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殿下執務室2.0 β1

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有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、そしてYet Another Amateur Photography。

新採点基準と「世界の荒川静香」 

 これでブリザードアクセル的に安藤辺りが鼻水噴くシーンとかあれば(ねーよwww
 という訳で、めでたい結果に終わったフィギュア女子ですが、一方で新採点システムの導入というのが今大会のフィギュアにおいては恐らく一番大きな話題でもあったのかなぁとも思われつつ。そんなフィギュア界をやたらぶった切ってるイタリア人ジャッジ氏のコラムサイトなどがあったので、ちらっと紹介してみる。

Sonia Bianchetti Garbato: What is left of the art of Figure Skating?

 ヘッダを見れば分かるとおり、オリンピック前の先月に執筆されたコラムなのですが、要するにフィギュアの新採点方式の採用によって競技そのものの芸術性が落ちる一方で、採点の客観性や公正さは結局のところ何ら確保されてねぇよ、トリノどうするよ、みたいな趣旨のお話。有芝はこの道に関しては全くの素人なので、この人の話がどこまで正当なものなのかが判断しかねる部分もありますが(ざっと読んだ印象では、どうも自分の立場からの主張ばかり的な部分があって、ちょっとな……という感じもありましたが)、しかし実際のところ、塩湖で疑惑のジャッジした当事者が「俺様があんな判定をやらかしたお陰で、採点が客観的になったじゃないか」と悦に入ってるという釣り師のようなコメントをしてる辺りを見ると、なかなか魑魅魍魎な世界だよなぁとは思ったりもして、まぁこういう告発をしたくなる人の気持ちは分からんでもないというか。
 ただ、女子フィギュアに関してのこの筋というのは、結構「あー、そうだよねぇ」と納得する部分もあったりしました。
In the ladies we saw something like 50 or more spiral step sequences which were just photocopies of one another, with exactly the same positions of the free leg, the same holds, the same changes of edges -- not to mention the Biellmann spins, some of which were really horrendous -- and the same scratchy straight-line step sequences, the whole filled with failures and falls in jumps, jump combinations and sequences.
 ジャンプでスルツカヤとコーエンが相次いで転倒したのは、ある意味「恵まれ」っぽくも見えたのですが、一方で結局色々シーケンスを盛り込まないといけないからジャンプが余裕のない状態になるよなぁ、というのは多分あったのでしょうな。その上で、そのハイレベルなシーケンスはというと「また発泡酒マンか」みたいな感じの判で押したような演技、というのはテレビ桟敷の素人視聴者でも思ってしまったりしてた部分でありまして(と思いつつ2ちゃん見てたら、やっぱりビールマン多すぎスレが立ってたのが面白かった。まぁこちらも随分前から立ってたようですが)。

 あとは、審判の採点として Technical Elements に対する演技加点 (GOE:Grade of Execute) とか、あと芸術点に代わる Program Components の批判というのがあるのですが、これの偏差がつきにくくなっている、という話もあるらしい。結果としてジャンプの質がどれだけ高くてもちゃんと着地して同じ回転数ならば全く同じものになるし、Components はホームアドヴァンテージや「選手の格」による採点が罷り通っている、と。このコラムだけではその辺りの背景が読めないのですが、もう一つ別のコラム、「Another Monster」を読むと、要するに審判に対する査定の問題があるなんて話も出てくる。
 要するに、審判の公正性を示すためということで、現在行われている施策として、
「審判が平均採点から一定偏差以内に収まらない採点をした場合、誤審として査定され、その回数が累積すると、審査停止などの制裁が加えられる」
というのがあるようですな。一方で、審判というのもそう万能ではない訳で、例えばよく鍛えられた審判が1人しかいなくて、あとの全員が未熟だった場合には、よく鍛えられた審判の採点が「誤審」扱いされてしまうケースもあるとか。結果として、審判がみんなビビってしまい、思い切った加点や減点が出来なくなってしまって、上述したように GOE が殆ど同じになったり、スルツカヤ級の選手はどんなパフォーマンスでも似たような Components がついてしまう的な弊害が出ている、と。

 一方で、今回のオリンピックの結果は「だから今回の大会としてのレベルは低い」となるのかどうか、となると別の問題かなとも思われたりする。例えば、このビアンケッティたん氏は、新採点方式ではスケート選手は何でも出来ないといけないみたいな話になっているという文脈で、こんな皮肉を書いているわけですが。
I am wondering whether I understand anything about figure skating anymore, since I miss those "miserable" skaters who could only skate with their arms, and linked their casual triple or quadruple jumps with nothing but magnificent connecting steps or sequences, perhaps only "Level 1," but who skated on deep edges, at great speed, almost floating on the ice, and could transmit deep artistic emotions to the audience in the arena and at home -- skaters such as Katarina Witt, Brian Orser and Brian Boitano, Kurt Browning, Michelle Kwan, Sasha Cohen, Shizuka Arakawa, Alexei Yagudin, Ekaterina Gordeeva and Sergei Grinkov, Jamie Sale and David Pelletier or Xue Chen and Hongbo Zhao, or in ice dancing Jayne Torvill and Christopher Dean and the Duchesnays, just to mention a few to whom some strange judges, including myself, awarded some 6.0 marks out of the blue!
 ちょっと分かりにくいので、訳してみると、こんな感じか。
 私はフィギュアを全然解していなかったのか、と愕然とする。今まで私は、腕しか動かさず、何の変哲もない3回転なり4回転を見事なステップやシーケンス(恐らくはレベル1でしかないだろうが)で繋げ、反面エッジの深く、空に浮くような速い滑りを見せ、テレビ桟敷に至るまでの観客を魅了する表現力を持った選手を愛してきた。古くはヴィット、オーサーにボイタノ、ブラウニング、近年ではクワンにコーエン、荒川静香、ヤグディン、ペアのゴルデーワ・グリンコフ組、サレ・ペレティエ組、申雪・趙宏博組、そしてアイスダンスのトーヴァル・ディーン組にデュシェネー組、これらの選手は全て「欠陥のある選手」であり、脊髄反射で6.0をつけてた自分のような審判はアフォだったというのか?
 で、何がいいたいかというと、今回のワンツー、その「欠陥品」でしたやん、みたいなオチだったなぁ、ということ。
 その意味では、競技自体が確かに変質している部分もある一方で、レギュレーションの変化が、例えばジャンプのように、ある時期栄光に輝いていた選手を一気に奈落の底に突き落とすような性質のルール改正では無かった、ということなのかなぁ、なんてことも思った次第。ただ、それは要するに、ジャンプのように「一部の選手のみがトクをするようなルール改正ではなかった」というに過ぎない可能性もあり、一方でフィギュア全体としては、本当にそうかは自分には検証する力はないのですけど「全員を大なり小なり不幸にするルール改正」になってた可能性もあって、それゆえに「ルール改正に対応する限りでは、既存採点で上位だった人が普通に勝てる」ような状況はあったのかなぁ、ということ。
 ただ、全体として「システムではなく審判の問題」という記事の結論はまぁそうなんだけど、それでもシステムはシステムとしてある程度改善が必要だったというか、方向性としてはやはりある程度技術系を分析的に評価する、みたいなのはそう間違ってないかも知れず、あとはどうやってそれがプログラムの制約をしない方向で運用できるか、ってのが大きいところかなぁ、とは思いました。その上で、ある程度納得できない面は採点競技である以上、どうしてもあるのでしょうが。

