1924 57 Anmarsch (FERVOR - Amanda[3-c])
---- 57 Fundin (FELS - Florise[4])
1925 61 Weißdorn (PRUNUS - WIENER MÄDEL[6-e])
破滅的な前年のインフレを何とか乗り切った1924年は、ドイツが再び世界の競馬と向き合う年となりました。前年の Pergolese 産駒2強は現役を続行し、比較的ターフは充実した状態で推移したこの年は、ヘンケルを Monfalcone が勝ってクラシック路線を引っ張る一方、ダービー登録のないフンディン Fundin がウニオンを勝ち、その後古馬相手では Augias を重馬場のフランクフルトで降し、Ganelon と同着するレースもありました。しかし同馬はハンブルク大賞では Augias に敗れていて、必ずしも上の世代を上回るという感じではなし。ダービーは人気の Monfalcone が凡走して、ドイツとしては珍しい中小牧場出身のアンマルシュ Anmarsch がディアナ馬オストレア Ostrea と後のセントレジャー馬ホルンボリ Hornbori を従えて勝利。このダービー馬はベルリン大賞で Augias に敗れて引退しますが、3歳勢ではその後 Fundin、Hornbori、Ostrea が2度対戦して Fundin と Ostrea が1度ずつ勝利。Fundin は夏にやや使い込まれてバーデンを回避し、一方極端な重馬場を嫌って Augias が出走を取りやめたバーデン開催は、フュルシュテンベルクで Ostrea が、バーデン大賞で Ganelon が人気を背負って出走します。
しかし、この両馬はともに、遠征馬の前に完敗を喫してしまいました。フュルシュテンベルクでは、後に伊セントレジャー2着するシニョール・フェデリコ・テシオの牝馬 Rosalba Carriera が勝利し、バーデン大賞は主にイタリアで稼いでいたフランス馬 Scopas が圧勝。大戦末期から Pergolese, Prunus, Herold など続出する名馬に酔いしれていたドイツ競馬は、大きなショックを受けることとなります。この中で、ドイツの血統のレベルを沙汰し、新たな血統の更新を必要とするなどという意見も出ていたらしい(候補としては Caligula とかが挙がってたとか。いや、そっちの方向に歴史が行ってたら(((( ;゚Д゚)))……)。しかし、実際のところバーデン大賞は時計が3分(念のために書いときますが、距離は既に2400m。)いくような極端な馬場であったこと、Scopas 自身が Parth の勝った凱旋門賞で負けたとは言え2馬身程度で、決してそう弱い馬ではなかったことを考慮すれば、やや杞憂だったということも指摘されるところ。しかし、ある意味ドイツにとっては10年ぶりの国際競争ってのは、メアジードーツのJCみたいなものだったのかも、とも思われます。
小牧場出身の Anmarsch は、母は輸入馬で遠い近親には Radium とかがいますけど、さほど華やかな牝系ではない感じ。ただ、輸入馬のアドバンテージという感じで、St.Simon のほか、Hermit や Kendal≒Muncaster というような、ちょっと味付けが強めのクロスを入れることで、当時好調だった Fervor の勢いを生かす結果となったという配合。Fundin の方も、ベルギーの牝系というちょっと変わった出自の持ち主ではあるが、祖母父が Hannibal の近親、曾祖母の父に入る The Abbess という牝馬が Festa の4代母と3/4同血、4代母の父 George Frederick が Hannibal の父 Trachenbergと類似した血統と、微妙に Fels 相手に嵌った配合になってる牝馬で、この母馬が Fels と出会えたのは幸運と言えるかも。Ossian の半妹 Ostrea は、兄の配合を更に突き詰めたっぽい部分があり、Kendal≒Ormonde と St.Simon=Angelica が同時に入るというパターン。これ、笠センセイが指摘してる血統パターン(Orme=Collar)の超近交バージョンという感じか。
この1923年の活躍馬をみると、不思議と鳴りを潜めていたのは Dark Ronald の系統なのですが、翌1924年に救世主として登場したのは Dark Ronald の仔であるアディチ Aditi と、その長男坊というべき Prunus の初年度産駒であるヴァイスドルン Weißdorn の2頭でした。前者がグラディッツの鍛えたAライン、後者がシュレンダーハン勃興を支えた Danubia の牝系であり、これら20世紀初頭から蓄積した牝系の活躍とも言えるでしょう。しかし、この年のダービーを制したのは、Prunus と同期である Traum の産駒ローラント Roland でした。ウニオンを制して抜けた人気の Weißdorn に続く2番人気でカップリングされた2頭の Anschluß 産駒のうちの1頭、ユビロイムスを勝っていたマルドゥク Marduck が作った早い流れで、ゴール前差した恵まれ気味の勝利ながら、そこまで8戦5勝ならそう弱くなく、その後も世代の上位はキープしました。一方、Marduk の僚友グロスインキジトア Großinquisitor もバチャーリ賞でイタリアとオーストリアの遠征馬を退けています。