と、考えさせられた、本日のほってんとりより。
◆電車って現代の奴隷船だよな・・・・・
基本的には、自分は今のところさほどラッシュが酷くない路線に乗っているってのはあるけど、そもそもラッシュの酷さなんてのはある程度選択可能なものではないかと思っている。それこそ、30分はやく起きればまずは相当に混雑を回避できる。それが嫌なのは、結局「ギリギリまで寝てる」という選択肢をより重視していて、家の布団における(と書いたのは、日本は公共空間での睡眠がある程度セキュアに確保できる美しい国であるから)睡眠時間を削ることの方がラッシュに耐えるよりも辛い、ってだけではないのだろうか。或いは住所の選択やマイナー路線の活用など、相応なライフハック以前の工夫である程度以上の緩和が期待できるものではあるだけに。
その上で、例えばアメリカのようなクルマの通勤ラッシュってのを考えると、明らかに環境に悪いし、しかも通勤する側としては時間が読めないってのはある。しかも、それがなくても既に結構な交通量が日本にはある訳で、もし都市部までクルマ社会の普及した日本を思うなら、それは相当な悪夢であろう。てーか有芝も喉が余り具合良くないんで、これ以上クルマ増えたら喘息になるっつーねん。一方で、ある程度地域的に分散した形で近郊型のオフィスが増えた場合には、今度はセールスマンの皆さんが昼間に移動量が多くなって、生産性が落ちたりだとかいう話もある訳で、勿論「東京にある程度密集された社会構造」による利益を東京に住んでいる人たちは享受しているのは間違いないのである。そう考えれば、通勤ラッシュというのはそういう受益者における等価交換の法則に過ぎない、ってのはあるんでしょうなと。
ただまぁ、実際にそういう等価交換の結果、ラッシュというものを選択できない、という人は確実にいるだろうし、そういう人はやはり「都会が向いてない」のならばそういう人生を選択するのはありかなぁ、とは思う。一方で、問題なのは、ラッシュとかがダメで地方に下る自由ってのが各人にある一方で、地方に彼らの受け皿となるものがないことっつーか、まぁその辺りは地方の活力の問題もあるけれど、そもそも都会人がある程度都会人としてカスタマイズされすぎていて、地方でやってけない的な部分も多分にあるんではないかなぁという辺り。要するに、そもそも「都会に向いてる」ハズなのに、本人がそれを認識できてないみたいな状況の場合には、結構不幸の度合いが大きいのかなぁ。
しかし、あらためて>>1を読んで思うのは、「そもそもある程度歪んだ生活リズムに耐える体力がなければ、ラッシュに耐える給与労働者以外の仕事でも苦労するんじゃないかなぁ」ってこと。その上で、サラリーマンがラッシュに耐えるために必要な体力は、ホテルのバーテンダーが夜勤に耐える体力よりも多分さほど大きくないとは思うし、デイトレ屋さんならちょっと海外モノなり為替なりに手を出せば寝る時間はなくなるし、自営業の人たちの多くは商品の仕込みのために店舗の開業時間よりも相当に早く起きざるを得ないし、コンビニの経営者は24時間仕事だし、農家は天候によって突発的に仕事が入るだろうし、物書きには締め切りがあるし、そんなに安穏としたリズムで生活できる職業が世の中にあるのかなぁと思うと、少々のラッシュに耐えても都会で一定の時間給与労働に励むことがそこまでイレギュラーな生活なのかは、いまひとつ分からん……つーかむしろラクな部類に属するようにも。
◆電車って現代の奴隷船だよな・・・・・
基本的には、自分は今のところさほどラッシュが酷くない路線に乗っているってのはあるけど、そもそもラッシュの酷さなんてのはある程度選択可能なものではないかと思っている。それこそ、30分はやく起きればまずは相当に混雑を回避できる。それが嫌なのは、結局「ギリギリまで寝てる」という選択肢をより重視していて、家の布団における(と書いたのは、日本は公共空間での睡眠がある程度セキュアに確保できる美しい国であるから)睡眠時間を削ることの方がラッシュに耐えるよりも辛い、ってだけではないのだろうか。或いは住所の選択やマイナー路線の活用など、相応なライフハック以前の工夫である程度以上の緩和が期待できるものではあるだけに。
その上で、例えばアメリカのようなクルマの通勤ラッシュってのを考えると、明らかに環境に悪いし、しかも通勤する側としては時間が読めないってのはある。しかも、それがなくても既に結構な交通量が日本にはある訳で、もし都市部までクルマ社会の普及した日本を思うなら、それは相当な悪夢であろう。てーか有芝も喉が余り具合良くないんで、これ以上クルマ増えたら喘息になるっつーねん。一方で、ある程度地域的に分散した形で近郊型のオフィスが増えた場合には、今度はセールスマンの皆さんが昼間に移動量が多くなって、生産性が落ちたりだとかいう話もある訳で、勿論「東京にある程度密集された社会構造」による利益を東京に住んでいる人たちは享受しているのは間違いないのである。そう考えれば、通勤ラッシュというのはそういう受益者における等価交換の法則に過ぎない、ってのはあるんでしょうなと。
ただまぁ、実際にそういう等価交換の結果、ラッシュというものを選択できない、という人は確実にいるだろうし、そういう人はやはり「都会が向いてない」のならばそういう人生を選択するのはありかなぁ、とは思う。一方で、問題なのは、ラッシュとかがダメで地方に下る自由ってのが各人にある一方で、地方に彼らの受け皿となるものがないことっつーか、まぁその辺りは地方の活力の問題もあるけれど、そもそも都会人がある程度都会人としてカスタマイズされすぎていて、地方でやってけない的な部分も多分にあるんではないかなぁという辺り。要するに、そもそも「都会に向いてる」ハズなのに、本人がそれを認識できてないみたいな状況の場合には、結構不幸の度合いが大きいのかなぁ。
しかし、あらためて>>1を読んで思うのは、「そもそもある程度歪んだ生活リズムに耐える体力がなければ、ラッシュに耐える給与労働者以外の仕事でも苦労するんじゃないかなぁ」ってこと。その上で、サラリーマンがラッシュに耐えるために必要な体力は、ホテルのバーテンダーが夜勤に耐える体力よりも多分さほど大きくないとは思うし、デイトレ屋さんならちょっと海外モノなり為替なりに手を出せば寝る時間はなくなるし、自営業の人たちの多くは商品の仕込みのために店舗の開業時間よりも相当に早く起きざるを得ないし、コンビニの経営者は24時間仕事だし、農家は天候によって突発的に仕事が入るだろうし、物書きには締め切りがあるし、そんなに安穏としたリズムで生活できる職業が世の中にあるのかなぁと思うと、少々のラッシュに耐えても都会で一定の時間給与労働に励むことがそこまでイレギュラーな生活なのかは、いまひとつ分からん……つーかむしろラクな部類に属するようにも。
| ホーム |

