05« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.»07

殿下執務室2.0 β1

  : 

有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、そしてYet Another Amateur Photography。

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NCAAボウル振り返り。 

正月休み明けのメモ書き的に。
まだ決勝は残ってるけど、大勢決したボウルゲームを、カンファレンス別に。
各カンファレンス左側が該当カンファレンスで、延べなのでダブりありで。

【NCAAボウル振り返り:ACC:4勝5敗】
●マイアミ-ワシントン州立 14-20
○デューク-インディアナ 44-41
○バージニア工-タルサ 55-52
●ピッツバーグ-海軍兵学校 28-44
●Nカロライナ-ベイラー 38-49
○ルイヴィル-テキサスAM 27-21
●NC州立-ミシシッピ州立 28-51
●フロリダ州立-ヒューストン 24-38(NY)
○クレムソン-オクラホマ 37-17(PO)
デュークは結構微妙な勝利だし、格上喰えたのはルイヴィルくらいで、それも相手がかなりgdgdだったからと思うと、全体的にはイマイチ。結果としてクレムソンが本割でラクできた分の余力みたいな構図ではあったか。

【NCAAボウル振り返り:Big10:5勝5敗】
●インディアナ-デューク 41-44
○ネブラスカ-UCLA 37-29
○ミネソタ-中部ミシガン 21-14
○ウィスコンシン-USC 23-21
●ノースW-テネシー 6-45
●ペン州立-ジョージア 17-24
○ミシガン-フロリダ 41-7
●アイオワ-スタンフォード 16-45(NY)
○オハイオ州立-ノートルデイム 44-28(NY)
●ミシガン州立-アラバマ 0-38(PO)
ローズボウルとプレイオフ大惨敗は心象悪い。アイオワは他校の対Pac12健闘を思えば負けすぎだが、経験値の少なさが出たか。結果として1強のオハイオ州立がミシガン州立戦の段階でスイッチ入ってなかったのが悪かった感。

【NCAAボウル振り返り:Big12:3勝4敗】
○ベイラー-Nカロライナ 49-38
●テキサス工-ルイジアナ州立 27-56
●カンザス州立-アーカンソー 23-45
○Wヴァージニア-アリゾナ州立 43-42
○TCU -オレゴン 47-41
●オクラホマ州立-オールミス 20-48(NY)
●オクラホマ-クレムソン 17-37(PO)
対SEC3つ全敗という辺りで格の違いを見せられたが、全体的に相手も悪かったので、それ以外で3つ拾えたのがせめてもの救いというか。ベイラー・TCU・オクラホマ州立・オクラホマの4強で出来れば勝ち越したかったかな。

【NCAAボウル振り返り:Pac12:6勝4敗】
○ユタ-BYU 35-28
○アリゾナ-Nメキシコ 45-37
○ワシントン州立-マイアミ 20-14
○ワシントン-南ミシシッピ 44-31
○カリフォルニア-空軍士官校 55-36
●UCLA-ネブラスカ 29-37
●USC-ウィスコンシン 21-23
●アリゾナ州立-Wヴァージニア 42-43
●オレゴン-TCU  41-47
○スタンフォード-アイオワ 45-16(NY)
ってもなぁ、実質下位カンファレンス戦が4つもあって、ローズボウルの快勝以外は中身全く無しと言っても良く、プレイオフ進出を逃した今季の勢いのなさをある意味象徴してしまってるような結果ではあり。

【NCAAボウル振り返り:SEC:8勝2敗】
○ルイジアナ州立-テキサス工 56-27
●テキサスAM-ルイヴィル 21-27
○オーバーン-メンフィス 31-10
○ミシシッピ州立-NC州立 51-28
○ノースW-テネシー 45-6
●フロリダ-ミシガン 7-41
○ジョージア-ペン州立 24-17
○アーカンソー-カンザス州立 45-23
○オールミス-オクラホマ州立 48-20(NY)
○アラバマ-ミシガン州立 38-0(PO)
やはりSECは強かった。今季不振のオーバーンが下位カンファレンスでかなり骨っぽかったメンフィスを粉砕してる辺りなんかも何気にポイント高い。これでアラバマが決勝戦勝てば画竜点睛だが、ノリノリのクレムソン相手に、どうか。

【多分ベストゲーム】
TCU対オレゴン。ハーフ31-0を後半31-31に追い上げて、最後は3OTで決着。
TCUらしいカオスもさりながら、「アダムスがQBやってれば全米上位、居なければ5割レベル」という今季のオレゴンも象徴しつつ、一方でボイキンマンを欠いてチーム全体が野戦病院でも、そこそこやり繰り出来たTCUの底力も垣間見られた一番。
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テーマ: アメリカンフットボール

ジャンル: スポーツ

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Respect "Japan" - RSA 32-34 JPN 


