◆殿下と騎手 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
「ティンと来た!」
そう叫んで、騎手は銃口を口に向けて命を絶った。
……嘘である。
「来たか、あいつら!」
そう叫んで、"The Tinman"と呼ばれたその騎手は、銃口を口に向けて命を絶った。今では二つ名は北米の去勢馬の名前に見られてもさほど思い出されることはないが、フレディ・アーチャーという本名は未だに競馬史の伝説として語り継がれる。1886年11月8日、白昼の出来事であった。当年29歳。ピゴットもデットーリも、その年にして既にアーチャーと同様に伝説の騎手の名を欲しいままにしていたが、アーチャーは老いず、ピゴットは老い、デットーリもいい歳になってしまった。
さて、その翌日に45歳の誕生日を迎える、競馬好きの男がいた。バーティ、或いはアルバート・エドワード・サクス=コバーグ=ゴータ、ドイツ人らしい謹厳なる父母に育てられながら、あらゆる遊びを愛した、ウェールズ公殿下(彼については過去にこのブログでふれた)である。彼は「スポーティング・ライフ」紙に掲載された死亡記事を目にしつつ、どこか割り切れない感覚を名騎手の死に感じていた。この歳にして稚気を失わない貴人は、誕生祝いもそこそこにニューマーケットに馬車を走らせる……。
てな訳で、前からタイトルだけ知ってて特に買う機会がなかった作品なのだけれど、過日たまたま店頭で見かけたので購入。
ある意味、何でこれまでこの本を有芝は読んでなかったのだろうと思うような、欧州競馬とその歴史の耽溺者には必読の作品ではある。残念ながら推理小説に関しての教養については凡庸な有芝がこの作品の書評をものすのは相応しくは無かろうところであり、敢えて作品の内容には深く立ち入らない。しかし、序盤からのニューマーケットの町並みや競馬場の空気、そしてヴィクトリアンなロンドンの路地裏と、微笑ましくもあるウェールズ公の暴れん坊皇太子っぷりは、あらゆる海外競馬ファン、そしてあらゆる近代欧州の愛好家(たとえば「エマ」なんかを読んでメイド以上にその風景描写を愉しむような方々)がこの作品を手に取る有資格者であると言えるものではあろう。
とりわけ、血統表をひもとく趣味のあるものならば、馴染みの馬の血脈の10代以上先に入る存在が立ち代り現れる姿をも愉しむことが出来る。残念ながら、往時の大生産者については、ファルマス卿やウェストミンスター公爵といった手合いが直接姿を現してくれるわけではないが、それにしても皆無ではなく。そういう感じで本書を読み進めながら思ったのは、この1886年という時代性である。
この年、アーチャーは命を絶つ年であるが、彼が騎乗馬に困っていたわけでは勿論無い。それどころか、この年は彼にとって、3冠馬の手綱を取るという、まさに騎手として最大の栄誉に浴した記念すべき年だったのである。その名は、Ormonde。この作品にもその逸話が現れるところの Bend Or の産駒である。有芝はアーチャーが絶賛した Bend Or の「勝つための意思」に対して大いに敬意を示すものであり、それゆえに彼の父系が他の系統をほぼ駆逐してもそれを追認することを羞じざるものであるが、Bend Or が未完成のピースである一方、Ormonde がまさしく完成品の美しさとしてその父を凌駕することを認める。しかし、世においてサラブレッドの歴史を変えた馬がもう一頭いた。その名は、St.Simon である。1884年に無敵の3歳馬として引退した同馬は、翌年を丸々休養に当てて後、この1886年に種牡馬としての栄光の一歩を踏み出した。すなわち、アーチャーは St.Simon に騎乗しながらも、彼の遺伝子が英国の煌びやかな良血の肌馬に胎動する中で、その幼駒が世に現れるのを辛くも見ることなく世を去ったのである。
アーチャーと St.Simon にかかるこの断絶は、競馬の二つの時代の断絶である。
すなわち、St.Simon は種牡馬としてイギリス競馬を全く新たに塗り替えた。おおよそこの馬にあったサラブレッドとこの馬の後にあったサラブレッドは別種のものなのかも知れない、と思われるほどである。本朝における*サンデーサイレンスがやったことを、もう数枚上のレベルで達成したとも言えるだろう。後に12代血統表を分析するという途方も無い難行を敢行した歩く大型計算機のようなヴィリエ中佐は、世代別の大種牡馬の血量を分析するにあたり、この時代に関しては St.Simon とその父 Galopin 以外を要しなかった。その前の時代の至高の存在としてアーチャーは君臨するものであり、また Ormonde はその最後の名馬である。ある意味、アーチャーはその後の騎手の誰とも比較される存在ではない。彼以降の競馬は「違う競馬」なのだから。果たせるかな、その僅か10年後には、アメリカ人騎手トッド・スローンがモンキー乗りという騎乗の革命をイギリスに導入し、まさに物理的にアーチャーは比較することが不可能な存在になってしまったのである。まさに時代が、彼を不滅にしてしまった。
「来たか、あいつら!」=Are they Coming!