 にしても、上の引用した選手のリストを見ると、あらためて、いかに錚々たる神スケーターたちのリストの中に「荒川静香」の名前が含まれていたか、ということにちょっと驚いたりもしたものです。やはり、世界選手権優勝の称号とイナ・バウアーの流線美にはそれだけの価値があるのか、と。日本では安藤のスターシステムや見た目の豪快さ、長野でのコケっぷりに浅田真央の台頭など様々な事情があって、全然そんなレベルの評価をされていなかった荒川が、そういう意味で日本人に正当に評価される結果となったという意味でも、今回の結果というのはやはり喜ばしかったのかなぁ、なんてことも考えたりはした。
 まぁ、俺の中ではみどりちゃん最強ですけどね!(ぇ

◆参考程度に
今回の大会のジャッジスコア、ISUのサイトより。
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昔の技術家庭の資料集 

 麻智さんが使ってたのを見せてもらってたのだけど、やたら面白い。
 で、そんな中から、「コンピュータの光と影」というお話。



 恐らく平成はじめくらいに作られたものの割には、案外それほどハズしたことは書いていないのかも知れない。強いて言えば、「多くの情報を一枚のフロッピーディスクに」って、この時代にはハードディスクすらない訳だけど、それを思えばやっぱり頑張って作ってるなぁともと思う……が、余りにも図が昭和後期の香りを漂わせすぎているのはどうしたことだろう(笑)。何か著作権を破ってる人の絵とかは、これを本当に著作権を破ってる厨房に見せれば、暴力団を珍走団と呼ぶのと同じくらいの効果があるのではないかと妄想してしまいます。
 にしても、よく分からないのは、4番の「コンピュータは人間が使うのです」という影の部分。それはあれですか、言いたいのは「バグは仕様です」みたいなものなんでしょうかなどと考えさせられたり。或いは、検索ワードを器用に使いこなせないと必要な情報が取れないよとか言うことなのか、つーかそれがコンピュータの陰の部分になるのかどうか、昔の人は色んなことを心配してたのだなぁと思う。
 その一方で、5番の光の部分。2006年の視点から言わせて貰えば

午前3時までパソに張り付く廃人は、

それ自体がだ!

 というところでしょうか(笑)。そこはもっとコンピュータウイルスみたいなおぞましい絵で危機感を煽らないとダメだよ、とこの時代の人に言ってもピンと来ないんだろうなぁみたいなことは、考えさせられますた。
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国歌を日本語カバーしてみる@韓国。 

 特に理由は無いけど、愛国歌。
 結構古い国歌で、大韓帝国時代には歌詞は出来ていて、元々は「ほたるの光」に合わせて歌われていた、らしい。ということで、現在の愛国歌も、メロディーラインを合わせると「ほたるの光」に良く似ていて、何となく「愛はかげろう」と「冬のソナタ」のサビの部分みたいでもある(笑)。しかし、基本的に共和制国家の場合、国家はどうしても革命色が強くなりがちで軍歌みたいな曲が多い中で、君主制の名残を残しておとなしい曲になっているのはそれはそれで悪くないのではないかとは思います。

◆대한민국 애국가(テーハンミングッ・エグッガ)
♪동해물과 백두산이 마르고 닳도록  東海かれ白頭山の崩れるまで
 하느님이 보우하사 우리 나라 만세 神の護りたる ウリナラマンセー
 무궁화 삼천리 화려강산       無窮花 三千里 うるわしき
 대한사람 대한으로 길이 보전하세  大韓のこの地を 民よ守れ
 基本的に隣国の言葉ですし、文法的に類似している言葉なので、当然言葉をはめるのも簡単。
 しかし、やはり語感が微妙に変わってくる部分もあって、7~8小節目辺りは素直に「我が国バンザイ」とやってしまうと微妙に音のノリが悪くなってしまったりする。これはやっぱりウリナラマンセーの方が良いですなぁ。あとは、勿論向こうの地名なので向こうの地名のままトンヘを使いますが(その方が当然歌詞は乗せやすいし)、もし「日本海」にしちゃうなら
♪日本海枯れ果て白頭山消える 果て無き時までウリナラマンセー
くらいで歌えばよろしいでしょうか。まぁ流石にやめとけ、とは思うが。13小節目辺りは「大韓」が2回出てきますが(直訳なら「大韓の民よ、大韓として」となる、らしい)、流石にこれは日本語では4音節になってしまうので、微妙に意訳にならざるを得ないところ。
 にしても、1節目の表現ってのは微妙に君が代の「細石の 苔の蒸すまで」に似てるんだよなぁ、とは思う。あと、3節目の風土を謳う部分も何となく「たたなづく青垣 山こもれる」的な日本的感性に近いところもあって、そういう意味では李朝時代の韓国の伝統的なこういう「愛国」の表現ってのは、ちょっとだけ日本に通じる部分もあるのかもという縁は感じてみたり。


カーリングをヴァカにした人が炎上した件 

 今更だけど、ちょろっと振り返るか。
 個人的に不思議だなぁと思ったのは、野球を主戦場にしてる人が叩いていた、というのがちょっと意外ではあった所。ウィンタースポーツに関しては、恐らくアイスホッケーを例外としてほぼ短期決戦的なものが多いというか、一人一人の競技時間・或いは全部勝敗が付くまでが短いものが殆どで(クラシカルの最長距離でもマラソンより短いし、当然早く決着する、とか)、その点ではカーリングはアイスホッケーと並んで例外的だなぁとは思っていたのですが、それってある意味球技のノリだし、もうちょっと言えばあの一投一投の間の取り方というのは何がスポーツ的に最も近いといえば、恐らく野球ではなかろうかと(いや、ビリヤードの方が近いといえば近いけど、あれは個人スポーツですし)。恐らく、野球と同じくらいの頻度でカーリングの中継が行われていれば、多分それなりにビールを片手に愉しむと思うけど、間違いなく途中で寝落ちすることもあるな、という辺りも野球に似ている(笑)。まぁ、逆境ナイン的な大逆転が物理的に不可能なので、コールドが存在するってのは違いかも知れないけど。

 で、そんなカーリングを野球畑の人が叩くというのは、余程カーリングを全く見てなかったのか、それともカーリングが野球のライバルになるみたいな変な被害意識を持っていたのかどっちかかなぁと思いつつ、一方で確かに競技時間が長いというのは、このスポーツをより広く多くの人に愉しんでもらう際にちょっと垣根になる要素の一つかなぁ、とも思った。
 カーリングって確かに本当に面白いし、あれを見るとやりたくなるという気持ちすらも出てくる所はある。何しろ見た目的にはのんびりとしていて、如何にもインドア的というか、要するにボウリングなどの親戚的に見えてしまうスポーツではあるので。しかし、実際あれの――特に初心者レベルでの――難度はボウリングよりはなかなか難しいかなとも思う。恐らく素人の我々がいきなりやっても、まずストーンをハウスにもってくることすら出来ないし、多分あの掃除してる人は相当に体力を消耗すると思うし。更に、メンツが各チーム4人いないとゲームが進まない。カーリングという競技普及における最大の障害は、メディア的な無関心以上に、競技に内在する垣根にあるのだろうなぁとは思う。いやまぁ、勿論メディア的にもせめて世界選手権とか全日本くらいは年に1回レベルで中継してくれれば有難いですが。