Rebellious
Rebellious; D800 AF-S Nikkor 85mm f/1.8G f/1.8 1/750s ISO-200

 今日のスポーツ、はやはり、IRBワールドカップ。
 感銘を受けたのは、ある意味「特別なこと」はそこまでやっていなさそうに見えた、という辺り。
 いや、ラグビーはルールくらいしか知らないので戦術とか全く分かってないのだけど、何か明確なリスクテイクをしてるというよりは、とにかく「綺麗にタックルをする」、そして「パスの際にはボールを落とさない」という辺りが徹底して80分間実行されただけ、という試合に見えた辺りで、だからこそ、そのたった二つのために、どれだけの鍛錬と知略とリーダーシップを積み重ねたら、それを徹底できたのだろうか、と考えさせられるゲームではあった。
 勿論、試合の綾は色々あったし、個人技面で例えば五郎丸の自身のトライ後の見事なコンバージョンなどが流れを引き寄せるといった場面はあった。また73分での相手のPGなどは、アメリカンフットボール的な表現で言えば「クロックマネジメント的に完全に誤ったミスコール」であり、あの場面でスプリングボックスがサイド攻撃を徹底して日本を揺さぶればボールを失う前に再度のペナルティを誘発させるのはさほど造作だとは思われなかったし、同じ3点ならその方がむしろ相手の反撃機会を潰す、という意味で価値のある得点となったはずであり。
 ただ、やはりそれ以上に「原点」としてのタックルとハンドリングがやはり光る部分ではあった。この試合の最も印象的な場面は、上記失点の直後のリーチのノックオンオフサイドからのスクラムにおける、観衆からのJapanの歓声。アンダードッグの健闘に気勢を上げるニュートラルなファンは世界のどんな競技場にでも居るものだが、そのアンダードッグが胸突き八丁で苦しみ始める時間帯に、図ったように激励の力を与えられるニュートラルなファンというのはなかなか得難いのではないかという辺りで、イングランドにおけるラグビーの競技文化にも胸を打たれた場面であるが、それを引き出したのは、このキャプテンの70分間のそうした「原点」における奮闘だったことは、まず間違いはなく。
 この試合に関して、大方近年のこの競技への遇しぶりを思うなら、「ありがとう」という資格は我々にはない。一方で、「感動した」というのとはまた違うレベルの、彼らのこの試合に向けて積み上げてきたスキルとその持続力に関しては、全てのスポーツに関わるものが学ぶべき何かを、伝えられるような試合ではあった。
 そこに関して「勉強になった」ことについて、すべての「ジャパン」に、限りなき敬意を。
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テーマ: 季節の花たち

ジャンル: 写真

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建設費が確定したようなので、国立競技場についての見解など。 

 スポーツを観るために、生まれてきた(挨拶)
 
Sky on Kasumigaoka
Sky on Kasumigaoka; D7000 AF-S DX Nikkor 18-55mm f/3.5-5.6G VR (18mm) f/4 1/600s ISO-400
DxO FilmPack 5.1: Kodak Ektachrome VS 100

 何か、あんま建築畑とかエコノミスト畑とか納税者畑でない、一人のスポーツファンとしての視点とポジトークとして。
 因みに、前提としては旧霞ヶ丘は多分解体して作り直すこと自体は妥当だった、とは思ってます。確かに、屋根が無ければ晴れた日の青空は綺麗なんだけど、突貫である程度疲弊はしてただろうし、都心の真ん中に規格の古い陸トラを置くスタジアムを延命させるのも、この大都市のインフラとしてはやや足りないものではあったろう、と考えると。

 メディアとかに出回っている記事を見る限り、過去の五輪の会場と比較して出されることが多いが、個人的にはこれは余り妥当な比較ではないとは思う。基本的に国内の労働者のコストとかが違い過ぎるってのはあるし、また同じ国でも成熟したメガロポリス的な所と地方都市では結構違ってくる(NFLで同じように贅を尽くした場合で比較するなら、ダラスのAT&Tスタジアムは屋根があるのにNYのメットライフよりも安い)訳で、そういう点ではロンドンのオリンピック・スタジアムくらいしか適切な類例はないだろう。
 一方で、QEパークのスタジアムの場合、元々比較的ロンドンでも大衆的なクラブであるウェストハムの本拠地にある程度縮退する前提で作られていて、反面国立は長期的にサッカーのワールドカップのファイナルも見据えている規模であり、そういう点では「ナショナルスタジアム」的なランドマーク性を期待されている施設では無かった、という辺りは差とはなろう。まぁそのランドマーク性の是非は後で論じるとして、そういう意味でロンドンで比較されるべき施設というのはやはりウェンブリーであるし、世界的にも類例として比較できる存在と言えばあとはNY近郊メドウランズのメットライフくらいかな、なんてことも。前者が2015年換算の価格で£9.38億=1750億円、後者が同じく$17.3億=2110億(ソースはウィキペ)。うん、まぁ国立高いな。しかしまぁそれくらいのスタジアムはあるし、むしろそうしたスタジアムと近い条件で建ててるという面もある、というとこで、まずは比較は考えておくものかな、とも。