もし、アーチャーがこの作品でウェールズ公の突き止めんとする所のごとき下手人ではなく、自らの心のうちに潜む何かによって命を奪われたのだとしたら、彼が見た「あいつら」とは、モンキー乗りの騎手にまたがった St.Simon の血族たちが未来からこの天才に垣間見せた幻影であり、冥界からバッチャーニ公(St.Simon の生産者)が奏でるマジャール風舞曲に煽られたギャロップの蹄音であったのかも知れない。そして彼は、その「前の時代」の象徴としてその幕を下ろすべく引鉄に手をかけた、のかも。
「ティンと来た!」
そう叫んで、騎手は銃口を口に向けて命を絶った。
……嘘である。
「来たか、あいつら!」
そう叫んで、"The Tinman"と呼ばれたその騎手は、銃口を口に向けて命を絶った。今では二つ名は北米の去勢馬の名前に見られてもさほど思い出されることはないが、フレディ・アーチャーという本名は未だに競馬史の伝説として語り継がれる。1886年11月8日、白昼の出来事であった。当年29歳。ピゴットもデットーリも、その年にして既にアーチャーと同様に伝説の騎手の名を欲しいままにしていたが、アーチャーは老いず、ピゴットは老い、デットーリもいい歳になってしまった。
さて、その翌日に45歳の誕生日を迎える、競馬好きの男がいた。バーティ、或いはアルバート・エドワード・サクス=コバーグ=ゴータ、ドイツ人らしい謹厳なる父母に育てられながら、あらゆる遊びを愛した、ウェールズ公殿下(彼については過去にこのブログでふれた)である。彼は「スポーティング・ライフ」紙に掲載された死亡記事を目にしつつ、どこか割り切れない感覚を名騎手の死に感じていた。この歳にして稚気を失わない貴人は、誕生祝いもそこそこにニューマーケットに馬車を走らせる……。
てな訳で、前からタイトルだけ知ってて特に買う機会がなかった作品なのだけれど、過日たまたま店頭で見かけたので購入。
ある意味、何でこれまでこの本を有芝は読んでなかったのだろうと思うような、欧州競馬とその歴史の耽溺者には必読の作品ではある。残念ながら推理小説に関しての教養については凡庸な有芝がこの作品の書評をものすのは相応しくは無かろうところであり、敢えて作品の内容には深く立ち入らない。しかし、序盤からのニューマーケットの町並みや競馬場の空気、そしてヴィクトリアンなロンドンの路地裏と、微笑ましくもあるウェールズ公の暴れん坊皇太子っぷりは、あらゆる海外競馬ファン、そしてあらゆる近代欧州の愛好家(たとえば「エマ」なんかを読んでメイド以上にその風景描写を愉しむような方々)がこの作品を手に取る有資格者であると言えるものではあろう。
とりわけ、血統表をひもとく趣味のあるものならば、馴染みの馬の血脈の10代以上先に入る存在が立ち代り現れる姿をも愉しむことが出来る。残念ながら、往時の大生産者については、ファルマス卿やウェストミンスター公爵といった手合いが直接姿を現してくれるわけではないが、それにしても皆無ではなく。そういう感じで本書を読み進めながら思ったのは、この1886年という時代性である。
この年、アーチャーは命を絶つ年であるが、彼が騎乗馬に困っていたわけでは勿論無い。それどころか、この年は彼にとって、3冠馬の手綱を取るという、まさに騎手として最大の栄誉に浴した記念すべき年だったのである。その名は、Ormonde。この作品にもその逸話が現れるところの Bend Or の産駒である。有芝はアーチャーが絶賛した Bend Or の「勝つための意思」に対して大いに敬意を示すものであり、それゆえに彼の父系が他の系統をほぼ駆逐してもそれを追認することを羞じざるものであるが、Bend Or が未完成のピースである一方、Ormonde がまさしく完成品の美しさとしてその父を凌駕することを認める。しかし、世においてサラブレッドの歴史を変えた馬がもう一頭いた。その名は、St.Simon である。1884年に無敵の3歳馬として引退した同馬は、翌年を丸々休養に当てて後、この1886年に種牡馬としての栄光の一歩を踏み出した。すなわち、アーチャーは St.Simon に騎乗しながらも、彼の遺伝子が英国の煌びやかな良血の肌馬に胎動する中で、その幼駒が世に現れるのを辛くも見ることなく世を去ったのである。
アーチャーと St.Simon にかかるこの断絶は、競馬の二つの時代の断絶である。
すなわち、St.Simon は種牡馬としてイギリス競馬を全く新たに塗り替えた。おおよそこの馬にあったサラブレッドとこの馬の後にあったサラブレッドは別種のものなのかも知れない、と思われるほどである。本朝における*サンデーサイレンスがやったことを、もう数枚上のレベルで達成したとも言えるだろう。後に12代血統表を分析するという途方も無い難行を敢行した歩く大型計算機のようなヴィリエ中佐は、世代別の大種牡馬の血量を分析するにあたり、この時代に関しては St.Simon とその父 Galopin 以外を要しなかった。その前の時代の至高の存在としてアーチャーは君臨するものであり、また Ormonde はその最後の名馬である。ある意味、アーチャーはその後の騎手の誰とも比較される存在ではない。彼以降の競馬は「違う競馬」なのだから。果たせるかな、その僅か10年後には、アメリカ人騎手トッド・スローンがモンキー乗りという騎乗の革命をイギリスに導入し、まさに物理的にアーチャーは比較することが不可能な存在になってしまったのである。まさに時代が、彼を不滅にしてしまった。
「来たか、あいつら!」=Are they Coming!