 にしても正直、カナダやスウェーデン辺りでは一体どのようにやったらあんな競技を普及させられてるのだろうかと途方にくれてしまうのだけど(一応ぐぐったら、カーリングバーみたいなのがあるらしいっすね)、一方で、あれを簡単にして都会の子供辺りでも楽しめるような「ベビーカーリング」的なものを何らかの形で娯楽化させられたら、かなりインドア遊戯として発展の余地があるのではないだろうか、とも思った。勿論、そういう辺りからホンモノのカーリングに移行するような人がいれば、競技のレベルも向上が期待できるし。もうちょっと言えば、氷がなくても出来るカーリング場みたいなのがボウリング場とかに併設できるとか出来たら面白いかもなぁとか。ペブルを氷以外で作るのは結構大変そうだが。

 ともあれ「やりたい」と思ってなかなか出来ない競技である一方で、スキージャンプほど選ばれた人しかとても出来なさそうという競技な訳でもないだけに、色々と普及のさせ方を考えてみてもいいスポーツじゃないかなぁ、ということは思ったり。
 あと、日本のウィンタースポーツで思うのは「お家芸」的なものを作れてないのかなぁ、ということ。かなり色んな種目にエントリーして相当な規模の選手団を送りながら結構クロカンとか如何にも厳しそうな競技でも入賞がある一方で取れそうなところでメダルが全然取れない今回のトリノみたいなのを思うと、どうも日本の冬スポは「薄く広い」ってところはあるのかなぁと。そういう意味では、「他ではほとんど見ないけどショートトラックでは確実にメダルを持ってく韓国」的にどれか一つ国民的に向いてそうなのを注力するってのはいいのかもな、とは思う。そういう点では、カーリングってそう悪い選択肢では無いかもしれないな、とも。レギュレーションもそんな簡単に変えられ無さそうだし(笑)。
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国歌を日本語カバーしてみる@ドイツ。 

 オリンピックをやってるのに国歌を余り聴かないなぁと思ったら、何のことは無い、単に日本人がメダルを取れないので表彰式が放送されないからだよな。ということで、ちょっと寂しい気がするので、国歌の訳詞でも作って気を紛らわせたりしてみる。
 勿論、単純に国歌を翻訳するだけなら何処のサイトでもあるので、折角だから国歌に翻訳がのっかるような感じで、なるべく趣旨を崩さないようなカバー歌詞を作ってみるというテストです。で、まぁ取りあえず、このサイトの趣旨的に、ドイツからはじめてみましょうか、と(続くかは不明)。

◆Das Lied der Deutschen (または Deutschlandlied )
 全体の歌詞と逐語訳は、Wikipedia:ドイツの国歌を参照。オーディオに関してはそこからもリンクされている国の公式サイトからどんぞ。
 有名な話でありますが、1番と2番は一般的に現在歌われず、3番のみが歌われます。元々ワイマール時代以降は1番以降が廃れて歌われていなかったのですが、第2次大戦後に歌詞の部分が領土でなくなったために1番を廃し、しょーもない歌詞の(笑)2番を飛ばして、「Einigkeit」=統一という言葉の残る3番を正式な歌詞とした次第。俗に言われる「世界に冠たるドイツ」という表現が不遜でナチズムを連想するから、というのは都市伝説らしいです。
 では訳詞。
♪Deutschland, Deutschland über alles, ドイツは全ての
 über alles in der Welt,        世界に勝る
 wenn es stets zu Schutz und Trutze  兄弟(はらから)とともに
 brüderlich zusammenhält.       護りを固めて
 Von der Maas bis an die Memel,    マースからメーメルまで
 von der Etsch bis an den Belt,    エッツからベルトまで
|:Deutschland, Deutschland über alles, *ドイツは全ての
 über alles in der Welt! :|       世界に勝る
 ここは有名な「世界に冠たるドイツ」の部分。個人的にこれを歌う時は
「♪ドイツはドイツーは、世界でいーちばんー」
と歌うのですが、それでは余りにマヌケなので、ちょっと色をつけてみました。「世界の全て」ではなく「全ての世界」にしたのは、サビ部分のリフレインで「世界に勝る」にした方が、原曲の "über alles in der Welt" の趣旨を引き出せそうだったから。brüderlich という言葉は3番にも出ますが、統一ドイツを作るために力をあわせる、というのが元の趣旨なのでこのような歌詞が出てくる、ということでしょうか。
♪Deutsche Frauen, deutsche Treue,   女と真心
 deutscher Wein und deutscher Sang   ワインと歌声
 sollen in der Welt behalten      妙なるゆかしき
 ihren alten schönen Klang,      ドイツの誇り
 uns zu edler Tat begeistern      心を高めて
 unser ganzes Leben lang.       気高く生きよう
|:Deutsche Frauen, deutsche Treue,   *女と真心
 deutscher Wein und deutscher Sang!:|  ワインと歌声
 一節ごとに Deutsche が入るのでそれを削れば割とすんなり最初の部分の翻訳は出来る。ここで飛ばされた「ドイツ」という言葉を入れるために、原曲とは微妙にズレるが、「ドイツの誇り」というフレーズを入れてみたけど、原曲のこの部分を逐語訳すれば「ドイツの女とかその他諸々は、古く美しき響きを世界に満たす」という感じです。個人的にはこういうしょーもない歌詞は国歌としては好きなのですが、やはり「女」とか入ると微妙にジェンダー的にマズいというのも、恐らく余り採用されなかった理由となるでしょうか。
♪Einigkeit und Recht und Freiheit   統一・自由・正義
 für das deutsche Vaterland!      祖国のドイツに
 Danach lasst uns alle streben     心を合わせて
 brüderlich mit Herz und Hand!     手をもて築こう
 Einigkeit und Recht und Freiheit   統一・自由・正義
 sind des Glückes Unterpfand;     幸あるために
|:blüh im Glanze dieses Glückes,    *幸あり輝け
 blühe, deutsches Vaterland. :|     祖国のドイツよ
 これも最初の節はそれなりにすんなりと。Recht und Freiheit は語感を良くするために順番を交代。真ん中の節はちょっとぶった切ったけど、「兄弟で心と手を合わせて」という4行目の節の「心と手」(Herz und Hand) の方が日本語的には響くのでこちらを優先。最後の節は「この(統一エトセトラの)幸ありて、栄光に輝け」なのだけど、これも8文字しか使えないので「輝け」を優先して入れてみた。「幸あり栄えよ、ドイツよ栄えよ」くらいにしてもいいかも知れないけど、deutsche Vaterland のリフレインを優先したのでこんな感じで。