 その上でじゃぁウェンブリーやメットライフより更に高くなるのは、というとまぁキールアーチもそうなんだけれども、あともう一つシビアな要素としては、アレがほぼ都心のど真ん中にあるという立地とかを考えるべきかとは思う。ウェンブリーはざっくりビッグベンから15kmでほぼ国会議事堂から石神井公園くらいまでの距離、メットライフはタイムズスクエアから10km弱で同じく議事堂から駒沢のオリンピック公園くらいの感覚である。まぁ後はロンドンのオリンピックスタジアムにしても或いはパリのサンドニ辺りも、市の中心的なランドマークからは5㎞以上は離れてるものではある。そうした立地は、価格にはやや上向きの影響は与えそう。実際、屋根差し引いても1570億という数字が出てるけど、多分それすら案外妥当なのかも、とか。
 そういう意味では、多分2016ビッドのように、晴海にスタジアムを作る方が安上がりになったんじゃないの、みたいなことは思う。都心に近ければ近いほど、スタジアムとしては複合的な機能を持つことでスポーツ施設だけでは完結しない高い稼働率が要求されるものではあろう(東京ドームなどもそうであるが、個人的にはこっちは何とかBCプレイスみたいに屋根とっ外して天然芝のボールパークにする気概を讀賣に見せて欲しいなぁとも思ったり)。一方で、晴海であれば辺鄙であるからこそ、そこの要求度は高くならないし、そういう意味で「安いスタジアムにする」発想が出やすかったのかなぁ、とは思う。
 ただ、そうした場合に国立どうするのかっていうと、まぁ取り壊して緑地にしたうえで聖上に奉還するというのもありだけど、何かそれはそれでサッカーファンやラグビーファンにとっては「フットボールの聖地」として疎開させられたみたいな感慨は残したりしたかも知れない。そうは言ってもフットボール場作っちゃったらお金の節約にはならない訳で、やや断腸ではある。また、晴海や或いは臨海辺りに作った場合でも、交通機関がちょい細いのは気になるところであり、アクセスする鉄道は無いと観戦環境としては厳しくはなってしまう。まぁ、スタジアムの費用にはそんなもの計上されないけど、そこのお金って結局引き出す場所は同じよね、と思うと、字面ほどは「安い」判断にはならない悪寒も。まぁ、それでも節約できるとは思うけど。

 節約できないとすれば、それはまぁ色々いい加減な所もあって100か200億くらい行ってる面はあるとしても、それ以上にやはり大きいのは「安くするような発想」自体が無かった、ということなんだろうな、ってのは思っちゃうとこではあり。ただそれは、上にも書いたけどこれが霞ヶ丘というある意味象徴的な場所に建てられるナショナルスタジアムとして、ある種の「ランドマーク性」を帯びるからという面はあるのでは、とは感じる。その意味では、ザハであろうがなかろうが、コンペのどの案採用しても一定以上の額にはなったんじゃね?と。ただそれは造る側のある種の美学みたいなとこではあり、都市インフラとしてそういうランドマークに一定以上の贅を尽くすってのは、それはそれで国民の懐を痛めるとは言え、ある種の文化投資として反対を押し切ってやり切るのも見識ではある、かも知れない。
 ただ、それが若干妥当ではないとすれば、「懐を痛めるから」ではなく、「スタジアムってそういうランドマークの中でも、あんま『恒久的』なものではないから」って面から自分は議論したいかな。例えばさっきちらっと東京ドームの話したけど、確かにアレが建てられた頃はアメリカでも人工芝のドーム球場なんてのはあちこちに建てられていてそのトレンドに沿ったものだけど、その後先方の野球文化はというと、「天然芝のネオクラシック」みたいなのにシフトして、むしろ人工芝ドームは「ダサい」ものとなってしまった。東京ドームと同様なエアドームで設計されたメトロドームやBCプレイスが取り壊されたり屋根をとっ外されたりしてるのが象徴的、というか。
 そうした「人気商売」的な興行媒体であるスタジアムは、恐らくそこまでランドマークとしての永続性を本来要求されるべき施設ではないのでは、とは思う。言わば、30年そこらで取り壊すことを前提に、その間に耐久性とかへの拘りや機構の複雑性や将来の拡張性みたいなとこを捨象しつつ、贅沢するところはしてイベントなどの機能に対応する力は確保する、みたいな発想がベースとなって、投資の回収を考えるべきなのか、などと。もしかしたら、ある意味相当古い施設である代々木体育館がまだ東京のランドマーク的に機能してるような感覚を、この再建を構想した人たちが拘り過ぎたのは、ちょっと結果として「過大な費用」という、余り人気の出ない方向に帰結しちゃったんだろうなぁ、みたいなことは、思うのである。

 まぁ、そうは言っても、このスタジアムが建つのは楽しみだし、現代の納税者ではなく将来のアスリートがこのスタジアムの歴史を作ってくれることを、有芝は確信している。その確信が正しくなるような世の中を、自分たちが作ることで、「高いスタジアムを安く出来る」なら、日本人はそれを誇れるであろうな、とも。
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テーマ: スポーツニュース