もし、アーチャーがこの作品でウェールズ公の突き止めんとする所のごとき下手人ではなく、自らの心のうちに潜む何かによって命を奪われたのだとしたら、彼が見た「あいつら」とは、モンキー乗りの騎手にまたがった St.Simon の血族たちが未来からこの天才に垣間見せた幻影であり、冥界からバッチャーニ公(St.Simon の生産者)が奏でるマジャール風舞曲に煽られたギャロップの蹄音であったのかも知れない。そして彼は、その「前の時代」の象徴としてその幕を下ろすべく引鉄に手をかけた、のかも。
◆キャンディデート(GB)
Kabool×Valleyrose(*ロイヤルアカデミー)×Valley Quest(Rainbow Quest)×Valverda[F5-h]
名前でVのイニシャルを引き継がないのがどうもいかんのだが。
Nijinsky と Blushing Groom はニックスを形成するが、そのニックスを担保するのは Nijinsky の祖母 Flaring Top と Blushing Groom の父母 Spring Run の相似である。故に当然 Nijinsky と*イエローゴッドもニックスをなす。ヤエノムテキのことだ。*ロイヤルアカデミーは曾祖母に Menow×Sir Gallahad が入り、マルゼンスキーのパチモノ的な作用でこのニックスをサポートする側面を持っており、母 Valleyrose の配合は Flaring Top≒First Rose≒Spring Run の4*4×5とも読める。本馬はそこに更に Blushing Groom を一本加える大技をかける一方で、Northern Dancer が2本入る Kabool であり、言わば力技の多重クロスで母の配合のパワーを継続する見立て。当たれば当たるし、実際現時点で Kabool の代表産駒の一頭と思えばそこそこ成功してると思うが、やや限界があるとすれば、この馬4代母の時点から Nearco のインブリードが開始してて、あまりにしつこく Nearco の血脈を継続しすぎている点。その辺りでやや配合の図式としては単調さも感じられるところで、手放しで褒められる訳ではない。ただ、隠し味としての名繁殖 Fall Aspen の地力は認められて良く、また母方の深いところに*セントクレスピンが入ったりすることでこの血脈のよさに応えている配合であるところはちょっとしたポイントとして認められても良いであろう。基本的には Blushing Groom の米血が全面的な主張を持つ配合なのでベストは2000で、マイルよりは2100の方が向いているとは思われ。ただ、本当は時計の掛かる馬場があまり向いてないタイプで、香港盃辺りの方がメンバーのレベルはともあれレースとしては手が合ってたかも。
能力的には、07年のドバイWCでヴァーミリアンと対戦して、そこそこ差をつけられている。芝ではギニー3着が光るがその後はそれに類する程度の成績をトップレベルで挙げたことはなくて、シンガポールでは普通にシャドウゲイトの後塵を排しており、例えばエクリプスで Notnowcato の8馬身差っつーと大体123から15引いて108、そっからアウェイ補正5ポンドで103くらいってのが日本でも妥当っぽいレートであり、要するに並かちょっと下のG3くらいの能力な範囲に落ち着くのだろうなと。その上で、そのレベルでダート器用な馬がどの程度現在のダートのトップレベルで勝ち負けできるかというと、みたいな話であろうし、それならばヴァーミリアンとのドバイでの着差はまぁ能力的にも相応なものだったかなとも。
馬名は「立候補者」の意味。Candidate の方が一般的だが、まぁこの辺りは過日の Disc/Disk 話と通じる部分で、Kandidate の方が英語的には古いのかな。恐らく父のイニシャルに合わせたのだが、何故わざわざ父のほうに合わせる?
◆ジャックサリヴァン(USA)
Belong to Me×Provisions(Devil's Bag)×Atzimba(Miswaki)×Novara[F20-a]
こちらも Hail to Reason4×4、Raise a Native4×5、Northern Dancer4×5、Almahmoud5×5 と多重クロスである。こちらも曾祖母の段階でTurn-to のインブリードが入るが、ある意味 Hail to Reason のクロスに対しては Turn-to を裏で持っておくことはある程度の支えにはなるであろう。ただ、配合の単調さという意味では*キャンディデート同様の問題を抱えていると言うべきか。その上で、若干配合の手筋として前者と異なるのは、こちらが、自身の代で新たな仕掛けを持ち込んでいる、という面であろう。まずは父の母方の Straight Deal と Devil's Bag の父 Halo が Hail to Reason と Pharamond の組み合わせクロスになっている点は一応注目されるべきである。そして Straight Deal での仕掛けはそれに収まらず、4代母 Syzygy に内包される Ultimus と High Time のバカ配合親子のラインクロスに対して、Straight Deal の母 No Fiddling が Commando 4×5 で受け口を作っている辺り。その辺りの仕掛けがある程度効果的に見えるタイプであり、その上で配合全体を見れば Danzig と Mr.Prospector でパワー系のスピードを現出させたタイプである、と見て取れる。
基本的には欧州で走ることが多く、またワンペースな配合で欧州では距離を持たせづらいだけに距離がやや短い辺りに偏るのだろうが、2000くらいなら潜在的なポテンシャルは十分にありそうな気はする。それを見せたのが2005年のドバイWCでの4着という成績であろう。Choctaw Nation に4馬身千切られてるが、アジュディミツオーには十分差をつけての4着ならば、こういうタイプの馬場で中距離を走る分には、日本の最上級のダート馬に近いパフォが出せると見ておいても良い。どう考えても勝てそうにないBCクラシックに挑戦してるのは伊達ではないだろう。因みにマイルを使ってユートピアの4馬身差がある。ただ、今年に入ってのパフォはそう満足できるものがない。前走に関しては Class3 のレースで5着とするならば、正直今までのオールウェザーホースくらいのレベルまで力落ちしてるのかも知れない的な思いもある。
馬名は怪奇文学の研究者として知られる人からとったようである。Amazonを見ると「幻想文学大事典」なる大書が引っかかった。21000円って。母父が Devil's Bag って所からであろうか。
Kabool×Valleyrose(*ロイヤルアカデミー)×Valley Quest(Rainbow Quest)×Valverda[F5-h]
名前でVのイニシャルを引き継がないのがどうもいかんのだが。
