05« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.»07

殿下執務室2.0 β1

  : 

有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、そしてYet Another Amateur Photography。

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種牡馬スクリーンヒーローの年に。 

逆にあれだけ走ってAEIがディープを上回らないんだから、まぁ機会自体はあったんだよな、とも(挨拶)
#というか、その機会を広げた労苦が産んだ成功だろうな、ということは思う。

 個人的には今年辺りからそろそろサンデー孫世代種牡馬を本腰入れて応援せんとなみたいな意識はあり、実際ダノンシャンティとか重賞に手が届いた辺りは嬉しかったのだけれど(あと全日本2歳優駿でやっと結果が出たディープスカイとか)、サンデーが3代目となる種牡馬、という意味では一歩先にスターダムみたいな印象のスクリーンヒーロー。
 血統的な抒情性って意味では、代表産駒ポジションとなったモーリスの、「シンボリとメジロのLa Troienneたる*モガミの重賞勝ち馬に対し、La Troienne指向を継続した*カーネギー付けて全然走らなかった繁殖に、今度は社台のLa Troienneの筆頭格といえるダイナアクトレスを絡めて、メジロモントレー→*カーネギー→JC勝ち馬なんて字面鈍重な血脈からアクトレスのスピードを引き出したかのようにマイル最強馬を出した」みたいな流れは物凄く好きなんだけれど、やはり「さして競走馬として評価されず当然の如く(現役を過ごした)社台に枠のなかったJC馬に、*キョウワアリシバ産駒の障害馬を付けたら有馬の勝ち馬が出た」はインパクトとして上回る血統的なドラマ性ではあった。

 この馬の血統表をたぶん菊花賞辺りで初見して感心したのは「あぁ、こうやればスティルインラブの血統は『残せる』んだ」ということ。*キョウワアリシバは言うまでもなくスティルインラブの叔父であるが、スティルはそこからRoberto→*サンデーと来ていて、そしてスクリーンヒーローは母父と曽祖父でその両者を内包している。牝馬三冠という最高のタイトルを得ながら競馬場に1頭の牝系を残せなかった名牝のオマージュを、こういうアウトサイダー的な実装で得られる面白さ、そしてそれが日本の競馬場で走った馬で見られるというある種のレガシーの豊饒みたいな部分も感じたところではあり。
 そのスティルインラブは母方からCreme Dela Creme経由でサンデーと潜在的ニックを提供するOlympiaの血を得ていたのだけれど、ゴールドアクターの場合、グラス経由でDanzigを得ることでこのOlympiaがもう1本入り、しかもDanzig側のOlympia LouもSulemeif側のBarely EvenもPharamondを内包したことで組み合わせクロスとして字面以上に古い血を「引っ張り出す」効果が出ていた感じ。そこが、オマージュとしての出来の良さであり、このパターンは試す余地があるなら他の繁殖でももう少し試されてもいいのかな、なんてことは思われたり。
#スクリーンヒーローの種付け料上がったらそれはそれで難しくなるのかな、というパラドックスはあるものの

 その上で、「ドラマ」的な頑健さを支えているのは*マナードの血脈で、ここからTudor MinstrelにFair TrialとHyperion×Son-in-Lawの組み合わせが2本入っているのも見もの。この現代的にはやや古典的な組み合わせの妙はグラスの祖母Graceful TouchにおけるFlower BowlとSwapsに呼応し、Alyshebaの演出するスタミナ的な資質に対して裏付けとなる地力を提供しているようにも見える。そうした感じで、血統表の隅々の連携力が高い配合ではあるのだけれど、更に基底となるのが、国内の牝系ではあろう。
 4代母のトサクインまでさかのぼると、*プリメロやSolarioといった血脈がお目見えして来る。この辺りの古血統の影響力がどれほどのものなのかは分からないけれど、そうした血脈は、上記のようなニックスにもどこかプラスの影響を及ぼしているのかも知れない。そこでモーリスの血統表の底の方をもう一度浚ってみると、メジロボサツが*プリメロを絡めたBlandfordのラインブリードで、そして母父の*カーネギーを遡るとDernaのところでボサツとのNorseman(Blandfordの孫)のクロスを作りながらSunny BoyでSolario経由のGainsboroughを絡めていることが窺われる。
 この辺りの底流の気脈が偶然に一致する両者がG1の舞台を席巻したというのも、また配合表を深く辿って初めて味わえる、土着血脈を絡めた偶然、或いは偶然という名の神秘なのかな、などということを考えつつ。
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Lando(GER) 1990†2013 

