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殿下執務室2.0 β1

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有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、そしてYet Another Amateur Photography。

「最後の授業」と、ナショナリズム 

 相当昔のブロゴスフィアで話題になったことを、ふと思い出したので、適当にメモ書きしておく。

『最後の授業』はフィクション度が高い@ARTIFACT ―人工事実―
NHK「ひるどき日本列島」と国語教育@余丁町散人(橋本尚幸)の隠居小屋
最後の授業@詞織
「最後の授業」の神話性@it1127の日記
帰国生からみた『最後の授業』と歴史教育
『パリ・アルザス・プロヴァンス ―アルフォンス・ドーデ『最後の授業』の問題域』

 「最後の授業」というのは、ある程度我々の世代以上にしか通じない話題、ではあろう。
 自分の時にはまだかろうじて残っていたらしいが、私自身の記憶としては、小学校の高学年の時に姉の教科書で読んで感動したけど、自分がその年になった時の教科書には存在しなかったくらいの呼吸で落ち着くので、ちょうど30代真ん中辺りが分水嶺となるのではないかなと。この作品が何故に国語の教科書に採用されなくなったか、というと、結局は「エルザース・ロートリンゲン両地域(長いので、以下「両地域」と表記する)においてフランス語は母語でも何でもなく、かの作品自体がフランス人中心主義に過度に偏っている」といった批判があったとのこと。一方で、この作品の扱っている内容は、歴史における民族の翻弄を分かり易く描くものであり、やや相対化した視線で歴史の教材として取り上げれば、単に暗記ではなく「考える」ための素材として成り立つのではないか、などといった意見も。

 個人的には、蓮実氏辺りが書いているようなドーデ批判、すなわち「フランス中心主義」への論難みたいなのは、実はしっくりこなかったり。というのは、結局、それならばもし両地域がドイツ語方言の領域であり、彼らにとって「フランス語(そして恐らくはベルリンのドイツ語も)が『牢獄の鍵』ではない」とすれば、果たして彼らにとって最も幸せなことは、両地域が独立して自らの母国語を教育の主体とすることであるのか、或いは19世紀的公教育のポリシーをある程度曲げる形であの時点での彼ら住民たちを「アルザス人」として教育すべきだったのかが、どーもしっくり来ないから。それは、詰まる所「多民族国家」としてマイノリティの座に甘んじつつもある程度の自治を国家内で得ている地域が、得てして民族自決を過剰に適用して血で血を洗うような敵意をお互いに抱いてしまった国家(ユーゴとかユーゴとか1930年代のエスパーニャとか)なんかと比較して全般的に幸運な面があるのではないかなぁ、とも思われるからでもある。
 欧州にはこの両地域以外にも、独自のアイデンティティを持ちつつ少数民族として特定の国に編入されている地域は数多くある。両地域やエウスカディのごとく国境に接するようなものでなくても、ブルターニュやガリシアのように地形的に最果てのものなどもあったり。恐らくそれらが普通に独立していたら、欧州はある意味で中世領邦国家に回帰するだろう。その上で、近代においてこれらの諸邦が国民国家に再編されたのは、近代というシステムがこれらの少数民族を不幸にするシステムだったのかというと恐らく必ずしもそうではなく、それなりに政治的なリソース配分における暗黙的なバランス調整や、地域ごとのアイデンティティの再編を正当に踏んでのものである側面も考えられるのではないだろうか。

