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殿下執務室2.0 β1

  : 

有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、そしてYet Another Amateur Photography。

マル外はアメリカで走ってます 

↑最も身もフタも無い回答例。

マル外はどこへ消えた?@傍観罪で終身刑

 基本的には、外国産馬のレベルは為替レートと連動するものには違いないでしょう。
 その意味では、2000年以降の為替レートはやはり少なからず円安基調なので、まぁ結果として○外の輸入数が減少するのは致し方ないかなと思われます。ただ、それをさておいても、外国産がある程度以上馬主をアトラクトしなくなった要因ってのは何だろうなぁ、みたいなのは考えてしまうところですよね。その上で、元々○外が市場において魅力となっていたのはその「早熟性」故だったのかと思っています。この早熟性の部分でさほど魅力がなくなったことが要因としてはまずあるかなぁって気はしますね。2000年に旧八大競走への外国産開放は動き出した訳ですが、それゆえに外国産を「早熟」に絞って購入する集中力が落ちてしまったという購買的な問題はあるかも知れません。一方で、日本側も特に育成レベルで早熟な方面にかなり対応して行った上で、血統面でも*アフリートや*フォーティナイナーという、輸入されなければアメリカでリーディングを争えるような名種牡馬を引き抜いたことで、国産でそこそこ早熟な馬が作れるようになった面もあるでしょうか。またセレクトセールにようなショウケースを作って、ブランド的な対抗力を築いた面もあるでしょう。
 そのような形である程度○外の足腰を弱めた一方で、実際に開放された天皇賞では*アグネスデジタルや*シンボリクリスエスのような○外の名馬が席巻するシーンもあった訳で(○外では同時代に*タップダンスシチーの活躍もあった。こちらは天皇賞を完全に無視してたが)、その意味では○外の波がまだクラシックレベルに及ぶ余地はあったと思うが、一方である程度レースが開放されたことで○外の「ブランド力」が落ちてきた、みたいな面はあるかも知れません。去年辺りに海外開放ネタを書いたときもちょっと触れたように「規制の作るギミック」からほぼ解放されている現状は、○外の馬からある種の「舶来の権威」を削ぎ落とした面はあったかなとも思われます。勿論、これが外国産の輸入を減少させる要素となったとすれば、それはタイミングの問題でもあったのでしょう。やはり、ある程度のモメンタムがあった時期に一気呵成な開放を行っていた場合、ギミックがなくとも外国産のブランドは存続し、言わば関東馬に対する関西馬的な扱いを受けてたんだろうな、とは思われます。そして、トップレベルの馬産ではかなり貧すれば鈍する的な状況に陥っていたのでしょう。かって偏屈爺師が○外への開放に対して反論していたとき、競走を外国産に開放したことで国内馬産のレベルが挙がった例など歴史的にないという趣旨の議論をされていました。その意味では、JRAのとった開放路線はかなりの時間をかけつつその隘路をこじ開けてしまった印象もあります。そうして、国内馬産をレベル面では支えきって、上位において国際競争に耐えうるものを作った点は率直に評価されるべきなのでしょう。
 一方それが「馬産全体を守れたか」、は問われるべきものではあります。
 結果として馬産は外国産の輸入が落ち込んだことによって苦境を脱せたかというと、まずそうとは言えない状態。その理由は何かといえば、まずは地方競馬の崩壊によってパイが少なからず縮小している、ってのは大きいでしょう。現在の地方競馬の下級クラスの賞金水準は、恐らくフランスやイギリス辺りの最下級条件の賞金にも劣るようなレベルまで来てしまっているように見え、要するに存続している競馬場でも賞金のパイという面で既に大幅に萎縮してしまっている。そして、国内馬産のレベルがある程度上がってしまったからこそ、そういった状況における縮退的な対応、つーか「身の丈にあった馬産のモデル」が講じられなかったことで、中小馬産はある意味牛と競走するカエルのような状況に陥ってしまっているのでしょう。個人的には例えば*テイクオーバーターゲット的な、趣味的・ミクロ的な馬産がある程度底辺の支えとなるようなモデルはあってもいいと思うのですが、ああいうのが本朝で萌芽する兆しは感じられません。その上で、地方との交流の拡大はある意味「地方のために道路を整備したら、その道路整備が過疎化を早めた」国土政策の轍をきれいに踏んでしまったようにも思われ。その意味では、競馬の市場開放は、ある意味「その問題に絞って成功する」ところに血道をあげすぎた結果、成功はしたけれどもややその中で「手段の目的化」的な罠に陥ってる恨みはあるようにも思われます。「格差があることを前提に、ある程度みんなが幸せになれる」方法論は、現在割かれているリソースを再配分しつつ、もう一度知恵を合わせて模索して行くべき部分なのかなと思われますね。

◆んー。
 何か微妙に地に足の着いてないエントリ。悪い意味で評論家的。
 たまにはわむはコメントではなくトラバでじっくりとこの手の話に勝負してみてください(姑息な予防線

◆ところで。
 有芝はいまだに前時代的な「*マルガイ」的な輸入馬表記を続けているのですけれど、それは単に散文の中で「マルガイUSA」的な国略称表記をするのが自分的に違和感あるから、みたいな面はあります。最近はデルマ任せなので余り書かないけど、もしテーブルで血統表組むようなエントリをあげる場合には、その中に限定して国略称表記にすることは吝かではないのですが。因みに、もし国略称表記を地の文でも受け入れるとしたら、ある程度見やすいように国略称にはカッコを入れようかなと思うし、また文中で複数出現する場合には2度目以降は国略称を省略するつもりではあります。ただ、実のところはアメリカの血統ライター的な人の文章をたまに見ると未だに *Princequillo 的な表記が根強くて、それの顰に倣うという非常にスノビッシュな背景もあったりして(笑)。
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テーマ: 競馬

ジャンル: スポーツ

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