 で、楽譜に載せるとこんな感じ。WMが始まったらこれを印刷して歌ってみよう!(ぇ


意外と面白かった、京都記念。 

 どーでもいいけど、Kizasiの検索見てると、民主党のアレや長浜の事件なんか全然下位で、スノボクロスとスター錦戸の新ドラマ情報ばかりがダントツに言及されてる辺り、世の中は平和だ(挨拶)。

 しかし、このラップは。
12.9-10.9-12.6-12.8-12.3-12.1-12.0-11.9-11.5-11.6-12.9
まぁ確かに1000通過の辺りで突然ビッグゴールドが訳分からず競りかけはじめて、結局そのペースが上がったままの状態だったというのはあるけど、ラスト12.9というのはなかなかなバテ合いというかジリ合戦だったというか。ユタカは結構軽めに手を動かしてるのにどんどん馬群のほうが先に行ってる辺りで「変なレースだなぁ」と思いながら見てたのですが、やはりユタカ様の時計感覚、侮るべからず。しかしそれでいて、最後12.9の泥試合とお付き合いせざるを得なかった辺り、難しいレースだったのだろうなとも。結果としては一方であれ以上に仕掛けが遅かったら完敗してたわけで。ゴールした瞬間は「これならシックスセンス負けただろう」と思ったけど、そこの鼻先を押さえきったのは、よかったのではないかというか、この馬が今後重賞出るのに四苦八苦するような流れにはなって欲しく無いから、というのはある。今後も頑張って流れ込みに磨きをかけて欲しいだけに。
 一方で、こんな流れになったら本来はデルタブルースのレースであって然るべきなのに、結局今回も復活ならなかったのはどういうことだろう。有馬の後にレース挟まなかった辺りで結果として緩んだ面はあったのかなぁ。使い込まないといけない馬だから、逆にこの時期であまり使わないことが今後に繋がるといいかなとは思うのだけど。マーブルチーフは前回のパフォでもう見切っていいのかなと思ったら、こっちで3着かという感じ。春天が激しくアレなレースになってしまったらそこそこ穴候補っぽくもなるか。
 しかし、タイトルで「意外と」とつけちゃったけど、よくよく考えたらこのメンバー、ブルートルネード以外はそれこそ全然隙の無いメンバーだったわけで、まぁこのレベルがこういうレースを経験してきたら、なかなか春天はいい感じに推移することになるのかも。
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今週もちとハヤテ話など軽く。 

 tanabeebanat さまが、アテが外れたという。
昨日の日記で「今週は評価低い」と書きました。その理由の一角がもろくも崩れました。

昨日の夜、他のサイトや2ch見て、評価が高かったんですよ。まじびっくりです。今回の話は受け入れられないかなとかってに思ってたんですよね。それがすんなり受け入れられている。メインヒロインがサブキャラ扱いのバレンタインイベント成功したんですね。
 個人的に思うのは、手先が不器用なヒロインがバレンタインで悪戦苦闘する、などという話は、ある意味もう手垢が3ミリか4ミリくらい折り重なって細石の苔の蒸すような話題であって、そういうのを真正面切ってベタにやれるほどの蛮勇というのは流石に火田クンのような如何にも小心者系なキャラにとっては流石にキツかったのではないかなぁ、というところだったかと。恐らくそれを回避させるためには「マリアが結局全部作っちゃった見事なチョコを大感激して食べるハヤテを見かねて、結局誰が作ったかバレちゃう」という展開くらいだったかとは思うのですが、それやるとヘタにマリアフラグ立てちゃうようなことにもなりかねないとか、色々判断した結果なのかなぁということで、今回ナギたんがチョコを作れなかったで終わるのはまぁ順当なのかもと。
 一方で、ブログ等で評価が高いのは、やはり現段階ではまだこの作品が「萌え漫画」という点での祭として扱われている部分なのではないかなぁと。別に火田クンが人気取りという目的でヒナギクや西沢さんを登場させてるとは思わない一方で、やはりヒナギクや西沢さん目当てでこの作品読んでる人は多いのかもなぁとか。一方で、やはりメインヒロインというそれだけでナギたんはある程度この2人をストーリー的にはリードしているのは事実なので、現状でナギたんがハヤテにチョコを作らなかったというのは、全体としてバランスが取れているものであって、そういう所でサブキャラ押しの人が引いてしまうような展開にしなかったというのはこの作家がやはり「空気を読めすぎてる」という所を見せてるなぁという感想はありました。現状、そのバランスのよさがハヤテを「安心して読める作品」にしていると思う一方で、バランスを何処で崩すかというのはまだ様子見なのかも知れません。それこそ、ファンを現状のバランス内で着実に増やした結果として、アニメ化の話が出てきた辺りでそういうのを作ってく、ということかもなぁと思いつつ。

◆ところで。
 ハヤテは恐らくアニメ化までは漕ぎつくかなぁとは思う一方で、アニメ化した場合に例えば「美鳥」みたいな文脈でアニメ化した上で、サンデー新人作家にありがちな15~20巻での円満着地パターンにするのか、或いはガッシュのような大作化に向かうのか、順当に考えればまず前者だと思うのですが、一方でサンデーって媒体はある程度以上の能力がある新人なら、円満着地ってのはそう難しいものではなく、その意味ではもう現段階でもこの作品に関して「トゥルーエンド」を作るのはそう難しいとは思われないのですよね。その一方で、例の「トゥルーエンド2割」話を考えると、もしかしたらこの作者、「トゥルーエンド」を15~20巻で着地させるものとは考えてないのかもなぁとは思います。もしそうだとすると、本人としては自身を雷句誠的に「サンデー御三家」の次なる存在にする作品としてこの連載を構想したのか、などと勘繰ったりもして。
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スポーツ文明とアメリカ 

 と大仰なタイトルを載せてみたけど、正直まだ全然纏まって無いので大したことは書けないので、駄エントリになることは予告する。ただ、こないだのサッカーのUSA戦を見たり、或いはハーフパイプでアメリカの罰ゲーム勢が欧州のワールドカップで善戦してきた日本選手たちに対して第1回ジャパンカップのメアジードーツ的な衝撃を与えたり、スピードの500でアメリカの選手だけがフットボール(勿論アメリカンの方)のようなスリーポイント姿勢からスタートしてたりする(で、金を獲ったりする)のを目にするにつけ、ここ数日は「アメスポの威力」というのを感じる日々だなぁ、なんてことを思ったりもしたところで。
 で、アメリカンなスポーツって何が違うんだろうなぁということを考えつつ、やはり思うのは、ある種のプロフェッショナリズムというのに関してアメリカ人は最も徹底してるし、あとは妙に視野が広くて、プロフェッショナルというのの連携に関してシステムを作るのが巧い、というのがあるのかなぁということを考えたり。前者はもともと宗教を背景にした国民性みたいなものでしょうけど、後者に関しては例えば日本でもやる人はいるけどあくまで「職人的」な人が視野を広げて個別に開拓する部分が強かったりする一方で、アメリカの場合は何か組織として「様々な専門家を集めて色んな方面からスポーツ的強化を行う」ことが当たり前のように出来ちゃう、みたいな部分も感じられたり。ただ、この辺、完全に印象論なので何とも。
 一方で、アメスポの優秀な選手が色んなスポーツを席巻するのはそれはそれでありとは思うのだけど、一方でアメスポのアメリカローカルな興行とかを見てると、まぁNFLでもWWEでもX-Gamesでもそうですけど、やっぱりアメリカ人の趣味というのは普通の日本人から観て脂っこいよなぁというのは思ったりもする。例えば、オリンピックのハーフパイプってのは、恐らく普通にIOCが舞台を作って旗持った客が普通に他種目同様に牧歌的に応援するからまだ「あぁ、オリンピックだなぁ」と思って楽しめる人は多いと思うけど、もしオリンピックの舞台までX-Gamesのようにやたら禍々しく看板立てたりスポットライトとか立ててたりしたら、それはそれで引く人が多いかと。……なんてことを思ってたら、UGたんのサイトで紹介されてたUKバドワイザーのプレミアシップのアメスポ化計画みたいなビデオが結構笑えた。要するに、アメリカ人も自分たちが脂っこいってことは分かってるんだよなと。その上で、そういうものを輸出せずにローカル化した上で、世界一の環境とアスリートを作って世界のスポーツカルチャーを牽引しようとする辺りは、アメリカ人の面白い所ではあるよなぁと。
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『』バトン 

