇の館がなかったから?でも、生徒は生徒である。中学で薔薇の館で経験するに類する何かを得るチャンスはなかったのか、ちょっと不思議に思われる。その上で、逆に考える。リアルの中学生が上の調査の通り抱いてるらしき「絶望」は、果たして高校になっても「救済されず」に残存し続けるものなのだろうか、と。まぁそういう人も居るけれど、そうでない人もリアルにおいて結構いるのでは?というか、自分は中学生活を振り返って、その時代に出会ったクラスメートや知り合いの中で「一生付き合うに足りる」人物がいたようには全然思われないのだけれど、高校ではその頃の知り合いで「一生付き合えればよかったな」と聊か悔いるような存在は結構居るようにも思うし、そういう思いと連れて、高校時代はよりベル・エポックであり逆に中学時代はよりマル・エポックであったと自分の中で位置づけているようにも思うのだ。その辺りで、瞳子ちゃんや聖さまなどが中学時代に「救われなかった必然性」に関して実感レベルとしては納得いく部分はある。つまり、本朝の子どもにとって、学齢における7年生から9年生というフェーズ自体が、ある種の孤独感を特に顕著に伴う部分はあるのではないか、と。
そもそも、基本的に15にもなれば人間はある程度いっちょまえに何でも出来るようになるものだろう。自分の日銭を自分で稼ぐことも、子供を孕む/孕ますことも、或いは人を殺すことさえ。勿論彼らには「経験によって蓄積された知識」が根本的に欠けているのだが、少なくともウワモノとしては完成される。そして、いっちょまえに何でも出来るようになって、人は「学を志す」。つまり、一生をかけて自分を捧げるもの、或いはアイデンティティを見つけるのが相応しい。それは必要条件ではないが、そうしておくと何かとその後の人生がスムーズになりやすい。そうやって、人と差異化をはかる準備のフレーズに中学時代は位置づけられると思うのだが、このポイントに本朝の教育はどんなチェックポイントをおくか。
高校受験、である。
そして、高校が実質全入であることはつまり、一通りほぼ全てに近い中学生がこの通過儀礼を社会的に義務付けられている、とも言える。一億のコミュニティがこれだけ統一した通過儀礼を持つケースってのは、文化人類学的にも類例は存在しないのではないか。この「差異化」の入り口に「画一的なイベント」を置くある種のパラドックスがこの国のジュヴナイルに大きく影を落としている気がする。中高一貫教育の増加は必ずしもこの状況を相対化してはいない。あくまで義務教育とそれ以外として中学と高校は峻別されており、エスカレーターは単にその通過儀礼の「予約された勝利」を保証するに過ぎないからだ。
中学というのは、それにしても不思議な空間だ。小学生のように「遊んで」いることが許されず、受験という通過儀礼に向けて、ある種斉一的な指導がされる訳だが、それに関しての能力について選択的な編成がされていない。高校の同窓ならば大体どんな人間になってるかは大雑把な想像がつくが、中学の同窓などはそれぞれがどんな人間になってるか想像もつかないくらい、雑多な人種の集まりである。そういった中で、ある種の狭いコミュニティへの帰属意識のようなものがあれば、それによってある種の紐帯が出来るものだろうけれど、特に都市化された現代日本の中学においてはそういったものに期待するのは難しいように思われる。言わば、現代の子どもは恐らくある種のエトランジェである。かれらが斉一的な環境に明らかに異種な人物と混在する中で、ある種の孤独感が生まれるのではないか。アイデンティティとは「同一性」であり、それは「同一」、言わば「類」を見出すことによって逆説的に発見される「差異」であり「個性」なのだけれど、そういう「類」を見つけるきっかけが中学という場において欠落してる気がしなくはない。
それは多分、今に始まったことではなくて、上述したように自分が中学生の頃から何らかの実感として存在したものだと思うけれど、それが時代の変化によってより先鋭化されているのが現代の教育現場のようにイメージされる。実際見てないからハズしてる可能性も高いが。
さて、そういった中学生の「孤独感」の源となるシステムは、誰が作り上げたのだろう。
教師?それとも教育行政?多分どちらも違うと思う。答えは、戦後日本の各時代における親と企業、つまり教育の顧客たる社会そのものではないだろうか。
要するに圧倒的多数の親が「せめて高卒程度の教養」を自分の子に要求し、それらを大人として受け入れる企業もその状況を追認していった中で、高校全入的な状況は生まれたのではないか。そして、そういう仕組みはそう安易に打破できるものではあるまい。或いは、本朝における下位レベルの社会的コミュニティが再生すれば(ありていに言えば「伝統回帰がなれば」)ある程度そのようなシステム上においても「症状」が改善される蓋然性はあるが、そもそもそれとてコミュニティの成員たる個人が自発的に解体したものであり、解体によって得た権益を今更その成員が手放すとは思われない。伝統主義者は、そこで躓くであろう。
ならば、ある程度中学時代がそういうリスクを多く秘めたものであることを親が認識し、そしてそれについて悩むことを親として肯定すること、そしてそれによって子どもが押しつぶされないように、また時間という薬が解決するものを効果的に呼び込めるように扶助していくことが大切なのかな、と思う。その上で、やがて「中学の難しさ」を肌で知っている世代が中学生の親になる、ということは、この状況において改善の機会となる可能性はある。言わば、その世代がきちんとその「リスク」を知った上で子どもに接することで、まずは自分の子ども世代に適切な対策をしてあげられればよいのかな、とも。一方、そこに至るまでをどうフォローするかは、今知恵を出し合わないといけないのだろうな。
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てな訳で、最近見た辺りを掘り起こしておこう。
で、この作品については、基本的に相当「玄人ウケ」的な面が強かったように思われる。何の玄人かといえば「ペンギンの玄人」っつーか「ペンギン好きで、当然のごとく『皇帝ペンギン』なんかは吹替え・原語どっちもチェックしましたぜ」的な人が見て「分かってないなぁ」とは思わせないような出来栄えであったというか。アニメに譬えるならば、原作つきの作品で原作ファンにちゃんと訴えかけられる作品であったということ。とりわけ主人公が生まれるまでの流れは、その手のリアルな生態をきっちりと追っていて、『皇帝』と両方見てた人はなかなかニヤニヤ出来たのではないかと想像されます。
むしろ、『皇帝ペンギン』の方が、ドキュメンタリー映画のフォーマットを取りながらヘタにペンギンのカップルの擬人化したナレーションを用いたことによってやや玄人視線で見た場合の作品として安めに映ってしまうきらいがあったのに対して、リアルのペンギンでない何かを使うことで逆説的にリアルにする面があった。この手のメソッドとしては前に見た『レーシング・ストライプス』なんかもそういう要素はあったけれど、一言にまとめれば「マキバオー・メソッド」と言ってよいと思う。恐らくアメリカの競馬人などに「みどりのマキバオー」を見せたら、結構アメリカ競馬向けにスピンオフしたストーリーで2頭身の「白い珍獣」がアメリカのダートを席巻する作品として面白いものを作ることが出来るのではないだろうか。
その上で、多分『ベイブ』にしても『ストライプス』にしても若干ハッピーエンドに持ってくる部分についてはやや卓袱台返し的な展開に嵌ってしまうような側面を感じたものであるが、そういう点についてはこの作品もほぼ同様。つーか、ちょっと卓袱台返しすぎだ、みたいなことも思ってしまったのは事実。ただ、それをなんの衒いも包み隠しもなく荒唐無稽で返すあたりで、「世の中こんなに巧くいくわけないよね」と「玄人」には思わせつつもしんみりとエンターテイメントを愉しませるのもある種のスタイルではあるのかな、とは思う。要するに、リアルに徹して最後まで続けようとすると、それこそマキバオーがそうであったようにバッドエンド的な側面はどうしても出てきてしまうものかと。で、日本人の場合はその手のコンテンツを子供も受け入れないといけない、みたいな道徳観というか、きちんと悲劇は悲劇として幼いときから体験しておいて良い的な考え方があるように思われるのだけれど、欧米はある程度「ハッピーエンドから入る」というか、ある程度の年齢になるまでは、本当の意味でのやりきれない悲劇からは遠ざける面があるのかなぁとも。日本の場合は「敗戦の歴史」みたいなのがあるからってのは大きいかも。家でもこないだ「子供にそういう悲惨な話を教えてもいい年はいくつぐらいか」みたいなことを話し合ってたのだけれど、なかなかどちらがいいとは判然とつかない、容易ならざるテーマかなぁ。
◆ところで。
アメリカでは今でも、350ml缶を6本束ねるプラスチックのタブが普通に存在するのだろうか。あれは本朝では余りお目にかかれないというか、そもそもジュースをあんな6缶束ねて買う文化が存在せず、ある程度以上飲むならばペットボトルで買ってコップに入れて飲むからなぁ。まぁ「気が抜けるのが嫌だから缶単位で飲む」ってのもあるだろうし、その意味では炭酸飲料を日本人が余り好まないから余り普及しないのかもしれないけれど、それにしても普通に三ツ矢サイダーとかはペットボトル化しており、そう思うと、日本人ほどペットボトル好きな民族は西洋には余り無い気がしなくはない。ただ、日本でも(炭酸飲料である)ビールは6缶単位で売ってて、あれは紙パックを使ってる訳だが、ああいうのをアメリカ人が見たら「日本人はやっぱり裕福じゃのぉ」と思うんだろうか。
という訳で、ここ2週の牝馬の上がり馬組。
◆ザレマ
ダンスインザダーク×*シェンク(Zafonic)×Buckwig(Buckfinder)×Dickie Ludwig[F4-m]
基本的にはマルカシェンクという結構良質な兄がいるのでそれとの比較になるが、そういう点でいけば*ダンシングキイが入るか入らないかの違いではある。そして、この配合においてはそれは結構デカい。まずは Dinner Partner≒Flaming Page の組み合わせがこの牝馬には存在しており、それが*シェンクの The Minstrel≒Buckpasser と直接的に呼応する。要するに、Nijinsky と Buckpasser のニックを世代を降って複雑化した配合の見立てである。これは手筋としては素晴らしい一方で、やや The Minstrel が加わることでサンデー的斬れよりはパワー系の能力を引き出す側面はあるだろう。一方で、*ダンシングキイの牝系に隠れる Graustark の存在もまた大きい。Hyperion との血統的な筋をサンデーとの配合で確保したこの血脈に対して、*シェンクの側では曾祖母の父 T.V.Commercial の母に Your Hostess の名前が見て取れる。これによってザレマには Flower Bowl≒Your Hostess の6×5の擬似クロスも発生する。これはパワーに加えて地力も強化する手筋とはなろう。それにしてもタニノやダスカにも存在するこの Boudoir の仕掛けがこの牝馬に入る偶然は面白い。
さて、こうして見ると*シェンクの配合から提供される要素自体がある程度劣化*ダンシングキイ的であることに気づくであろう。それを敢えて「劣化」と呼べるのは Mr.Prospector による距離限界にあるのは当然である。結果としてこの「ギア1本」の血脈がサンデー本来の切れ味とそれを支える*シェンク内のトリックに対してマイナスに作用することでマルカシェンクは半端な1800馬化してると有芝は見ている(今後秋天とか勝たれたらごめんなさい、ですが)。そこの支えとなるのは Gone West 内の Secretariat のスタミナがどの程度 Graustark のような Ribot の血によって活性化されるかであるとは思うが、やや遠いのが微妙か。2200ベストっぽいが、ジリ向けペースを得られれば。