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カレッジフットボール最終週目前、そして6校が残った。 

なお、本当のレギュラーシーズン最終戦は、陸士-海兵の定期戦(挨拶)
まぁそんな訳で、近頃の嵌りモノなNCAAフットボール。

毎週NFL開催を避けて土曜メインで行われつつ、年6試合のホームゲームに祝祭のように10万の観衆がボコボコ入る不思議の国の大興行というべきこのスポーツも、優勝争いという意味では、まずは残るのはカンファレンス優勝戦と、優勝戦のないカンファレンスに関してはレギュラーシーズン最終節。
NCAAフットボールの基本的な構成をおさらいすると、FBSという言わば一部リーグの中で、その中でも幕内格というべきなのが以下の5大カンファレンス。十両格のカンファレンスや無所属のノートルデイム、BYU辺りは脱落済みなのでオミット。因みに、各カンファレンスは大体9試合くらいをカンファレンス内で戦い、残りの3試合がカンファレンス外。
・ACC(Atlantic Coast=東海岸)
・SEC(Southeast=南部、メキシコ湾岸)
・Big-10(中西部)
・Big-XII(西部)
・Pac-12(西海岸)

因みにBig-XIIは12と銘打ってるのにあちこち引き抜かれて現在10校、Big-10は10と銘打ってるのに14もあるが、細かいことは気にしない。基本的に12試合しかないのでほぼ「どれだけ負けないか」という星の潰し合いというか大相撲的なマッチシステムになっていて、この5大カンファレンスでは現在、1敗以下が以下の6校残っている、という構図。
・ACC=フロリダ州立大(FSU)【全勝】
・SEC=アラバマ大
・Big-10=オハイオ州立大
・Big-XII=テキサス・クリスチャン大(TCU)、ベイラー大
・Pac-12=オレゴン大

ただ、大相撲的と書いたが、大相撲と違うのは、当然ながらセントラル開催ではない球技なので「開催中に勝ってる同士でマッチメーク」みたいなことが出来ないこと、そしてカンファレンスの強さには当然ながら毎年そこそこバラつきが出る、ということである。
そうした中で、この1敗以下のどれが強いか、というのを「審査」という年度代表投票的な実にファジーなシステムで決めるのもNCAAフットボールの大きな特徴。現在は、そうした審査によって上位25校を決めるほか、「トップ4」となるチームを最終的に選出し、その4校でのプレーオフで全米優勝を決めてる訳である。当然、「あの選出に異議あり!」とか>>>(超えられない壁)>>>的な最強厨の議論が発生するが、多分そこ含めておいしい、という割り切られ方ではある。
さて、で、では現在の力関係はというと、これはもうSECが圧倒的に強い、という構図で、更にSEC14校のうちアラバマを含む西側7校の西地区がハイレベル。同州ライバルのオーバーンや、隣のミシシッピ州のオールミス、ミシシッピ州立なども終盤までランク上位を維持し続けた。ただ、強すぎるから結局星を潰し合って、多分大概の相手に負けないようなチームも2敗3敗して脱落して、結果残ったのが1校だけ、という感じ。むしろ2敗で拾われる学校があってもおかしくないくらいだった。
という訳で、現在のプレーオフランキングにおいて当然1位なのは、そのSECで1敗のアラバマである。
さて、当然、と書いたが、実際には無敗校がこの時点でランクトップにならないのも結構珍しい。そしてそれどころか、今日発表されたランキングにおいて、無敗のFSUは何と4位というプレーオフギリギリのラインなのである。ディフェンディングチャンピオンにして無敗ではあるが、FSUの試合見てると、とにかく点差が付かない。昨年の最優秀選手でもあったQBウィンストンが今年はどうも冴えてないようで、圧倒する展開にならないが、試合後半で意外と守備が粘ったりして、ギリギリ追い付かれそうなところを辛くも逃げきったり、最後に逆転したりと。しかも、今のACC自体が比較的弱い学校が多いので(マイアミ大とかボストンカレッジとか、そこそこ名のある学校が近年冴えない)、更にハリボテ感があるのだ。
一方、残りの中ではオレゴンは頭一つ抜けている。ナイキの御膝元ということで潤沢な財政的なサポートを受けつつ、超攻撃的なスタイルで40点50点を連発する内容の良さ、そしてPac-12自体もそこそこ骨っぽいチームが多く、その中で盤石な展開を続けてるので評価が高く、現在は2位。唯一取りこぼしたアリゾナ相手のPac-12優勝戦を残すが、格上なら2回続けては負けないだろう。
問題は、残り3校である。
この中では3位にTCUを上げたのが、現在のランキングでの味わい深い判断。
TCUもまた強烈な攻撃力で気風のいい試合を続けていて、ベイラーとの直接対決で58-61という大激戦の末敗れた以外は不敗。一方で、問題はそのベイラー相手の直接対決で負けたことで、「カンファレンス優勝」にならない場合、優勝されたという意味でベイラーに劣るのではないか、という辺り。ただ、どうもその辺りでカンファレンス側が空気を読んで、タイブレーカーは敢えて設けず両者優勝にすることで、評価が上がったとこもあるか。12校以上ある他カンファレンスは最後に優勝戦をやる関係上直接対決をタイブレーカーとするのだが、たまたまチーム数が少なくて優勝戦ないことが、インチキ臭いけど柔軟性ある判断に繋がったというのも面白い。
ただ、ぶっちゃけTCUとベイラーみたいに、同じ1敗でも直接対決で勝った方が「強い」ということにするべきかどうかって、勝った方が「より弱い相手に負けてる」という事実と表裏一体で、なかなか判断に悩むとこではあったり。
そういう意味で「弱い相手に負けた」ことで評価を落としてたのがオハイオ州立大。負けたバージニア工大が、そう強くないACCで最終週勝ってでやっと5割というレベルだけに、と。ただ、もともと格と伝統という主観的評価で影響のある元値がある上に後半の勢いは結構あったので、何とかギリギリでテキサスの田舎校ベイラーをかわせた、という印象。Big-10優勝戦のウィスコンシンもなかなかここに来て骨っぽいので、勝てばベイラーがカンファレンス3位のカンザス州立に余程圧勝しない限りは逃げ切れるか。