 その上で、当然(散人氏の指摘するような)「フランスに帰属しようとするアルザス人」なるアイデンティティを持っていた人物も、またその逆も、当時の両地域には数多くあったのは事実であろう。フランツ君なんかもフランス語が好きかどうかはサテオキ、ある程度そういう志向を家族などを経由してある程度無意識のうちに持っている子供として描かれており、それは当時の両地域において、かりに多数派ではなくとも、決して不自然なものではなかったと言える。例えばサルトルとシュヴァイツァーなどはこの地域生まれの親戚同士であるけど、前者の家族が「ドイツに帰属することを拒否して」パリに移住した例もあったりする訳で。
 凡そ、民族としてのアイデンティティと国民としてのアイデンティティとは、常に一体化させられるべきものでも無いのだろう。逆に言えば、そこへの過剰なこだわりが不寛容を生む面もあるだろうし。その意味では、ドーデのこのテクストを歴史から光を当てることによって「単なる虚構だったんだ」などと片付けてしまうのは、ある意味では、まだ国境とか民族という重力に魂を曳かれ続けているってことなのかも知れない。上述のリンクにおける子供たちの感想などを見ていても、まだその辺りの未熟さも窺える気がする。その上で、「歴史の教材」としてこれを扱うにしても、実は課題としてはなかなか厄介というか、思いのほか複雑な内容を抱えている面があって、教える学年をどの辺りに設定するのかについては苦労するなぁ、なんてことも思ったり。

 一方で、ドーデのテクストを批判するとすれば、「国語」が結局「何を教えるものなのか」についてだろう。結果として、アメリア……ゲフゲフン、アメル先生にとってそれはVive la France.の3語に集約した。つまり、国語教育が愛国心教育である、という姿勢についてだろう。で、我々が国語を学ぶ目的は愛国心を育むためだろうかというと、恐らくは違うんじゃないかとは思う。国語はむしろ「ランゲージ・アート」であり、言わば口語文語により、「人に伝える」技術を養うことである。読書を行わせるのも、感想文を書かせるためではなく、「伝えられる」立場に立つことによって「どのように伝えようとしているか」の技術を考察させること、それを通じて、自分の感情の言語化可能な範囲をより広げることに資するためだろう。勿論、公教育という教え手の側の立場として「一定のアイデンティティを教育を通じて培う」権利はあると思うが、反面「愛国心」のごときベクトルがこの文脈に絡むことは、「伝える」ことの可動範囲を狭める方向に働く懸念もある(ここでは「愛国心」を挙げたが、勿論教師個人の政治的バイアスが愛国心に反する方向に極度に絡んだとしても、同じ問題は発生するだろう)。その意味では、この作品が国語の教科書から外された判断は、そこそこ妥当ではないか、とも思われ。

 ただ、教科書において、どのような教材に子供が感動し国語を学ぶことを動機付けられるかは、人それぞれではあるだろう。その上で義務教育においては、出来るだけ多くの子供が何処かで感動を得られるようにする必要が出てくると思う。その意味ではこういう作品が一つくらい入るのは悪くないのかも知れない。実際、ある程度感動的な作品には違いないから。
 一方で思うのは、多くの子供を感動させるために余りにも雑多な方向の作品を収録しても、それはそれで多くの子供について「年に一つくらいしか感動できるポイントが無い」意味で等しく殆どの子供にとって「つまらん教科書」になっちゃうのかな、という問題。で、恐らく現実に今の教科書自体がそういう方向で「つまらない」ものになってる、って面はあるのだろう。実際、自分の時代も国語の教科書って大半はつまらなかったし、それは現在の子供も多分そうなんだろうなぁ、と。国語ってのは、そういう意味でかなり子供によって個別的な要素が強い教科であり、そういう意味では子供をアトラクトしにくい面が本質的に備わってる、だけど本当に「ランゲージ・アート」としての目標を達成するためには幅広く教材を用意しないといけないのも事実で、つくづく教えるに難しい科目なんだろうなぁ、なんて慨嘆。

◆最後に、この話題のおさらいとして。
 アカデミックな立場からの両地域史とその言語教育の経緯に関しては、以下を参照されたい。
 ナショナリズムに関して、政治的な立ち位置を排したバランスの良い論文だと思う。
 -アルザスの地域主義と言語政策@岡田朋子氏
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テーマ: 歴史

ジャンル: 学問・文化・芸術

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