◆ベッラレイア
ナリタトップロード×*マリスターII(Baldski)×Pink Dove(Argument)×Perfect Pigeon[F3-o]
トップロードの種牡馬としてのポイントは母父の Affirmed の米血にあるように思われるが、母父 Baldski は Nasrullah2×3の名繁殖 Too Bald の仔で Nijinsky 産駒。そうなるとどうしても繁殖としては主流が強すぎる血統になる訳で、例えば代表産駒でテストSを勝った Chaposa Spring などはペルーのマイナー血統を活用して成功するという手筋となったし、牡馬で比較的活躍した Appealing Skier も母父は Man o'War 系の Valid Appeal。そして、本馬の母*マリスターIIも比較的同馬の産駒の中では成功の部類に入るが、母父にはDC国際とかプランスロゼ大賞とか何故か前時代的な国際大レースの勝ち鞍が目に付くフランスのズブ馬(と言いつつナニゲに仏2000ギニー3着だが) Argument などが入るという感じで、このフォーマットに従っている。ただ、本馬から見て4代母となる Pink Pigeon にこっそりMahmoud≒Nasrullah3×3などが入っている辺りで系統繁殖としての整合性を保っている辺りが好感で、それが繁殖として重賞ウィナーを輩出した背景とは言えるのではないか。
その上で、ナリタトップロードは自身がマイナー父系でありながら Nasrullah のラインクロスを持っている辺りで、まぁ基本的な見立てとして細かい仕掛けはないものの無難な組み合わせとして相性面ではまずまずであるようにも見える。
その上で、ちょっと面白いのは母側において比較的マイナー血脈である Argument の中に Crafty Admiral が入る、って辺り。この馬は、Bull Dog=Sir Gallahad の強い全兄弟クロスを持ち、Affirmed の中で配合のアクセントとして有効な存在である。それがクロスに加わるのはプラス。更に、ここに Fighting Fox が存在することにより、Nijinsky の配合の中で Gallant Fox=Fighting Fox というこれまた Sir Gallahad 系の全兄弟クロスが絡む辺りで確かにこの馬は Affirmed を効果的に使えていると言えるだろう。地力では落ちるかも知れないが、トップロード的な長距離の斬れを秘めた馬であろうとは思う。
◆ザレマ
ダンスインザダーク×*シェンク(Zafonic)×Buckwig(Buckfinder)×Dickie Ludwig[F4-m]
基本的にはマルカシェンクという結構良質な兄がいるのでそれとの比較になるが、そういう点でいけば*ダンシングキイが入るか入らないかの違いではある。そして、この配合においてはそれは結構デカい。まずは Dinner Partner≒Flaming Page の組み合わせがこの牝馬には存在しており、それが*シェンクの The Minstrel≒Buckpasser と直接的に呼応する。要するに、Nijinsky と Buckpasser のニックを世代を降って複雑化した配合の見立てである。これは手筋としては素晴らしい一方で、やや The Minstrel が加わることでサンデー的斬れよりはパワー系の能力を引き出す側面はあるだろう。一方で、*ダンシングキイの牝系に隠れる Graustark の存在もまた大きい。Hyperion との血統的な筋をサンデーとの配合で確保したこの血脈に対して、*シェンクの側では曾祖母の父 T.V.Commercial の母に Your Hostess の名前が見て取れる。これによってザレマには Flower Bowl≒Your Hostess の6×5の擬似クロスも発生する。これはパワーに加えて地力も強化する手筋とはなろう。それにしてもタニノやダスカにも存在するこの Boudoir の仕掛けがこの牝馬に入る偶然は面白い。
さて、こうして見ると*シェンクの配合から提供される要素自体がある程度劣化*ダンシングキイ的であることに気づくであろう。それを敢えて「劣化」と呼べるのは Mr.Prospector による距離限界にあるのは当然である。結果としてこの「ギア1本」の血脈がサンデー本来の切れ味とそれを支える*シェンク内のトリックに対してマイナスに作用することでマルカシェンクは半端な1800馬化してると有芝は見ている(今後秋天とか勝たれたらごめんなさい、ですが)。そこの支えとなるのは Gone West 内の Secretariat のスタミナがどの程度 Graustark のような Ribot の血によって活性化されるかであるとは思うが、やや遠いのが微妙か。2200ベストっぽいが、ジリ向けペースを得られれば。
◆ベッラレイア
ナリタトップロード×*マリスターII(Baldski)×Pink Dove(Argument)×Perfect Pigeon[F3-o]
トップロードの種牡馬としてのポイントは母父の Affirmed の米血にあるように思われるが、母父 Baldski は Nasrullah2×3の名繁殖 Too Bald の仔で Nijinsky 産駒。そうなるとどうしても繁殖としては主流が強すぎる血統になる訳で、例えば代表産駒でテストSを勝った Chaposa Spring などはペルーのマイナー血統を活用して成功するという手筋となったし、牡馬で比較的活躍した Appealing Skier も母父は Man o'War 系の Valid Appeal。そして、本馬の母*マリスターIIも比較的同馬の産駒の中では成功の部類に入るが、母父にはDC国際とかプランスロゼ大賞とか何故か前時代的な国際大レースの勝ち鞍が目に付くフランスのズブ馬(と言いつつナニゲに仏2000ギニー3着だが) Argument などが入るという感じで、このフォーマットに従っている。ただ、本馬から見て4代母となる Pink Pigeon にこっそりMahmoud≒Nasrullah3×3などが入っている辺りで系統繁殖としての整合性を保っている辺りが好感で、それが繁殖として重賞ウィナーを輩出した背景とは言えるのではないか。
その上で、ナリタトップロードは自身がマイナー父系でありながら Nasrullah のラインクロスを持っている辺りで、まぁ基本的な見立てとして細かい仕掛けはないものの無難な組み合わせとして相性面ではまずまずであるようにも見える。
その上で、ちょっと面白いのは母側において比較的マイナー血脈である Argument の中に Crafty Admiral が入る、って辺り。この馬は、Bull Dog=Sir Gallahad の強い全兄弟クロスを持ち、Affirmed の中で配合のアクセントとして有効な存在である。それがクロスに加わるのはプラス。更に、ここに Fighting Fox が存在することにより、Nijinsky の配合の中で Gallant Fox=Fighting Fox というこれまた Sir Gallahad 系の全兄弟クロスが絡む辺りで確かにこの馬は Affirmed を効果的に使えていると言えるだろう。地力では落ちるかも知れないが、トップロード的な長距離の斬れを秘めた馬であろうとは思う。
◆ラップ:12.7-11.8-11.9-12.0-12.5-12.2-12.2-11.4-11.6-12.5
レースとしては、これはもう完全にミンティエアーが勝つべきレースであった。ベッラレイアの直後にマークつけながら、4角前の挙動でするっと先に回ると、1頭分しかないスペースを確保。この辺りの蛯名のレース振りはかなり芸術的であり、しかもそこから馬の側が狭い所を怯まずに通る根性も見せていたわけで、まさに「勝つべきレース」としか言いようがない。勿論、それ以前の問題としてイクスキューズの踏んだラップも素晴らしかったのだけれども、ある程度肉を切らせてレースのラップを掴みながら最後の1Fでバテる辺りは、やはりこの距離の馬ではないのだろう。桜花賞のイメージが微妙にコイウタ辺りと被ったのだけれど、そのくらいの地力限界みたいな部分を明らかにしたレースではなかったかと思う。ていうか、逃げていた馬がクオリティはいかあれ中距離馬であれば、あのラップで逃げ切るのはそう難しいものではなかったはずかとも。
そういうレースを力づくでモノにしたベッラレイアだった訳だが、果たして今日のレースでミンティエアーを差す必然性があったのだろうか、という辺りにはちと疑問を感じた。基本的にイクスキューズは消してたので馬券はない状態で最後の直線を迎えていたのだけれど、ベッラレイアがある程度外に出せてどうやら着は確保出来そうという所で、「あぁ、今日はここまでか、でも権利取れたじゃん、今日はこれで十分」などとちょっと思ってたら、そっから更にぐいぐい伸びて遂にはアタマ。結局、この馬は除外喰らいまくった辺りでこういう宿命なのかも知れないけれども、弱いトライアルで強い勝ち方をしたという点で去年のカワカミプリンセスと同様ではあるものの、そこに至るコンテンツとして対照的な印象は持たざるを得ない。カワカミが新馬以降結構豪快な勝ち方の割には比較的注目されずにいた一方で、選んだレースをきっちり取ってきて、なおかつその間に馬体をぐんぐん増やし続けてきているのに対して、ベッラは新馬で少なからず注目を集めた後に、なかなか選んだレースを除外で使いきれず、馬体を削りながらレースを勝ち続けている、って辺り。そう考えると、ああいう臨戦過程を踏めたカワカミは恐ろしい牝馬だとは思うのだけれど、ベッラレイアはその辺りでどうも翳のある少女という雰囲気を漂わせる。加えて、昨年は桜花賞はとりわけ低レベルとは言えないまでも抜けたレベルではなかったが、今年の桜花賞の1,2着馬はどちらも並の年の桜花賞馬よりは明らかに強いのではないかと思わせるポテンシャルの持ち主であり、ベッラレイアはそれを倒さねばならないのである。
ナリタトップロードはなかなか困難な局面を自ら選んでしまうような宿命の持ち主であったように有芝には思われるが、その産駒もそういった運命に引きずられているようにも見える。ただ、それ故に、この馬はナリタトップロードらしさというか、そういう何ともいえぬ魅力を今後も保ち続けるのではないか、とも。願わくば、父のように挑戦を何度も続ける頑健さを保ちつつ、また父のように何処かで光り輝く瞬間を見られればと思うのだが、まずはオークス、どうしたものかというトライアルの結果ではあったかなぁ。
レースとしては、これはもう完全にミンティエアーが勝つべきレースであった。ベッラレイアの直後にマークつけながら、4角前の挙動でするっと先に回ると、1頭分しかないスペースを確保。この辺りの蛯名のレース振りはかなり芸術的であり、しかもそこから馬の側が狭い所を怯まずに通る根性も見せていたわけで、まさに「勝つべきレース」としか言いようがない。勿論、それ以前の問題としてイクスキューズの踏んだラップも素晴らしかったのだけれども、ある程度肉を切らせてレースのラップを掴みながら最後の1Fでバテる辺りは、やはりこの距離の馬ではないのだろう。桜花賞のイメージが微妙にコイウタ辺りと被ったのだけれど、そのくらいの地力限界みたいな部分を明らかにしたレースではなかったかと思う。ていうか、逃げていた馬がクオリティはいかあれ中距離馬であれば、あのラップで逃げ切るのはそう難しいものではなかったはずかとも。