そんな感じで、最終週のこの辺りの組み合わせは以下の通り。
#1 アラバマ大-ミズーリ大(10勝2敗、#16)
#2 オレゴン大-アリゾナ大(10勝2敗、#7)
#3 テキサス・クリスチャン大-アイオワ州立大(2勝9敗)
#4 フロリダ州立大-ジョージア工大(10勝2敗、#11)
#5 オハイオ州立大-ウィスコンシン大(10勝2敗、#13)
#6 ベイラー大-カンザス州立大(10勝2敗、#9)
アリゾナがオレゴンに勝ってかつ1敗以下がこの週末で3つまで減ったらワンチャンだけど、まぁ、流石にないか。
ともあれ、果たしてどうなりますやら。
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テーマ: アメリカンフットボール

ジャンル: スポーツ

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町田樹の引き出した、羽生結弦のもう一段の高み。 

これで王将戦破れて四冠のがした鬼畜眼鏡に並んだな(挨拶)。

Raising Angle
Raising Angle; DMC-GX7 Lumix G Vario 7-14mm/F4.0 ASPH. (8mm) F4.0 1/10s ISO-400

◆プロトコル:ショート - フリー

何というか、ちょっと参ったな、と。
ある意味「オリンピック直後の世界選手権」ってののある種の綾がもたらした名勝負であったのかも知れないとは思う。
基本的にはメダル争いした選手から欠場が出ることは間々あり、そうした中で残った選手も「このワールドを目標に」という意識はやや少ない面は存在する。しかし逆に、4年前の女子のように「五輪で勝ったからこそ、ワールドで再び浅田を粉砕する」というキム・ヨナの意図と「もう一度は負けられない」という浅田の意地がある種のセメントマッチ的な帰結となったように、このワールドも不思議とそこまで不倶戴天の関係とは言い難い選手同士で、結果として「消耗戦でありながらやれることをやり切る」ことが実際の数字以上に精神的な意味でのインパクトを感じさせるマッチとはなった。