書きそびれていたら、テイオーが…(挨拶。

Land to Sky
Land to Sky; OM-D E-M5 Lumix G Vario 7-14mm/F4.0 ASPH. (7mm) F4.0 1/3200s ISO-200

 てなわけで、*ランドが亡くなっていた。
 ある意味、自分の競馬観戦史におけるターニングポイント的な存在ではあった、と思う。
*ヒシアマゾンの勝利を信じつつ見ていたジャパンCであったが、確かにあの時の両脇に勝負服姿の厩務員を抱えた*ランドの独特の存在感とその後の勝利、そしてジャパンCというレースを「勝ちに来る」ことのある種の矜恃なども含めて、何となく血統のマイナーさのイメージしか無かったこの国の競馬に何らかの魅力がある、ということを実感しつつ、その後競馬趣味を深めるに際しての、欠かせざる存在となった。
 ただただ、感謝あるばかりである。
 ある意味、それに尽きるからこそ、語るべきことが少ない、のかも知れない。

 そして、この馬の活躍後、日本の競馬も大きく変容するフェーズの中にあり、テイオー・レガシー・マベクラの日本馬3連覇という快挙の後、*ランドと*シングスピール、*ピルサドスキーの外国馬3連覇がジャパンCに存在したが、その翌年の*エルコンドルパサーの快勝以降、世界に日本競馬は雄飛することとなった。結果として、「強すぎる日本馬」が、遠征の敷居を高めるまでに。
 また、ジャパンC勝ち馬が繁殖として実績を上げた例としても、*ランドは比較的先陣を切る存在であった。JC勝ち馬が繁殖として国際G1を勝った例は、ルドルフと*ホーリックスに続いてこの馬が3頭目で、外国馬の牡馬としては嚆矢であった。言わば、その成功が、もはやこの段階でジャパンCが一つ上のフェーズに上がったことの証左的なものであるように思われる。
 更に、*ランドの国際的な成功は、結果として大陸欧州の外でのドイツ調教馬の初の大きな成功とはなったが、実際に競馬の国際化の文脈の中で、ドイツ馬が遠征しての勝利が増加する端緒とはなった。恐らくそれはある種の歴史的必然として*ランド自身が絡むものでは無かったが、一つの関係者の自信として、足跡を残すものだったであろう。とりわけ、ドイツのような比較的悪化した馬場での大レースが多くなりがちな環境で、硬い馬場でも通用した(というか、むしろそちらの方がさらに強かった)例として。

 一方で、繁殖として比較的好スタートを切りながら、その種牡馬としての存在感では同期のライバル Monsun の驚異的な成功の前にやや後塵を拝する形になったのは否めず、またこうして鬼籍に入る段階で、確たる後継種牡馬が居ないのは、同馬が Herold から一貫して土着したマイナーな父系の数少ない末裔であることを思うと、実に覚束ない心持にはならざるを得ない。
 確かに*パオリニや Epalo などは、G1を勝ってるとは言えども、グローブトロッター的で余り種牡馬価値は高くなかったとは言えるし、配合的にもまた恐らくは能力的にもトップクラスの Gonbarda は牝馬であった。そうなると、バーデン大賞を制した Prince Flori 辺りがもっと評価されて良いかと思ったが、バーデンを勝利してから4年も現役を引っ張られた辺りを見るに、種牡馬としての期待は薄かったのであろう。
 それでも、恐らく*ランドは文句なしに種牡馬としては「成功した」という程度にはG1で活躍する馬をターフに送り込んでくれたし、大いに愉しませてくれた。
 ただ、彼が現役馬として世界の競馬の歴史に名を刻み種牡馬として活躍してドイツ競馬の地位を上げたことは、逆に自らがハードルのバーを挙げるような面もあったのだろう。
 そして、その挙がったバーを超えるには、Monsun における Manduro や Shirocco のような、或いは Silvano における*デインドリームのような、「とてつもなさ」が必要で、その水準に上がってこない「ローカルな成功」での後継には、却って値札の付きづらい状況が発生したのかもしれない…ということを、Prince Flori の不遇などを眺めつつ思うのである。