Nijinsky と Blushing Groom はニックスを形成するが、そのニックスを担保するのは Nijinsky の祖母 Flaring Top と Blushing Groom の父母 Spring Run の相似である。故に当然 Nijinsky と*イエローゴッドもニックスをなす。ヤエノムテキのことだ。*ロイヤルアカデミーは曾祖母に Menow×Sir Gallahad が入り、マルゼンスキーのパチモノ的な作用でこのニックスをサポートする側面を持っており、母 Valleyrose の配合は Flaring Top≒First Rose≒Spring Run の4*4×5とも読める。本馬はそこに更に Blushing Groom を一本加える大技をかける一方で、Northern Dancer が2本入る Kabool であり、言わば力技の多重クロスで母の配合のパワーを継続する見立て。当たれば当たるし、実際現時点で Kabool の代表産駒の一頭と思えばそこそこ成功してると思うが、やや限界があるとすれば、この馬4代母の時点から Nearco のインブリードが開始してて、あまりにしつこく Nearco の血脈を継続しすぎている点。その辺りでやや配合の図式としては単調さも感じられるところで、手放しで褒められる訳ではない。ただ、隠し味としての名繁殖 Fall Aspen の地力は認められて良く、また母方の深いところに*セントクレスピンが入ったりすることでこの血脈のよさに応えている配合であるところはちょっとしたポイントとして認められても良いであろう。基本的には Blushing Groom の米血が全面的な主張を持つ配合なのでベストは2000で、マイルよりは2100の方が向いているとは思われ。ただ、本当は時計の掛かる馬場があまり向いてないタイプで、香港盃辺りの方がメンバーのレベルはともあれレースとしては手が合ってたかも。
能力的には、07年のドバイWCでヴァーミリアンと対戦して、そこそこ差をつけられている。芝ではギニー3着が光るがその後はそれに類する程度の成績をトップレベルで挙げたことはなくて、シンガポールでは普通にシャドウゲイトの後塵を排しており、例えばエクリプスで Notnowcato の8馬身差っつーと大体123から15引いて108、そっからアウェイ補正5ポンドで103くらいってのが日本でも妥当っぽいレートであり、要するに並かちょっと下のG3くらいの能力な範囲に落ち着くのだろうなと。その上で、そのレベルでダート器用な馬がどの程度現在のダートのトップレベルで勝ち負けできるかというと、みたいな話であろうし、それならばヴァーミリアンとのドバイでの着差はまぁ能力的にも相応なものだったかなとも。
馬名は「立候補者」の意味。Candidate の方が一般的だが、まぁこの辺りは過日の Disc/Disk 話と通じる部分で、Kandidate の方が英語的には古いのかな。恐らく父のイニシャルに合わせたのだが、何故わざわざ父のほうに合わせる?
◆ジャックサリヴァン(USA)
Belong to Me×Provisions(Devil's Bag)×Atzimba(Miswaki)×Novara[F20-a]
こちらも Hail to Reason4×4、Raise a Native4×5、Northern Dancer4×5、Almahmoud5×5 と多重クロスである。こちらも曾祖母の段階でTurn-to のインブリードが入るが、ある意味 Hail to Reason のクロスに対しては Turn-to を裏で持っておくことはある程度の支えにはなるであろう。ただ、配合の単調さという意味では*キャンディデート同様の問題を抱えていると言うべきか。その上で、若干配合の手筋として前者と異なるのは、こちらが、自身の代で新たな仕掛けを持ち込んでいる、という面であろう。まずは父の母方の Straight Deal と Devil's Bag の父 Halo が Hail to Reason と Pharamond の組み合わせクロスになっている点は一応注目されるべきである。そして Straight Deal での仕掛けはそれに収まらず、4代母 Syzygy に内包される Ultimus と High Time のバカ配合親子のラインクロスに対して、Straight Deal の母 No Fiddling が Commando 4×5 で受け口を作っている辺り。その辺りの仕掛けがある程度効果的に見えるタイプであり、その上で配合全体を見れば Danzig と Mr.Prospector でパワー系のスピードを現出させたタイプである、と見て取れる。
基本的には欧州で走ることが多く、またワンペースな配合で欧州では距離を持たせづらいだけに距離がやや短い辺りに偏るのだろうが、2000くらいなら潜在的なポテンシャルは十分にありそうな気はする。それを見せたのが2005年のドバイWCでの4着という成績であろう。Choctaw Nation に4馬身千切られてるが、アジュディミツオーには十分差をつけての4着ならば、こういうタイプの馬場で中距離を走る分には、日本の最上級のダート馬に近いパフォが出せると見ておいても良い。どう考えても勝てそうにないBCクラシックに挑戦してるのは伊達ではないだろう。因みにマイルを使ってユートピアの4馬身差がある。ただ、今年に入ってのパフォはそう満足できるものがない。前走に関しては Class3 のレースで5着とするならば、正直今までのオールウェザーホースくらいのレベルまで力落ちしてるのかも知れない的な思いもある。
馬名は怪奇文学の研究者として知られる人からとったようである。Amazonを見ると「幻想文学大事典」なる大書が引っかかった。21000円って。母父が Devil's Bag って所からであろうか。
今週のガッシュはマキバオー級に泣ける(挨拶。
が、今日悼むのはウマゴンではなく、ということで、*シンコウフォレストに。
基本的には、やはり非業と言うべき最期ではあるのだろう。
自らの疾病ではなく、経済的に意味を成さないゆえの死であるのだから。その意味では、苦さは非常にある。
一方で、この件について我々が*ファーディナンドを思い起こすならば、恐らくアメリカ人は「お前らと一緒にするな」というのは間違いないだろうし、それは不本意ながらもある程度正当ではある。それは、詰まるところ*ファーディナンドの最期が「Slaughterhorse=屠殺」である、という点に帰するだろう。要するに、その辺りの「死に方の問題」みたいな部分の違いは小さいようで大きいものはある。これに関しては、捕鯨のケースなどを考えれば明らかだろう。例えば我々からすれば、西洋人が油だけ取ってあとは全部捨てるような形で鯨肉を扱うのに対して、ヒゲ一本まできっちり使い切る本朝の扱いの方が余程「丁重に」クジラを扱っている、という自負があると思うのだが、こんな話を南半球の野蛮人に言っても通用するものではなく、奴等からすれば「どんな殺し方でも、殺すのは一緒」なのである。その辺りの峻別が本朝では可能であるのに南半球の流刑民の子孫が解せないのは、奴等に「捕鯨の文化がない」からにほかならない。詰まるところ、それと同様に、「殺すならどちらも一緒だ!」と言ってしまった瞬間、我々は己の競馬文化の程度の低さを世界に晒すだけなのである。我々がそういう態度を取るのは、日本の何頭かのG1馬のうち、先んじてこの馬に日本を永遠に離れさせることで海外におけるチャンスを与えた*シンコウフォレストの関係者たちの先見の明にもとるものであるだろうし、そして*シンコウフォレスト本馬に対しても余り浮かばれる行為とは言えないのではないか、とは思う。