そういうレースを力づくでモノにしたベッラレイアだった訳だが、果たして今日のレースでミンティエアーを差す必然性があったのだろうか、という辺りにはちと疑問を感じた。基本的にイクスキューズは消してたので馬券はない状態で最後の直線を迎えていたのだけれど、ベッラレイアがある程度外に出せてどうやら着は確保出来そうという所で、「あぁ、今日はここまでか、でも権利取れたじゃん、今日はこれで十分」などとちょっと思ってたら、そっから更にぐいぐい伸びて遂にはアタマ。結局、この馬は除外喰らいまくった辺りでこういう宿命なのかも知れないけれども、弱いトライアルで強い勝ち方をしたという点で去年のカワカミプリンセスと同様ではあるものの、そこに至るコンテンツとして対照的な印象は持たざるを得ない。カワカミが新馬以降結構豪快な勝ち方の割には比較的注目されずにいた一方で、選んだレースをきっちり取ってきて、なおかつその間に馬体をぐんぐん増やし続けてきているのに対して、ベッラは新馬で少なからず注目を集めた後に、なかなか選んだレースを除外で使いきれず、馬体を削りながらレースを勝ち続けている、って辺り。そう考えると、ああいう臨戦過程を踏めたカワカミは恐ろしい牝馬だとは思うのだけれど、ベッラレイアはその辺りでどうも翳のある少女という雰囲気を漂わせる。加えて、昨年は桜花賞はとりわけ低レベルとは言えないまでも抜けたレベルではなかったが、今年の桜花賞の1,2着馬はどちらも並の年の桜花賞馬よりは明らかに強いのではないかと思わせるポテンシャルの持ち主であり、ベッラレイアはそれを倒さねばならないのである。
ナリタトップロードはなかなか困難な局面を自ら選んでしまうような宿命の持ち主であったように有芝には思われるが、その産駒もそういった運命に引きずられているようにも見える。ただ、それ故に、この馬はナリタトップロードらしさというか、そういう何ともいえぬ魅力を今後も保ち続けるのではないか、とも。願わくば、父のように挑戦を何度も続ける頑健さを保ちつつ、また父のように何処かで光り輝く瞬間を見られればと思うのだが、まずはオークス、どうしたものかというトライアルの結果ではあったかなぁ。
伝統のG2、というやつがドイツにあるとしたら、まさにこのレース(とあとはハンザ賞)。
一方で、基本的にある程度ここから適度に落ちる辺り(EgertonとかEgertonとか)が不在なだけに、若干上位と下位でのメンバー差があるが、中間が Donaldson くらいと見立てれば丁度良いのか?つーか、G1馬なのにタマ取られてる Donaldson の立場は……orz。結構バリバリの土着血統であっただけに勿体無い。イットリンゲンだってそんなに種牡馬のタマがある訳ではあるまいに、何とか騙しすかして日本にでも輸出しておればよいものを(いや、買ってくれるところがあるかは微妙だけれど)。
てな訳で、バーデン大賞馬 Prince Flori とダービー馬 Schiaparelli の同世代対決ムードにはなるレースではあるが、どちらかというとここは最初から勝っておきたいのは前者であり、後者はむしろ良血の実績もあってじっくりと仕上げる形になっているのではないか。その意味での勝負係りという面では Prince Flori がある程度強い部分があるかも知れない。その上で、前年のバーデンで対戦した両者であるが、ジャパンCへの出走意欲を見せながらも状態不安で結局回避となって休み明けになった Prince Flori、一方でバーデン敗れた辺りで格好をつけてシーズン終わらせる意図もあったかセントレジャーを余計ながら使ってきた Schiaparelli、どちらもやや不本意な形を取っていたけれど、その影響がどのように出るかなどが占われるマッチングとなるのではないか。
ともあれ、ここの勝ち負けはともかく比較的早い始動となったのは好感であり、キャリアを積み重ねてシーズンの中で強くなりつつ、彼らの父が見せたようなライバル物語を引き継げる展開が望まれる両者ではあろう。
4月22日ケルン7R 17:15発走 芝2400m 第72回ゲルリンク賞(G2) 総賞金65000EUR 4歳上 別定(56kg、前年G2勝馬1.5kg、同G1勝馬3kg増、牝2kg減) 馬枠 馬名 性齢斤量 騎手 戦勝 近走成績 厩舎 父 17Donaldson せ5 59 スボリッチ 113 6796休 ラウ ランド 22Prince Flori 牡4 59 ミナリク 53 1491休 スミルチェク ランド 34Schiaparelli 牡4 59 シュタルケ 75 2161休 シールゲン MONSUN 49All Spirit 牡5 575ヴィクトワー132 867休8 ザウアー プラティニ 56Brissant せ5 56 ヘルフェンバ93 3458休 M.トリブール Goofalik 61Bussoni 牡6 56 デフリース 185 11153 ブルーメ Goofalik 75Expensive Dream せ8 56 ピーツ 217 休245休 フォフチェンコ LOMITAS 83Saddex 牡4 56 ペドロサ 83 1432休 ラウ Sadler's Wells 98La Dancia 牝4 54 ボニーヤ 54 11111休 ラウ Mull of KintyreG1馬3頭が揃い、文句なしの好メンバー。
一方で、基本的にある程度ここから適度に落ちる辺り(EgertonとかEgertonとか)が不在なだけに、若干上位と下位でのメンバー差があるが、中間が Donaldson くらいと見立てれば丁度良いのか?つーか、G1馬なのにタマ取られてる Donaldson の立場は……orz。結構バリバリの土着血統であっただけに勿体無い。イットリンゲンだってそんなに種牡馬のタマがある訳ではあるまいに、何とか騙しすかして日本にでも輸出しておればよいものを(いや、買ってくれるところがあるかは微妙だけれど)。
てな訳で、バーデン大賞馬 Prince Flori とダービー馬 Schiaparelli の同世代対決ムードにはなるレースではあるが、どちらかというとここは最初から勝っておきたいのは前者であり、後者はむしろ良血の実績もあってじっくりと仕上げる形になっているのではないか。その意味での勝負係りという面では Prince Flori がある程度強い部分があるかも知れない。その上で、前年のバーデンで対戦した両者であるが、ジャパンCへの出走意欲を見せながらも状態不安で結局回避となって休み明けになった Prince Flori、一方でバーデン敗れた辺りで格好をつけてシーズン終わらせる意図もあったかセントレジャーを余計ながら使ってきた Schiaparelli、どちらもやや不本意な形を取っていたけれど、その影響がどのように出るかなどが占われるマッチングとなるのではないか。
ともあれ、ここの勝ち負けはともかく比較的早い始動となったのは好感であり、キャリアを積み重ねてシーズンの中で強くなりつつ、彼らの父が見せたようなライバル物語を引き継げる展開が望まれる両者ではあろう。
| ビームコミックス エマ 8巻(通常版) 森 薫 (2007/03/26) エンターブレイン この商品の詳細を見る |
このネタ、発売後すぐに書こうとしてたら忘れてしまったのですが(ブクマには残してある)、保養地でのエレノアお嬢様が乗ってる馬に一部の競馬ファンはのけぞる、という場面。

それなんて3冠馬?
という訳で、ダイアモンド・ジュビリーとはまた奮ったネーミングな訳ですが、普通思い出されるのは1897年生まれの St.Simon 産駒。ただ、実際にこの名前の馬を所有していたのはキャンベル卿のごとき下級貴族ではなく、後にエドワード7世として大英帝国に君臨する、当時のウェールズ公殿下アルバート・エドワード。同殿下は恐らく英王室牧場の全盛期を築いた馬産家で、とりわけこの Diamond Jubilee の母 Perdita を通じて Florizel, Persimmon といった名馬も輩出しております。まぁいずれも当時の、そして恐らくはサラブレッド史上最も偉大な種牡馬である St.Simon の仔であったわけで、ダンス兄弟的なベタさは無きにしもあらずではありますが。で、比較的物語要素が多く残されるこのヴィクトリア朝末期の英国の名馬において、意外と語られることが少ない地味な存在ではあります。基本的には3冠取った馬の割には16戦6勝というのはさほど優れた数字ではなく、基本的には世代の相手関係や本番での勝負強さによって歴史に名を残したような存在であったと言うべきか。実際 Diamond Jubilee はその優れた実績にもかかわらず、後に種牡馬としてはアルヘンティーナに売られていきます。ただ、往時のかの国の経済力・馬産の質量は半端でないシロモノであり、そこでリーディングを4回も取って大成功してるのだから種牡馬としても水準は上回ると言えるでしょう。因みに本朝には産駒の*ダイヤモンドウエツデイングが種牡馬として導入され、奥羽種畜牧場で相応の実績を残しました(参照)。また、とりわけ気性が荒く、いつもの厩務員以外誰にも御せないという気性の荒さが伝えられる馬でした。
或いは、兄の Persimmon のダービーの印象が強烈過ぎたことで損をした面はあると思われます。馬産家としての大いなる情熱を知られながら、なかなかダービーを取れなかったウェールズ公にとって、1896年のダービーはその最大のチャンスでした。しかし、同世代には同じ St.Simon 産駒の St.Frusquin という無敵の名馬がおり、3冠最初の関門2000ギニーを制したこの馬が1番人気となります。両者は2歳時に既にトップクラスでしたが、お互いがベストの状態での対戦は未だありませんでした。ダービーではこのレースに絞って調教で鍛えられた Persimmon と3冠の王道を歩まんとする St.Frusquin が最後の直線で歴史的な叩き合いを演じ、終にゴール前では Persimmon が宿敵を捻じ伏せて勝利します。大資産家ロスチャイルドの名馬を破ってのウェールズ公初のダービー勝利に集まった観衆は大いに歓び、「God save our gracious Queen」ではなく「God save the Prince of Wales」とロイヤル・アンセムを合唱する声がエプソムにこだました、とのこと。Persimmon の戦績は9戦7勝。2度の敗戦はともに終生のライバル St.Frusquin 相手のものでした。常にこういった偉大な兄と比較される立場ではあったかも知れません。
さて、話を Diamond Jubilee に戻すと、この馬の名前の由来はウェールズ公の母、ヴィクトリア女王の即位60年記念に由来します。彼が生まれた1897年が女王の即位60周年。その母の偉業に敬意をなして自身の最高の繁殖の仔につけた、という辺りにはなかなかの思い入れを感じる所ではありますね。まぁ、女王自身は息子が競馬にイレあげてることには批判的だったようですが。因みに似たような思い入れの名前といえば最近ではモハメド殿下の Dubai Millennium ってのがありましたか。こちらは、2000年に競走年齢、という発想でつけられてるのが微妙な違いではあります。
ところで、このダイアモンド・ジュビリーという言葉ですけれど、恐らくヴィクトリア女王が即位60年に及ぶにあたって初めて作られた言葉なのかな、という気がしなくもありません。というのは、それまでの英国にあって在位期間が最も長いのは1760〜1820年まで君臨したジョージ3世ですが、彼の場合は10月に即位して1月に死去しているので、「在位60年」ではなく、当然ダイアモンド・ジュビリーを祝されてはいない、のですよね。要するに「ダイアモンド」は何か「ゴールド」を超えるものとしての意味合いを付け加えた上で想像されたようにも。だとすると、こちらで指摘されているように「エマ」の時代が1850年代のロンドン万博からそれほど極端に後ではないと考えたならば、何故にその時代に「ダイアモンド・ジュビリー」という名前を思いつくことが出来たのだろう、という部分に関しては若干時代考証的な疑問でもあったり。この辺り、アンケート葉書出して名前の出自を森センセイに問い合わせてみた方がええんかしらん?