 一つのパンドラの箱を開ける能力があり、それが「ローカルな成功」という、1世紀にわたって脈々と彼の父祖に受け継がれてきた伝統の「型」を破ってしまったという、英雄であるからこその皮肉。果たして、Scalo は、或いはまだターフに立たぬ若駒の中から、その父の「呪縛」を解く存在は、現れてくれぬのだろうか?
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A Sunday Saturation Trilogy -3- そして、孫世代を思う。 

 続き(挨拶。

Saturation -膨張-

 ところで、Northern Dancer との比較、なんて切り口もあり。

SS系への偏りについては、昨年にhttp://htn.to/hpewWhでチラッと書いたように、英愛のNorthern Dancer偏向具合にまだ一日の長があると把握しているので、とりあえずあっちの動向を見てればいいんじゃねと思う。 http://htn.to/a2Ccqgless than a minute ago via Hatena Favorite Retweet Reply



 現代において、St.Simon と比せられる大いなる成功を極め、膨張を続ける Northern Dancer は、St.Simon が当たった孫世代の壁を、国際的な活躍によって乗り越えていきました。孫世代はほぼ英愛仏でクラシックを普通に勝ち続けてますが、それぞれのレースの初勝利を年代順に並べると、こんな感じ。(セントレジャー格は割愛)

1985(24) Silvermine(Fr.1000Gns) *ベリファ - Lyphard
1987(26) Bet Twice(Belmont) Green Dancer - Nijinsky
1988(27) Kahyasi(Derby S., Irish Derby) *イルドブルボン - Nijinsky
1991(30) Shadayid(1000Gns S.) Shadeed - Nijinsky
1991(30) Suave Dancer(Prix J.Club) Green Dancer - Nijinsky
1991(30) Caerlina(Prix de Diane) Caerleon - Nijinsky
1993(32) Sea Hero(Ky.Derby) *ポリッシュネイビー - Danzig
1994(34) Tabasco Cat(Preakness) Storm Cat - Storm Bird
1994(34) †Green Tune(Fr.2000Gns) Green Dancer - Nijinsky
1996(35) Lady Carla(Oaks S.) Caerleon - Nijinsky
1996(35) Matiya(Ir.1000Gns) Alzao - Lyphard
1997(36) Desert King(Ir.2000Gns) *デインヒル - Danzig
1999(38) Island Sands(2000Gns S.) Turtle Island - Fairy King
†:仏2000ギニーは、先に曾孫世代のLinamixが1990年に優勝。

 さて、先ほどの St.Simon の孫世代クラシックと比較して、それぞれ年号の隣に括弧書きでその当時の St.Simon なり Northern Dancer なりの年齢を記しておきましたが、明らかに Northern Dancer の速さが目に付きます。24歳ということは、サンデーが生きてたら25歳な訳で、既に孫世代がクラシックを勝っている勘定。
 しかし、もう一つ特筆すべきこととして、1987年に有芝さんのトリプルクラウンを粉砕した Bet Twice を嚆矢とする、Nijinsky 系の数の多さです。これ初勝利だけ書いてるから同時代でも結構オミットしてるけど、ここにあるほかにも*ジェネラスとか Hernando も孫世代種牡馬からの勝利ですし、とにかく世代が早くなってるのはほぼ、Nijinsky が無双したから、みたいな面もあったりします。Danzig や Storm Cat と比較して、5~10年早い。