町田樹と羽生結弦の2008年全日本ジュニアでのマッチアップ、という話は五輪男子回顧でも書いた。
SPの成績だけ見て、あぁまだ羽生君も年上の子相手にここ勝ち上がるにはちょっと早いかな、と思ったら町田がミス沈み羽生の逆転勝利で終わったあの5シーズン前の二人。町田がSP1位で羽生を迎えうつフリーってのはそれ以来である。
それが、よりによって世界選手権というだけで、ある種の感慨を禁じ得ない。
既にあの段階で髙橋・織田・小塚というゴールデンエイジが一巡して、ジュニアってこの後もどうなのというくらいの感覚はあっただけに、羽生がある程度持ってるとしても町田がこういう形で成長したのは、本当に凄いことだと思う。
そして、先にリンクに立った町田は、全ての要素で鮮やかさ以上に粘りを感じさせるギリギリのハードルを超え続け、3Loのステップアウトはあったものの全てのジャンプを降りて、明確に後続にプレッシャーをかける点数を出して見せた。SPとFS両方でSS9点台というのは、半年前に言われても信じがたい点数であるが、ある意味ジャッジが「今の町田ならば、ワールドを優勝させても問題ない」とまで思わせた証左でもある。というか、SPの段階でそういう点数を貰い、世界選手権のポールポジションで戦うという経験自体が、本来重すぎる選手なのである。なにしろ、初出場なのだから。
それでいて、落ち着きというよりはともかく前向きな貪欲さでその危うさを超えたことを、どう説明すればよいだろう。
しかし、5シーズン前の対戦と違い、ミスなしに演じ切って天命を待つところに至った町田に対して、ある意味天は過酷過ぎる運命を用意してしまったと思う。
羽生結弦。
彼が今年熟成したFPは、パトリック・チャンという3連覇の王者を倒すためのモノであった。
そしてこのプログラムの冒頭に用意された4Sというのは、周到に準備された「失敗してもいいジャンプ」である。とにかく、左インエッジから踏み切って4回まわり切れば、着地はどうでもいい。それによる4点余りの減点は計算に入れつつ、2本目のクワドは逆に完璧なジャンプを決めて空気を変え、後半の3A連続ジャンプ2発でプロトコルを支配する設計。ある意味、挑戦者だからこそ許される「邪道」ではあったと思う。そして彼は、五輪でその目的を達成すると同時に、「FSで2回転倒した金メダリスト」という不名誉も得る結果となった。
だからこそ、浅田真央がソチSPの災厄を振り払いたかったのと同じ程度に、彼はこの演技、冒頭のクアドサルコウを成功しなければならなかったのである。
そして、彼は成功した。
GOEはプラマイゼロ。同窮のクワドモンスターたるフェルナンデスが後半に軽々と降りた鮮やかなそれには見劣る。しかし、とにかくそれを降りたのは「調子」以上のものであるところの羽生の運命の強さとは言えるのだろう。恐らく、五輪後の祝賀ムードは、彼のコンディション維持にはかなりの影響はあったし、演技後の痛みを見るに「本調子だったから決められてジャンプ」ではないのは明白であった。
そして、その成功を無に帰すまいとの思いで、彼はベストではない己に鞭打つように、泥臭くエレメンツを決めていった。GPFや五輪とは、似て非なる演技ではあったと思う。結果として、パーソナルベストには届かない数字とはなったが、その振り絞るような才能は、間違いなく町田樹によって引き出されたものであった。王者パトリックですらそこまでは引き出せなかったかも知れないと思わせる程度の。
そして、(連続して同じ厩舎なので選手がキスクラでぼっちになるという珍しいスコア待ちの後に)続いたフェルナンデスが一瞬「これは両方食えるか?」と思わせた4Sの直後のルッツを回り損ねた所で、世界選手権初の男子シングル日本人ワンツーが実現したのである。その両者の差は、僅かに0.33ポイント。この点数は、9人のパネルからランダムに選ばれたジャッジが入れ替わったらもしかしたら引っ繰り返ったかもしれない、という程度には僅差である。その、残酷さたるや。
ある意味、羽生のこの勝ち方は魔性すら感じるものであった。
願わくば、その魔性がこの一瞬のためのものではなく、4年後に「皇帝」として君臨する立場にあり続けられることを祈りつつ、その能力を引き出して見せた町田の底力がこの場で報われなかったことに苦みを思うのである。
いや、本当に羽生をずっと小さい頃から応援して来てるのにね。
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テーマ: フィギュアスケート

ジャンル: スポーツ

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フィギュアスケーターとして記憶されたい、とキム・ヨナは言った。 

たまには自分でも滑ろうぜ(挨拶)

Blades Off
Blades Off; DMC-GX7 Leica DG Summilux 1:1.4/25 ASPH. F2.8 1/40s ISO-800
DxO FilmPack 4.5: Ilford Delta 400


“I want to be remembered as myself, as a figure skater, rather than a gold medalist at Vancouver or a silver medalist at Sochi,” the 23-year-old Kim told a news conference Friday that was packed with Korean media.
Yuna Kim wants to be remembered as a skater - The Washington Post

 この言葉を目にして、そしてキム・ヨナ、このまさしく記憶さるべき卓越したフィギュアスケーターには本当に申し訳ないのだが、ごめん、やっぱり俺達は浅田真央のFSを思い出してしまうよ、と。そして、両者の関係は恐らくライバルというには浅田はキムにマッチしきれなかったと思うのだが、何故キムがそうありたいと願うものを浅田がああいう形で先に手にしてしまうのか、という運命的な何かとしての一つの刻み、というか。

 しかし、キムはキムで、現実としてはこのソチの女子FS最終滑走を「絶対に金メダルの取れないポジション」から臨んでいたのである。
 ソトニコワがFSでマークした得点は、61.43の基礎点に対してプラス14.21のGOE、そしてPCSは74.41である。キムは17点のGOE加点をバンクーバーで獲っているが、あの時とはジャンプのGOE加点係数が減少していることを考えれば(何も全てのルールがキムに有利なように変更されている訳では無いのだ!)正直かなり超えるのは難しい。またPCSは80点満点であり、別にそう満点の付くような性質のものでもないと考えると、この両方で上積みできる余地はかなり低いものであった。
 その上で、キムはバンクーバーにおいてすら基礎点は60.90、そこから連続ジャンプを一つ2A+3T→3S+2Tとレベルダウンしてここに臨んでいて、明らかにここでは差を付けられる。もうスピンやステップでも全てレベル4を取りかつ完璧にミスなく演じて、初めて追い付ける数字だったのだ。そして、故障と加齢でスピンのレベルを保つのは極めて困難であったことを思うと。GOEとPCSでの優位性は確かに彼女を浅田に対して得点争いで優位にするものであったが、結果としてこの4年間、GOEやPCSが重要だと気付かれた世界でその偏差が下がり、いつの間にかキム自身をも相対化していたのである。
 もうバンクーバーの段階で、その数字を上げ尽くしてしまっていたのだから。