そしてバーデン開催、イタリアから牝馬 Antiope と後のローマ賞馬 Ravioli を迎えたフュルシュテンベルクでは、ベルリン大賞を制し同レース2着(3着は Ganelon )の Roland とともに58kgを背負った Weißdorn が Aditi 以下を倒し、遠征馬を着外に沈めました。続くバーデン大賞でも両馬は遠征馬を寄せ付けず、今度は斤量の軽い Aditi が栄冠を手に入れます。グラディアトレンでは、疲れの見えた Weißdorn が凡走する中、再び Aditi が Marduk 以下に快勝。Weißdorn は、4歳秋以降イギリスに転戦し、ハンデ戦で Astérus や Embargo、Colorado という当地の一流馬を相手にそこそこの競馬をしています。牝馬路線では、フィリーサイアーな Nuage がドイツ牝馬賞を制したティビア Tibia を送り出しました。
この世代トップの Weißdorn は、Wallenstein の半弟にあたり、父がスピードにも優れた Prunus ということもあり、兄においても見られた短距離適性をやや強める一方で、兄同様ある程度晩成的な部分もあったのが、キャリア後半のイギリスでの走りにも繋がったものと考えられる。一方で、兄にやや足りなかった Hampton を Prunus の母父 Persimmon から補完することで、Danubia の系統らしい鋭さを得ている感じもあり、血統表としては手堅い配合というべき。一方、Aditi の方は、Ard Patrick→Nuage→Dark Ronald というベストの種牡馬を3代連続した配合。よって、若干荒削りな印象もあるが、5代内に Galopin 以外の余計なクロスを入れない一方で、6代目にはドイツと縁深い Buccanner がラインブリードされている点でバランスは保たれている。果たして、ここから更に土着血脈と Dark Ronald の関連を深化させる方向でグラディッツの系統繁殖が進むことで、1930年代の Arjaman, Alchimist がこの牝系の全盛期を作り、現在でもドイツ名馬の血統表のあちこちでこの3頭がトライアングルを作ることとなる。言わば、20世紀ドイツ系統繁殖の基礎工事的な部分がこの馬において完成したと言え、その意味では、この馬がバーデン大賞をこの年に制したことは、ドイツの馬産界における計り知れない歴史的幸運であったことは間違いないだろう。言わば、絶妙な部分で「血の更新のループ」から抜ける機会を作り、更に未来の血統パターンの土台となったのだから、Aditi という馬はの存在意義は、恐らく字面の強さや繁殖実績以上に大きい。
---- 57 Fundin (FELS - Florise[4])
1925 61 Weißdorn (PRUNUS - WIENER MÄDEL[6-e])
破滅的な前年のインフレを何とか乗り切った1924年は、ドイツが再び世界の競馬と向き合う年となりました。前年の Pergolese 産駒2強は現役を続行し、比較的ターフは充実した状態で推移したこの年は、ヘンケルを Monfalcone が勝ってクラシック路線を引っ張る一方、ダービー登録のないフンディン Fundin がウニオンを勝ち、その後古馬相手では Augias を重馬場のフランクフルトで降し、Ganelon と同着するレースもありました。しかし同馬はハンブルク大賞では Augias に敗れていて、必ずしも上の世代を上回るという感じではなし。ダービーは人気の Monfalcone が凡走して、ドイツとしては珍しい中小牧場出身のアンマルシュ Anmarsch がディアナ馬オストレア Ostrea と後のセントレジャー馬ホルンボリ Hornbori を従えて勝利。このダービー馬はベルリン大賞で Augias に敗れて引退しますが、3歳勢ではその後 Fundin、Hornbori、Ostrea が2度対戦して Fundin と Ostrea が1度ずつ勝利。Fundin は夏にやや使い込まれてバーデンを回避し、一方極端な重馬場を嫌って Augias が出走を取りやめたバーデン開催は、フュルシュテンベルクで Ostrea が、バーデン大賞で Ganelon が人気を背負って出走します。
しかし、この両馬はともに、遠征馬の前に完敗を喫してしまいました。フュルシュテンベルクでは、後に伊セントレジャー2着するシニョール・フェデリコ・テシオの牝馬 Rosalba Carriera が勝利し、バーデン大賞は主にイタリアで稼いでいたフランス馬 Scopas が圧勝。大戦末期から Pergolese, Prunus, Herold など続出する名馬に酔いしれていたドイツ競馬は、大きなショックを受けることとなります。この中で、ドイツの血統のレベルを沙汰し、新たな血統の更新を必要とするなどという意見も出ていたらしい(候補としては Caligula とかが挙がってたとか。いや、そっちの方向に歴史が行ってたら(((( ;゚Д゚)))……)。しかし、実際のところバーデン大賞は時計が3分(念のために書いときますが、距離は既に2400m。)いくような極端な馬場であったこと、Scopas 自身が Parth の勝った凱旋門賞で負けたとは言え2馬身程度で、決してそう弱い馬ではなかったことを考慮すれば、やや杞憂だったということも指摘されるところ。しかし、ある意味ドイツにとっては10年ぶりの国際競争ってのは、メアジードーツのJCみたいなものだったのかも、とも思われます。