 一方で、Northern Dancer において、自身に悲劇はなかったものの、現在の Nijinsky 系の衰退は明らかに「悲劇」に近いモノではあるでしょう。これは確かに、「日本の生産者が Nijinsky 萌えで輸入しすぎた」という要素もあります。例えばサンデー25歳相当の1986年には、英ダービーを*シャーラスタニ、ケンタッキーを*ファーディナンドが勝利してますが、いずれも輸入されて牧場では惨憺たる大失敗に終わったりしてました。無論*ラムタラも言うまでもありません。
 しかし、Nijinsky の種牡馬の父としての実力は確かにあったものの、やはり世に出るのが速すぎたのかも知れない、みたいな感慨も持つところではあります。結果として、後発の、ほぼ同様に種牡馬の父であったところの Danzig や Storm Cat、或いは Sadler's Wells などがより「Northern Dancer に近い世代」を背景とした遺伝力で Nijinsky の子孫に立ち向かった時に、これらの種牡馬勢に抗するすべを持たなかったのでは、と。
 反面、Nijinsky が「種牡馬の父」として大成功したことで、ある種の「系統の持続性」に対する信頼が生まれたことが、後発の種牡馬に有利に繋がった、みたいな皮肉はあったのかな、なんてことも。

 さて一方、サンデーの孫世代は現状どうかというと、ダイタクリーヴァとかツルマルボーイなんてロクに機会を得ていないし、デルタブルースに至っては種牡馬にすらさせて貰えず、みたいななかなか悲しげな状態。一方で、ある意味この時代に活躍しても「出るのが早すぎた」的なものではあったのかも知れません。
 そんな中で、2010年クラシック世代になって、ついに孫世代の牡馬から本格的な活躍馬が出始めて、或いはこの辺りが、ちょっと先駆したディープスカイ辺りとともに「サンデー孫世代」の真の意味での開拓者となるかな、みたいな期待はまだ持てるところでしょう。
 それに対して、産駒種牡馬レベルを見ると、アグネスタキオンという後継の先頭を走った種牡馬が世を去っているという僥倖はある一方で、マンハッタンカフェやネオユニヴァースが後発ながら元気で、そして何より最後発でディープインパクトなんて巨大なイコンが居座る辺りが、なかなか苦労しそうな要素でしょうか。ただ、ディープが今のところ「案外」な面もある辺りが救いではある、のかも。

 しかし最終的には後ろの世代にチャンスが来るかも知れないし、当然キングカメハメハをはじめとする国内非SS名馬や、或いは今後社台が導入するであろう新種牡馬などとの角逐はあるでしょう。しかし、まだそれらのコマが揃いきっていない、みたいな現状はあって、或いは本当の意味でサンデーの孫世代を主役とする眷属達が「悲劇」との戦いを始めるのは、あと5~10年のスパンで来るべきモノなのかな、そして今は、それを前にした小春日和的な風景ではあるのかな、みたいなことも考えたり。

 正直昔は、サンデーばっかり走りやがってとムカつく面は強かったのですが、1990年代後半から急速に世界に伍するようになりはじめた本朝競馬のレベルアップに乗じて、「種牡馬の父」として英1000ギニーやドバイワールドカップのごとき世界でも超一流の大レースにまで勝ち名乗りを挙げた偉大さに、今は平伏す面もあるのは事実。
 さてこの偉大な血脈、果たして生き残るのは誰なのか、倒すとしたら、どのような血脈なんだろうか。まぁどのような結果になっても、ある種の敬意を持って見届けたいな、と。
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A Sunday Saturation Trilogy -2- 100年前の「SSの悲劇」と。 

 二つ目(挨拶。

Saturation -分離-

 鞘さんからのお題。

@Mahal ノモケン記者と一緒に転がされてる件ェ…。中のアクセス解析などいませんよっ。ところで100年前の英国と現在の本邦、2つの"SSの悲劇"を真面目に比較したら面白そうな記事/論文になる気がするんですがどうですか殿下。less than a minute ago via Echofon Favorite Retweet Reply