 恐らく、キムがその「必敗」な状況に気付いてリンクに入った訳では無いだろう。4年前にキムのスコアがアナウンスされる中でリンクインしていた浅田と違って、彼女は21番滑走のソトニコワを見る場所には居なかったのだし(他の選手見て数字意識する、ということをこの競技でやる選手はそもそも居ないと思う)。試合後に採点に疑問を呈した解説者や元選手たちもまた、気付いてなかったのかも知れない。
 そして彼女は、自らを「金メダルを獲る」ための文脈に置きつつかつ「絶対に金メダルは獲れない」という状況の下で、彼女らしく、実に美しい滑りを見せた。しかし、彼女にとってある意味皮肉なのは、その演技を多分自身においても、そして当然多くの観戦者においても、「金を獲れなかった」とラベリングされること、ではあろう。そこを外してみれば、虚心では、やはりあれは本当にキムらしい、見事な滑りだったのであるが、そういう虚心を前提化するために採点システムを理解しなければならないというのが、現代フィギュアスケートの、本当に難しいところだとは痛感するものではあり。

 カロリーナ・コストナーは、地元の天才少女として過剰に期待されたトリノで惨敗したということ、そしてその後の時代に現役スケーターとして常にキムと浅田という圧倒的な存在が居る中で現役生活を送ったという点では、安藤美姫に立場としては似ているのかもしれない。そして、安藤のように「気持ちの弱さ」を何処か持つ選手でもあったとは言えようか。ただ、安藤がその気持ちの弱さをある意味抱えながらその弱さすら美しさに昇華していったのに対し、コストナーは実直にそこをクリアし続けてこの8年を完成させた、と思う。傷だらけになりながら男坂を踏み上がった安藤と、ゆっくりだけど着実に女坂を歩み続けたコストナー。
 果たして、今やSPのアヴェ・マリアにFSのボレロという「女子の王道」的な選曲を堂々と演じ切る、見事な「完成品」ぶりをこの舞台で魅せて、「あぁ、最後にこういうスケーターになれたんだ」ということに、感慨を禁じ得ない。メダルとかは関係なく、コストナーにとってもスケーターとしての「勝利」を証明できた舞台となったのだろう。恐らくは、才長け過ぎてロールモデルとはなりづらいキム・浅田・安藤と比しても、こういう存在が成功したことは、今後のフィギュアスケートの世界にとっても明るい材料ではないだろうか。いや、我々には既に鈴木明子が居たのだけど。
 逆に、ソトニコワはまだ何も「フィギュアスケーター」として証明する前に、金メダリストとなってしまった側面はあったのかな、ということを考える。それどころか、メダルへの期待という意味ですら、彼女はアウトサイダーとしてこの五輪に臨んでいたのだ。近年では、サラ・ヒューズに近いタイプとは言えるだろうか。羽生のように今シーズンにある程度「チャン超え」が五輪あってもなくても実現しそうだったタイプともちょっと違うとこはあり、その意味でアマチュア競技への今後のモチベーションも含め、アイデンティティとして「フィギュアスケーターとしてのソトニコワ」を探すことが求められる立場なのかもしれない。出来れば、リプニツカヤ辺りと切磋琢磨する場面をもっと見て見たくもある。少なくとも、齧る程度しかフィギュア見てない自分辺りにとって、まだこの金メダリストには、フィギュアスケーターとして未知の部分は多いので、もっと知りたいと思う。

 浅田に関しては、もう言うことは無いだろう。
 ソチのあの舞台において、彼女は明らかに「フィギュアスケーター」として記憶された。この手の復活劇では、トリノでのライザチェクなんかが記憶に新しいが、やはりインパクトでは今回が上回る。結果としてここでバーを上げたことで最終組のPCSの基準点が上がってメダル争いに影響をもたらしたかも知れないが、それすら些細なことではある。
 しかし、事前に「表現の第一人者」と書いたが、音楽の物語をこうして実践の場に刻み込んでしまうとは、という感はあった。ラフマニノフのピアノ協奏曲2番は、作曲者自身がその前に交響曲1番という曲を大酷評されて、精神を病むほどの失墜した心理の中で達成された、作曲者の最も代表的な名作である。その世界を、ある意味自身の成績によって実現してしまったのだ。音楽の文脈性、みたいな話は過日も高橋大輔のSP曲などを巡って色々とあったりもした訳だが、事実は詐病のシナリオを軽く凌駕するものではあるだろう。タラソワ師はこの曲を選曲したことについて、結果余りにスケーターが運命的過ぎることによってメダルを逃すことになった件について真央に平謝りして貰いたいものであるが(笑)、いずれにせよ、ピアノ協奏曲と同様に我々の世代にとってこの4分間は「永遠」とはなったと思うし、それは同時にある種のスポーツ的な美の絶対性でもあった。
 その意味では、「表現の第一人者」として期待した以上のものを、浅田はこの場で刻んだのではと思う。

