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殿下執務室2.0 β1

  : 

有芝まはるが綴る、競馬話その他の雑談、そしてYet Another Amateur Photography。

静粛に対する要求の高さ 

 どうせネタ的にはこないだのエントリと微妙に被るし、増田でレスした方が読む人は多そうだが(苦笑)、敢えてバイネームでトラバにする。

妊娠の一番大事な時期である妊娠初期は……@増田
妊婦だけじゃなくて産んだ後も大変。
そもそも、赤ちゃん連れで電車やバスに乗るだけで、周りから白い目で見られる。
赤ちゃんが泣き出そうもんなら、それこそこれ見よがしに連れて出て行け的な視線を浴びる。
ファミレスに行くのだってはばかられる。
だから基本的に赤ちゃん連れだと出歩けなくって内にこもっちゃう。
 思うのだが、「白い目で見る」とか「出てけと言わんばかり」とあるが、実際に「優先席座るな」とか「子供泣かすなら外でやれ」と言われたことがある人は流石に本朝においても相当に運の悪い部類であろうし、また現実にそういうことを言い出す輩が出た場合、普通に観客である周囲の人物の多数から同情されるのは妊婦や子供連れの方ではないかと愚考する。その意味では、子供を連れて出歩くことに関して余り引け目を感じるのはどうだろうか、と思わなくもない。また、特に満員電車においてはそうであるが、物理的に人の目が多いので、って問題もあるかも。例えばラッシュの電車で視界に入る50人程度のうち1人か2人がそういう目で見てたとしても、所詮は2%か4%の少数派であると考えれば、少々はラクになるんではないかと(まぁそういう気の持ち方が難しい、ってのは重々承知しますが)。

 ただ、本朝の公共空間についてやや自分が気になるのは、この周囲の増田にも散見されるように、とにかく「静粛に対する要求が高い」ことである。この辺り、香港の地下鉄などで華人が携帯電話でまくし立ててる姿とは対照的な部分ではあるが、東京では日常の屋外で聞く人の声は小さい。また、デパートや家電屋などでも、販売員が声を掛けるケースはめっきり減ってきたが、これは景況の悪化による人的リソースの問題もさりながら、「静かに商品を選ぶ」消費者の側に配慮してのことであろう。
 特に満員電車においてはこれはシビアであり、例えば路上ならばまだ「ギャハハー、感じワルー」とかダベってそうなDQNもひっそりとしたものである。小学生ですら結構車内での会話は周囲2m程度にしか耳にすることが出来ない程度の小声でひっそりと喋っていることが多い。今朝も電車で顔見知りの小学生が麻智さんと話してるんだが、人の流れで少々離れてしまうと半分もその話し声は聞こえなかったりする。一方、鉄道各社も携帯での通話やヘッドホンの音漏れに対して口酸っぱく注意を呼びかけている。結局は、子連れなどがある程度疎んじられるとすれば、最も大きいのはこの「静粛に対する要求」に係る部分であろう。ベビーカーやスリング・おんぶ紐が場所を取るのは堪えられても、泣かれたらイラっと来る向きは多いには違いないだろう。或いは、上の増田においても自分がされた場合の予測を元に、自分の子供が泣き出すことに引け目を感じる面はあるようにも。
 その上で、例えば席を譲る際に「どうぞ」と声をかけること自体も、この「静粛主義」の中では通常よりも気合が必要な行為となるのではないかと思う。また有芝は男なので何とも判断しがたいが、例えば痴漢などが発生する場合、女性が驚いた声を出せば結構それで周囲が異常を察知して、そこから更に進んだ加害を食い止められると思うのだが、そのような状況が少ないから難しいのであろう。それが困難なのは、当然女性における繊細な恐怖心があるのだろうが、電車においてそのような発声をすることに関しての道徳的な障壁が大きく手伝っているのではと想像する。実際、痴漢冤罪の類も、そのような中間的な状況をすっ飛ばして「この人、痴漢です!」とまで言わないと発声が正当化されないゆえに続発する恨みがあるのではないか。
 かくにも、公共における見知らぬ者同士のオーラル・コミュニケーションへの禁忌に近いものが社会において負の影響を与えているように思われるのであるが、この「静粛への要求」が過剰なものではないか、という件についてもうちょっと社会全体が疑問を持っても良いのだろう。マナーがやや陋習に傾き始めているというか、マナーによる快適さの代償の方がが高くついている面もあるってことなんでは。
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タグ: 生活  電車  子育て  社会 
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