 並べ替えの初見で「エストリヒ」と打ってしまった俺様が遂にヒストリエを読み始めましたよ(挨拶)。
 で、本日はあらう氏からのバトン。お題は『競馬』。これは回しやすいのが便利、なのかな?

◆Q1.家の中に置いてある『競馬』は?
 ブックはだいぶ棄ててしまいましたが、それでも結構色々とは残ってますねぇ。あとは血統本とか読み物系(これも前の引越しで結構処分してるのもあるんだけど)が20冊余りくらいでしょうか。「競馬通信大全」とか「海外競馬」については、流石に自分がものした回もあるだけに、購入した&頂いた全冊は保存してます。ビデオ、DVDだとタイキシャトル、エアグルーヴ、サイレンススズカ、スペシャルウィーク、エルコンドルパサーという随分ベタベタな国内セレクションに、アメリカ3冠馬全集とBC初期10年くらいのやつが。

◆Q2.今妄想している『競馬』は?
 まだ週末の予想をしていないので、「この馬券でジュルジュル」みたいなのは無い、到って明鏡止水な状態でございます(笑)。近未来では、ドバイの遠征でハーツクライはまぁ妄想しなくても勝ち負けすると思うので、ゴドルフィンマイルとかえらく渋い選択肢をついてきたサンライズバッカス辺りの頑張りを期待したいですねぇ。

◆Q3. 最初に出会った『競馬』は?
 ある種の原風景としては、シンボリルドルフという滅茶苦茶強い馬が海外で惨敗して引退した、という記事が何となく「競馬」というものをはじめて意識しだした辺りですかねぇ。因みに、子供の頃、特に何を気にするともなく競馬をテレビで観てたときには、何で「2」とか「1」よりも、ゴール板の方がチャチくてショボいのか、というのが凄く気になった、という記憶があったりします。若い人は知らないかもしれんが、昔のゴール板って、今のやつみたいに周りに飾り付けみたいなのがなくて、単に反射板一枚だったんだよ。

◆Q4.特別な思い入れのある『競馬』は?
 「馬」にしちゃうと、前のエントリの通りでテイオー、アマゾン、ランド、ディープ。ということで、ここでは「レース」という点でやってこうかと思うけど、中央G1レースごとにベストを出していこうか。何か聊かオールドファン的なセレクションにはなりますが。
・フェブラリーS:グルメフロンティア(呆気に取られた必然)
・高松宮記念:ショウナンカンプ(バクシンオー以降では最高かな)
・桜花賞:キョウエイマーチ(華やかさではこの馬が忘れられない)
・皐月賞:ナリタタイシン(あの当時はこの切れ味が鮮烈だった)
・天皇賞春:マヤノトップガン(これだけ意識の高い競馬も稀有)
・NHK狸:タイキフォーチュン(第1回を鮮烈に飾った。以降は……)
・優駿牝馬:ダンスパートナー(オークスを骨太な存在にした画期か)
・東京優駿:ディープインパクト(完璧に競馬した馬を5馬身千切るとは)
・安田記念:ノースフライト(第2の黒船襲来を見事に完封)
・宝塚記念:ダンツシアトル(屈腱炎を乗り越えた、一春の彗星)
・スプリ:サクラバクシンオー(2回目。痺れるような強さ)
・秋華賞:ファビラスラフイン(快速という表現が最も似合う牝馬)
・菊花賞:セイウンスカイ(これほどの爽快感もなかなか味わえない)
・天皇賞秋:テイエムオペラオー(負ける気が全くしなかった)
・エリ女:ホクトベガ(なんとも不思議な万馬券決着と、ベガへの逆襲撃)
・狸CS:エアジハード(上位3頭全て好きな馬。素晴らしい後味だった)
・JC泥:クロフネ(まぁ、あれだけのパフォですから)
・ジャパンC:スペシャルウィーク(王道を歩んだ馬の矜持)
・阪神3歳:ヒシアマゾン(ここは、この馬を選んでおきたい)
・朝日杯:フジキセキ(パフォではグラスだが、ギミックではこちらか)
・有馬記念:トウカイテイオー(最もエモーショナルな瞬間)
 ナリタブライアンが一個も出ないのは自分でもちょっと意外。あとは21世紀組ではタップとジャンポケのJCが惜しくも選外、宝塚のヒシミラクルも泣く泣く……というところ。海外含めればシーザリオの偽アメとかアグネスデジタルの香港Cとか出せるんだけどね。

◆次に渡す人。
 勿論、スルー上等はお約束ですが、よろしければ。
・ひつじさま@彷徨小羊の調教部屋……「競馬」。また語って欲しいかなぁと。
・穴魔公@穴場の魔術師の仁義なき戦い……「ギャンブル」。やはり穴魔さまにはこのネタが相応しいので。
・わむっち@すわ村……「格闘技」。小説でもよかったけど、こっちのが面白そう。
・N西さん@不定期更新競馬日記……「ゲーム」。小説も考えたけど、今日のエントリ見てこっちに。
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ヒナギクはツンデレじゃない、のか? 