ただ、我々も*ファーディナンドをああいう形で失ったアメリカ人の気持ちに少しは共感できる余地は出来た、とは言えるのだろう。そして、ある意味そのこと自体が、*シンコウフォレストのような素材がなければ我々が気づくことすら出来なかったものではある。例えば、ホオカノの最期について慮ったのは、偏屈爺師を除けばどれほどいたであろうか。しかし、*シンコウフォレストは実際に競馬場でG1を制するなどの成功を収め、産駒の活躍はネット経由ながら縷々伝わっていた。それだけの存在感を示せた馬だからこそ、16ぶくまも行ったのである……てのはサテオキ、少なくともある程度以上の競馬ファンが胸を痛める余地があるものであっただろう。そしてそれは、この馬がある種の時代の流れの中にあった、すなわち日本の競馬レベルが海外と遜色ない程度に上がり、なおかつメディアの進化なども手伝って海外の競馬との距離感がかつてよりも近づいたことによって、実現したものである。その意味では、結局本朝における競馬の進化がいくつかの皮肉な様相を見せる中の、新たな皮肉と言うべきものであろう。
個人的には、思い入れの強い馬であった。配合は比較的好きな部類であったし、良い厩舎が努力に対して正当な評価を得たことでG1を勝てたという印象を見せていたと思うし、Green Desert という種牡馬の魅力と限界について教えさせられた部分もあり、恐らく自分の中では字面の地力以上に心に残る部分があったかも知れない。そして、種牡馬としても、英2000ギニーに駒を進めるような馬を出した一方で、ドイツで活躍した辺りが自分にとってこの馬をある種のお気に入りの存在にさせていた部分はある。Big Shuffle や Dashing Blade という辺りももう少なからず馴染みの親近感を持ってしまってるのだけれど、そういった手合いに日本で走っていたあの馬が加わったことは、ささやかな感慨をもたらす部分はあった。そして、どうやら*シンコウフォレスト産駒でドイツで重賞を制した Electric Beat に至っては種牡馬入りする予定だそうである。何処までの産駒が残せるか分からないけれど、少なくとも日本で走った馬の仔が特に血統的な元手も無い中で種牡馬入りするってのは並大抵の事実ではないし、これも日本競馬にとって*シンコウフォレストが残した勲章ではあるだろう。そう、種牡馬として後継を残せたのだから、仮にどれほどの非業の死を遂げたと言えども、*シンコウフォレストはまごう事なき勝者であるのだ!それが、ブラッドスポーツとしての競馬というものなのである。ならば、我々はこう言って彼を悼むべきなのだろう。
「死してなお、勝利の栄冠に輝かんことを!」と。
◆それにしても。
1972@あさ◎氏には、よく調べてくださったと言うほかない。勿論、ネット社会でこういう風にちゃんと情報が開けていて、なおかつ開いた側もきっちり対応するという当たり前のことが出来ているから敷居が下がっている面はあるけれど、こういうことをしっかり出来ることで我々もある程度納得行く形で情報に触れられるわけで、その意味では感謝し足りない面はあります。
が、今日悼むのはウマゴンではなく、ということで、*シンコウフォレストに。
基本的には、やはり非業と言うべき最期ではあるのだろう。
自らの疾病ではなく、経済的に意味を成さないゆえの死であるのだから。その意味では、苦さは非常にある。
一方で、この件について我々が*ファーディナンドを思い起こすならば、恐らくアメリカ人は「お前らと一緒にするな」というのは間違いないだろうし、それは不本意ながらもある程度正当ではある。それは、詰まるところ*ファーディナンドの最期が「Slaughterhorse=屠殺」である、という点に帰するだろう。要するに、その辺りの「死に方の問題」みたいな部分の違いは小さいようで大きいものはある。これに関しては、捕鯨のケースなどを考えれば明らかだろう。例えば我々からすれば、西洋人が油だけ取ってあとは全部捨てるような形で鯨肉を扱うのに対して、ヒゲ一本まできっちり使い切る本朝の扱いの方が余程「丁重に」クジラを扱っている、という自負があると思うのだが、こんな話を南半球の野蛮人に言っても通用するものではなく、奴等からすれば「どんな殺し方でも、殺すのは一緒」なのである。その辺りの峻別が本朝では可能であるのに南半球の流刑民の子孫が解せないのは、奴等に「捕鯨の文化がない」からにほかならない。詰まるところ、それと同様に、「殺すならどちらも一緒だ!」と言ってしまった瞬間、我々は己の競馬文化の程度の低さを世界に晒すだけなのである。我々がそういう態度を取るのは、日本の何頭かのG1馬のうち、先んじてこの馬に日本を永遠に離れさせることで海外におけるチャンスを与えた*シンコウフォレストの関係者たちの先見の明にもとるものであるだろうし、そして*シンコウフォレスト本馬に対しても余り浮かばれる行為とは言えないのではないか、とは思う。
ただ、我々も*ファーディナンドをああいう形で失ったアメリカ人の気持ちに少しは共感できる余地は出来た、とは言えるのだろう。そして、ある意味そのこと自体が、*シンコウフォレストのような素材がなければ我々が気づくことすら出来なかったものではある。例えば、ホオカノの最期について慮ったのは、偏屈爺師を除けばどれほどいたであろうか。しかし、*シンコウフォレストは実際に競馬場でG1を制するなどの成功を収め、産駒の活躍はネット経由ながら縷々伝わっていた。それだけの存在感を示せた馬だからこそ、16ぶくまも行ったのである……てのはサテオキ、少なくともある程度以上の競馬ファンが胸を痛める余地があるものであっただろう。そしてそれは、この馬がある種の時代の流れの中にあった、すなわち日本の競馬レベルが海外と遜色ない程度に上がり、なおかつメディアの進化なども手伝って海外の競馬との距離感がかつてよりも近づいたことによって、実現したものである。その意味では、結局本朝における競馬の進化がいくつかの皮肉な様相を見せる中の、新たな皮肉と言うべきものであろう。