◆ところで。
冷静に考えたら、乗馬に4歳馬ってのは結構キツくねぇか、とも。
ある程度お嬢様のような人が穏やかに乗れる程度に馴らされるには、もうちょっと年食った馬の方が相応しいようにも思われますが、その辺りキャンベル家のお嬢様は馬乗りに長けているってことか。やっぱりキャンベル子爵も馬産家だったんじゃねぇの的な妄想をしてみたくもなりますな(笑)。
◆以下余談。
競馬を終生愛し続けたエドワード7世は、死の床で息子の持ち馬がレースに勝ったと聞いて、「それはよかった」と言い残してこの世を去ったそうな(参照)。有芝もこのような君主の御宇のもとで生を送りたかったものである。因みに当代の女王陛下も国会の演説で「National Health」を「National Hunt(障害競馬)」と言い間違えるほどの大層な競馬好きで、馬産家としてもダービー馬 Aureole などの名馬を輩出しましたが、晩年に入って馬産を縮小したのが惜しまれる所か。まぁそうなってたら Burghclere の牝系もずっとロイヤル・スタッドに留まり、この世にディープインパクトが生を享けることも恐らくは無かった訳ですが。
◆ラップ:12.2-11.2-12.1-11.6-12.3-12.3-12.3-11.6-12.0-12.3
何となく、ヴィクトリーの単は持っていた。
基本的に自分のこの世代の見立ては「FAV」だったのだけれど、その意味では(ヤネがヤネだったとは言え)7番人気は評価を下げすぎだったこと。そして、ふと「ダンツフレームはこのレースでジャングルポケットに先着したよな」みたいな考えが枠順を見た段階で頭過ったから、というのもあった辺りで。親子クラシックというキーワードはあったけれど、一方で*ブライアンズタイムの仔という所でこの皐月賞2着馬と今年の勝ち馬とは繋がっていた。その上で、ダンツフレームは結果としてディープインパクトの先達になれたかも知れない名馬を現役から去らしめる程度にこの舞台で苦戦させたのだけれど、アドマイヤオーラがまだその父ほどに圧倒的でないならば、勝ち目はあるんじゃないかな、と。
しかし、レースでは実際サンツェッペリンに一旦差されたあたりでもうお釣りは残ってないと確信してしまったのだけれど(基本的にツェッペリンはスタミナタイプと思ったので、それに差されたならバテたで仕方ない、と)、ホウオーの凄い脚に目を向けている間に気が付いたらゴール板ではアタマが抜けていて、G1の舞台で「勝春!」と叫んで馬券を取るという類まれな機会を逃してしまったのは悔いというべきか何というか。
ペースを見ると、結構見事に縦長の馬群を演出しつつ、全体としては見事に平均ペースを演出しているのだから、素晴らしい逃げを打てた、とは言えるだろう。12.3を3枚並べ続けるなんて、なかなか簡単そうで簡単ではない。勿論一方では後ろがかなり牽制する流れで、あれはユタカがアンカツを意識しすぎていたし、その流れに若干アンカツが応じすぎた面はあったのだけれど、馬っぷりではパドックから馬場入りまで群を抜いていた感のあったオーラとしてはもうちょっと駆け引き抜きで行っても良かったのではないのかなぁという気持ちも残った部分はある。何気にホウオーの差し脚にばかり目のいく画面であったけれども、上がりタイムではオーラも全く同じ33.9ってのはなかなか皮肉な結果ではあり。そう考えると、メイショウレガーロ辺りが一つのモノサシになっているような結果で、レガーロを差せてる馬と差せてない馬の差、みたいなものを感じさせる着順には見える。そこにクビ差足らないローレルゲレイロなんてのも実に味わい深い。
一方で、ココナッツパンチは「3強に対するアウトサイダー的に何処かで仕事をする」的なムードを印象として持っていたのだけれど、今日はガレてイレてで、まずパドックで消せる状態にはなっていた。パドック見る前に買ってたので、結構カネは使わされてしまったが。弥生賞のレベルはたんぱ勢がいない割には高いと思ったけれど、やはり2戦目でアレだと反動は来るものではあったか。ドリームジャーニーは位置取りや時計を見ると、今日のような脚の使いどころが難しいレースは荷が重かったような印象。どちらかというと早いにしても遅いにしても両極端なペースほど向くようには思われた。ニュービギニングはそのジャーニーを少し弱くした感じ。逆に、こういう微妙にダラダラと脚を使わされるような流れでは、消耗戦に向いてたのがサンツェッペリンなのだろうと思う。ナムラマースもそっちに近いタイプだけれど、見せ場がなかったのは良く分からない。もっと前で良かったかなとも思う。モチは出足で着火出来ず。生焼けで終わった感。
ともあれ、ジャンポケとタキオンの仔の争いで、「血のクラシック」というべきであった2007年の皐月賞にあって、ダンツフレームは明らかに種牡馬となる機を逸して、公営に零落する運命となった、不幸な存在であった。一方でジャングルポケットは*トニービンの、アグネスタキオンは*サンデーサイレンスの死をある種の奇貨として種牡馬としての父の代表産駒の地位を得んとしている、「時機を得た」存在となっている。その非対称のある種のリヴェンジが行われたのもまた、詰まる所このレースが下馬評どおりに「血のクラシック」であった、ということなのかも知れない。
何となく、ヴィクトリーの単は持っていた。
基本的に自分のこの世代の見立ては「FAV」だったのだけれど、その意味では(ヤネがヤネだったとは言え)7番人気は評価を下げすぎだったこと。そして、ふと「ダンツフレームはこのレースでジャングルポケットに先着したよな」みたいな考えが枠順を見た段階で頭過ったから、というのもあった辺りで。親子クラシックというキーワードはあったけれど、一方で*ブライアンズタイムの仔という所でこの皐月賞2着馬と今年の勝ち馬とは繋がっていた。その上で、ダンツフレームは結果としてディープインパクトの先達になれたかも知れない名馬を現役から去らしめる程度にこの舞台で苦戦させたのだけれど、アドマイヤオーラがまだその父ほどに圧倒的でないならば、勝ち目はあるんじゃないかな、と。
しかし、レースでは実際サンツェッペリンに一旦差されたあたりでもうお釣りは残ってないと確信してしまったのだけれど(基本的にツェッペリンはスタミナタイプと思ったので、それに差されたならバテたで仕方ない、と)、ホウオーの凄い脚に目を向けている間に気が付いたらゴール板ではアタマが抜けていて、G1の舞台で「勝春!」と叫んで馬券を取るという類まれな機会を逃してしまったのは悔いというべきか何というか。
ペースを見ると、結構見事に縦長の馬群を演出しつつ、全体としては見事に平均ペースを演出しているのだから、素晴らしい逃げを打てた、とは言えるだろう。12.3を3枚並べ続けるなんて、なかなか簡単そうで簡単ではない。勿論一方では後ろがかなり牽制する流れで、あれはユタカがアンカツを意識しすぎていたし、その流れに若干アンカツが応じすぎた面はあったのだけれど、馬っぷりではパドックから馬場入りまで群を抜いていた感のあったオーラとしてはもうちょっと駆け引き抜きで行っても良かったのではないのかなぁという気持ちも残った部分はある。何気にホウオーの差し脚にばかり目のいく画面であったけれども、上がりタイムではオーラも全く同じ33.9ってのはなかなか皮肉な結果ではあり。そう考えると、メイショウレガーロ辺りが一つのモノサシになっているような結果で、レガーロを差せてる馬と差せてない馬の差、みたいなものを感じさせる着順には見える。そこにクビ差足らないローレルゲレイロなんてのも実に味わい深い。
一方で、ココナッツパンチは「3強に対するアウトサイダー的に何処かで仕事をする」的なムードを印象として持っていたのだけれど、今日はガレてイレてで、まずパドックで消せる状態にはなっていた。パドック見る前に買ってたので、結構カネは使わされてしまったが。弥生賞のレベルはたんぱ勢がいない割には高いと思ったけれど、やはり2戦目でアレだと反動は来るものではあったか。ドリームジャーニーは位置取りや時計を見ると、今日のような脚の使いどころが難しいレースは荷が重かったような印象。どちらかというと早いにしても遅いにしても両極端なペースほど向くようには思われた。ニュービギニングはそのジャーニーを少し弱くした感じ。逆に、こういう微妙にダラダラと脚を使わされるような流れでは、消耗戦に向いてたのがサンツェッペリンなのだろうと思う。ナムラマースもそっちに近いタイプだけれど、見せ場がなかったのは良く分からない。もっと前で良かったかなとも思う。モチは出足で着火出来ず。生焼けで終わった感。
ともあれ、ジャンポケとタキオンの仔の争いで、「血のクラシック」というべきであった2007年の皐月賞にあって、ダンツフレームは明らかに種牡馬となる機を逸して、公営に零落する運命となった、不幸な存在であった。一方でジャングルポケットは*トニービンの、アグネスタキオンは*サンデーサイレンスの死をある種の奇貨として種牡馬としての父の代表産駒の地位を得んとしている、「時機を得た」存在となっている。その非対称のある種のリヴェンジが行われたのもまた、詰まる所このレースが下馬評どおりに「血のクラシック」であった、ということなのかも知れない。
グランドジャンプと同日ははじめてか?英国で一番馬券の売れるレース。
ところで、今はかなり欧州通貨に対して円安が進んでいる訳だが、ナショナルの1着賞金、円換算するとざっと9500万円。グラジャンの1着賞金が8000万だから、余裕でナショナルに世界最高賞金の座を逆転されてるのですね(まぁ日本は2着以下が手厚いので、総額では微妙かなとも思うものの)。そう考えると、日本競馬の高賞金ってのも相当に相対化されてるのかなぁとは思われる。昔は欧州なんて大概ケタ1つは違うといったイメージすらあったものだが。
因みに、馬番を一通り振ってはいるが、枠順は存在しません。ここを普通に見る海外競馬ヲタは当然知ってると思うけれども、このレースはゲートスタートでは無いので(そういえば昔、発走トラブルで中止になったナショナルとかあったっけか)。
あと、全体で見れば平地の下級重賞クラスがやはり多くを占めるわけですが、Villez や Broadword のように障害馬として現役を送って種牡馬になってる馬もいるのが結構意外といえば意外。ハードルとかだったらまだタマ取られない馬とかもいるのでしょうか。Native Dancer のマイナー分枝が意外に多いとか、Hyperion はやっぱり全部短距離特化しちゃってるからこういう所に全然現れてくれないとか、割とアメリカから輸入されてる馬がいるなぁとか、そこそこ思うところは多い。
それにしても、これだけを見ると「やはりイギリスはマイナー種牡馬をよく保存してるものだ」という感じに見えてしまうところはあるのですけれど、実際のところは出走馬が基本的に年寄りなので、それにあわせて種牡馬も年寄りなのですよね。大概は、1980年代前半に生まれた馬であり、80年代後半だとかなり若い。その頃は、今ほどにはマイナー血統は平地のそこそこ大きめなレースでも駆逐されていなかった訳で、まぁ要するに時代が一回りくらい平地とズレてるのであろう、みたいな所はあります。そう考えると、やはり80年代後半〜90年代前半がマイナー父系のジェノサイド的な時代になるわけで(共産圏の崩壊と被る辺りが、無意味に感慨深い)、或いは10年後のナショナルの出馬表に見られる種牡馬の名前は相当に様変わりしている可能性はあるのかもなぁとは思いつつ。
で、ここは反時代的に*ノーリュートの孫とかに頑張って欲しいなぁということで、マッコイの神腕に期待し、L'Ami 辺りを応援するとするか。
ところで、今はかなり欧州通貨に対して円安が進んでいる訳だが、ナショナルの1着賞金、円換算するとざっと9500万円。グラジャンの1着賞金が8000万だから、余裕でナショナルに世界最高賞金の座を逆転されてるのですね(まぁ日本は2着以下が手厚いので、総額では微妙かなとも思うものの)。そう考えると、日本競馬の高賞金ってのも相当に相対化されてるのかなぁとは思われる。昔は欧州なんて大概ケタ1つは違うといったイメージすらあったものだが。
因みに、馬番を一通り振ってはいるが、枠順は存在しません。ここを普通に見る海外競馬ヲタは当然知ってると思うけれども、このレースはゲートスタートでは無いので(そういえば昔、発走トラブルで中止になったナショナルとかあったっけか)。