 というか、自分のツンデレ定義自体が間違ってるのかも知れないのだけど、あれだけバレンタインにこだわって貰ったチョコレートを全部食べる子がわざわざハヤテのためにチョコレートを用意してたとすれば、恐らくそれは自分がハヤテのことが好きであるってことを自分で自覚してるのかなぁ、ってなことを思ったりもした。これは、微妙にツンデレのフォーマットに外れるというか、ツンデレキャラって基本的に
「何でアタシがあんなヤツと」
というのが基本原理であって、要するに恋愛に関する自身の中の理想のフォーマットに含まれていない相手に対して好意を抱いてしまうことで、その好意自体を自分で否定してしまう、というのがベースの要素かなぁと思うわけで。で、その理想があるから、気位とか素直じゃなさとかが必須の属性となったり、その娘が段々自分の気持ちと折り合いをつけてデレになっていく過程を愉しめるというか。例えば沢近さんならば父親というのが理想としてあるでしょうし、明日菜の場合はタカミチとか。瞳子ちゃんの場合も、祥子さまが理想なのかと言われると微妙だけど、祐巳が自分の理想のフォーマットから外れた存在であるのは間違いなさそう。で、例えばハヤテのごとく!において自分がナギなどを全然ツンデレと思われないのは、理想がいきなりハヤテだからであるってのも大きいというのはありました(あとあの娘はデレばっかりだし)。で、ヒナギクの場合もそういう理想が明示されて無い辺りで、普通にハヤテのこと好きであるってのもありなのかなぁと。要するに、自分の中の好意を否定する理由がない。勿論、相手に対して素直じゃないというのはそうなのだけど、それは単に「ハヤテに告白されたい」という気持ちが強いだけなんじゃないのかなとも。

 勿論、今回の話だけでヒナギクがハヤテを好きということを自覚してるか認めるのは早計なんですが、個人的には火田クンがそういう設定にしてる可能性ってのはありかなぁ、ってのは思ったりも。つーか、恐らくこの作品のメインヒロインってのはナギたんと西沢さんとヒナギクの3人なのでしょうけど(マリアさんはナギルートのラスボスというイメージであり、それ自体がルートなのかは実は微妙な気がする。展開次第で無いことはないかもだけど、かなり Deus ex Machina な展開で、じゃないかと)、ナギたんと西沢さんがあれだけ強力にハヤテLoveを主張してるだけに、ヒナギクが実際に好きと気がついて無いと、それは相当出遅れ感が出るんではという気がしてるし、そういう意味ではハヤテのことを好きな方が作品としてバランスがいいようにも、という感じで。
 ただ、そうすると「何処で一体ヒナギクはそんなハヤテのことが好きになったんじゃ」というツッコミは出てきそうな部分はあるかもですね。こないだのマリみてでも、結構作者的にプロセスは示してた気はするけど、祐巳さんの告白について「プロセス豚切ってる」という批判はあったし、これに関しても当然言われるだろうなぁというのはある。ただ、案外作者としては、この作品においては「女の子を惚れっぽく設定している」可能性はあるのかな、なんてことも思ったり。要するに、恋愛の始まり方として「プロセス抜きで惚れる」と「徐々に好きになってく」というのがあるんですが、或いはこの作品では女の子が前者メイン、男の子が後者メインという見立てで作ってるのかもと。男の子に関してはハヤテは勿論そうなりますが(現状マリアとナギがちょっと気になってるくらいだし)、ワタルのサキさんに対する態度なんかも後者的なプロセスっぽい所をちょっと出してるなぁと成人式話などでは思いましたし。一方で、例えばスクランのようなコンベンショナルなラブコメだと、大体「惚れる」のは男の子なのですよね。というのは、女の子を「落とす」感覚、というのが男性向けな作品ではどうしても要望が高いと思われるので(で、スクランでは実際「惚れる」女の子である天満よりも、「プロセス」が求められる女の子としての沢近や八雲のが人気高い訳で)。そういう辺りでいわば「逆転的」なやり方を取ってるとしたら、火田クンなかなかやるなぁとは思ったりしました。
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最初、「紀」と「懐妊」だけみて、「サヤ様早いなぁ」と思った俺。 

 ↑紀宮殿下じゃなくて、既に黒田さんだってば、という訳で。
<秋篠宮妃紀子さま>第3子を懐妊 皇室典範論議に影響も



カルリスタ戦争キタコレ!!!!


 という訳で、ボルボン・エスパーニャの女王即位を巡るゴタゴタの争いについては、以下を参照方。

◆スペインの南北朝(1)(2)

 しかし、正直な反応としては、秋篠宮殿下、そこまで天皇になりたかったのかなぁという感じでもなきにしもあらず。勿論この時期にこんな話が出る以上は、狙ってトメたとしか言いようが無いのですが、それを言われるのを分かって敢えてってのは、正直そこまで考えが及ばなかったし、ある意味三笠宮殿下といい、皇位継承権利がある人がこれだけ「自らの継承権をなくさない方向の主張」をされると、みたいな曲がった読み方も不敬ながらしてしまうところでもあるのですが、正直今回の件に関してはひとまず皇太子殿下のコメントが聞きたいというか。それにしても、自分などは経験的に子供なんて作ろうとしてもそう簡単に好きなタイミングで出てくるもなじゃない、みたいな意識がどうしてもあるので、これだけのタイミングで出せるのは率直に凄いとは思いました。一方で、カルリスタ戦争の当事者イザベラ2世がかようにアレな事情の中で12人もの子をもうけたことなどを振り返っても、王族たるものの最大の仕事というのは子をもうけることであり、その意味では常人の及びのつかないところで彼らはその苛烈な任務を果たしているということなのかとも慨嘆してみたり。ともあれ、無事に生まれ、育つことを希望するというのはまずは何よりも先に願っておきたい所ではありますな。
 一方で、仮に今度生まれるお子様が男子であったとしても、皇室典範の改正の議論というのは封じ込められるべきものなのか、というのが逆に思ったりする所ではあります。自分としてはそれはそれでアリだし、皇室が男系で繋がるチャンスが出来たというのは歴史ヲタ的視点としてはそう悪いことでは無いというのもありますが、一方で「継承」という問題においては現在は直系が、というのも今回の改正の論点ではあった訳で、そういう意味では「女子でも直系の第一子が継承すべき」というアイデアが議論の対象になるというのは未だに、というか皇太子殿下の第一子が女子であった以上は、有効な考え方には思われます。
 一方で、その議論はやはり無理なのかな、というのは、結局もし今回生まれる子が男子で、なおかつ皇室典範が改正されて敬宮殿下が即位された場合、恐らくその男子を皇位にかつごうとする人たちってのがナニガシかの形で出てきたりとか、結構政治に皇室が巻き込まれるというなかなか危険な状態が発生する可能性も出てきてしまうのだろうなぁと。それこそカルリスタ戦争というか、21世紀の南北朝というか。そういう意味では、空気を読みながら時が至るのを待った方がいいのかな、というのはあり。まぁ、やっぱりじっくり議論しないと皇室自身が飛び道具を使ってくる可能性があるよな、というのが今回の教訓にはなるでしょうしねぇ。

◆今日のウザいブログ。
・Yahoo 検索:韓国 人気スポーツランキング
 知りません(笑)。
 が、意外と球技はあんまり人気無いのかもね。女子ゴルフとかはあれだけ世界的に秀でてるのだから、そっちは結構人気があるのかなぁとか、まぁ興味はちょっとあるかもです。格闘は日本同様、結構そこそこ人気してそうなイメージはありますが。

まはる メイド - Google 検索:
 浜松方面にそういう人がいたらしい。
 写真はこちらから見られますが、右のガソグロちゃんの方なんですね……_| ̄|○(あんまりな反応)
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日本調教馬の海外遠征について、現状思うこと。 