 俗に「St.Simonの悲劇」と呼ばれるのは、この歴史的大種牡馬の孫世代における特にイギリスでの深刻な不振を指します。
 自身はもちろんのこと、Persimmon や Florizel、St.Frusquin、William the Third といった産駒種牡馬剤が綺羅星のような活躍を見せた20世紀初頭までの勢いから打って変わって、St.Simon の孫世代種牡馬たちはイギリスでものの見事に失敗を続けました。所謂クラシックレースで牡馬の3冠たる2000ギニー、ダービー、セントレジャーを、St.Simon の父系曾孫たちは1つとして勝てなかったのです。これによって、St.Simonの父系は急激に縮小し、やっと玄孫の世代になって Bois Roussel が勝利したのは1938年のことでした。

 因みにこれは、なぜかイギリスに特定される現象で、というかイギリスは当時世界最強の競馬国だったので、St.Simon の孫世代は他国に出て活躍する余地もありました。実際には、仏愛牡馬クラシックや米3冠で以下のような馬たちが勝利しています。後、英国牝馬クラシックもちょい含めて。

1916(35) George Smith(Kentucky Derby) Out of Reach - Persimmon
1916(35) Furore(Irish Derby) Fugleman - Persimmon
1917(36) Hourless(Belmont) Negofol - Childwick
1919(38) Tchad(Prix J.Club) Negofol
1919(38) Loch Lomond(Irish Derby) Lomond - Desmond
1919(38) Roseway(1000Gns S.) Stornoway - Desmond
1920(39) He Goes(Irish Derby) Prince Palatine - Persimmon
1920(39) Charelebelle(Oaks S.) Charles O'Malley - Desmond
1922(41) Brownhylda(Oaks S.) Stedfast - Chaucer
1925(44) Coventry(Preakness) Negofol
1926(45) Take My Tip(GP Paris) Rire aux Armes - Rabelais
1928(47) Vito(Belmont) Negofol
1941(60) Le Pacha(Prix J.Club, GP Paris) Biribi - Rabelais


 さて、ここで最も多く顔を出す Negofol という馬は、自身も仏ダービーを制しており、種牡馬としては英仏でクラシック馬を輩出した訳ですが、これらの後継馬が活躍することはなく、父系は断絶しています。それどころか、牝系に入って影響を与えることすらありませんでした。父系として滅びても、結構ある程度活躍した種牡馬であればどこかで牝馬を通じて名前を見ることが多いのですが、ことこの種牡馬に関しては、そういう牝馬が思い浮かびません。配合を歴史的に眺める習慣をある程度持っていても、Negofol という名前は、意識することすら少ないのではないでしょうか。自分もこれ書きながら「こんな馬いたんだ」的な思いも。

 一方で、ここで主要国として英愛仏米辺りを眺めてみましたが、当然ほかのマイナー国での活躍馬をオミットしています。そして、St.Simon の孫世代の中で、恐らく8割か9割が「この馬が最も重要」と考えるであろう種牡馬は、イタリアにいました。その名を Havresac と言います。因みに、残りの1割か2割の血統通は大体、Le Pacha を生んだ Biribi かドイツの Ard Patrick、或いは南米で活躍した英3冠馬 Diamond Jubilee 辺りの産駒などをダスカと思われ。……は置いといてこの Havresac、イタリアで11度のリーディングに輝き、テシオやその他のイタリア生産者に数多のクラシックホースを供しました。父系はテシオがてs……ゲフゲフン、繋いで自身の最高傑作 Ribot を輩出し、一方牝駒では Nogara が20世紀最大の主流父系を築くことになる Nearco を産んでおり、その影響力は現代でも絶大なるものがあります。この Havresac の血統は、どんなものでしょう。