小牧場出身の Anmarsch は、母は輸入馬で遠い近親には Radium とかがいますけど、さほど華やかな牝系ではない感じ。ただ、輸入馬のアドバンテージという感じで、St.Simon のほか、Hermit や Kendal≒Muncaster というような、ちょっと味付けが強めのクロスを入れることで、当時好調だった Fervor の勢いを生かす結果となったという配合。Fundin の方も、ベルギーの牝系というちょっと変わった出自の持ち主ではあるが、祖母父が Hannibal の近親、曾祖母の父に入る The Abbess という牝馬が Festa の4代母と3/4同血、4代母の父 George Frederick が Hannibal の父 Trachenbergと類似した血統と、微妙に Fels 相手に嵌った配合になってる牝馬で、この母馬が Fels と出会えたのは幸運と言えるかも。Ossian の半妹 Ostrea は、兄の配合を更に突き詰めたっぽい部分があり、Kendal≒Ormonde と St.Simon=Angelica が同時に入るというパターン。これ、笠センセイが指摘してる血統パターン(Orme=Collar)の超近交バージョンという感じか。
この1923年の活躍馬をみると、不思議と鳴りを潜めていたのは Dark Ronald の系統なのですが、翌1924年に救世主として登場したのは Dark Ronald の仔であるアディチ Aditi と、その長男坊というべき Prunus の初年度産駒であるヴァイスドルン Weißdorn の2頭でした。前者がグラディッツの鍛えたAライン、後者がシュレンダーハン勃興を支えた Danubia の牝系であり、これら20世紀初頭から蓄積した牝系の活躍とも言えるでしょう。しかし、この年のダービーを制したのは、Prunus と同期である Traum の産駒ローラント Roland でした。ウニオンを制して抜けた人気の Weißdorn に続く2番人気でカップリングされた2頭の Anschluß 産駒のうちの1頭、ユビロイムスを勝っていたマルドゥク Marduck が作った早い流れで、ゴール前差した恵まれ気味の勝利ながら、そこまで8戦5勝ならそう弱くなく、その後も世代の上位はキープしました。一方、Marduk の僚友グロスインキジトア Großinquisitor もバチャーリ賞でイタリアとオーストリアの遠征馬を退けています。そしてバーデン開催、イタリアから牝馬 Antiope と後のローマ賞馬 Ravioli を迎えたフュルシュテンベルクでは、ベルリン大賞を制し同レース2着(3着は Ganelon )の Roland とともに58kgを背負った Weißdorn が Aditi 以下を倒し、遠征馬を着外に沈めました。続くバーデン大賞でも両馬は遠征馬を寄せ付けず、今度は斤量の軽い Aditi が栄冠を手に入れます。グラディアトレンでは、疲れの見えた Weißdorn が凡走する中、再び Aditi が Marduk 以下に快勝。Weißdorn は、4歳秋以降イギリスに転戦し、ハンデ戦で Astérus や Embargo、Colorado という当地の一流馬を相手にそこそこの競馬をしています。牝馬路線では、フィリーサイアーな Nuage がドイツ牝馬賞を制したティビア Tibia を送り出しました。
この世代トップの Weißdorn は、Wallenstein の半弟にあたり、父がスピードにも優れた Prunus ということもあり、兄においても見られた短距離適性をやや強める一方で、兄同様ある程度晩成的な部分もあったのが、キャリア後半のイギリスでの走りにも繋がったものと考えられる。一方で、兄にやや足りなかった Hampton を Prunus の母父 Persimmon から補完することで、Danubia の系統らしい鋭さを得ている感じもあり、血統表としては手堅い配合というべき。一方、Aditi の方は、Ard Patrick→Nuage→Dark Ronald というベストの種牡馬を3代連続した配合。よって、若干荒削りな印象もあるが、5代内に Galopin 以外の余計なクロスを入れない一方で、6代目にはドイツと縁深い Buccanner がラインブリードされている点でバランスは保たれている。果たして、ここから更に土着血脈と Dark Ronald の関連を深化させる方向でグラディッツの系統繁殖が進むことで、1930年代の Arjaman, Alchimist がこの牝系の全盛期を作り、現在でもドイツ名馬の血統表のあちこちでこの3頭がトライアングルを作ることとなる。言わば、20世紀ドイツ系統繁殖の基礎工事的な部分がこの馬において完成したと言え、その意味では、この馬がバーデン大賞をこの年に制したことは、ドイツの馬産界における計り知れない歴史的幸運であったことは間違いないだろう。言わば、絶妙な部分で「血の更新のループ」から抜ける機会を作り、更に未来の血統パターンの土台となったのだから、Aditi という馬はの存在意義は、恐らく字面の強さや繁殖実績以上に大きい。
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