4月14日エイントリー5R 16:15発走 芝障36F グランド・ナショナル・チェイス(NH-G3) 1着賞金£399140 6歳上 1級ハンデ 馬 馬名 性齢斤量 騎手 戦勝 近走成績 厩舎 予想 父 1Hedgehunter せ11 166ウォルシュ 345 22259 W.マリンズIRE 11/1 Montelimar 2Eurotrek せ11 162ハード 115 1止休1休 P.ニコルス 16/1 Eurobus 3L'Ami せ8 162マッコイ 343 53427 ドゥーメンFR 16/1 Lute Antique 4Monkerhostin せ10 160R.ジョンソン4810 334休4 ホッブス 25/1 Shining Steel 5Thisthatandtother せ11 159J.ムーア 309 休2527 P.ニコルス 66/1 Bob Back 6Billyvoddan せ8 158アスペル 215 落休513 デイリー 14/1 Accordion 7Numbersixvalverde せ11 157マドゥン 355 1休494 ブラシルIRE 12/1 Broken Hearted 8Idle Talk せ8 156マグワイア 134 休26落落 マケインJr 16/1 Hubbly Bubbly 9Royal Auclair せ10 155ティザード 448 65736 P.ニコルス 33/1 Garde Royale 10Cloudy Bays せ10 154J.マクナマラ479 転止18転 バーンズIRE 66/1 Hubbly Bubbly 11Knowhere せ9 153T.ドイル 114 223812 T-デイヴィス 80/1 Lord Americo 12Kelami せ9 152フィッツジェ404 392止2 ドゥーメンFR 33/1 Lute Antique 13Point Barrow せ9 152P.A.カーベリ267 4止133 P.ヒューズ 9/1 Arctic Lord 14Celtic Son せ8 151T.マーフィー237 421休止 D.パイプ 100/1 Celtic Arms 15Simon せ8 151A.ソーントン196 52611 スピアリング 14/1 Overbury 16Ballycassidy せ11 149オリーガン 5214 10止5止17 ボーエン 50/1 Insan 17Clan Royal せ12 149マクナマラ氏298 休6転止休 J.オニール 22/1 Chef de Clan II 18Gallant Approach せ8 149マッカーシー83 休13休7 エジャートン 50/1 Roselier 19Livingstonebrambleせ11 149ラッセル 294 422516 W.マリンズIRE 66/1 Supreme Leader 20Dun Doire せ8 148P.カーベリー249 11転251 マーティンIRE 14/1 Leading Counsel 21Kandjar d'Aller せ9 148R.ソーントン397 7休7111 キング 50/1 Royal Charter 22Slim Pickings せ8 148ゲラーティ 184 3止3転5 ターフIRE 28/1 Scribano 23Zabenz せ10 148フェントン 235 休232休 ホッブス 40/1 Zabeel 24Bewleys Berry せ9 147ブレナン 144 休42休9 H-ジョンソンIR 22/1 Shernazar 25Longshanks せ10 147ドビン 196 休7休1休 K.ベイリー 22/1 Broadsword 26Bother Na せ8 146ケイシー 155 115落止 W.マリンズIRE 18/1 Mister Lord 27Graphic Approach せ9 146モロニー 175 休53休落 エジャートン 50/1 King's Ride 28Homer Wells せ9 146コンドン 237 休10転11 W.マリンズIRE 28/1 Arctic Cider 29Liberthine 牝8 146W-コーエン氏246 4休489 ヘンダーソン 25/1 Chamberlin 30Silver Birch せ10 146パワー 206 休8242 エリオットIRE 25/1 Clearly Bust 31Philson Run せ11 145ジェイコブ 134 1止6休8 N.ウィリアムズ 50/1 Un Desperado 32Puntal せ11 145スカッダモア4511 5527止 D.パイプ 80/1 Bering 33The Outlier せ9 145P.オニール 194 落21止止 ウィリアムズた100/1 Roselier 34Tikram せ10 145ハッチンソン527 10休4412 キング 66/1 Lycius 35Mckelvey せ8 144T.オブライエ196 休76休1 ボーエン 14/1 Anshan 36Naunton Brook せ8 144フェヒリー 246 15312止 T-デイヴィス 66/1 Alderbrook 37Jack High せ12 143マクグラス 458 1210472 ウォルシュIRE 25/1 Erdelistan 38Sonevafushi せ9 143グリーナル氏5012 5休129 ウィリアムズた150/1 Ganges 39Joes Edge せ10 142リー 277 休78休1 F.マーフィー 7/1 Supreme Leader 40Le Duc せ8 142D.エルズワー394 1374休3 P.ニコルス 50/1 Villez因みに前年の勝ち馬は7番、一昨年の勝ち馬は1番で、前年は2着。一昨年の3着馬は17番で、3年前に2着。一昨年の3着は9番。最軽量の39番が1番人気見込みってのはちょっと面白いな。で、予想としてどの辺りがと言われると……分からん!という訳で、単純に父兄だけ確認しておこう。つーか、分かる種牡馬が少なすぎる。ぱっと名前だけ見て知ってる馬が多分10頭いないのですが。
【Herod->Tourbillon】 Roselier ← Misti ← Medium ← Meridien ← Tourbillon Lute Antique ← *ノーリュート ← Luthier ← Klarion ← Clairon ← Djebel ← Tourbillon King's Ride ← Rarity ← Heathersett ← Hugh Lupus ← Djebel ← Tourbillon 【St.Simon->Ribot】 Alderbrook ← Ardross ← Run the Gantlet ← Tom Rolfe ← Ribot Montelimer ← Alleged ← Hoist the Flag ← Tom Rolfe ← Ribot Leading Counsel ← Alleged ← Hoist the Flag ← Tom Rolfe ← Ribot 【Touchstone->Domino->Ack Ack】 Broadsword ← Ack Ack 【Birdcatcher->Blandford->Crepello】 Supreme Leader ← Bustino ← Busted ← Crepello Shernazar ← Busted ← Crepello Clearly Bust ← Busted ← Crepello 【Bend Or->Fairway】 Celtic Arms ← Comrade in Arms ← Brigadier Gerard 【Bend Or->Sickle->Native Dancer】 Shining Steel ← Kris ← Sharpen Up ← *エタン ← Native Dancer Chef de Clan II ← Cyborg ← Arctic Tern ← Sea-Bird ← Dan Cupid ← Native Dancer Arctic Cider ← Arctic Tern ← Sea-Bird ← Dan Cupid ← Native Dancer Bering ← Arctic Tern ← Sea-Bird ← Dan Cupid ← Native Dancer Insan ← Exclusive Native ← Raise a Native ← Native Dancer Hubbly Bubbly ← Mr.Prospector ← Raise a Native ← Native Dancer Lycius ← Mr.Prospector ← Raise a Native ← Native Dancer 【Bend Or->Nearco】 Un Desperado ← Top Ville ← High Top ← Derring-Do ← Darius ← Dante Bob Back ← Roberto ← Hail to Reason ← Turn-to Lord Americo ← Lord Gayle ← Sir Gaylord ← Turn-to Arctic Lord ← Lord Gayle ← Sir Gaylord ← Turn-to Mister Lord ← Sir Ivor ← Sir Gaylord ← Turn-to Zabeel ← Sir Tristram ← Sir Ivor ← Sir Gaylord ← Turn-to Broken Hearted ← Dara Monarch ← *リアルム ← Princely Gift ← Nasrullah Anshan ← Persian Bold ← Bold Lad(IRE) ← Bold Ruler ← Nasrullah Ganges ← Riverman ← Never Bend ← Nasrullah Erdelistan ← Lashkari ← Mill Reef ← Never Bend ← Nasrullah Royal Charter ← Mill Reef ← Never Bend ← Nasrullah Overbury ← Caerleon ← Nijinsky ← Northern Dancer Chamberlin ← Green Dancer ← Nijinsky ← Northern Dancer Villez ← *リファーズウィッシュ ← Lyphard ← Northern Dancer Scribano ← Pharly ← Lyphard ← Northern Dancer Eurobus ← Sadler's Wells ← Northern Dancer Accordion ← Sadler's Wells ← Northern Dancerという訳で、結構マイナー系が多い。
あと、全体で見れば平地の下級重賞クラスがやはり多くを占めるわけですが、Villez や Broadword のように障害馬として現役を送って種牡馬になってる馬もいるのが結構意外といえば意外。ハードルとかだったらまだタマ取られない馬とかもいるのでしょうか。Native Dancer のマイナー分枝が意外に多いとか、Hyperion はやっぱり全部短距離特化しちゃってるからこういう所に全然現れてくれないとか、割とアメリカから輸入されてる馬がいるなぁとか、そこそこ思うところは多い。
それにしても、これだけを見ると「やはりイギリスはマイナー種牡馬をよく保存してるものだ」という感じに見えてしまうところはあるのですけれど、実際のところは出走馬が基本的に年寄りなので、それにあわせて種牡馬も年寄りなのですよね。大概は、1980年代前半に生まれた馬であり、80年代後半だとかなり若い。その頃は、今ほどにはマイナー血統は平地のそこそこ大きめなレースでも駆逐されていなかった訳で、まぁ要するに時代が一回りくらい平地とズレてるのであろう、みたいな所はあります。そう考えると、やはり80年代後半〜90年代前半がマイナー父系のジェノサイド的な時代になるわけで(共産圏の崩壊と被る辺りが、無意味に感慨深い)、或いは10年後のナショナルの出馬表に見られる種牡馬の名前は相当に様変わりしている可能性はあるのかもなぁとは思いつつ。