Havresac

 ということで、何と St.Simon の2×3という、強烈なインブリード。
 果たせるかな、St.Simon の影響力を子々孫々に維持する原動力となった最大の種牡馬は、ともすると「弊害」と見られがちな、というかそれ自体が父系の衰退をもたらすと考えられがちな近親交配から生まれたのでした。では何故、イギリスでこうした血統パターンが残らなかったのか或いは試みられなかったのか。要は勇気がなかった?それとも、こうした血が国外に流れたからの成功?はてさて、一体どういったものでしょうかね?
 ただ、イギリスでこうした血統パターンが出た時に活用するある種の柔軟性自体が、当時のイギリスの上位サラブレッドにおいては難しかったこと、一方で St.Simon と同時期に他系統もそれぞれ進化の足がかりを掴んでいたこと辺りは、見ておいてもいいのかも知れません。その柔軟性を、特に繁殖牝馬ベースで如何に確保するか、という辺りに、3代目を繋ぐ鍵はあるのかな、とも。
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A Sunday Saturation Trilogy -1- 飽和してるのは、血統なのか? 

 書いてたら、結構長くなったので、3分割(挨拶。

Saturation -定向-

ダービー全馬、サンデーサイレンスの孫対決 血統の偏り鮮明 主要競馬国でも異例@日経つかノモケン氏。

 てな訳で、割とバズってたこの話題。
 さて実際、サンデーの血は「飽和」するのでしょうか?
 という辺りに行き着く際に、まずは現在の本朝馬産界における社台グループという存在の大きさが、あるのではないでしょうか。要するに、飽和しているのは「サンデーの血」以上に、というか以前に、「社台グループの馬」であるようにも。サンデーが成功を謳歌しているのは言わばこの「社台グループの成功」の二次的な効果であるようにも見えますし、競馬ファン的にもむしろ「社台の飽和」の方に目が向きがちなのが昨今の傾向のようにも見受けられます。
 早田牧場やメジロ牧場などといった対抗勢力が次々と弱体化・崩壊への道を辿る中で、この牧場だけが配合から育成に至るまで規模とノウハウを半ば独占的に強化し、ガリバー化しているのが、そもそもある程度以上の規模の馬産国においては奇観というか極めて珍しいケースではないかと。例えば、フェデリコ・テシオやE.P.テイラーはイタリアやカナダのような辺境で大成功を収めますが、それでもテシオはかなりライバルにも恵まれていますし、テイラーのいたカナダは少なからずアメリカとマージナルではありました。
 その上で、「ライバルが無力化される」なかで独占的な地位を得ると、競争の不在からレベルが下がりやすくなることが案じられるものです。実際、サンデー御本尊が世を去ってもう10年近くなり、それ以降輸入種牡馬で*トニービン級の成功もなければ、落ち込みが発生してもおかしくない頃でしょう。

 ところが、転がる社台は苔を生さない。
 JRAのレースに対する国際的な開放路線が着々と進められた中で、外国馬や外国産馬、或いは在外馬主などの参入が進められたが、そのグローバル化に伍するためのあらゆる事業を、着々と進めていった。時には、不況すらある意味「利用する」化のように、外国の馬主の財布の不安に乗じて繁殖を購買してきたりもする。種牡馬については*エルコンドルパサーの早世や*ウォーエンブレムの性欲欠如に悩まされて血の更新が遅れたが、繁殖牝馬の方は輸入でリソースを着実に更新している。
 ディープインパクトの産駒でクラシックに乗った馬は多くがそうした輸入牝馬から生まれていますが、自身のキャラクターが決して順調に伝わっているとは言えない中で、そうした海外良血牝馬のポテンシャルで走らせているようにも見えます。言わば、国内にいながらにして、「海外の繁殖に付けて回っている」かのように振る舞っているようにも。それだけに、サンデー系全体として、繁殖牝馬ベースでは「飽和」は意外と緩和されているようにも見える。とりわけ、牡馬ベースではなく牝馬ベースでそれが出来るのは手強いと言うべきか。