 そして最後に、フィギュアスケーターとは何であるのか、とは考える。
 浅田が泣いた。リンクサイドで信夫師とジャンナ助手が泣いた。観客席では高橋大輔が泣き、ロシアの実況席ではタラソワ師も泣いた。誰もが。その涙は、アートによるものか、スポーツによるものか。失敗したらそのまま重力の法則に従って谷底に流される他のウィンタースポーツの採点競技と異なり、最初のジャンプの失敗を残りの競技の間引きずり続けないといけない(しかしリカバリーもできる)この競技は、失敗に寛容であるとも言えるし過酷であるとも言える。そしてそういう複雑な文脈の中で困難なトリックを要求され(なにせリカバリーもできるということになってるから)、一方で音楽に合わせるなどという「芸術的」な所作も要求される。
 そうした複雑さと真摯に向き合い、そして同時に観客と対話し、ロマンティックを産みだす者たち。
 その宿命の強さこそが、浅田真央を「真のフィギュアスケーター」としたのだろうか、などと思い、またあのラフマニノフを再見するのである。「あなたは、最も強い子よ」と落涙しながら呟くタラソワ師の姿などを、思い出しながら。
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浅田真央、技術の先駆者から表現の第一人者として。 

冷えた世界に、描かれるのは何色(挨拶。

Candle in Chill
Candle in Chill; D800 Sigma 35mm 1:1.4 DG F1.4 1/90s ISO-720

てな訳で、お約束の喧騒も交えながら五輪フィギュアスケート女子が始まる。
個人的には、何のかんの言ってロシアのちびっ子軍団が間に合ったのは興趣としては良かったのではないかな、とも。
トゥクタミシェワ辺りが伸びてこなかった辺りで、少々心配したものではあったが。
まぁこの競技、誰がミスするかは読めないし、そういう意味でそこそこオープンな争いだとは思いながら見たいなとは。
余りマークされてはいないと思うが、鈴木明子でも金を獲れる範囲には居るのではとも考えてはいる。
世界最高レベルの全日本女子シングルを制している存在ではあるのだからな。
全体的な他国の有力者に関しては、Sports Illustratedのこの解説が白眉であろう。
この解説におけるリプニツカヤやコストナーの音楽解釈に対する難点、ゴールドのジャンプの質の未熟さ、ソトニコワのスケーティングやワグナーの体重などに切り込む迫力はなかなかのもので、NYTのジャンプ動作画像なんて、ここの各選手への弱点指摘のディテールに比したら足元にも及ばぬ。
そしてそうした中で、3Aやケガなど、ややクリシェ的な弱点しか指摘されない浅田とキムというチャンピオンの卓越性が伝わってくるところでもあろう。惜しむらくは、鈴木に評を付け忘れていることではあるが。

で、浅田真央に関しては、標題のような感慨。

いみじくも上述のSIの解説は「長所」と「短所」の両方に対してトリプルアクセルを挙げた上で、
Without the triple axel, Asada may still make the podium but doesn't have any significant edge over this year's rivals.

と、ジャンプにおける技術的な優位を確実性の低い3Aに依存している浅田の現状を指摘している。
実際、3回転コンボをループで入れる浅田や安藤のスタイルがルール的な3Loの2回目ジャンプに対する回転の厳しいチェックによりかなり割を食ったのは過去6年以上の趨勢であるが、その後結局2回目3Tのジャンプを熟成する余裕までは持てなかった訳で。その上で、今回の浅田は6種全ジャンプを指向するが、これも元々ルッツのエッジに難がある辺りで、やや覚束ない挑戦とはなろう。6.0からNJSに移行した最初の五輪の「見えざる存在」として、ジャンプ技術の先駆者というべき存在であった浅田の立場は、8年の時を経て変わったのである。
反面、浅田はこの8年間、ジャンプのスキルだけに注力するのではなく、表現力と氷上でのトータルパッケージにおいて一貫して進化を続けてきた。惜しむらくはムーブオンアイスの総量がやや弱いが、ステップのボリュームの圧巻さはそれをカバーするに十分なものであることは証明し続けているし、スピンに関しても加齢の衰えを見せていない。
そして何より、期待以上に心を揺さぶられるプロとして完成させて見せたバンクーバーの「鐘」も含め、「思い」をパフォーマンスとして顕すことに、誰よりも長けた存在として、その能力を維持し続けてきた。SIの記者も、"energy and emotion"においてははっきりと浅田に軍配を上げている。
結果として、ソチ五輪に臨む浅田真央は、「表現の第一人者」である。
恐らくはバンクーバーまでの浅田のファンは、多くの場合「どれだけのプロトコルを残して見せるか」という観点を少なからず期待していた面はあろう。一方で、今の浅田は、むしろ古き6.0システム採点で真の魅力が表現されるタイプのスケーターとなっているようにも。
これはこれで、一つのスケーターの在り方として味わい深いのかな、という気もしている。
そして、そうした中で、自分が浅田に願うのは、SPの2分50秒、FSの4分というこの時間を、浅田が最も「絵になる」姿として刻みつけることである。その中で、3Aが回転足りなくても、Lzのエッジが減点となっても。プログラムが、スケートリンクが一つの大きな生き物のように動くような時間を与えられれば。
随一の、表現者として。伸びやかに舞え。
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