で、ここは反時代的に*ノーリュートの孫とかに頑張って欲しいなぁということで、マッコイの神腕に期待し、L'Ami 辺りを応援するとするか。
4月15日クレフェルト6R 16:25発走 芝1700m ドクトル・ブッシュ記念(G3) 総賞金50000EUR 3歳 定量(58kg、牝2kg減) 馬枠 馬名 性齢斤量 騎手 戦勝 近走成績 厩舎 父 14Ailton 牡3 58 デフリース 81 135235 バルトロマイ Fly to the Stars 21Davidoff 牡3 58 シュタルケ 31 −32休1 シールゲン モンジュー 33Global Dream 牡3 58 ボシェルト 32 −112休 オストマン シアトルダンサー 45Kaleo 牡3 58 ペドロサ 31 −231休 ヴェーラー LOMITAS 52Löwenherz 牡3 58 スボリッチ 21 −−41休 ヴェーラー SILVANO頭数が問題ではないと言いつつも、寂しいのお。Global Dream は有芝の好きなアウエンクエレのGライン。母方の祖母にいたるまでのドイツ血統は相当ガチな上で、父の Seattle Dancer でアウトブリードとなる手筋は悪くは無い。この牧場らしく早い仕上がりで連勝して、ここで良血馬の挑戦を受ける格好。Davidoff は何か人気しそうな*モンジュー産駒……であるが、やや距離短くなるかもと思いつつ、このレースでこの距離が最適な馬は多分いない(笑)。結構強いNDクロスはキニナルが、牝系はレットゲンらしいハンガリー牝系の導入で比較的安定して力を発揮するタイプ。Kaleo は Krombacher とかの近親。これも Shareef Dancer で、父NDに母土着の父母を揃えた手堅い配合。距離適性的には更に長めっぽいのが Silvano 産駒の Lowenherz。祖母 Leckermäulcchen の系統では Liquido という Lomitas 産駒のステイヤーが出ており、この馬も母父 Frontal なんて辺りでやっぱりズブズブにスタミナ系っぽくもある。ただ、スボリッチ乗せて、ここ勝って来たら今後面白そう。
◆で、余白が多いのでハヤテ話など。
◆政治的に(ぎりぎり)正しいメディア・アート@R30
何となく、これを読みながら、外山恒一がどの程度例のアレで「票を取れた」かが気になったので、ちょっと考えてみた。
開票結果に関しては都選管のサイトの通りであるが、外山は15059票を獲得している。その上で、彼は恐らく泡沫候補の中では知名度という点では全く新顔であり、恐らくはそれらの中でも比較的弱体だったであろう。泡沫勢の中では7位の内川久美子が2万票余りを獲得する一方で、外山を除く9位以下は全て1万票以下となっているが、まず外山は9位グループの側に属していたと見てよい。
さて、その9位以下の候補の得票数を平均すると3438票という数字になる。外山におけるいわゆる「youtube票」については、彼の得票からこの3438を引いた数字、すなわち11622票と見ればよいのではないかと思う。一方で、youtubeのユーザに関してはどの程度かというと、折しもネットレイティングでの最近の調査では、1000万を突破したところという数字が出ている。東京都の有権者数1000万は、ざっと日本の人口の1/12であるが、都市部でのネット利用率の高さや、youtube自体がある程度成人男性の利用率が高いであろうことを考えるならば、大体都知事選の有権者はこのうちのざっくりで1.5割くらいかなぁと思っている(まぁ、ここは特に根拠がないのでアレだけれど)。一方で、投票率に関してはネット利用と相関することは無いのかなぁとも。と、考えると、大雑把にyoutubeのユーザの中で都知事選に投票した人数はある程度の見積もりとして10000000*0.15*0.5435=815250人くらい、となるだろうか。その815250人のうち、外山演説を見てなかった人を捨象せずに単純計算で前述のyoutube票を割り算したら、
11622/815250=1.43%
が、外山恒一に悪意の一票を投じた、ということになる。
これは、実は結構凄い数字なのではないかなという気がしてきた。
というのも、このyoutubeユーザ内での得票率は、実際の選挙での得票率を比較すると桜金造を上回り、ドクター中松をやや下回る程度の数字。言わば、あの演説だけでドクターがフロッピー以降(笑)何十年もかけてオフラインに対して積み上げてきた支持票をほぼ獲得できてしまったのである。蓋し、オーバーナイト・サクセスと言えるのではないか。私はビビった。
逆に言えば、ドクターの得票率が「知名度の高い変人」が獲得できる数字の限界値としてあるとするならば、これ以上数字が(youtube得票内でも)伸びる可能性はさほど無いかも知れないが、それにしてもこの「知名度を上げるスピード」というか「祭り力」に関してはやはりネットは驚異的であるなぁとも。
この数字で思い出したのは、アルファブロガーとして名高い(と思われる)大石英司センセ辺りが「自分のサイトを見てくれた人の1%が書店で自分の本を見てくれて、そのうちのさらに一部が実際に買ってくれるとすれば」とか以前書いてたって話で、そう考えると1.43%は結構いい数字なのかもなぁってこと。当の大石センセは「5万票くらい行くかと思ったけれど、ちゃねら〜は選挙なんか行かないことが良く解った。」と仰ってますが、なかなかどうして、と思いますよ。
まぁ、選挙に投票するのは本を買うのと違ってタダな訳ですが、それにしても実際ある程度良心回路は働くわけで(笑)、ネタとして投票してやろうという意識をそこまで取れたってのはまぁ褒めるべきかなぁとも。
何となく、これを読みながら、外山恒一がどの程度例のアレで「票を取れた」かが気になったので、ちょっと考えてみた。
開票結果に関しては都選管のサイトの通りであるが、外山は15059票を獲得している。その上で、彼は恐らく泡沫候補の中では知名度という点では全く新顔であり、恐らくはそれらの中でも比較的弱体だったであろう。泡沫勢の中では7位の内川久美子が2万票余りを獲得する一方で、外山を除く9位以下は全て1万票以下となっているが、まず外山は9位グループの側に属していたと見てよい。
さて、その9位以下の候補の得票数を平均すると3438票という数字になる。外山におけるいわゆる「youtube票」については、彼の得票からこの3438を引いた数字、すなわち11622票と見ればよいのではないかと思う。一方で、youtubeのユーザに関してはどの程度かというと、折しもネットレイティングでの最近の調査では、1000万を突破したところという数字が出ている。東京都の有権者数1000万は、ざっと日本の人口の1/12であるが、都市部でのネット利用率の高さや、youtube自体がある程度成人男性の利用率が高いであろうことを考えるならば、大体都知事選の有権者はこのうちのざっくりで1.5割くらいかなぁと思っている(まぁ、ここは特に根拠がないのでアレだけれど)。一方で、投票率に関してはネット利用と相関することは無いのかなぁとも。と、考えると、大雑把にyoutubeのユーザの中で都知事選に投票した人数はある程度の見積もりとして10000000*0.15*0.5435=815250人くらい、となるだろうか。その815250人のうち、外山演説を見てなかった人を捨象せずに単純計算で前述のyoutube票を割り算したら、
11622/815250=1.43%
が、外山恒一に悪意の一票を投じた、ということになる。
これは、実は結構凄い数字なのではないかなという気がしてきた。
というのも、このyoutubeユーザ内での得票率は、実際の選挙での得票率を比較すると桜金造を上回り、ドクター中松をやや下回る程度の数字。言わば、あの演説だけでドクターがフロッピー以降(笑)何十年もかけてオフラインに対して積み上げてきた支持票をほぼ獲得できてしまったのである。蓋し、オーバーナイト・サクセスと言えるのではないか。私はビビった。
逆に言えば、ドクターの得票率が「知名度の高い変人」が獲得できる数字の限界値としてあるとするならば、これ以上数字が(youtube得票内でも)伸びる可能性はさほど無いかも知れないが、それにしてもこの「知名度を上げるスピード」というか「祭り力」に関してはやはりネットは驚異的であるなぁとも。
この数字で思い出したのは、アルファブロガーとして名高い(と思われる)大石英司センセ辺りが「自分のサイトを見てくれた人の1%が書店で自分の本を見てくれて、そのうちのさらに一部が実際に買ってくれるとすれば」とか以前書いてたって話で、そう考えると1.43%は結構いい数字なのかもなぁってこと。当の大石センセは「5万票くらい行くかと思ったけれど、ちゃねら〜は選挙なんか行かないことが良く解った。」と仰ってますが、なかなかどうして、と思いますよ。
まぁ、選挙に投票するのは本を買うのと違ってタダな訳ですが、それにしても実際ある程度良心回路は働くわけで(笑)、ネタとして投票してやろうという意識をそこまで取れたってのはまぁ褒めるべきかなぁとも。
12.7-11.6-11.4-12.1-12.0-11.6-10.6-11.7
リアルタイムの印象としては「あれ、タニノ故障やっちまったか?」であり、2度目にリプレイ見た印象としては「う〜ん、タニノはいい脚を長く使うタイプでは無いのかなぁ」であり、もう一度見てプラス時計を見た印象としては「時計の緩むところと上がるところをダスカが凄く巧く使ってたのだなぁ」という辺りに落ち着いた、くらいの感覚ではあり。普通、トンマが引っ掛かったタイミングまでが時計がやや遅く、そこから時計が上がるみたいな印象の馬群ではあったのだけれども、実際に見える時計としてはむしろ逆、ってのが面白い。そして、安藤勝にその感覚があってああいう感じでユタカを追い掛けるような競馬をしてたとしたら、それはそれで見事としか。まぁ福永辺りがダスカに乗ってても(違う意味で)ああいう競馬は出来ちゃったかなぁ的な印象はありますが(苦笑)。
結局、前が10.6で加速するところを追いかけてたら、確かに差はちょっと詰まらない。その上で、ヨレた時に四位は綺麗に真っ直ぐに向かせてしまうのはまぁ騎手のスタイルとして責めるべきではないのだけれど、あそこは或いはヨレたまま無理やりインを窺うような競馬をするってのもありと言えばありなんじゃないのかなぁとも……というか、本田カワカミプリンセスみたいなのはああいう所でそういう無茶をして勝ちに行くみたいな辺りがある気がしてて、その辺りはまぁ巡り合わせが向かなかったというべきか。それにしても、四位としてはこの馬のオヤジも勝たせ損ねただけにこのレースに期するものは大きかったはずで、悔しさも相当なものではあろうとは思いますが、騎乗を責めようと思えば責められる結果ではあり、なかなかこの辺りは辛い所ではある。
一方で、それにしてもダスカがチューリップと同じ走破時計で、なおかつウオッカ以外との差は6馬身と5馬身ならば誤差の範囲、とするならば、ダスカの今日のパフォーマンスの素晴らしさはともかくとして(連続してそれだけ同世代の馬を千切れること自体は、やはりこの馬も超抜であるだろう)、タニノは走らなさ過ぎた、には違いないのであろう。そういう意味では、責任は騎手よりもむしろ調教師に帰せられるべき所もやや大きいかな、つー気はしないでもない(まぁ、フケとかで調子落としてたとかならば、余り誰を責められない的な部分は出てくるかも知れんが)。その点では、やはりエルフィンが余計だったのかなとも思うけれど、結局はダービーと考えるならば4戦使うほうがいい、くらいの高い意図はあったのかな、つー気もしなくは無い。あとちょっと思ったのは、この陣営、1週前に海外遠征をやってるんだよな、って辺り。まぁそれ言うと松田国師もフサイチリシャール連れてってますが、グレードを考慮してもポップロックよりは軽い意図の遠征ではあったはず。その辺りの総合的な厩舎のオペレーションに関しての難しさはちょっとはあったのかも知れないなぁ、とも。