 社台の成功というのは、そうした血統面や、或いはその他様々な面において、「国内で集中的に成功してる企業として産業界を集約し、世界水準の中に身を置き、国際競争に通用せんとする」という側面があり、言わば「本朝では稀有な、サムスン型ビジネスモデルの成功例」なのかも知れません。そういう意味で「モノが違う」からこそ国内では無敵を誇り、海外勢力の急速な浸潤も食い止めてきたのでしょう。
 ただ、サムスンと違い社台はまだ、国外での成功度はそれほど高くありません。
 国内の産業規模が巨大であるから、国外の成功無くとも海外に対してある程度伍せているのが現状ではあるでしょう。
 そうした中で、特に今年などは震災の影響もあり、年々低落傾向の馬券の売上減も加速が掛ってしまいましたし、馬主経済の縮小も留まる様子はありません。そこそこコアなファンが加齢しつつも一口養ぶ……ゲフゲフン、会員として、総じて社台を中心とするピラミッドを支える構図はありますが、それも限界はありか。
 そうなると、今後は現状以上に「海外で勝てる馬」を出すことが強く要請されるのかな、とは思われ、そのレベルに向けてグレードアップすることが、長期的な「現状の持続モデルの維持」にはなるのでしょう。

 ……というタイミングでドバイWCを勝っちゃうんだから、ある種の引きの強さはありますが、はたして。

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Sadler's Wells死去に当たっての、幾つかの覚え書き 

 極東の片田舎より(挨拶。

Race is Over
Race is Over posted by (C)有芝まはる殿下。
D7000 Sigma 10-20mm/1:4-5.6 DC HSM (10mm) F8 1/1600s ISO-400

 てな訳で、やや旧聞ながら、Sadler's Wells が世を去った。
 既に後継種牡馬の活躍が始まって久しく、ある意味もう歴史に入った段階でこの世を去ったこの名種牡馬についての覚え書きを、この機会ながら行っておこうかな、と。

 Sadler's Wells は、Northern Dancer 最晩年の種牡馬であった。その上で、彼は競馬場で主に自らの父方から見て甥にあたる種牡馬群と主に競馬場で戦うこととなったが、そうした中で案外、「後発の強み」として、父たる大種牡馬 Northern Dancer の遺伝力を活用しやすかったという辺りは特筆すべきだったかも知れない。とりわけ、Nijinsky が比較的早く世代が更新され、そうした中で案外自らに相対する血脈を見つけるのに苦労していた中で、比較的シンプルな配合パターンと、遺伝力の地力での押し切りみたいな部分で、ある意味他の後継種牡馬群を追い落とすことが出来た、と言えよう。更に、繁殖側の Northern Dancer が比較的後ろの世代に後退していたので、2×4くらいで簡単に配合が出来た辺りも、結果に繋がったとは言えるかなと。

 そして、その中でもう一つ特徴となったのが、「定型的なニックパターンでの強さ」であった。例えば、比較的近似する血脈を持った Never Bend 系や Nureyev 系辺りとの配合、或いは定番的な Hyperion 活用での High Top との組み合わせでアタリを出す機会が結構あったが、そうした「これを付けたら走る」的な「答え」を出しやすい種牡馬であったこと。実際のところ、この種牡馬は*サンデーサイレンスや*デインヒルと比較すると「万能性」には賭けるところがあり、本来はやがてそういう万能系に駆逐されやすい傾向のあるタイプだとは思っていたが(*ブライアンズタイム辺りが対サンデーで限界を見せるように)、嵌り方が鮮やかで、また優秀な繁殖資源がこのニックパターンの嵌る範囲で多かったことが幸いしたように思う。

 一方で、Sadler's Wells の時代を回顧すると、恐らくは「欧米の『名馬のパターン』が、70年代の統合によるチャンピオン時代から、比較的パターン分離のサイクルに先祖返りしはじめた時代」でもあった。要するに、Mr.Prospector 系の何かで再びアメリカ血統が欧州に持続的に影響を与え続ける、という血統トレンドには入らず、欧州は欧州的な、アメリカはアメリカ的な血脈がお互いに排他性を強めた時代、だったと言えよう。Kingmambo とかは割と欧米日どこでも走ったが、あれとてアメリカではちょい弱い。恐らくは、アメリカの番組やセールなどの傾向が比較的「小物の早熟タイプ」をクラシックで勝たせるような傾向が強まった一方で、それにいい意味で欧州が「ついて行けなかった」みたいな部分は感じる。