 海外遠征についてのお話を、競馬回顧録さまが書いてるので、久しぶりにこの話題にでものってみようか。

 基本的に「日本馬の強さを証明するために」という文脈での海外遠征ということであれば、ある意味もう、日本の競馬ってのはレベルを認められてしまっている、というのはあるのではないかと思う。ジャパンCはたまにアルカセットやファルブラヴの類が勝ち続ける辺りで、確かに日本は世界でベストの競馬国ではないかも知れないが、少なくとも一昔前のような「カネばかりは余ってる未開の二流国」ではなくなった。こないだのサラブレッド・ランキングを見ても、競馬国としての評価は既に世界4位・5位という辺りには来ている。サッカーに喩えれば、勿論ブラジルでは無いし、フランスやアルゼンチンにも及ばないが、チェコやポルトガル――ワールドカップに優勝したことは無いけど、いつ優勝してもおかしくないと思われるレベル――くらいの所には既にいる、と言えるのではないか。
 個人的には、海外遠征に自分が求めていたのは、「日本の競走馬が、世界において自らの力に見合う評価を正当に得られるため」に重視していた部分が過去にあったが、一方で、現状ではそのゴールは既に辿り着いてしまったかな、と思う。日本が逆に世界トップクラスにはなっていないという現実はあるが、少なくとも過小に評価されることは、過去に比べて大分減ったのかなと。まぁそれでもシーザリオの偽オークスに相当なレートが付いたりしてる辺りでは、微妙にまだまだな所もあるのかも知れんが(言っておくが、私はシーザリオはこの世代の牝馬では一番好きですよ)。これは、ひとり日本馬の活躍機会が増えたからだけではなく、ここ10年くらいの世界全体の国際レースの発展により、ある程度評価の軸が見えやすくなってきたことも理由となるだろう。

 一方で、競走馬のキャリアにおける「海外遠征」の位置づけ方の難しさ、というのはここ10年くらいの世界全体の国際レースの発展にも関わらず、なかなかブレークスルーの見通しが立たない、というのも現実的な所であろう。一方で、我々が「競走能力」として認知するものが、海外で良い競馬をする資質と一致しない部分というのは、世界全体の国際レースの発展による交流の増加によって、日々明らかなものとなってきてしまっている、という状況もある。要するに、適性のある馬は少々「競走能力」が足りなくても、海外で能力を出し切って、なおかつたまたま登録したレースのメンツが薄ければ、普通に高い着順を得ることが出来る。一方で、真のトップクラスの馬の場合、なまじ競走能力の足りない馬でもニッチに登録すればソコソコの結果が出せてしまう状況で半端なレースに出ると「その程度の馬と同じこと」をやってるっぽくも見えるだけに、レースの選択肢が狭められている、みたいな部分も出て来てしまっているだろう。一方で、長期の海外遠征――まぁ、実質的な「転厩」――は、競走馬の決して長くは無いキャリアの中で選択するにはかなりリスクが大きい所もある。適性があるか2,3走試して見切ればスパっと返せばいいんじゃないかな、くらいのことは私も思う一方で、やはり2,3走するにも数ヶ月のプランが要るし、そっから帰ってきてまた日本の競馬に合わせなおすのもまたローテの建て直しとして決して簡単では無いだろうし。
 競走馬のキャリアとして、どのような使い方が理想なのか、というのはなかなかに難しい。ディープインパクトが3冠など目もくれずにBCターフ目指してたら、というのが果たしてファンの望む所だったのかというのは微妙な所ではあっただろうし(で、普通に Shirocco とかの2着か3着で終わってたら、客観的には充分凄いことだけど、恐らくハーツクライに有馬で負ける以上に叩かれてたんではないかなと思うし)。日本での競走馬の「物語」とある程度ハーモニーを得る形で無いと、やはり遠征というのはなかなか響いてこないものもあるのではないかなぁ。例えばエアシャカールのキングジョージなんてもうみんな忘れてるような存在だけど、ナニゲにあのレースでエアシャカールは相当に健闘したと思っている。けど、クラシックという文脈の合間に完全に埋没して、今ひとつ印象がボケちゃった、ってのはあるんですよね。むしろ、あれなら夏休んで菊を楽に勝った上でJCでもうちょっとまともな勝負に持ち込めたら、そっちの方が競走馬エアシャカールの評価は高まったのではないかとも思われ。

 一方で、海外遠征というのは、一頭の馬の単体の物語としてではなく、日本競馬という全体の物語として、継続していかれないといけないものだし、そういう文脈において火中の栗を拾う馬というのを日本の競馬は必要としてるんじゃないかな、というのは確かにある。例えば、タップダンスシチーはギリギリのタイミングで輸送して、結果惨敗したけど、前にも書いたとおり、本当はフランスだろうとアメリカだろうと直前まで美浦なり栗東なりで追いきった上で「福島に行くかのように」海外で勝ち負けする、というのが海外競馬に対する日本の競馬のスタンスとしての最終進化系になるんではないかな、という思いがある。それが何時達成されるかはまだ分からないけど、少なくともタップダンスシチーは「そこに向かう」という物語、という文脈において明らかにマイルストーンを刻んだ馬として記憶されるべきであろう。また、昨年のゼンノロブロイの遠征は、トップクラスの能力の馬がトップクラスのレースに出て、明らかにメンバーに恵まれながらも、自分の普段どおりの走り以上のレースをせずに、まさに「彼本来の走り」できっちり2着に敗れて、彼の能力どおりのクラシフィケーションを得て帰って来た。まさに「海外のトップクラスのG1で日本の一流馬が『普通に』走った」画期として記憶されるべきである。
 このように、日本競馬全体の文脈で行けば、その馬のキャリアの中で最も輝くものであってもそうでなくても、「時計の針を進める」何かを刻めるレースというのは、これからも多く見て行きたいと思う。そういう意味では、やはりトップクラスの馬には、どこかで一度、海外の競馬場で走る姿を披露して欲しいかな、という部分はありますね。その馬の物語として、というよりは、競馬の「現在」を証明する第一人者のレゾンデートルとして。

 聊か散漫なエントリではあったけど、このネタは「正解」はないけど、ある程度考えをアップデートし続けながら意識しておきたい話題だな、と思っているので、取り敢えず「現状認識」としてログってみた、という次第。

◆QMA3:ロミタス@土曜はどもでした。
 という訳で、愉しいオフを企画して頂いて多謝でした >ちぃといつ氏&でかい氏
色々赤い話やQMA道やらを聞けたり、店内対戦や同突を楽しめたりと、QMAに対するモチベ的に色々刺激受ける機会になって良かったなぁと思います。最近はなかなか決勝も行けないのでなかなかオンでじっくり戦えないのが歯がゆい所ではありますが、頑張って食い下がって行きたいと思いますし、またオフなどでもお会いできればと。 >ALL
 という訳で、戦績はまた明日にでも。
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韓国はツンデレ。 

 以前に「いいひと」としての日本というエントリを上げたのですが、その時日経がネタにしてた世論調査と似たようなのをBBCがやってて、その結果がやたら面白かったので、ちょっと数字を表にまとめてみました。



 要するに、米・英・仏・露・イラン・中・日・印の8ヶ国に関して「良い影響を与えている」か「悪い影響を与えている」か、ということを世界の32カ国で調べてみた、という調査結果なのですが、答えた国ごとの反応の違いというのがなかなかに見ていて面白いな、というところです。アンケートの詳細はリンクを参照していただくとして、いくつか。