個人的には、思い入れの強い馬であった。配合は比較的好きな部類であったし、良い厩舎が努力に対して正当な評価を得たことでG1を勝てたという印象を見せていたと思うし、Green Desert という種牡馬の魅力と限界について教えさせられた部分もあり、恐らく自分の中では字面の地力以上に心に残る部分があったかも知れない。そして、種牡馬としても、英2000ギニーに駒を進めるような馬を出した一方で、ドイツで活躍した辺りが自分にとってこの馬をある種のお気に入りの存在にさせていた部分はある。Big Shuffle や Dashing Blade という辺りももう少なからず馴染みの親近感を持ってしまってるのだけれど、そういった手合いに日本で走っていたあの馬が加わったことは、ささやかな感慨をもたらす部分はあった。そして、どうやら*シンコウフォレスト産駒でドイツで重賞を制した Electric Beat に至っては種牡馬入りする予定だそうである。何処までの産駒が残せるか分からないけれど、少なくとも日本で走った馬の仔が特に血統的な元手も無い中で種牡馬入りするってのは並大抵の事実ではないし、これも日本競馬にとって*シンコウフォレストが残した勲章ではあるだろう。そう、種牡馬として後継を残せたのだから、仮にどれほどの非業の死を遂げたと言えども、*シンコウフォレストはまごう事なき勝者であるのだ!それが、ブラッドスポーツとしての競馬というものなのである。ならば、我々はこう言って彼を悼むべきなのだろう。
「死してなお、勝利の栄冠に輝かんことを!」と。
◆それにしても。
1972@あさ◎氏には、よく調べてくださったと言うほかない。勿論、ネット社会でこういう風にちゃんと情報が開けていて、なおかつ開いた側もきっちり対応するという当たり前のことが出来ているから敷居が下がっている面はあるけれど、こういうことをしっかり出来ることで我々もある程度納得行く形で情報に触れられるわけで、その意味では感謝し足りない面はあります。
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このネタ、発売後すぐに書こうとしてたら忘れてしまったのですが(ブクマには残してある)、保養地でのエレノアお嬢様が乗ってる馬に一部の競馬ファンはのけぞる、という場面。

それなんて3冠馬?
という訳で、ダイアモンド・ジュビリーとはまた奮ったネーミングな訳ですが、普通思い出されるのは1897年生まれの St.Simon 産駒。ただ、実際にこの名前の馬を所有していたのはキャンベル卿のごとき下級貴族ではなく、後にエドワード7世として大英帝国に君臨する、当時のウェールズ公殿下アルバート・エドワード。同殿下は恐らく英王室牧場の全盛期を築いた馬産家で、とりわけこの Diamond Jubilee の母 Perdita を通じて Florizel, Persimmon といった名馬も輩出しております。まぁいずれも当時の、そして恐らくはサラブレッド史上最も偉大な種牡馬である St.Simon の仔であったわけで、ダンス兄弟的なベタさは無きにしもあらずではありますが。で、比較的物語要素が多く残されるこのヴィクトリア朝末期の英国の名馬において、意外と語られることが少ない地味な存在ではあります。基本的には3冠取った馬の割には16戦6勝というのはさほど優れた数字ではなく、基本的には世代の相手関係や本番での勝負強さによって歴史に名を残したような存在であったと言うべきか。実際 Diamond Jubilee はその優れた実績にもかかわらず、後に種牡馬としてはアルヘンティーナに売られていきます。ただ、往時のかの国の経済力・馬産の質量は半端でないシロモノであり、そこでリーディングを4回も取って大成功してるのだから種牡馬としても水準は上回ると言えるでしょう。因みに本朝には産駒の*ダイヤモンドウエツデイングが種牡馬として導入され、奥羽種畜牧場で相応の実績を残しました(参照)。また、とりわけ気性が荒く、いつもの厩務員以外誰にも御せないという気性の荒さが伝えられる馬でした。
或いは、兄の Persimmon のダービーの印象が強烈過ぎたことで損をした面はあると思われます。馬産家としての大いなる情熱を知られながら、なかなかダービーを取れなかったウェールズ公にとって、1896年のダービーはその最大のチャンスでした。しかし、同世代には同じ St.Simon 産駒の St.Frusquin という無敵の名馬がおり、3冠最初の関門2000ギニーを制したこの馬が1番人気となります。両者は2歳時に既にトップクラスでしたが、お互いがベストの状態での対戦は未だありませんでした。ダービーではこのレースに絞って調教で鍛えられた Persimmon と3冠の王道を歩まんとする St.Frusquin が最後の直線で歴史的な叩き合いを演じ、終にゴール前では Persimmon が宿敵を捻じ伏せて勝利します。大資産家ロスチャイルドの名馬を破ってのウェールズ公初のダービー勝利に集まった観衆は大いに歓び、「God save our gracious Queen」ではなく「God save the Prince of Wales」とロイヤル・アンセムを合唱する声がエプソムにこだました、とのこと。Persimmon の戦績は9戦7勝。2度の敗戦はともに終生のライバル St.Frusquin 相手のものでした。常にこういった偉大な兄と比較される立場ではあったかも知れません。
さて、話を Diamond Jubilee に戻すと、この馬の名前の由来はウェールズ公の母、ヴィクトリア女王の即位60年記念に由来します。彼が生まれた1897年が女王の即位60周年。その母の偉業に敬意をなして自身の最高の繁殖の仔につけた、という辺りにはなかなかの思い入れを感じる所ではありますね。まぁ、女王自身は息子が競馬にイレあげてることには批判的だったようですが。因みに似たような思い入れの名前といえば最近ではモハメド殿下の Dubai Millennium ってのがありましたか。こちらは、2000年に競走年齢、という発想でつけられてるのが微妙な違いではあります。
ところで、このダイアモンド・ジュビリーという言葉ですけれど、恐らくヴィクトリア女王が即位60年に及ぶにあたって初めて作られた言葉なのかな、という気がしなくもありません。というのは、それまでの英国にあって在位期間が最も長いのは1760〜1820年まで君臨したジョージ3世ですが、彼の場合は10月に即位して1月に死去しているので、「在位60年」ではなく、当然ダイアモンド・ジュビリーを祝されてはいない、のですよね。要するに「ダイアモンド」は何か「ゴールド」を超えるものとしての意味合いを付け加えた上で想像されたようにも。だとすると、こちらで指摘されているように「エマ」の時代が1850年代のロンドン万博からそれほど極端に後ではないと考えたならば、何故にその時代に「ダイアモンド・ジュビリー」という名前を思いつくことが出来たのだろう、という部分に関しては若干時代考証的な疑問でもあったり。この辺り、アンケート葉書出して名前の出自を森センセイに問い合わせてみた方がええんかしらん?