 そうした中で、Sadler's Wells はアメリカ側のプレッシャーが弱まる中で、自己のアイデンティティを十全に発揮し、欧州に新たな血統の価値を築いた、ということにはなろうか。個人的には、各地域の選抜による個性の多角化というのは、長い目で見てサラブレッドの遺伝子プールに正の影響を与える傾向の方が強いのではと考えている。そうした長い目で見た流れの中で、最終的に何らかの形でまた70年代のような「チャンピオンの時代」に行く足がかりに戻る中で、Sadler's Wells とはどういう価値を伝える馬であったか、みたいなのが再発見される、のだろうか。偉大なる、ポストモダンの旗手が、古典となる、みたいな文脈で。

 それにしても、結構90年代後半くらいの血統談義文脈では、「Northern Dancer の飽和」みたいな辺りでNative Dancer 系の席巻とかも予測されていたものではある。そうした流れをある意味打ち切ったように、欧州のクラシックという舞台に幾つもの名作を提供したこと。その偉大さは、やはり現在でも既に「歴史的」ではあるのかな、と思いつつ、その存在感を顕彰しておきたいな、と。
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断片的に。 

 最近、フォト蔵もはてブ数出すのね(挨拶。

夢を追い疲れ
夢を追い疲れ posted by (C)有芝まはる殿下。
Nikon F3 Ai Noct-Nikkor 58mm/1:1.2 F2.0 1/125s Kodak Super Gold ISO-400

 個人的には、配合ってある種の大局観が必要というか、ある血統表を眺めた時に、下から累代を眺めながら「どのようにアップグレードされているか・いないか」の手筋を確認する側面が結構要諦みたいなところがあって、それを確認するツールとして配合論がある、的な位置づけ。
 その意味で言えば、勿論「手筋」に対しての結果がある種のフィードバックとして得る作業としての「競馬をある種澄んだ眼で見る」ことが割と重要な気がするし、恐らく血統を馬券に活かせる人ってのは、配合論のバックボーンにおける精緻さだけではなく、そうしたある種の先入観を排した状態で競馬を見る力が備わっているのかなぁ、みたいなことも考えたりする。この手筋は無論単に「見る」だけではなく、Targetや昔で言えば熱血解析的な解析なども結構大事であり、例えば今でも競馬通信出身な方とかはそういうのをマメにやりながら、ある種の「目」を育てていく的な部分もあろうなぁ、と。
 ただ一方で、「見る」ことがセンス的な面では重要であり、一方で競馬というスポーツは事前に馬券を購入するという行為故に先入観を持って観戦してしまいがちな競技であり、どうしても外れた場合に「結果が間違ってる!」と言ってしまいがちな側面はある。
 そうした悔しさを出してしまうアツさは確かに競馬を愉しむのには重要だし、負けたからと言って安易にフォームを変えるような行為が「上達」の敵であるのはどんな道でも変わりはしないと思うのだけれど、一方で競馬の結果にある種の正義を見る謙虚さの中にある種の競馬を深める道はあるんじゃないかな、ってことも考える訳である。もうちょっと言えば、馬体派であれ血統派であれ調教時計派であれ、個人的にはそういう真摯な謙虚さを感じる片鱗が文章にあるかどうか、その上で言い切る局面においてのある種の修練の積み重ねを感じるか、という辺りに信頼性を見出すってのはあり。因みに、後者の方はやや基準が厳しく、ちょっと並ならぬ修練、みたいなのを感じさせないと食い付きづらい、かな。
 で、冒頭のような血統観を共有できる人においては、血統ってのはあくまで大局であるので、大局であるからこそ「血統表が走る」的な考えを有してない、ってのは明らかだと思う。その辺りは、あんまり誤解されると、ちょいもにょるかな、なんてことは思ったり。
 一方で、逆に大局として過剰に空論的に取られると、いやまぁ基本的にはリアルの動きから逆算してある種の絵を描いてるんだから、それが非実学的なものかって言われると、ちょっと納得はしませんよ、という所ではありますかな、って辺りで、どっとはらい。
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テーマ: 競馬

ジャンル: スポーツ

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