◆韓国はツンデレ。
 基本的に、PositiveでもNegativeでもない、というのをHuh?で表してるのですが、これが全体的に高い国と小さい国で非常にバラつきがある。アフリカの方の国とかは余り他国の影響など考えるような暮らしぶりではないのか、このHuh?が高い訳ですが、一方でイギリスやアメリカ以上にダントツにこれが低いのがイランと韓国。何となく、陰陽五行的な世界観が強いんでしょうかねぇ。それにしても、韓国というととかく日本嫌いとして見られてしまうわけですが、この世論調査だと44%もの人が「良い影響」で評価していて、これはアメリカやインドとほぼ並ぶし、一方で「悪い影響」などという、ハングル板的世界観だといかにも日本がダントツ1位になっておかしくない指標でイラン・中国よりも低い。つーか、お前らそんなにイラン嫌いか?と疑問に思ってしまうのですが、それにしてもむしろ宗主国様などよりは全然評価されてるとも見られる訳で、この辺りは韓国の日本に対するツンデレぶりが窺えるなぁ、という数字にはなってますな。一方で、中国の反日ぶりはガチ、みたいな数字にはなってるけど、この辺はやはり言論の問題とかも絡むのか本気でメンタリティが違うのか。

◆親日ルートコ、親中イラン。
 アジアでも一つ面白いのは、中東の数字。イランは、全般的に当然反米反英な訳ですが、一方でアジアに対する親近感は高い。ただ、中国の影響力Positiveが66%というのが非常に目立つ所で、他のアジア国家と比べても非常に大きいものがある。この辺はちょっと日本人も気にしておくべき数字かも知れません。一方で、Positive平均が20%いかず、Negative平均が30%を超える他人嫌い国家っぽい数字を出しているルートコにおいて、対日だけではPositive42%、Negative12%という断然の数字が出ているのもまた興味深いところではあり、これはこないだの小泉訪問時の歓迎振りを裏打ちしてるところ。できれば、この国とはこの期待を裏切らないようなお付き合いを日本人は意識しないといけないかも知れませんね。
 で、当然中東は反米な中で驚かされるのが、アフガンにおける対米のPositive72%という数字。32カ国でもナイジェリア、フィリピンに続く3位というのは凄い。アメリカの統治政策、そんなに巧くいってるんですかねぇ。ちょっと不思議ではありますが。

◆フランス人はツンツン。
 と言いつつ、実はアフガニスたんは微妙に腰が低い所があって、Positiveの全体平均53%、Negativeの平均17%という、非常に「いいひと」ぶりを見せてはいるのですが、逆にこういう所で非常に俺様国家振りを発揮してるのがフランス。Positive平均は32カ国中4位、Negative平均はトップという、見事な辛口振りを発揮している。何というか、ものの見事におフランス人のステレオタイプに嵌ってしまっていて、愉しいというか。逆にアメリカ人はPositive、Negativeがきっちり41%で並ぶ辺りは凄い。世界全体をちゃんと見てバランス感覚を持ってる、みたいなのがあるんだろうか?因みに中国もその辺は意外とバランスが良かったりする。因みに、全体的に予想がつかないような微妙に男らしい数字になってるのは、メヒコ。インドのPositive33%とか、イランのNegative21%とか、実にウケ狙い振りが突出していてこれはこれでカッコいいと思う。あとはインド。アメリカとは違う意味で恐ろしくバランスが取れてるというか、突出した評価の国が殆どない。見事に分け隔てない態度を取れている辺り、やはり深みがあるなぁという所で。

 という訳で、適当につらつらと感想を書いてみたけど、まぁ日本としてはやっぱり色々積み上げてきたものは大きいな、という所ではあるでしょうか。あとは前のエントリとそんな変わらん感想にはなりそうなので、この辺りで撤収(気が向けば細かい数字の感想は追記するかも)。しかしそれにしても、何でこの手の調査、前もそうだったけど「日本人に訊いて」くれないのかなぁ。
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久しぶりにJAIRの旧聞など 

 だから、元記事が2ヶ月前のものを「ニュース」と呼ぶのはどうよ(笑)。
 まぁかくいう私も結構レーポスのサイトの隅々をこの時期にチェックなどしないので、結構こういうネタは普通に見落としてるので、拾って訳してくださるJAIRの中の人の仕事には感謝はしているのですが。

競馬は人気スポーツランキング第2位を確保(イギリス)

 という感じで、まぁイギリスの競馬の興行がそこそこ巧くいってるようで、まぁ良かったですねという所の記事ではありますが、端々に普段余り意識しないようなイギリスのスポーツ全般的事情みたいなのが垣間見られて面白いなぁと思う。「サッカー以外の最強ライバルスポーツである(アマチュア)ユニオンラグビー」という考え方は普段まず考えないというか、まぁ単純に順位で2位と3位というだけなんだろうけど、ラグビー辺りと興行的に競ってるという見方ってのは新鮮というか。ただ、今ってユニオンもプロ化してるんじゃありませんでしたっけ?はサテオキ。
 あとは、最後のほうにある入場人員なんかを見てると、競馬の健闘以上にウィンブルドンの客の多さってたいしたもんだなぁと思う。センターコートなんて、あれ大して広くないのに、開催最後までやったら46万も積めちゃうんだなぁと(まぁセンターコート以外の試合もあれど)。その上で、競馬の方を見ると、恐らくロイヤルやチェルトナムは結構バランスよく人が入るのだろうと思うけど、単開催でほぼナショナルだけが目当ての人が多そうなエイントリー開催が3日で14.5万ってことは、恐らくナショナル当日は10万超えるのかなぁとか考えるとやはり流石というか。ダービーは良く分からんけどオークスと2日なら10万ちょい切りくらい?ただ、それでも日本とそう極端に違わないのならそれはそれで結構なものなのかとは思いつつ。
 しかし、イギリスという国は世界でも屈指のスポーツ好きなネイションというイメージもあるんですけど(日本人なんかよりは余程スポーツ愛的な部分で成熟してるってのも感じるし)、意外とカネが落ちて無いんだなぁ、と思ったのは、この辺り。
 公表された調査報告書では、依然として財務面からサッカーがイギリスの中心的スポーツとなっているが、競馬の売上額は、賦課収入を除いても他の全てのスポーツを大幅に上回っている。

 2004年の総収入2億5,000万ポンド(約500億円)という金額は、カンパニーズ・ハウス(Companies House、訳注:英国の有限責任の会社はここで登録する。)社が59競馬場のうち43場分の収入と残りは推定額として提供し又は公表した情報によるものである。
 って、500億円だったらちょっと前なら有馬記念1レースだけで日本は稼げてた額なのですよね。逆に言えば、ギャンブルが絡むとは言え、こんだけ稼げれば世界に冠たるプレミアシップ・フットボールよりも単純な売上ベースで上になってしまう、ってのは、プレミアシップどうよ、みたいな気分になってしまうけど、逆に言えば普通にスポーツだけで1000億も回るってのはあんまりないよな、という部分もあり、一方で恐らくプレミアシップに対してのブッキーの稼ぎとかを加味したらやはり相当なものになるかも知れず、その辺りの潜在的なスポーツマネーみたいなのはどんなもんかとか興味が出たり。
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