◆ところで。
冷静に考えたら、乗馬に4歳馬ってのは結構キツくねぇか、とも。
ある程度お嬢様のような人が穏やかに乗れる程度に馴らされるには、もうちょっと年食った馬の方が相応しいようにも思われますが、その辺りキャンベル家のお嬢様は馬乗りに長けているってことか。やっぱりキャンベル子爵も馬産家だったんじゃねぇの的な妄想をしてみたくもなりますな(笑)。
◆以下余談。
競馬を終生愛し続けたエドワード7世は、死の床で息子の持ち馬がレースに勝ったと聞いて、「それはよかった」と言い残してこの世を去ったそうな(参照)。有芝もこのような君主の御宇のもとで生を送りたかったものである。因みに当代の女王陛下も国会の演説で「National Health」を「National Hunt(障害競馬)」と言い間違えるほどの大層な競馬好きで、馬産家としてもダービー馬 Aureole などの名馬を輩出しましたが、晩年に入って馬産を縮小したのが惜しまれる所か。まぁそうなってたら Burghclere の牝系もずっとロイヤル・スタッドに留まり、この世にディープインパクトが生を享けることも恐らくは無かった訳ですが。
「サンデーレス元年」の中央競馬は、結果としてはさほどサンデー不在を嘆くようなレベルには終始せずに終わったように思われる。少なくとも、字面・見てくれ的なレースの印象として、過去の2歳戦を下回るようなレベルにも見えなかったというのはあるし、またサンデー最終世代となる3歳においても、サンデー産駒の活躍が低調な中でも古馬重賞で良好な成績を挙げており、凡そレベルは維持できるような印象も与えた。中でも、特筆すべきだったのは、2歳重賞における○父勢の大活躍である。過去4年において○父馬の2歳重賞勝ちは12鞍のうち5,1,3,3と推移してきたが、今年はいきなりこれが9つに跳ね上がった。阪神・朝日の両G1でも○父ワンツースリーとなり、クラシックへの直結度が最も高いラジオNIKKEIでも○父のフサイチホウオーが勝利しており、質的にも申し分ない。
一方で、サンデーはある時期からクラシックへの意識度が高くなった分、2歳での使いすぎを手控えられるようになった。それでも3年で5勝してるから凄いのだが、ともあれ、サンデーがいなくなることによって空く席はせいぜい年にして2鞍程度、でもあったはず。それが、殆ど、オセロを引っ繰り返したように6頭も勝ち星を加えたのも面白い部分ではあろう。そうやって見ると、サンデー産駒種牡馬が2勝で、過去4年の3,0,2,1という数字に比べてほとんど「議席」を伸ばしていないのも注目すべきだろう。新たに勝ち鞍を得たのは、軒並み非サンデー系の新種牡馬たちであった。タニノギムレットがゴールドアグリとタニノウォッカ、ジャングルポケットがフサイチホウオー、アドマイヤコジーンがアストンマーチャンで〆て6勝。この○父新種牡馬の獲得議席が、そのまま○父の伸びに繋がっている。
こうして見ると、今後のサンデー産駒種牡馬の動向と、これらの21世紀に競馬場を駆けた非サンデー○父の勝負がどのように推移するかが、クラシックの構図ではあるのだろう。サンデーの孫たちがある程度サンデー産駒的な仕上げ曲線をもって鍛えられているとすれば、ここからの逆転はあるかも知れない。そこをジャンポケやギムレットの仔たちがどう超えていこうとするか、と考えると、タニノやホウオーのような俊英はまだ「挑戦者」であるとも言えるだろう。もとより、2歳の重賞勝ち馬で3歳も重賞を勝つのは、世代辺り3頭もいれば上々であるだけに。
しかし、ある意味この世代の2歳活躍馬が凄いと思うのは、「ミスプロに1つも中央の重賞をくれてやらなかったこと」であろう。勿論、2歳戦がこのような結果になったのはデビュー年のサンデーが9鞍のうち4つ持っていった94年以来初めてである(1頭、という年は意外とあるが)。というより、パート1国(この段階ではまだだが)で、特にドイツのような内国産重視の生産ポリシーも行き渡っているわけでもない中で、よりによってこのご時世に2歳でミスプロが12鞍もあるうちの1つも重賞を勝てなかったのはある意味異常かも。確かに現在の円安傾向は、○外の輸入を減少させているが、それでもトレーニングセールや1歳セールでこの血脈をある程度以上購入していて、そのセール自体のクオリティが下がっている訳でもない。輸入種牡馬の質に関しては、確かに*ウォーエンブレムの1件もあって、目玉不在で推移しているものの、早熟種牡馬の1頭2頭は普通にニッチを縫えそうなものでもあろう。しかも日本の馬場との相性で苦労している Storm Cat や*デインヒル辺りと違って、ミスプロ系は既に相応の実績を日本で残しているのだ。それを完封したという「早熟面」でのこの世代の活躍馬の父たちの能力はなかなか侮りがたいものがあると思われる。