その上で、2度目の感覚にあった「いい脚を長く」って辺りでは、やはりダスカがタニノに対して優れているところではないのかなという感覚については、オークスに持越しではあるものの、今のところはそういうものかも知れない、くらいに思っておこうかなと。つまり、オークスにおいての適性では、ダスカの方がやや上回るのかも知れない、くらいの。まぁオークスも結構スローになりがちなのでその辺りの適性がそのまま出るとは限らないものの、そういう意味での奥行きでリードできたことの方が、ある意味単なる勝ち負け以上にダスカにとって大きいところではあったかなぁという気もしてはいたり。ただ、やはりタキオンの距離適性みたいな部分は課題になってるところなだけに、別路線組のチェックは怠ってはいかんのかなとも。
リアルタイムの印象としては「あれ、タニノ故障やっちまったか?」であり、2度目にリプレイ見た印象としては「う〜ん、タニノはいい脚を長く使うタイプでは無いのかなぁ」であり、もう一度見てプラス時計を見た印象としては「時計の緩むところと上がるところをダスカが凄く巧く使ってたのだなぁ」という辺りに落ち着いた、くらいの感覚ではあり。普通、トンマが引っ掛かったタイミングまでが時計がやや遅く、そこから時計が上がるみたいな印象の馬群ではあったのだけれども、実際に見える時計としてはむしろ逆、ってのが面白い。そして、安藤勝にその感覚があってああいう感じでユタカを追い掛けるような競馬をしてたとしたら、それはそれで見事としか。まぁ福永辺りがダスカに乗ってても(違う意味で)ああいう競馬は出来ちゃったかなぁ的な印象はありますが(苦笑)。
結局、前が10.6で加速するところを追いかけてたら、確かに差はちょっと詰まらない。その上で、ヨレた時に四位は綺麗に真っ直ぐに向かせてしまうのはまぁ騎手のスタイルとして責めるべきではないのだけれど、あそこは或いはヨレたまま無理やりインを窺うような競馬をするってのもありと言えばありなんじゃないのかなぁとも……というか、本田カワカミプリンセスみたいなのはああいう所でそういう無茶をして勝ちに行くみたいな辺りがある気がしてて、その辺りはまぁ巡り合わせが向かなかったというべきか。それにしても、四位としてはこの馬のオヤジも勝たせ損ねただけにこのレースに期するものは大きかったはずで、悔しさも相当なものではあろうとは思いますが、騎乗を責めようと思えば責められる結果ではあり、なかなかこの辺りは辛い所ではある。
一方で、それにしてもダスカがチューリップと同じ走破時計で、なおかつウオッカ以外との差は6馬身と5馬身ならば誤差の範囲、とするならば、ダスカの今日のパフォーマンスの素晴らしさはともかくとして(連続してそれだけ同世代の馬を千切れること自体は、やはりこの馬も超抜であるだろう)、タニノは走らなさ過ぎた、には違いないのであろう。そういう意味では、責任は騎手よりもむしろ調教師に帰せられるべき所もやや大きいかな、つー気はしないでもない(まぁ、フケとかで調子落としてたとかならば、余り誰を責められない的な部分は出てくるかも知れんが)。その点では、やはりエルフィンが余計だったのかなとも思うけれど、結局はダービーと考えるならば4戦使うほうがいい、くらいの高い意図はあったのかな、つー気もしなくは無い。あとちょっと思ったのは、この陣営、1週前に海外遠征をやってるんだよな、って辺り。まぁそれ言うと松田国師もフサイチリシャール連れてってますが、グレードを考慮してもポップロックよりは軽い意図の遠征ではあったはず。その辺りの総合的な厩舎のオペレーションに関しての難しさはちょっとはあったのかも知れないなぁ、とも。
その上で、2度目の感覚にあった「いい脚を長く」って辺りでは、やはりダスカがタニノに対して優れているところではないのかなという感覚については、オークスに持越しではあるものの、今のところはそういうものかも知れない、くらいに思っておこうかなと。つまり、オークスにおいての適性では、ダスカの方がやや上回るのかも知れない、くらいの。まぁオークスも結構スローになりがちなのでその辺りの適性がそのまま出るとは限らないものの、そういう意味での奥行きでリードできたことの方が、ある意味単なる勝ち負け以上にダスカにとって大きいところではあったかなぁという気もしてはいたり。ただ、やはりタキオンの距離適性みたいな部分は課題になってるところなだけに、別路線組のチェックは怠ってはいかんのかなとも。
余りこの辺りの議論の流れを追えてないのですが、何となく筆が進んだので。
◆地方競馬再建案グッドアイデア編@りあるの競馬日記
例えば、フランスの場合は首都圏(と書いてイルドフランスと読む)3場とドーヴィルを除けばおおよそ地方競馬と言っていいと思うんだけれど、それでも例えばフランス・ギャロのサイトを覗けば北はドーヴィルから南はカーニュ、東はストラスブールから西はナントに至るまで全国の競馬の出走表と結果は一覧することが可能です。アメリカでも液ベースを見ればほぼ同様に全国の競馬の開催を押えることが出来るでしょう。日本でもせめてnetkeibaくらいはそういう情報を一本化したDBとして作ればよいと思うのですが。
で、そういうDBを単純にシステム的に考えるだけでも十分分かるのが「地方と中央のクラス分けの違いによる齟齬」の大きさではあるでしょう。これに関して中央ファンは大概「公営は分かりにくい、合わせろ」と思ってしまうわけですが、ある意味思うのは
「じゃぁ、逆に中央で来週から『B3二組』とかそんなんでクラス分けされたら、おまいらどうよ」
って所だったり。要するに、現在かろうじて公営競馬に馬券を投じてくれてる天使のような馬券オヤジを余りにも蔑ろにしすぎた措置ではあるんだろうなぁとは思われます。まぁ彼らが馬券やめた分、あなた方が馬券を買うと請け負うのならば、やってもいいのかなぁという煽り気味な感じにはなるでしょうか。実際のところこの手の複雑なクラス分けが存在してたのは、比較的限られた馬資源を回すなかで、混戦の番組を演出して馬券的興趣を維持しつつ、走らない馬の馬主にも適度にゼニが落ちるという Win-Win の構図を作るためのものであり、中央と同じクラス分けを現在の開催形態を維持したまま適用するのは無理があるとしか言いようが無いでしょう。まぁ、ある程度「比較的限られた馬資源を回す」競馬開催モデルそのものが崩壊しつつある現状を改善することは公営競馬再生の必須条件と思われるので、そこを変えるならば自ずと修正しなければならないとも思われる訳ですが。
反面、じゃぁそういう修正を行う中で、中央が今まで維持してきた「未勝利→500→1000→準オープン→オープン」という勝ちあがり制の単純5段階のクラスモデルに関して、公営とどう統合すればよいかって問題はあるかと思われます。中央の現状の制度は、賞金的に偏差の無い状況で運用されていたから実現してたものであり、中央に入って高賞金が得られないことが相応しい駄馬の存在をこのモデルに取り込むことは、中央の開催にとってのリスクともなるでしょう。有芝の知る全国モデル的な方法としては、欧州や香港などで見られるようなハンデ戦中心のクラス設定があり、要するに全国統一のフリーハンデ(レーティング)を設定しそのハンデからの引き算で斤量を算出する、というやり方。要するに「フリーハンデ-10kg」みたいな斤量条件クラスを設ければ、フリーハンデ75の馬は65kgを背負うのでまず出てこない、逆にフリーハンデ55の馬は45kgでは乗せる騎手が居ない、みたいな感じでクラスが分かれるという感じです。まぁ、これを今から適用すればそれこそ「B3二組」とかを適用するくらい混乱要因となるでしょうね。ただ、全国規模で統合するなら余りこれよりもシンプルかつ統合されたモデルもぱっと思いつきづらい(例えば勝ち上がりベースな北米のアローワンスなどの仕組みなんかは、これよりは複雑な印象がありますし)。ともあれ、「賞金体系の異なる主催者間の情報を統合し、何処でも同じようなルールであるとした上で観戦できる」ようになるためには、中央の側も地方の側も相応に現在のファンに少なからざるルール変更を強いなければならないんでは、みたいなことは思ったりします。
そんな感じで何となく思うに(つまり、余りロジカルな意見とは受け取らないで頂きたい)、現在の中央競馬のある種「統合されたシンプルな」仕組み――そしてそれは、「ファンへの分かり易いインタフェース」として売上増を支えてきた歴史もあるのかも知れない――自体が、ある程度その仕組みで説明しづらい馬を排除する形で成立していたのかな、とも。その上で、そういう排除したものをある意味公営に押し付けながら中央の運営が成立していた部分はあり、それがJRAの公営に対する現在に至るまでの「冷淡さ」の背景にはあるのかも知れません。一方で、「押し付ける」ということは「依存していた」ということでもあるのでしょう。例えばトロさまが呈示するような危機感を共有できないっぽい意見を述べている人は見られますが、まぁ確かに経済規模では以前Southend氏が指摘してた通り「公営なんてある意味タカが知れている」と思う一方で、システムとしてそういう依存関係を持っているならば、やはり公営競馬の全面的な崩壊は中央の現行の競馬モデルや興行のクオリティに相応の影響を与える可能性は否定できないのかなぁとも。
一方、中央のファンがそういう意味での「地方が隔離されてることによる居心地のよさ」を(半ば無意識のうちに)愉しむ反面、公営のファンも、「大なり小なり中央に統合されてアイデンティティを失った形での公営競馬」をよしとしないのでは、みたいな疑義を持つ部分はあります。そういう意味では、実は双方のファンにとってのソリューションとしては、競馬場を民活と規制緩和によってコスト削減しつつ、競馬場を地域のイベントなどの施設として活用するなどのサイドビジネスも含めた収益などで維持するって辺りかなとは思われますが、それが成立するのかってのも。ともあれ、結局のところ競馬においても「ファンが保守的過ぎる」、つまり客の側が時代の変化を見ずに「今のままやれ」的な無理難題を押し付けてた構図はあるのかも、などと。いずれにせよ、それが維持できなければ(多分出来ないのだろう)お互いが不幸になるだけなので、何とかしなければではあるんですが。
◆地方競馬再建案グッドアイデア編@りあるの競馬日記
それがもたらした結果についての考察はノモケンのコラムを読んでもらうことにして、ここでは少し違う視点から見てみることにする。つまり、そうした関心や興味の少ない他場開催でも馬券を売る事ができた理由は、中央競馬には「マスメディアの力」があるからだと思われる。競馬ブックを始めとする競馬専門紙だけでなく、全国のほとんどを網羅するスポーツ新聞に少ないとはいえ、馬柱と記者の予想印が掲載される。このメディアの露出量という意味での「情報の断絶」ってのは本当どうしようもないよな、とは思われます。この中でりある氏は「予想のシルシ」に着目されてますが、それ以前の問題として、成績すら統合した形で情報を得ることが出来ないという分離状態な訳でして。
例えば、フランスの場合は首都圏(と書いてイルドフランスと読む)3場とドーヴィルを除けばおおよそ地方競馬と言っていいと思うんだけれど、それでも例えばフランス・ギャロのサイトを覗けば北はドーヴィルから南はカーニュ、東はストラスブールから西はナントに至るまで全国の競馬の出走表と結果は一覧することが可能です。アメリカでも液ベースを見ればほぼ同様に全国の競馬の開催を押えることが出来るでしょう。日本でもせめてnetkeibaくらいはそういう情報を一本化したDBとして作ればよいと思うのですが。
で、そういうDBを単純にシステム的に考えるだけでも十分分かるのが「地方と中央のクラス分けの違いによる齟齬」の大きさではあるでしょう。これに関して中央ファンは大概「公営は分かりにくい、合わせろ」と思ってしまうわけですが、ある意味思うのは
「じゃぁ、逆に中央で来週から『B3二組』とかそんなんでクラス分けされたら、おまいらどうよ」