果たして、12鞍のうち11鞍を Nasrullah と Royal Charger の系統で占めることとなってしまった。しかもそれは、予測されていたような「サンデー系の飽和」の結果ではない。無論、キングカメハメハの産駒が来年にはターフに現れることを考えればミスプロ系がそう黙っているとは思われないが、或いはこの世代辺りからディープインパクトや*シンボリクリスエス辺りまで含めて、Nasrullah と Turn-To が独自の血統を構成する血統プールを作る時代となるように思われる。それを何処まで維持して、純化した「日本血統」のベースとすることが出来るかが、長い将来で見た場合の注目点ではあるのだろう。つまり、この血統プールが現在欧米で繁栄する Mr.Prospector, Sadler's Wells, Seattle Slew, Storm Cat, Danzig の諸系統を止揚し、高いレベルのサラブレッドを産出する存在になるのならば、「父系」のレベルでサンデー系が絶えようとも、本朝の生産は世界血統史における意義として不滅の歴史を刻むこととなるだろう。2001年以降のターフを彩った種牡馬たちの任務はそれだけ重いが、その点では上々なスタートを切ったことを、まずは喜ぶべきかなと思う。ディープインパクトと*ロックオブジブラルタルの産駒が相争う時代までに、どの程度の基盤を作れるか、今後も注目には違いない。
◆資料ってほどでもないけど。
参考程度に、過去5年の芝2歳重賞勝ち馬一覧。
一方で、サンデーはある時期からクラシックへの意識度が高くなった分、2歳での使いすぎを手控えられるようになった。それでも3年で5勝してるから凄いのだが、ともあれ、サンデーがいなくなることによって空く席はせいぜい年にして2鞍程度、でもあったはず。それが、殆ど、オセロを引っ繰り返したように6頭も勝ち星を加えたのも面白い部分ではあろう。そうやって見ると、サンデー産駒種牡馬が2勝で、過去4年の3,0,2,1という数字に比べてほとんど「議席」を伸ばしていないのも注目すべきだろう。新たに勝ち鞍を得たのは、軒並み非サンデー系の新種牡馬たちであった。タニノギムレットがゴールドアグリとタニノウォッカ、ジャングルポケットがフサイチホウオー、アドマイヤコジーンがアストンマーチャンで〆て6勝。この○父新種牡馬の獲得議席が、そのまま○父の伸びに繋がっている。
こうして見ると、今後のサンデー産駒種牡馬の動向と、これらの21世紀に競馬場を駆けた非サンデー○父の勝負がどのように推移するかが、クラシックの構図ではあるのだろう。サンデーの孫たちがある程度サンデー産駒的な仕上げ曲線をもって鍛えられているとすれば、ここからの逆転はあるかも知れない。そこをジャンポケやギムレットの仔たちがどう超えていこうとするか、と考えると、タニノやホウオーのような俊英はまだ「挑戦者」であるとも言えるだろう。もとより、2歳の重賞勝ち馬で3歳も重賞を勝つのは、世代辺り3頭もいれば上々であるだけに。
しかし、ある意味この世代の2歳活躍馬が凄いと思うのは、「ミスプロに1つも中央の重賞をくれてやらなかったこと」であろう。勿論、2歳戦がこのような結果になったのはデビュー年のサンデーが9鞍のうち4つ持っていった94年以来初めてである(1頭、という年は意外とあるが)。というより、パート1国(この段階ではまだだが)で、特にドイツのような内国産重視の生産ポリシーも行き渡っているわけでもない中で、よりによってこのご時世に2歳でミスプロが12鞍もあるうちの1つも重賞を勝てなかったのはある意味異常かも。確かに現在の円安傾向は、○外の輸入を減少させているが、それでもトレーニングセールや1歳セールでこの血脈をある程度以上購入していて、そのセール自体のクオリティが下がっている訳でもない。輸入種牡馬の質に関しては、確かに*ウォーエンブレムの1件もあって、目玉不在で推移しているものの、早熟種牡馬の1頭2頭は普通にニッチを縫えそうなものでもあろう。しかも日本の馬場との相性で苦労している Storm Cat や*デインヒル辺りと違って、ミスプロ系は既に相応の実績を日本で残しているのだ。それを完封したという「早熟面」でのこの世代の活躍馬の父たちの能力はなかなか侮りがたいものがあると思われる。
果たして、12鞍のうち11鞍を Nasrullah と Royal Charger の系統で占めることとなってしまった。しかもそれは、予測されていたような「サンデー系の飽和」の結果ではない。無論、キングカメハメハの産駒が来年にはターフに現れることを考えればミスプロ系がそう黙っているとは思われないが、或いはこの世代辺りからディープインパクトや*シンボリクリスエス辺りまで含めて、Nasrullah と Turn-To が独自の血統を構成する血統プールを作る時代となるように思われる。それを何処まで維持して、純化した「日本血統」のベースとすることが出来るかが、長い将来で見た場合の注目点ではあるのだろう。つまり、この血統プールが現在欧米で繁栄する Mr.Prospector, Sadler's Wells, Seattle Slew, Storm Cat, Danzig の諸系統を止揚し、高いレベルのサラブレッドを産出する存在になるのならば、「父系」のレベルでサンデー系が絶えようとも、本朝の生産は世界血統史における意義として不滅の歴史を刻むこととなるだろう。2001年以降のターフを彩った種牡馬たちの任務はそれだけ重いが、その点では上々なスタートを切ったことを、まずは喜ぶべきかなと思う。ディープインパクトと*ロックオブジブラルタルの産駒が相争う時代までに、どの程度の基盤を作れるか、今後も注目には違いない。
◆資料ってほどでもないけど。
参考程度に、過去5年の芝2歳重賞勝ち馬一覧。
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