って所だったり。要するに、現在かろうじて公営競馬に馬券を投じてくれてる天使のような馬券オヤジを余りにも蔑ろにしすぎた措置ではあるんだろうなぁとは思われます。まぁ彼らが馬券やめた分、あなた方が馬券を買うと請け負うのならば、やってもいいのかなぁという煽り気味な感じにはなるでしょうか。実際のところこの手の複雑なクラス分けが存在してたのは、比較的限られた馬資源を回すなかで、混戦の番組を演出して馬券的興趣を維持しつつ、走らない馬の馬主にも適度にゼニが落ちるという Win-Win の構図を作るためのものであり、中央と同じクラス分けを現在の開催形態を維持したまま適用するのは無理があるとしか言いようが無いでしょう。まぁ、ある程度「比較的限られた馬資源を回す」競馬開催モデルそのものが崩壊しつつある現状を改善することは公営競馬再生の必須条件と思われるので、そこを変えるならば自ずと修正しなければならないとも思われる訳ですが。
反面、じゃぁそういう修正を行う中で、中央が今まで維持してきた「未勝利→500→1000→準オープン→オープン」という勝ちあがり制の単純5段階のクラスモデルに関して、公営とどう統合すればよいかって問題はあるかと思われます。中央の現状の制度は、賞金的に偏差の無い状況で運用されていたから実現してたものであり、中央に入って高賞金が得られないことが相応しい駄馬の存在をこのモデルに取り込むことは、中央の開催にとってのリスクともなるでしょう。有芝の知る全国モデル的な方法としては、欧州や香港などで見られるようなハンデ戦中心のクラス設定があり、要するに全国統一のフリーハンデ(レーティング)を設定しそのハンデからの引き算で斤量を算出する、というやり方。要するに「フリーハンデ-10kg」みたいな斤量条件クラスを設ければ、フリーハンデ75の馬は65kgを背負うのでまず出てこない、逆にフリーハンデ55の馬は45kgでは乗せる騎手が居ない、みたいな感じでクラスが分かれるという感じです。まぁ、これを今から適用すればそれこそ「B3二組」とかを適用するくらい混乱要因となるでしょうね。ただ、全国規模で統合するなら余りこれよりもシンプルかつ統合されたモデルもぱっと思いつきづらい(例えば勝ち上がりベースな北米のアローワンスなどの仕組みなんかは、これよりは複雑な印象がありますし)。ともあれ、「賞金体系の異なる主催者間の情報を統合し、何処でも同じようなルールであるとした上で観戦できる」ようになるためには、中央の側も地方の側も相応に現在のファンに少なからざるルール変更を強いなければならないんでは、みたいなことは思ったりします。
そんな感じで何となく思うに(つまり、余りロジカルな意見とは受け取らないで頂きたい)、現在の中央競馬のある種「統合されたシンプルな」仕組み――そしてそれは、「ファンへの分かり易いインタフェース」として売上増を支えてきた歴史もあるのかも知れない――自体が、ある程度その仕組みで説明しづらい馬を排除する形で成立していたのかな、とも。その上で、そういう排除したものをある意味公営に押し付けながら中央の運営が成立していた部分はあり、それがJRAの公営に対する現在に至るまでの「冷淡さ」の背景にはあるのかも知れません。一方で、「押し付ける」ということは「依存していた」ということでもあるのでしょう。例えばトロさまが呈示するような危機感を共有できないっぽい意見を述べている人は見られますが、まぁ確かに経済規模では以前Southend氏が指摘してた通り「公営なんてある意味タカが知れている」と思う一方で、システムとしてそういう依存関係を持っているならば、やはり公営競馬の全面的な崩壊は中央の現行の競馬モデルや興行のクオリティに相応の影響を与える可能性は否定できないのかなぁとも。
一方、中央のファンがそういう意味での「地方が隔離されてることによる居心地のよさ」を(半ば無意識のうちに)愉しむ反面、公営のファンも、「大なり小なり中央に統合されてアイデンティティを失った形での公営競馬」をよしとしないのでは、みたいな疑義を持つ部分はあります。そういう意味では、実は双方のファンにとってのソリューションとしては、競馬場を民活と規制緩和によってコスト削減しつつ、競馬場を地域のイベントなどの施設として活用するなどのサイドビジネスも含めた収益などで維持するって辺りかなとは思われますが、それが成立するのかってのも。ともあれ、結局のところ競馬においても「ファンが保守的過ぎる」、つまり客の側が時代の変化を見ずに「今のままやれ」的な無理難題を押し付けてた構図はあるのかも、などと。いずれにせよ、それが維持できなければ(多分出来ないのだろう)お互いが不幸になるだけなので、何とかしなければではあるんですが。
はてぶコメントに返事を頂いた。
コメントにはちと長くなりそうなので、トラバにてお返事をば。
◆Backlash to 1984 - お返事
で、戦陣訓がその「意図」の中で暗黙の「組織的命令」となっていた可能性については、必ずしも100%否定は出来ないかな、とも思っております。100%肯定も出来るものではありませんが。というのは、基本的に当時の軍隊は「皇軍」の名の通り「天皇」がピラミッドの上にあることを精神的な拠り所としていたので、戦陣訓も東條の命令というよりは「陛下の命令」として受け取られていた、或いは、それに従うべきだという「空気」が守備隊内に流れていた可能性は結構あったと思われます。勿論、おっしゃる通り戦場にあっては戦場の現実が最も優先されるので、戦陣訓そのものが金科玉条になることも難しかったかなとも思われますが、この辺りはどう判断つければ良いのか難しいところではあります。
ただそんな中で、沖縄戦で最も不幸だったのは、民間人の無防備地域への退避活動が実質的に困難であったことでしょう。人道的な徳目以前に、そもそも軍隊にとって戦場に民間人が居られると色んな意味で困るので、大体においてシンメトリーな戦闘では民間人は退避・分離といった形で保護されるものではあります。硫黄島は事前に僅かな島民を皆疎開させてますし、日本領パラオではペリリュー島に軍事拠点を集中させて民間人を分離していましたし、満洲での対ソ退却戦を見てても民間人を出来る範囲で(あくまで、出来る範囲で)退避させることに関東軍は吝かでなかったように見えますが、沖縄の場合は、あらかじめ本土に疎開させるにしても人口が多過ぎる上に、実際にも疎開船が通商破壊の対象になるような状況であり、国としてあらかじめ「地上戦をやるにあたって国民を守る」手段が閉ざされていた感があります。そのような中で民間人を「守る」判断に現地で齟齬が出たことに関しては、旧軍や国家を強ちに責めづらい面はあるかも。
あと、元記事の※欄に出てた意見で、ちょっと思ったところを。
沖縄人が本土人を恨むとすれば、「奴らは本土決戦しなかった」という事後の結果に拠るところが大きいと思われます。空襲だの原爆だのは確かに悲惨ですが、地上戦を民間人として経験させられた方からすれば「マシ」に見える面はどうしてもあるでしょうし。その上で、自分達だけがその役割を押し付けられた、言わば「捨石にされた」と思ったならば、本土への感情は複雑なものとならざるを得ないのでしょう。仮に沖縄において集団自決の強要といった蛮行があったにせよ無かったにせよ、沖縄が本朝にあってひとりそういう過酷な地上戦を「経験」したという史実については、歴史の記憶から決して拭い去ってはならないのだろうとは思います。
コメントにはちと長くなりそうなので、トラバにてお返事をば。
◆Backlash to 1984 - お返事
うーん、意図ですか。手榴弾を与えた意図はおおむね「いざというときは、これで」だったと思うのですよ。つまり意図を問うなら「アメリカ兵が民間人に暴虐を尽くすと考えたため」ということ。だからこそ、住民も「あぁ、いざというときはコレを使えってことか」と受け止めたわけでしょう。もっとも「意図はどうあれ」として、「戦陣訓の民間人への不法な適用と解釈すべき性質のものではないか」というのであれば、それはひとつの史評ということになるんじゃないでしょうか。基本的には、例えば「手榴弾を民間人に渡す」(これは史実としておきます)ってのは、「軍事的」な文脈からはやや逸脱したものには違いないでしょう。軍事常識としては軍隊は戦場の只中で民間人守るヒマなどなく、基本的に民間人は退避させるかシカトするかいずれかとなる訳で。その上で、現場の上位から組織的(=軍事的)にそのようなことをする命令が出ていないとするなら(「ある」ことが証明されてないならば、現状こちらを史実に近いとします)、それは現場レベルの兵士・下士官将校の判断となるかと思われますが、では何故「軍事的に非合理な判断を下したか」は、その場の誰かの意図としか言いようがないのですが、その意図ってのはその場にいて判断を下した人の脳内にしか存在しないので、「『歴史』という視点で判断を下すのが非常に難しい性質を持っているなぁ」という感想が、ブクマコメントの趣旨ではあります。
ただし東条英機の戦陣訓は法じゃないので不法もへったくれもないので、法でなくとも東條に巨大な精神的カリスマがあれば別ですが、たいしてありません。ですから、そこに書いてあることが切実に感じられる戦況が事実として眼前になければ、心理効果などたかがしれていたんじゃないでしょうか。「戦陣訓なぞがあったばかりに…」というのは、戦後の歴史評論家が誇大に言い過ぎのように私は思えます。作家さんは生業からして書かれたものにものすごくこだわるというのはわかるんですが、でもそれは平時の机上の上でのことでしょう。
まして、仮に戦陣訓という東條の言葉に心酔していた軍人がいたとして、艦砲射撃や火炎放射の中で、「これは本来は民間人向けではないが、是非ともここで東條さんの言葉を伝えて守らせたい」だなんて、ちょっと考えられません。というか、軍紀も崩壊するような凄惨な戦線において、紙に書いてあることの拘束力など、誇大に考えるほうが不自然だとしか思えないのですがどうでしょう。
で、戦陣訓がその「意図」の中で暗黙の「組織的命令」となっていた可能性については、必ずしも100%否定は出来ないかな、とも思っております。100%肯定も出来るものではありませんが。というのは、基本的に当時の軍隊は「皇軍」の名の通り「天皇」がピラミッドの上にあることを精神的な拠り所としていたので、戦陣訓も東條の命令というよりは「陛下の命令」として受け取られていた、或いは、それに従うべきだという「空気」が守備隊内に流れていた可能性は結構あったと思われます。勿論、おっしゃる通り戦場にあっては戦場の現実が最も優先されるので、戦陣訓そのものが金科玉条になることも難しかったかなとも思われますが、この辺りはどう判断つければ良いのか難しいところではあります。
ただそんな中で、沖縄戦で最も不幸だったのは、民間人の無防備地域への退避活動が実質的に困難であったことでしょう。人道的な徳目以前に、そもそも軍隊にとって戦場に民間人が居られると色んな意味で困るので、大体においてシンメトリーな戦闘では民間人は退避・分離といった形で保護されるものではあります。硫黄島は事前に僅かな島民を皆疎開させてますし、日本領パラオではペリリュー島に軍事拠点を集中させて民間人を分離していましたし、満洲での対ソ退却戦を見てても民間人を出来る範囲で(あくまで、出来る範囲で)退避させることに関東軍は吝かでなかったように見えますが、沖縄の場合は、あらかじめ本土に疎開させるにしても人口が多過ぎる上に、実際にも疎開船が通商破壊の対象になるような状況であり、国としてあらかじめ「地上戦をやるにあたって国民を守る」手段が閉ざされていた感があります。そのような中で民間人を「守る」判断に現地で齟齬が出たことに関しては、旧軍や国家を強ちに責めづらい面はあるかも。
あと、元記事の※欄に出てた意見で、ちょっと思ったところを。
沖縄人が本土人を恨むとすれば、「奴らは本土決戦しなかった」という事後の結果に拠るところが大きいと思われます。空襲だの原爆だのは確かに悲惨ですが、地上戦を民間人として経験させられた方からすれば「マシ」に見える面はどうしてもあるでしょうし。その上で、自分達だけがその役割を押し付けられた、言わば「捨石にされた」と思ったならば、本土への感情は複雑なものとならざるを得ないのでしょう。仮に沖縄において集団自決の強要といった蛮行があったにせよ無かったにせよ、沖縄が本朝にあってひとりそういう過酷な地上戦を「経験」したという史実については、歴史の記憶から決して拭い去ってはならないのだろうとは思います。
![すくすくパラダイス 2007年 05月号 [雑誌]](http://ec1.images-amazon.com/images/I/310xJbsyGPL.jpg)


